28話 反省領主の悪巧み
28話です。ダリウスさんは中々書きやすいです。
28話 反省領主の悪巧み
「まずは……ダリウスからある程度事情は伺っている。
こちらの手違いで不快な思いをさせてしまい、すまなかった」
謝罪から入ったユーウェインに、天音はぎょっとして肩をすくめた。
「いえ、あの、私の方は特に……」
話の流れで確かに批判めいた意見を耳にはしたが、正直なところ天音自身はあまり気にしていなかった。
というのも、彼らの立場からすればある程度真っ当な意見のような気がしたからだ。
動揺したのは一瞬だし、ダンの一言で溜飲も下がっている。
そのようなことをゆっくりと説明すると、ユーウェインの方はほっとしたように長く息を吐いた。
「そう言ってもらえると、大変助かる」
「まああの、今後は……男女の仲を誤解されることのないように
色々対策をしていただけると嬉しいです……はい」
続けての天音の発言に、ユーウェインの表情が一瞬固まる。
「先日カーラにはこちらに引っ越して来るように申し付けましたし、
もう少しお待ちください」
「わ、ダリウスさん流石ですね。仕事が早いです」
「いえいえこのくらいは当然ですとも」
にこにこと言い合っていると、ユーウェインがゴホンと喉を鳴らした。
おっと、と天音は背筋を伸ばす。
「ところで、そもそもの発端は何だったんでしょう。
材料の融通とか何とか、仰っていたようですが」
「……それは、俺が職方に材料の融通を頼んだからだ」
「何のために?」
「………領地収入以外に特産品を作る計画が元々あった。
そのため、毛皮や布、毛糸などの材料を融通してもらおうと思った」
天音ははて、と首を傾げた。特産品を作るのは良いが、一体この館の誰が作るのだろうか。
考えられるとしたらダリウス、ジャスティン、カーラ、イーニッドあたりで、ユーウェインはそもそもそういう方向に向いていなさそうだ。
材料調達担当の方がしっくりくる。あくまでイメージとしては、だが。
「で、どなたに作って欲しいと頼むつもりだったんです?」
そう天音が問い掛けると、ユーウェインは少し視線を泳がせた。
その仕草で、天音は何となくわかってしまった。
おそらく天音に頼むつもりだったのだろう。
「ええ?そういうことは早く言って頂きませんと!」
事前に話をどうしてくれなかったのか、とジト目で睨みつけると、ユーウェインはすまんと頭を下げた。
先日から長衣を作っているのを見て、イーニッドと二人で製品加工をして特産品化が行えないかと考えたこと。
材料の在庫がどれだけあるかもわからなかったため、迂闊に話を持って行けなかったこと。
商品になると判断出来れば収入になるので、特産品化の外枠が出来次第判断を任せる予定であったこと。
それだけを矢継ぎ早に言うと、ユーウェインは押し黙った。
天音としては黙って話を進められたようで気分が良くなかったが、ユーウェインの話しぶりにも一理ある。
「なるほど、それで、あの反応だったわけですね……。
でもどうしてあそこまで激高されてたんですか?」
「それは……」
「そのお話は私からお話致します、アマネさん」
と、職人の話にうつったところで、ダリウスに会話がバトンタッチされた。
ユーウェインはダリウスに向かって許可を出すように頷く。
「まず、アマネさんはイーニッドの兄、トレヴァーが皮なめし屋で徒弟として働いているのはご存知ですよね」
「あ、はい。伺ってます」
突然イーニッドの兄の話題を出されて天音は慌てたように返事をした。
イーニッドの兄が今回の件に何か関わっているのだろうか。
「職人は徒弟を持つものですが
開拓村でも徒弟は少ないのです」
「それは、何となくわかります。商売になるかまだわからないから
弟子を取ることは後回しにする……とかそういった事情でしょうか」
「そうです」
我が意を得たり、とダリウスは肯定した。
皮なめし屋のミックはまだ若く、20代後半の血気盛んな職人だ。
彼は2年ほど前に兄妹を連れてこの村に来た。
兄のトレヴァーは元々革細工職人で、革製のあらゆる服飾品を実家で作っていたそうだ。
彼らが住んでいたのはトゥレニーで、そろそろ独り立ちの時期だということで街中だったので原材料の安いこちらに移住してきた。
そして伝手のあった皮なめし屋で一時的に修行をして、皮の何たるかを習うことになったらしい。
このあたりの事情はダリウスもよく知らないそうだ。
「徒弟一人を育て上げるのには日数はもちろんお金もかかります。
幸いなことにトレヴァーは元々革の取り扱いに長けていたので
今ではミックの右腕となっているようです」
「なるほど……」
「問題となるのが、開拓村で得られる原料がほぼ狩りでしか得られないことです」
「あ……」
そうか、と天音は独りごちた。開拓村では家畜は少ない。
日常的に狩りは行っているものの、皮なめし屋一本で商売するには心もとない量だ。
そちらは原材料の輸出という体を取っている。兎の毛皮等は高値で売れるらしいが数が少ない。
他にも狐や狼の毛皮は単価も高い。
ユーウェインが原材料と言ったのは、東の山岳民族との取引で得たものの方だった。
ちなみにその原材料を使って、ミックたちは加工製品を作っているようだ。
「せっかく加工したものを売ることで得られる金額を増やしているのに、というわけです」
「なるほど……そりゃあ、怒っても仕方がないですね」
「ぐ……」
ユーウェインはぐうの音も出ないようで、苦虫を噛み潰したような表情をしている。
あんまりにもあんまりな顔だったので、天音は思わず吹き出してしまった。
「……反省はしている」
「まったくです。存分に反省してくださいませ。
そもそもこちらも聞いていなかったので
対応がすっかり遅れてしまいました。で、どうなさるおつもりですか?」
ダリウスは厳しく追撃する所存のようだ。
ジャスティンと違って、ユーウェインとの力関係はダリウスに分があるらしい。
年齢差があるからだろうか、と天音はこっそり観察する。
「……まず、相場の2割増で少量を買取。
試作品分の原料があれば良い」
「そこは諦めていないんですね……」
天音は呆れて突っ込んだが、ユーウェインの意見は翻らない様子だ。
ユーウェインは話している内に調子が戻ってきたらしい。
「アマネ。お前、設計図を持って来ているだろう」
おもむろにユーウェインが言い出したことに対して、天音はよくわからず目を丸くした。
設計図とは一体何のことだろう。カーペンター号の設計図……ではないだろうし、あれは家に置いてきているはずだ。
「鞄や……服とかのあれだ」
「ああ。そういえば、ありましたね」
ユーウェインが言ったのは型紙のことのようだ。
確かに天音は母親の使っていた手芸本や型紙をこちらに持って来ていた。
鞄については、お気に入りの革鞄の型紙もついでに購入していたのがあったと思う。
しかし、いつの間に見ていたのだろうか。
「形はこちらのものとそれほど代わりはないはずだ。作ってみろ」
「ええ?でも、私、革の取り扱いなんてわかりません。
どちらかと言うと興味があるのは編み物の方なんですけど……」
「何でもいい。イーニッドとトレヴァーと協力して作ればいい」
(……ミックさんを怒らせたのも、無理ない気がする)
たぶん、ユーウェインはこうと決めたらすぐに行動したいタイプだ。
性急過ぎてその上説明不足なので誤解を受けて反発されるのだろう。
立場が上だからこそ生なかなことでは顕在化はしないだろうが、激情型のミックとは相性が悪いのだろう。
天音はこれでは不味い、と思案を巡らせた。下手な対応をすればトラブルが雪だるま式に大きくなっていきそうだ。
なるべくユーウェインの考えを尊重した上で、ミックの面子を潰さないような方法はないものだろうか。
「……作る作らないの話の前に、提案があるんですが
聞いていただけますか?」
「わかった。聞こう」
◆◆◆
翌日、ユーウェインの執務室に呼ばれたミック、トレヴァー、イーニッドの3人は緊張に肩を震わせていた。
特にイーニッドはあまりユーウェインと顔を合わせたことがないらしく、始終落ち着きがない。
ミックはしかめ面で臨戦体制だ。トレヴァーは涼しげな目元を少しピクピクさせている。
「……忙しいところ、わざわざ集まって貰って感謝する」
いつもと違う、重厚感のある声をユーウェインは発する。
威嚇に近いのだろう。攻撃的な態度に天音は内心ヒヤヒヤしていた。
「いいえ。ご用向きは何でしょう」
ミックはやはりぶっきらぼうな態度で、敵愾心を顕にしている。
時折、天音のほうをちらちらと見ているのは、気のせいではないだろう。
じっと見返すと視線を逸らされる。何だかモヤモヤしつつ、天音は事の成り行きを見守る。
「まず、昨日の件についてはこちらの不手際があったので、謝罪する。
そちらも利益が出ないことに加担したくはないという意見ももっともだ。
検討したが、相場の2割増しで在庫の4割を買い取らせてもらいたい」
ユーウェインの言葉にミックは一瞬目を見張り、訝しげに鼻を鳴らす。
(謝罪するって態度じゃないような……!)
天音への時とは全く正反対の対応に戦慄を覚える。
ちらりと傍にひかえているダリウスさんを見遣ると、苦笑で返された。
これぐらいはジャブだということらしい。
「一体全体、どういうつもりなんです?
ご領主様は昨日、相場通りで革の在庫を吐き出せと
仰っていたように思えますが」
「相場通りから交渉を始めるのは当たり前だと認識しているが?
また、在庫を吐き出せ等と言った覚えはない。
だいいち、相場とは合ってないようなものだろう。
物物交換に寄る交易で結構儲けているようではないか?」
「ちっ」
「こちらからの提示は以上だ。返答を求める」
「わっかりましたよ。在庫の3割までなら売ります」
「後ほどジャスティンを向かわせる」
天音がビクビクしている内に、いつの間にか交渉は終わっていた。
どちらも痛し痒しといった表情をしている。どちらかが損をしたというわけではなさそうでほっとする。
品目の調整はジャスティンが行うようなのだ。
毛糸があれば毛糸のパンツが作れるなぁなどと考えていたところ、今度は天音にお鉢が回ってきたようだ。
「それで、こいつらも呼んだのはどうしてなんですか。
知らん人間もおるようですが」
じろり、と天音を睨みつける。
社会人経験は2年程と短いが、圧迫面接やお得意先のお茶出し、飲み会での酔っ払いへの対応など、それなりに経験は積んできている。
天音はほんの少しの動揺をおくびにも出さずににっこりと微笑んだ。
笑顔は本来攻撃的な意味合いを秘めている。と言っていたのは誰だっただろう。
叔父の三芳義一だっただろうか。
「そうだな。アマネ、挨拶を」
「はい。はじめまして、アマネと申します。
先日からこちらの館でお仕事を頂いております」
天音は軽く会釈をした。ミックも思うところはあるにしても直接天音に何か文句を言うつもりはないようだ。
宜しく、とだけぼそっと告げてユーウェインの方に向き直る。
「先日命を救われてな。身寄りがないということで
こちらに来てもらうことになった。
見ての通り異民族の娘だ。こちらでは使われていない技術も知っている。
顔を覚えておくように」
商談がまとまりそうになったためか、ユーウェインの攻撃的な態度は鳴りを潜めている。
勿論、またぶり返す可能性もなくはない。
天音はなるべく穏便に事を収める、というのを目標にして気合を新たにした。
29話は6月2日12時に投稿予定です。