3話 自宅で遭難しちゃいました
3話 自宅で遭難しちゃいました
――遭難から数時間。
慌しく身支度と食事を終えた天音は、方針を決めることにした。
天音の現状はかなり厳しい。
助けが来るかどうかもわからない。
生命の維持が最優先。
その上で、脱出をはかる。
脱出するためには水と食料が必要になる。
(……よし)
食事のあと、玄関を出た先にある洞窟の入口まで探索に出掛けた。
降雪量は少し減っていたものの、吹雪が止む気配はない。
大声で助けを求めてみたが、もちろん反応はなかった。
仕方がないので、乏しい水を補充するために雪をかき集めたあと部屋に戻った。
家にある水は、非常用のダンボール一箱分。
水は溶かせば手に入るので、使用済みのもの以外はなるべくそのまま保存。
食料に関しては、傷む可能性のあるものは早めに処理を行う。
幸い秋の味覚が届いたばかりで食材は豊富だ。
主食は先日の収穫分を貰っている。
米だけではなく、穀物類の在庫も豊富だ。
――飢え死にすることはないけど、もって三ヶ月。
冬がいつまで続くかもわからないし、水がなくなれば終わり。
近場で水場が見つかれば良いが……。
「冬が終わる前に、脱出しないと……」
暖房も心もとない。
今は湯たんぽで暖を取っているが、問題は燃料だ。
カセットコンロもガスの備蓄は幾分かあるが、資源には限りがある。
無計画に動き回るわけにもいかない。
まずは脱出に向けて計画を練ることにした。
――冷蔵庫は問題なし。
生ものや冷凍物も、気温が低いので一日二日はもちそうだ。
雪を冷凍庫内に敷き詰めれば、保温の問題も解決。
ただし、生ものはなるべく早めに食べきってしまおう。
(肉や魚は冷凍したままでいっか。あとは……)
乳製品はヨーグルト以外は保存方法を考える必要がある。
牛乳は早めに消費をして……。
「ん? そういえば……」
佐波先輩はお酒用に1ドアの冷蔵庫を持っている。
――去年の冬のこと。
狩猟季真っ盛りの時期、リビングの机にドンと置かれた肉の塊。
鹿肉のブロック3㎏を持ち帰った佐波先輩はこう言った。
『干し肉を作る!!』
佐波先輩は、料理が苦手だ。
野外調理ならともかく、家事となると途端にやる気が落ちる、というのは本人の弁。
そんな佐波先輩でも作れる、と太鼓判を押された干し肉の作り方は、簡単だった。
塩をブロック肉にまぶして揉み込む。
塩気で水分が出てくるので、キッチンペーパーでこまめに拭き取る。
日陰で乾燥させる。
以上の三工程。
お好みでハーブやスパイスを使ってもいい。
――リビングの端には、佐波先輩の冷蔵庫が鎮座している。
開けてみると、ビールと一緒に干し肉が何本か収納されていた。
少し量が減っているように見えるので、佐波先輩が旅に持って出たのだろうか。
「………これ、食べられるのかな?」
保存パック越しに触ってみると、相当な硬さだ。
削る前の鰹節なみの硬度はあるだろう。
カビは生えていないので、多分食べられる。
けれど硬すぎて包丁が入れられない。
天音は少し考え込んだ。
これほどカチカチになっている肉の塊をどう処理すれば良いかわからない。
とはいえ、食材を無駄にするわけにもいかない。
万年雪でもない限り季節は代わるだろうから、気温が上がったときに傷まない保証はない。
よって、脱出の際に持って行くことに決めた。
――ぐう。
お腹の音が鳴ったことで、ちょうど昼時なことに気が付いた。
「お昼にしよっか」
誰とはなしに呟くと、寂しさもより一層深まると言うもの。
天音はため息をこらえて、冷蔵庫の扉を閉めた。
◆◆◆
生命活動の維持のためには、食事が不可欠。
正直なところ全く食欲はわいていない。
だが食事の量を減らせば体力の低下に繋がる。
体力の低下は抵抗力の低下もまねく。
そうなれば、一人きりでの遭難生活。
病気になっても誰の助けも得られないのだ。
――お昼はチャーハンとスープ。
火元の準備をしたあと、小さい鍋に凍ったままのスープストックを投げ込む。
スープストックとは、野菜を湯掻いた後のゆで汁のこと。
冷凍野菜を作る際の副産物だ。
野菜の出汁が十分染み込んでいるのでスープを作る際重宝している。
アルコール消毒済のキッチン鋏でベーコンをそのまま鍋に切って入れていく。
最後に冷凍してあった刻み野菜を入れて、軽く煮立てたあと塩コショウで味を整えて終わりだ。
スープが冷めない内に手早くチャーハン作成に取り掛かる。
フライパンに軽く油をしいて、ベーコン、刻み野菜、卵を割り入れて焦げないように程よくかき混ぜる。
塩コショウと悩んだが、スープと被るので粉末の鶏がらスープの元をメインの味付けに使うことにした。
炒めたチャーハンの具材は別皿に移し、油を少し足したあとご飯を冷凍のままフライパンに入れた。
溶け終わったご飯に、鶏がらスープ粉末を入れ、塩コショウで整えて炒める。
別皿に移した具材をフライパンに戻し、火を落として混ぜ合わせて出来上がりだ。
それぞれ二食分作ったので、余った分は晩御飯にまわすことにした。
「いただきます」
――昼食タイム。
冷蔵庫の中のお茶の残りもついでに消費する。
味付けは濃すぎず薄すぎず、が天音のモットーだ。
中華料理屋のチャーハンには及ぶべくもないが、これはこれで中々の味だった。
温かい食事はそれだけで身体をリラックスさせてくれる。
着膨れていても寒いことには変わりがないため、天音はなるべく食事は温かいものを取ろう、と決意した。
「ごちそうさまでした」
さすがに食べ終わる頃にはスープは冷めてしまっていた。
残念に思いつつ、天音は片付けを行う。
洗い物は、熱いお湯で流したあと清潔な布巾で少しこするだけで十分に汚れが落ちた。
洗剤を使うと必要以上に水も消費してしまう。燃料のことを考えるとお湯だけで済むならそちらのほうが良い。
熱湯は、朝にお湯を沸かして保温ポットの中に入れておいたものを再度ケトルに移し替え温め直したものだ。
水道や電気が使えないのはこういうとき不便だが、諦めるしかないだろう。
――午後からは食料保存に勤しむことにした。
三芳家から送られてきた野菜を、どうにかして持ち歩きできる保存食へと変えられないものか。
それぞれどのような加工方法にするか決めなければ。
かぼちゃは切って種を取り、蒸したあとネットで自然乾燥させる。
さつまいもも同じ処理を行う。
――あっ。
「全部干し野菜にしちゃおう」
干すと野菜の甘みが増す。
農業高校に通う従姉妹から聞いた覚えがある。
「栗は甘露煮にするとして。柿はジャムにして……」
方向性が決まったので、早速準備に入ることにした。
時間はまだある。丁寧に処理していこう。