30話 ウサギ美味しこの野郎
30話です。今回は後日談という体の構成となってます。
ちょっとグロいところがあるかもしれません。屠殺ネタ注意です。
30話 ウサギ美味しこの野郎
打ち合わせのあとはトントン拍子で、あれよあれよと言う間に天音は特産品作りに参加することになった。
とはいえ流されていたわけではない。
元々何かものづくりをして生計を立てる予定であったので、方向性に否やを言うつもりは全くない。
どちらかと言うとユーウェインが上手くやってくれて良かった、という感想に落ち着いていた。
少々性急過ぎるきらいはあったが、領主主導という大義名分があると動きやすいのは確かだ。
村人の安定した生活への責任もあるだろうから、目端の利く領主という見方も出来る。
(決まってしまえばあとは作るだけだしね)
天音は朝早くから厩舎を訪れていた。
家畜は結構匂いがきつく、厩舎は屋敷の風下に建てられている。
北に死の山、東に山岳地帯があって、山からの風が南へと流れて来ることで、朝は空気が綺麗だ。
厩舎ではミァスとお嫁さんのディーリャ、軍馬のリーフ。
それから荷運び用のロバが何頭か、種別ごとにある程度離して飼われている。
天音の匂いに慣れさせるために、実は毎日通って餌の世話をしている。
餌は乾燥させた飼葉とまれに新鮮な野菜がメインだ。
軍馬はよく食べるので、大きなロープを編んで飼葉を天井から吊るしてある。
「はぁ……癒されるわぁ……」
ミァスの毛をブラッシングしながら、天音はほうとため息をついた。
先ほど餌を食べていたが、満腹になったらしい。
ブラッシングによる血流促進で、気持ちよさそうにつぶらな瞳を細めている。
冬の間は長い毛だが、春から夏にかけては抜けるようで、その毛も毛織物などに使えるらしい。
去年はディーリャの毛も合わせて絨毯にしたようだが、今年分は壁掛けにする予定のようだ。
そのために染め粉も頼んであるんですよ、とイーニッドがほくほく顔で語っていた。
毛と言えば、馬の尻尾も道具の材料として重宝されているようだ。
例えば裏ごし器などは馬の尻尾の毛を編み込んで使われている。
細かい手作業になるので、熟練の職人の手が必要になるようだが。
「ンェエエ……」
ディーリャが一声鳴いた。ブラッシングが気になっているのだろうか。
天音はにこにこしながらミァスのコブをポンポンと叩くと、ディーリャの方へ趣いた。
グリアンクルの冬は深く長い。信じられないことに今はまだ初期のようで、今後もっと寒くなっていくようだ。
そのため毛糸を分けてもらった天音はせっせと腹巻と毛糸のパンツという色気の欠片もないものを編んでいる。
慣れてきたら、ミァスの編みぐるみなんかも作ってみたいと思っている。
もちろん、生活に余裕が出来てからの話だ。
編み棒も母のお古を使っている。古ぼけた布地の編み棒入れも母の手作り品だ。
ぐるぐると巻き込んで収納出来るタイプで、持ち運びもしやすいので重宝している。
編み方はイーニッドにも教える予定だが、彼女は現在革製品制作に夢中でそれどころではないようだ。
「あ、雪……」
天音は風の音に集中を乱されたので、部屋の窓辺へと近寄って外を見遣った。
ちらほらと雪が降り始めている。大降りにならないと良いのだが。
吹雪いていない時を見計らって、ユーウェインを含めた男衆はウサギ狩りによく出掛けている。
狩り過ぎないように調整はしているようだが、そもそも北の森は獣の数が豊富だ。
ウサギは獣の中でも特に多産で、ある程度間引きしないと今度は肉食獣が増え過ぎてしまう。
今日もユーウェインは朝早くから狩りに出掛けている。
働き者のご領主様のために、帰宅の頃合を見計らって肉料理でも作ってあげようか……。
そんなことをつらつらと考えて、天音は台所へと向かった。
館の掃除や維持は基本的にジャスティンが従士たちを使って行っているらしい。
天音も使用人部屋で作業をしているとたまに従士たちと顔を合わせることもある。
気のいい彼らは異民族の天音に顔を顰めることもなく、友好的な態度を崩さない。
そのことは天音にとってはとてもありがたいことだった。
職人や村人とはまだ隔意があるが、時期的なものもあり、頻繁に顔を合わせるわけではない。
従士たちは見回りや館の維持に駆り出されているので、顔を合わせる回数が比較相対的に多いのだ。
「あれ、アマネさん」
「台所使える?」
「大丈夫ですよ。どうぞ~」
台所に顔を出すと、カーラが鍋磨きをしていた。
天音はよいせ、と机に調理器具を持ち込む。
ボウルの中には熟成されたウサギの肉が放り込まれている。
これは、もちろん今日狩られたものではない。
他の肉にも言えることだが、熟成期間というものがある。
捌いて直後よりも数日経ったモノの方が旨みが増すのだそうだ。
よって今天音が手にしているのは3日前に捌かれたウサギ肉だ。
ウサギ肉については、日本で生活していた頃にも佐波先輩が持ち込んだものを調理したことがある。
また、ジビエ専門のお店にも連れて行ってもらって調理方法を教わったこともあった。
天音はどのように調理しよう、と少しばかり考えた。
こちらでは焼き物と言えば串焼きかオーブン焼きだ。
フライパンで野菜炒め、というのは鍋の形的にありえない。
というか、塗装がされていない銅の鍋だとすぐ焦げ付くのだ。
焦げ付かないように炒めるにはある程度熟練の技が必要になる……のではないかと思っている。
天音としては食材を無駄にしたくないのと、料理人ではないので、特にこだわりなくフライパンを使用するに至っている。
「さて……」
ウサギの肉を適当な大きさに切り分けて、ハーブ&ソルトで肉を揉み込む。
あまり持ち込みの調味料を使いすぎるのは宜しくないのだが、たまにならいいだろう。
バットの上にハーブ&ソルトで揉み込んだ肉を並べてほこりよけに鍋蓋を置く。
このまましばらく味を染み込ませる予定だ。
調理器具の中から、天音はおろし金を手に取った。
何をすりおろすかというと、黒パンだ。
天音はカチコチになった黒パンをおもむろにすりおろし始める。
黒パンのパン粉を作っているのだ。
「それ、何に使うんですか?」
「これはね、違う食感を演出するために使うの」
カリカリ、ジュワッ。頭の中で想像するだけで涎が出そうだ。
ニマニマとしている天音を不思議そうに見ながらカーラは頭の上にはてなマークという風な表情だ。
「つまり……美味しくするってことですね?」
わからないながらもそう結論付けたようだ。そうだね、と天音は肯定した。
もう1品ぐらいは欲しいなと考えて、天音は首を傾げながら倉庫に趣いた。
倉庫の中は雑然としている上に冷暗所なため薄暗い。
ランプを片手に持ちながらああでもないこうでもないと考える。
天音が来た頃はまだ熟成され切っていなかったが、レモンや夏ミカンに似た柑橘系の果物がそろそろ食べどきだ。
冬のビタミン補給に役立つので夏の内に買って倉庫に貯蔵をしているらしい。
これはこれで今度はちみつ漬けか何かに使わせてもらう予定だ。
ちなみに天音の持ち込んだ食料品は、肉は全て使い終わっていて、魚は外で雪を被せて冷凍続行中だ。
残りの乾燥野菜他は大きな木箱を貰ったのでその中に入れている。
そして、ユーウェインの好意で南京錠を2つ貰ったので、防犯上念のため箱に取り付けてカギを掛けている。
もう一つは部屋の私物箱につけてある。
天音は悩んだ末、芋と何種類かの豆にカブ、玉葱を取り出して倉庫を後にした。
こちらでよく食べられているイモは、大きさで言うと親指サイズだ。
根っこにつくものではなく、豆のようにツルになる実のようだ。
小さいので皮はむかずそのまま豆と一緒に蒸す。
蒸したものを熱いうちにスリこぎで潰してペースト状にする。
干し肉を刻んだものをペーストに混ぜ合わせ、あらかじめみじん切りにしておいた玉葱に卵を割入れてこねる。
出来上がったタネを小判型に整えて、パン粉を付ける。
味付けは塩少々。干し肉は塩抜きしていないので、ほんのしょっぴりしか入れていない。
スープはカーラに任せることにした。スープの具材はカブを中心にしたものだ。
肉っ気が多いため、野菜がメインのほうが良い。
このスープは従士たちにも振舞う予定なので、たっぷり作ってもらえるようお願いする。
そしてそれだけでは申し訳ないので、ウサギ肉の肝臓を使ったレバーペーストを用意してある。
こちらでも採れる乾燥ハーブや塩、バターとみじん切りにした野菜を炒めたものだ。
ペーストをパンに塗って食べればそれだけで肉の旨みを楽しめるし、栄養も満点だ。
問題は量が足りるかどうかだ。取り合いになりそうで怖い気もする。
他にキャベツの酢漬けなどもあとで取りに行って栄養バランスを整えよう、と考えていたところ、館の外が騒がしくなってきた。
ユーウェインたちが帰ってきたようだ。
どうやら大猟だったようで、ウサギの他にシカも手に入れたようだ。
従士たちが慌ただしく外の小屋を出入りしている。
捌いたりする時間もあるだろう、とのんびり構えていたところ、台所にユーウェインが現れた。
おかえりなさいませ、と目を合わせて会釈したところ、ユーウェインの手元に何やら血だらけの毛皮が……。
「アマネ、ウサギをとってきたぞ」
爽やかな笑顔でそう言われて、天音は喜んで良いやら文句を言って良いやらかなり複雑な気分にさせられた。
目が合いそうになってヒッと声が漏れる。
心の準備をしていなかったので、動揺が激しいようだ。
「どうしたアマネ、ほれ。大猟だぞー」
ユーウェインは悪くない、悪くはないのだが、少々デリカシーに欠けるような気がしないでもない。
天音の同様に我関せず、と言う調子で、ぐいぐい目の前にウサギを近付けてくる。
(一体何の拷問ですか……)
思わず涙目になっているとジャスティンが呆れたような声音で横槍を入れてきた。
「ユーウェイン様、アマネさんが嫌がってます」
「は?何でだ?いつも肉がとれると嬉しそうに喜んでいるではないか」
確かにユーウェインの言う通りだ。
良質なタンパク源を得られるのはとても喜ばしいことだし捌かれた肉を目の前に嬉しそうにしていた覚えもある。
(でもっ。目が合うとダメなんだってばっ!)
大変わがままなことと自覚はあるものの、事前に心の準備が出来ていない状態で絞められたウサギをほれほれと見せられては素直に喜ぶどころではない。
ウサギさん、ごめんなさい!と心の中で叫びながら天音はユーウェインから一歩二歩と下がる。
「街の女でも平気なのとそうでないのと差が激しかったでしょうに。
とりあえず捌きますからそれ貸してください。
そしてさっさと身体を清めて来てください」
呆れ顔のジャスティンにそんなものか、とぼやきつつ、ユーウェインは台所を立ち去った。
◆◆◆
……気を取り直して、天音は作業を再開させることにした。
ユーウェインが身支度をしている間にメニューを完成させれば丁度良い頃合だろう。
ウサギ肉には十分味が染み込んでいるようだ。
カブの葉っぱを洗って皿に敷き詰め、上にウサギの肉を載せて行く。
そしてパン粉を振るってオーブンへ。
コロッケの方は鉄製の皿に並べて少量の脂を振りかける。こちらも同じくオーブン行きだ。
天音はオーブンの火加減についてはまだ未熟なので、焼き加減はカーラ任せだ。
スープの方は出来上がっているので、あとは焼き上がりを待つばかり。
湯を使ってこざっぱりしたユーウェインの前に、天音は次々に料理を並べて行く。
従士たちにはカーラが給仕を行うようだ。思い人がいるので、やり甲斐があるだろう。
ユーウェインはちらちら天音の表情を伺っている。
先ほどのことがあって多少冷たい態度になっている天音に対してビクビクしているようにも見える。
「…………どうぞ」
「……………ああ、頂こう」
食事時はいつもテンションがダダ上がりのユーウェインだが、天音の対応に思うところがあるらしい。
珍しく空気を読んでいる。
とはいえ、食事を始めればそんな気まずい空気は一気に払拭された。
ユーウェインはキャベツの酢漬けにはあまり手を付けず、主に肉をメインに次々と平らげて行く。
たまらず天音が野菜を取ってくださいと注意をすると、渋々手に付ける。
(子供かっ)
そんな風に心の中でツッコミを入れる。
ウサギ肉のパン粉焼きは良い具合にパン粉の焦げ目が付いていて会心の出来だった。
油を吸ったカブの葉っぱと合わせると、シャキシャキとした食感とで相性も良いはずだ。
コロッケの方も少し心配していたが問題ないようだ。
芋と豆の組み合わせだと腹持ちも良さそうだし、また作ってみてもいいかもしれない。
……両方とも上手くいったのは良いが、ちなみに天音の分はない。
(私も食べたかったのに……この野郎……)
全部ユーウェインのお腹に収まってしまったのは大誤算だった。
31話もとい第2章の1話はいつものペースと変わらず、明日6月4日12時に更新予定になります。
宜しくどうぞ~。
今回はほんとにギリギリでした。12時まであと5分とかげふごふ。




