25話 かしましさんにんむすめ
25話です。女子会の話です。美容の話をしようと思ったらちょっと話題がずれました。別の機会にその題材は使おうと思います。
ご愛顧のおかげをもちまして、そろそろ3万PVを超えそうです。
感謝の気持ちとして本日2回更新させて頂きます。詳しくは後書きで。
25話 かしましさんにんむすめ
「アマネさん、これ、本当に食べてもいいんですか?」
ロウソク台の上で橙色の炎がゆらゆらと揺れている。
まだ昼間だが、使用人部屋には窓が取り付けられていないのでどうしても薄暗いのだ。
手回し式ランタンを持ち込んでも良かったのだが、ロウソクの炎もそれなりに乙なもので、天音は結構気に入っている。
カーラの瞳が炎に反射してキラキラと光っている。
天音はカーラの問いかけににっこりと頷いた。
「大丈夫です。日頃のお礼ですから」
「あの……それだと私が頂くのは申し訳ないのですが……」
おずおずと言い出したのはイーニッドだ。くすんだ茶褐色の髪を三つ編みにして後ろでお団子にしている。
下がった眉はどこかしら小動物を思わせる。
彼女は二年ほど前に兄と一緒に開拓村へ移住して来たそうで、お針子をしている。
天音の使わせてもらっている客室の内装の内、壁掛け布や寝具などを作成したのもイーニッドだそうだ。
今後の付き合いにおいて顔を合わせることも多かろうとカーラが紹介をしてくれたので、ならついでに親睦会を……という流れになった。
「そんなことはありませんよ。これから仲良くしたいので、私からの気持ちだと思ってもらえれば」
開拓村には女性がとにかく少ない。
パン屋のドラとは初対面以降接触がないが、数少ない女性とはなるべく接触の機会を多くして、仲良くしておきたいと天音は考えていた。
そんな折にカーラから紹介を受けたので、渡りに船といったところだ。
木製の机の上に並べられたのは、秘蔵のクッキーとラベンダーティだ。
秘蔵のクッキーはユーウェインの目に入らないようにするのに苦労した。
ダリウスさんからの情報では、今の時間帯は村の見回りをしているはずなのでとりあえずは安心だ。
ラベンダーティはティーパックのものを使用することにした。
爽やかな香りは女性に好まれる上、リラックス効果もあるので初対面同士だと効果もあるだろう。
イーニッドはカーラを目を合わせて意を決したようにごくりと喉を鳴らした。
カーラの方も若干緊張気味の様子だが、数日一緒に過ごしていることでまだ気心が知れている。
「美味しい……何だか、ほわほわします」
イーニッドが白い頬をうっすらと染めて目を見張る。
カーラはと言うと、プラスチックカップの方に興味を覚えたようだ。
「この入れ物も面白いです。すごく軽い……!
取っ手があるだけでこんなに持ちやすいんですね」
しげしげと見つめてカップをくるくると回している。
「あと、この香り……どこかで嗅いだことがあるような気がする」
「あ……私も。メフェヴォーラに似てるね」
「メフェヴォーラ?」
天音は気になって聞き返した。カーラとイーニッドは同時にこくりと頷く。
「紫色の花で、初夏に咲くんです。この村からちょっと離れた南の平原に」
「乾燥させたもの、家にあるんですよ。香りが良いから寝具の香り付けに使ったりしてます」
どうやらラベンダーと似たような花がこちらにもあるらしい。
ハーブ類のことはいずれ訊こうと思っていたので、こんなに早く情報が得られるとは幸先が良い話だ。
村では男性比率が多いためあまり使われていないが、女性がいる家ではよく見かけるようだ。
しかしお茶に入れて飲む、という習慣はないようで、2人とも驚いている。
「珍しいなら、あとで他の人にも飲んでもらいましょうか」
「いいかもしれませんね。こちらはお茶の種類が少ないから……」
イーニッドが控えめに賛同してくれたので、天音は今後の予定に付け足しておくことにする。
ラベンダーがあればお茶だけでなく石鹸や洗剤にも丁度良い。ポプリにもなる。
乾燥させておけば香りも味も濃縮させることが出来る上、長期保存も可能だ。
もしかすると特産品として取引出来るのでは、と皮算用するが、ひとまずこの場では置いておく。
「堅焼きパンみたい……」
「……でも何かすごく良い匂いするよ……?」
クッキーは2人には堅焼きパンにしか見えないらしい。
まずは食べてみては、と天音がすすめると、一口。
「んっ!?」
まずはカーラが一声上げた。
硬いものだと思って勢いよく噛んでみたが、思いのほか柔らかかったことで勢いが余ってしまったらしい。
「……ぅえ?」
イーニッドは信じがたいような表情を浮かべて食べかけのクッキーを凝視している。
そして直後、イーニッドの瞳からぽろぽろと大粒の涙がこぼれ落ちたことで天音は驚いた。
ポケットにハンカチを入れておいたのが幸いした。
慌てて手渡すと、イーニッドは震える手で受け取って申し訳なさそうに涙を拭う。
「ご、ごめんなさい…こ……こんな美味しいもの、私はじめてで……」
か細い声でイーニッドは感動をあらわにした。ただならぬ様子に天音は困惑しておろおろとするばかりだ。
そんな天音を見て、慌ててカーラが間に入った。
「イーニッド、落ち着いて。
確かにこの堅焼きパン、すごく……サクサクしてて
何と言ったらいいか、ほんとに美味しいから、気持ちはわかるけれど」
カーラは先日から天音が作った料理をちょいちょい摘んでいるので、驚きが少ないのかもしれない。
今日がはじめてのイーニッドには衝撃が強かったようだ。
しばらくの間カーラに慰められていると落ち着いたようだ。
目元を赤くしながらも、ひゅっと背筋が伸びたイーニッドは、成り行きを見守っていた天音にこう告げた。
「アマネ様。私、こんなに美味しくて高価そうなもの、これ以上頂けません。
とはいえ、一口食べてしまいましたので……恐れながら、
食べ掛けのこの堅焼きパンを兄へのお土産として持ち帰らせては頂けないでしょうか」
決意を込めたイーニッドの言葉にさらに仰天した天音は手を振って否定した。
「いえいえ、ほんとに遠慮なんて……っ」
天音は一生懸命遠慮はいらないと説明するが、イーニッドは頑なだ。
カーラもどう説得すればいいか測りかねているようで、うまく口を挟めない様子だ。
そこへ、開け放していた扉の向こうからダリウスがひょっこり顔を出した。
「イーニッド。あんまり遠慮するものではありませんよ。
アマネさんは今後、生活における手助けの見返りとして
カーラと貴女にその堅焼きパンとお茶を振舞われたのです」
「手助け……でございますか?
でも私にはとても……」
「そうです。アマネさんはこちらに来られて間もない。
今までご実家の商会で働かれていたようですが
糸の紡ぎ方さえご存知ないのです」
どうやら助け舟を出してもらえたらしい。天音は心の底からダリウスにエールを送った。
(……内容が誘導尋問みたいだけど)
糸の紡ぎ方、と聞いてイーニッドははっとしたようだ。
ダリウスの瞳が怪しくきらりと光る。
すかさず畳み掛けた。
「ましてや布の織り方や刺繍など……わからないことは沢山あるでしょうねぇ。
イーニッド、あなたはそういった方面が得意分野ではなかったですか?」
「は、はい。手先が器用なので、そういったことでしたらいくらでも……」
「アマネさんも助かりますよね?」
話を向けられて、天音は無言でうんうんと頷いた。
いささか直接的だが、ダリウスの言い方のほうがストレートに伝わるのかもしれない。
「さて、そんなアマネさんからの申し出に
貴女が遠慮してお断りしたらどういうことになります?」
「あ……失礼に当たりますね………」
「その通りです。
手助けをしないという宣言に近くなりますね」
ダリウスの厳しい言葉にイーニッドは真っ青な顔でこくこくと頷いた。
どうやら納得してもらえたようだ。本当に良かったと天音は息を吐く。
このあたりの気の遣い方はダリウスの年の功、ということだろうか。
(ありがたい~ダリウスさんありがと~)
心の中でお礼を言っていると、ダリウスはにこにこと笑みを深めた。
「そんなわけで、私もアマネさんに文字をお教えする約束があることですし……
先払い報酬として1枚頂きますね」
ぬっと長い手を机の上に手を伸ばすと、ダリウスはあっと言う間に1枚のクッキーを抜き取っていった。
元からこれが目的だったらしい。天音は頭に疑問符を浮かべると同時に、呆れた表情で枯れた笑いを浮かべた。
「それでは、ごゆっくり~」
ダリウスの退場に毒気を抜かれたのか、カーラとイーニッドは呆然としているようだ。
天音は何だか真面目なことを考えるのがばかばかしくなって、クッキーを2枚手に取る。
「はい」
「むっ」
「ふぇっ」
隙ありとばかりに2人の口に押し込んで、自分も1枚口に含んだ。
バターがたっぷりと使われているおかげでしっとりさっくりお気に入りの味だ。
確かに貴重な甘味ではあるものの、天音としては独り占めするよりはこうして複数人で食べあったほうが楽しい。
「美味しいねぇ」
ぱくぱく天音が食べていると、2人も素直に口に押し込まれたクッキーを味わい始めた。
◆◆◆
それから3人でかしましく話し込んだ。
主に、カーラの婚約者に話題の焦点が当たる。
天音としてはカーラとイーニッドの手の荒れが気になっていたので、気がそれていたが。
そんな折、カーラから大きな爆弾発言が投下された。
「……だから、アマネさんがユーウェイン様の奥方様になれば
ホレスとさっさと結婚出来るかなって……」
「ええっ。アマネ様とユーウェイン様ってそういう関係……」
「違います違いますほんとに違うから」
ラベンダーティを口に含んでいなくて良かったと心の底から思った。
でなければ吹き出していたところだ。
天音の否定に対してイーニッドは疑わしげだ。
ロマンスの匂いをどうにかして嗅ぎ付けたい、という女性によくある欲望がちらほら垣間見える。
カーラの言い分はこうだった。ホレスとは1年前から婚約しているがまだ結婚の目処が立っていない。
ホレスが言うにはユーウェインに奥方がいないので部下が先に結婚するわけにはいかない、だそうだ。
よくよく話を突っ込んで聞いてみると、こちらでの結婚適齢期は16歳前後で、18歳でギリギリ、20歳で嫁ぎ遅れなのだそうだ。
(うおお……それだと私、完全に嫁ぎ遅れじゃん!)
そんな風に天音が戦慄しているとは露知らず、カーラは滔々と語り続ける。
もうすぐカーラは17になること。出来れば18までには結婚したいこと。
既にユーウェインの許可が出ていて新居も立っていること。
けれどホレスはしきりにユーウェインが結婚するまでは、と操を立てていること。
さらにカーラはこう語る。
ユーウェインはここ数年女の影がいっさいないこと。
もう23だと言うのに後継がいないのを領民が心配していること。
しかし婚約の噂も聞かず、嫁取りを急いでいる様子も見受けられないこと。
もしかしてユーウェインは女に興味がないのではないか、と思われていること。
そんな時にユーウェインが天音を連れて戻って来たことで「この際貴族じゃなくても気に入った女性に子供を産んでもらって」という雰囲気が少なからずあること。
(そ、そうか……23歳かぁ……)
ユーウェインが貴族である、という事実も少なからず天音を驚かせたが、天音が一番びっくりしたのはユーウェインの年齢だった。
体付きもガッシリしていてテキパキと部下に指示する様子から、勝手に20代後半かと思っていたが、想像以上に若かった。
しかも天音より年下だとは。
「結婚かぁ……私もそろそろ相手を見つけないと……」
「……イーニッドはいくつなの?」
「先日15になりました。あと1年以内にはお相手を見つけるつもりです」
……驚愕の事実。ピッチピチの10代2人に挟まれている20代の天音は少々肩身が狭い。
「アマネさんはおいくつなんですか?」
訊かれたくない質問が来たが、答えないわけには行かない。
天音は2人に近付くよう促して、ぼそりと年齢を告げた。
「え、えーっ!?」
「うそ……」
2人は天音をほんの少し年上ぐらいかな、と思っていたようで、相当驚かれた。
どうやら想定より若く見られていたらしい。そのことについては少しほっとする。
(さて……結婚適齢期を大幅に超えているわけだけど、どう説明するかなぁ……)
常識の違いを説明して納得してもらうのは、少しハードルが高いかも知れない。
きゃーきゃーと混乱している2人を見ながら天音はげんなりとため息をついた。
◆◆◆
「おい」
天音が考えあぐねていたところ、台所からユーウェインが現れた。
先程まで話題の中心だった人物が突然したことで、使用人部屋の中がしんと静まり返る。
「な、なんでしょうかっ」
動揺から一番はじめに復帰したのは天音だった。
がたっと椅子がなったのはご愛嬌だ。
別にこれといって悪口を言っていたわけではないし、結構小さな声でボソボソ話していたので外には話の内容が聞こえていない……と思いたい。
「それ」
ユーウェインは不機嫌そうに顎をくいっとさせた。
視線の先にはクッキーがある。
天音は、あ、と声を漏らした。
せっかくユーウェインに隠していたのに、ばれてしまったようだ。
くいくいと指を動かしているのは催促のアピールだろうか。
「……それとは?」
「それはそれだ。いいから寄越せ」
ちらりと皿の上を見ると、残り数枚に減っていた。
これくらいならまあ、あげてしまっても構わないだろう。
天音は渋々とお皿ごとユーウェインに渡す。
ユーウェインは早速クッキーを食べ始める。立ちながら行儀が悪いですよ、と言っても聞く気がない様子だ。
ため息をついてしょうがないなと思っていると、ユーウェインがふと思い出したように口を開いた。
「で、お前はいったいいくつなんだ?」
「………内緒です!!!!」
いずればれるかもしれないが、今のところは内緒にしておきたい天音であった。
26話は本日21時予定です。
タイトルは「やかましさんにんおとこ」です。
酔っ払いしか出て来ないむさくるしい話になりそうです。