26話 やかましさんにんおとこ
本日連続更新2話目です。25話とは対のお話になっています。
酔いどれ3人の心中はどうでしたでしょうか。
26話 やかましさんにんおとこ
「お待たせ致しました。訓練が立て込みまして」
「ジャスティン、卓を用意しろ」
「はい」
ユーウェインの私室にジャスティンが顔を出したのは夜半過ぎだった。
日も暮れて既に夕飯を終えたところである。
「……おう。何やら香ばしい匂いがするな」
椅子に座って報告書を眺め見ながら、ユーウェインが鼻をくんと鳴らした。
視線は手元に集中しているが、食欲を刺激する何とも言えない香りに興味津々の様子である。
ダリウスは脂が乗ってツヤツヤとしている焼き鳥を見下ろして、嘆息する。
もともと彼の主は普段からよく食べるほうだ。
妖精の眼の使用の度に腹が減るようで、使った日はおおよそ一般兵士の2倍は食べる。
最近は天音のお陰で舌が肥えてきた様子で、旺盛な食欲の上、味にうるさくなってきたので下に仕える人間としては少々困った事態となっている。
「こちら、アマネさんからの差し入れです。先日兎の肉をおすそ分け致しましたので」
訓練の一環と称して、冬のあいだの貴重な栄養源を得るために、ユーウェインの従士隊は度々森へ狩りに出ていた。
実は従士隊は対人よりも対魔獣戦で鍛えられている。
10年前から発足した隊は山賊や魔獣討伐に引っ張りだこで、後者の方が数が多かったためだ。
「……ふむ。なるほど、材料を持って行けば作ってもらえる可能性は高いな」
そう言って顎に手を当てて皮算用するユーウェインはどこか幼い様子を垣間見せる。
ジャスティンが酒を持って来たので、熱々のうちに食べきることにした。
「味は2種類……ですか」
ジャスティンがぼそりと呟いた。無表情を貫いているが、相変わらず耳の端っこが赤くなっていて、期待十分の様子だ。
そんな裏腹なジャスティンにユーウェインはいじる材料を見つけた、とばかりににやりと笑みを深めた。
「……先ほどの堅焼きパンは美味かったなぁ?ダリウス」
「そうですねぇ。大変美味しゅうございました」
慎ましく同意すると、ダリウスはとくとくと酒瓶から麦酒を杯に流し込む。3人分用意出来たところで、ユーウェインが頭の上に酒杯を掲げる。
ジャスティンの耳がピクリと動いた。が、意地があるらしく賢明に反応すまいと試みているようだ。
我が甥ながら肝銘なと、ダリウスはにやにやと笑うユーウェインと意味深な視線を交わし合う。
「神の恵みに」
「感謝を」
「乾杯」
カツン、と鈍い音が静かな夜に響いた。
男だらけの酒宴は、ジャスティンが成人した頃から続いている。
何か重要な報告が上がったり、秘密裏な相談事がある場合に催されるのだ。
「……うむ」
焼き鳥串にかぶりつくが否や、ユーウェインは感嘆の息を漏らした。
ダリウスもまた同じであった。
肉汁が口の中で解けて肉と混ざり合う。脂はパリッとしていて食べごたえがあり、肉は柔らかい。
ジャスティンは夢中になって食べていて、周りが見えていないようだ。
人間は心底美味なものを食したとき無言になるのだろうか。とダリウスは独りごちる。
「こちらはショーユという味のようです」
1人2本という数の少なさだが、それでもこの村では随分と贅沢な話だ。
天音が持ち込んだという肉は普段彼らが食べているよりも肉厚で食べごたえがあるように感じられる。
腹持ちはそれほど良くないので、量より質といったところか。
「……俺はどちらもイケるな」
「俺は塩が良いです」
「………ふむ。では私はショーユに一票」
摘みに、と出された品だが、量がさほどなかったこともあり杯を傾ける間もなく肉はすぐになくなってしまった。
男3人、もの惜しげに皿を見やるがどうしようもない。
ダリウスは皿を下げることにした。
「あ、ダリウスさん」
すると廊下でばったり天音と出会う。
中の様子が気になっていたらしい。
ダリウスは好評でしたと一言添えて、申し訳ありませんがお皿をお願いできますか、と頼んだ。
館内で働いている人間は少ない。従士が多いので家政にまわす資金が足りないというのもある。
よって館の中では働ける人間が率先して働く。力仕事は従士たちにも手伝わせる。
それでも、女性の細やかな手が足りない時があるので、使用人扱いの天音には度々手伝ってもらっている。
「本当にありがとうございました。
旦那様もお喜びでしたよ。
もう夜も遅いので、部屋に戻って就寝してください」
「わかりました」
そうにこやかに応えて、天音は台所へと下がっていった。
夜に館に女性がひとりというのは人の目がある以上気をつけなければならないことであった。
現在カーラには通いで来てもらっているが、こちらの館に移ってもらうことも1案だとダリウスは考えている。
「さて……例の件だが」
ダリウスが戻ると、ユーウェインは杯を傾けてそう話し出した。
例の件とは、先日ユーウェインが農民崩れの野盗に襲われた件のことだ。
ダリウスとジャスティンの2人は一瞬で顔を引き締める。
扉の外には気配はないが念のため内鍵を閉めておく。
「刃物を持っていなかったので特定が難航したが、細作の働きによってある程度身元が判明した」
襲撃者の遺体はほとんど狼や他の肉食獣に食い散らかされていたが、持ち物は無事原型を留めていた。
魔狼退治のついでにユーウェインはそれらを回収し、身元を探らせていたのである。
ユーウェインは辺境の零細領主ながら公都やその他の領への影響力が高い。
それは10年前から約5年ほど、公主の命により各領地に戦力として派遣されたことによるものだ。
はじめこそ経験不足から役立たず扱いされたが、従士の中に良い弓士が2名いたことと、連携が緻密だったことから、小規模な戦闘に長けていたため重宝されたのだ。
転戦した5年間に、ユーウェインは伝手と報酬を得まくった。
そのお陰で、村の開拓資金も随分潤ったのだ。
「……南ですか?」
ジャスティンが鋭く問い掛けた。
南の国、カルヴァフマルではなく、ジャスティンが指しているのはグリアンクルの南に位置する大領地、トゥレニーのことだった。
トゥレニーはユーウェインの父親が治めている、公国内屈指の大領地だ。
「違う。父上ではない。
トゥレニーの東南に位置する、カーリグ村の逃散民のようだ」
ユーウェインの声は重くひんやりとしていた。
「とすると……大森林を抜けてきたわけですかねぇ。まったく面倒な」
張り詰めた空気を和らげるように、ダリウスはあえて肩の力を抜いた声で話す。
「……やつらは飢えにぎらついている様子ではなかった。
どちらかと言えば監視役だったのだろう。
腕は然程だったようだが」
あの時、ユーウェインが野盗たちに出会ったのは偶然だった。
死の山方面で妖精の眼の魔力反応があったので、単独で様子を伺いに行ったのだ。
もちろんジャスティンには止められた。
が、もし魔石が手に入るなら手に入れたほうが良いし、魔力の痕跡が見えるのはユーウェインだけだ。
もちろん森の狩り小屋まで行ったら一度引き返そうとしたタイミングで野盗に出会ったのはお互いにとって運が良かったのか悪かったのか。
「目的も意図も未だ掴めん。しばらくは不審者に対して厳戒体制を継続せよ」
「かしこまりました」
ダリウスとジャスティンは敬礼した。
「ところで不審者と言えば……」
「何だ?」
ダリウスの問いにユーウェインは杯を傾けながら訊き返した。
「アマネさんは不審者ではないんですかねぇ?」
麦酒は開拓村で作られているもので、味はそこまで良くはない。
だが外から仕入れるにしても水物は輸送量が多くかかる。
なので村で作ったほうが安上がりになる。
少しえぐみのある麦酒を口に含みながらダリウスはユーウェインの反応を待った。
唐突に死の山から連れて来られた天音を見たときダリウスは仰天したものだ。
ユーウェインが連れている人物が女性で、その上気心が知れた様子。
それだけでも驚いたというのに、天音はどこからどう見ても異民族だったからだ。
「……あぁ…まあ、あれは…大丈夫だろう」
ユーウェインはダリウスの質問に少し動揺したように口ごもった。
ダリウスは主の年相応の青さに苦笑いする。
天音が危険人物ではないというのは、ユーウェインの言もあったが、村で生活し始めるとたちまち知れることとなった。
というのも、まず基本として彼女には警戒心というものがなかった。
そして足運びや立ち振る舞いは洗練されているようであるのに、兵として訓練された様子もない。
頭の回転は早いようだし言葉も通じるが、どこか抜けている。
また、こちらの常識に疎い。水運びさえ出来ない。下働きの仕事をしたことがない様子だ。
などと挙げ始めたらキリがないくらい、危険人物像とはかけ離れていた。
不審者一歩手前だったことには変わりがないので警戒は怠っていないが、ユーウェインにも一応再度の確認を行っておきたかったのである。
「なるほど、左様でございますか」
「……うむ」
私心があるのかないのかはまだ読み取れない。
いたずらがバレて怒られたような表情をしているユーウェインに対して、ダリウスは生暖かい視線になる。
そんな時、黙々と飲み続けていたジャスティンが一言呟いた。
「あの人は……なんなんですか?」
口調ははっきりしているしふらつきもないが、ジャスティンは酔っぱらっていた。
目が完全に据わっている。
「あー出来上がっちゃいましたねぇ、これは」
「今日は早いな……」
ダリウスとユーウェインは目を見合わせて苦笑する。
酔っ払いのたわごととして聞き流しても良かったのだろうが、面白そうだと思ったのでダリウスは甥に付き合ってやることにした。
「あの人ってアマネさんのことですか?」
「そうですよぉ……なぁんか……ゆーうぇいん様は、
あの人を囲う気なんですかぁ?」
呂律が怪しくなりながらもジャスティンは疑問を言い切った。
囲う、という言葉にユーウェインの眉がピクリと動いた。
「ああ、それは私も非常に気になっているところでして……
どうなんです?実際のところ」
ユーウェインは訊かれたくない雰囲気を醸し出しているが、ダリウスはすっぱりと無視することにした。
「……そんな予定は、ない」
杯が空になっていたので、ダリウスはユーウェインの杯にお代わりを注ぎ込む。
こうなれば酔潰してでも本音を聞き出して……とそう思っていたところ、ユーウェインがぼそっと一言。
「囲うというが、年が若すぎるだろう……」
ぐいっと1杯を一気飲み。ダリウスはさらに杯につぎ足して、おやと思う。
「はぁあ……?あの人おいくつなんですか……?」
「いや、訊いても応えてくれんが…カーラより少し下くらいではないのか?」
「んなわけないでしょーよぉ。確かに顔は幼く見えますけどぉ」
「旦那様は女性に免疫がありませんからねぇ」
「うるさい。どうせ俺は女をよく知らんからな」
ユーウェインはそう言うとへそを曲げてしまったようで、それっきり口を閉ざした。
こうなってはうんともすんと口を割らないだろう。
天音の年齢はダリウスも聞いていない。おそらくこのくらいか、とは予想を付けているものの、ダリウス個人が結婚の斡旋をするわけでもなし、無理に聞き出す予定はない。
「おれはぁ、ゆーうぇいんさまにおみかたしますからぁ……」
ジャスティンがへべれけになりながらそう宣言する。
家臣としては奥方が誰になるか気になるところだが、正妻は無理にしても妾にして子を産ませるのなら、異民族でも構わない。
本来は同格で貴族階級の家柄から嫁を貰うのが望ましいが、少々込み入った事情もある。
開拓村は老人がいないので、古い考えから強硬な態度を取る輩も少ないだろう。
0とは言えないにしても。
「ああ、まあ、可能性は少ないだろうが、そうなったときは頼む」
ユーウェインは気のない素振りでジャスティンに答えた。ユーウェインの春は未だ遠いようである。
27話は6月1日12時に投稿予定……ですが、もしかすると土日のどちらかに更新するかもしれません。
その際はよろしくお願いします。
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