24話 グリアンクルへようこそ
24話です。 ユーウェインとジャスティンの掛け合いは書いていて楽しいです。
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24話 グリアンクルへようこそ
「…………………いえ、やはり反対です。せめて買い取る量を半分に減らすべきです」
「まだ言うか」
2人は数分間、あるいは十数分と時間を掛けてじゃれ合いに近い議論を続けていたが、残念ながら天音の希望とは裏腹に終わる気配がない。
理性的なジャスティンと欲望に忠実なユーウェインとの性格の差が出ている。
これは誰かが間に入らなければ話がいつまで経っても進まなさそうだ。
天音は渋々口を挟むことにした。パン、と手を軽く叩くと2人の視線が天音の方へと向く。
「そもそもの適正価格を知りたいのですが」
開拓村に来てから、ジャムらしきものは見かけていない。
味付けは塩か酢で甘いものがないのだ。
なのでこちらでの甘味の価値がいくらほどになるのか天音は知りたがった。
「……それもそうですね。
ユーウェイン様、確か公都では甘味は上流貴族の方々の口には運ぶこともあるとか?」
「ああ。砂糖は公都では1袋金貨1枚する」
天音は絶句した。1袋がどのくらいかと問えば、ユーウェインはジェスチャーでこのくらいと表現する。
だいたい1~2kg程度だろうか。それにしても随分高い。目玉が飛び出る金額だ。
「カルヴァフマルからいくつもの領地を経て公都へ、だからな。
南方の香辛料も同じく高値がついている」
護衛や道中の旅費、領地から領地へ移動する際に発生する心付けなど、天音が考えていたより物凄くお金がかかるようだ。
天音はふと手持ちの調味料の残りをざっと頭に思い浮かべる。
塩はともかく、瑚椒や砂糖は節約しよう、と固く心に誓う。
「……実は、あのジャムに使った砂糖、金貨1枚分は超えてると思います」
正規に輸入したならば、という注釈が必要になりますが。そう付け足して、天音はおずおずと2人の顔色を伺った。
値段を釣り上げるつもりはないが、適正価格を訊ねた以上はこちらも正直に話したほうが良い。
しかし天音が懸念した通り、2人の表情が固まった。
「は?」
「ちょ、ちょっと待ってください。
どうしてそんな大量な砂糖を持っているんですか?
しかも砂糖をそのまま売れば生活には困りませんよ?」
「お、落ち着いてください」
天音はどうどうと興奮する2人をなだめようとする。
ユーウェインは大口を開けてポカンとしているが、ジャスティンの方は天音の事情を良く聞いていないようで慌てている。
どうにも居た堪れなくなって天音はユーウェインに視線を向ける。
「そもそもユーウェインさんは栗の甘露煮を作っていた時に
ご覧になっていたじゃないですか?どうしてそんなに驚いてるんですか!」
「はあ?あれも砂糖だったのか?あの白いのが?」
「そうですよ!」
興味深そうに天音の手元を覗いていたが、材料が何かはわかっていなかったようだ。
ひとまずユーウェインを落ち着かせると、天音は今度はジャスティンに事情を説明することにした。
以前ユーウェインに伝えていた内容をかいつまんで話すと、ジャスティンの顔にはっきりと驚愕の色が浮かんだ。
やはり信じがたいのだろう。ユーウェインのほうからあとでしっかりとした説明をしてもらった方が良いかもしれない。
また、砂糖をそのまま販売しないのかという問いについては、はっきりとNOと答えておいた。
「まず、私が持っている砂糖は今後再入手出来るかどうかわかりません。
たぶんこちらのものとは精製水準が違いますし、安易に手放せないんです」
「それについては俺からも口添えしよう。
ジャスティン、お前の実家に通せば金貨の1枚や2枚はたやすく手に入れられるだろうが
……必ず出自を疑われるぞ。実家からの横槍をお前だけで防げるのか」
「それはそうですが……」
ジャスティンは悔しそうに口ごもる。そういえば、ダリウスの実家が商会という話を聞いていたので、ジャスティンの実家も同じなのだろうか。
ならば商売人の息子としては、商売の種をみすみす逃したくはないだろう、と納得する。
「……ええと、砂糖のほうは、私としては加工物にして渡したほうが
良いと思っています。そうすればこちらの村だけでの消費になりますし……」
「うむ。俺もそれが良いと思う」
天音とユーウェイン、2人の意見にジャスティンも渋々頷いた。本当に渋々という様子なので、天音は内心申し訳なく思ってしまう。
それはそうとして、とユーウェインが続ける。
「高額な材料が大量に使われていると知った以上、
俺としては正規価格で支払いたい」
つまり金貨1枚以上の金額で8瓶を買い取るということだろうか。天音はとんでもないと首を振った。
「流石にそこまでの金額は頂きすぎです」
「そうです、あまりに金額が大きいと領内では目立ち過ぎます」
今度はジャスティンが天音の味方に付いた。
アシストありがとう、と天音は心の中でガッツポーズをする。
「ならば、何か他のもので援助をしたい」
ユーウェインとしては不当な金額で買い取る、というのは領の恥だと言う。
天音は困り果ててうーんと唸った。何かと交換……と考えてピンと来る。
「それでは、お家賃の期間限定免除というのはいかがでしょう?」
これは中々良いアイディアではないか。そう考えて2人を見遣ると、反応は悪くないようだ。
「良いですね。こちらからの金銭面での供出は抑えられますし」
「だがそれだけでは足るまい。薪代の免除もどうだ」
薪代の免除と聞いて天音は嬉しげに声を上げた。
「それはありがたいです!」
「ならばその2点。他にはないか?」
そう問われて、天音は少し考え込んだ。
冬の間はそうそう困ることはないだろう。ビタミン不足も錠剤があるので何とかなる。
だが春になったら途端に困ることになる、とそこまで思考が及んで、一つだけ考えついた。
「春になったら、畑を貸していただきたいのです。
栽培したいものがあるので……もちろん採れたお野菜は何割か
上納致します」
天音の申し出に、ユーウェインは鷹揚に頷いた。問題はないらしい。
ジャスティンも反対する様子は見せなかった。
そのままトントン拍子にさまざまなことが決まって行く。
これは村の規定通りの采配だが、半年間は税金の免除が行われる。
天音の場合少々特殊だが半年後は作物や加工物などで税金を支払う。
税率については半年後また相談する。穀物税ではないので少々ややこしいようだ。
春になったら一度洞窟に戻り引越しを行う。
その際人足が必要になるので、手間賃などは柿ジャムの報酬内から天音が支払う。
そして春には村全体の畑仕事も待っているので、可能な限り手伝うことになった。
「お前のような華奢な身体付きでどこまでの仕事が出来るやら」
ユーウェインのこの指摘については天音も反論出来ずに口ごもった。
実はこの一週間、水桶を運ぶ手伝いを申し出たが、ふらふらとしてかなり時間がかかってしまったのだ。
完全に力仕事に向いていないのはわかっているものの、遺憾たる思いでいっぱいになる。
「そうだ、出来れば文字を教えてもらいたいのです。
ダリウスさんに伺ったところ、ユーウェインさんの許可が必要だという事なので」
打ち合わせも終盤になったところで、天音は思い出したようにユーウェインに問い掛けた。
ちなみにジャスティン、ダリウス、カーラ以外の人間の目がある時には様付、という話に落ち着いている。
「問題ない。好きにするが良い」
ユーウェインの許可が恙無く降りたので、天音はほっとして一息つく。
カーラや村人たちは、足し算引き算は出来るが文盲だ。
農民は自分の名前が書ければ良い方だ、という常識は天音にとってはカルチャーショック以外の何ものでもない。
聞いたときは驚いて声をあげたほどだ。
そんな環境なので、天音が文字を覚えることに懐疑的な意見もあるかもしれない。
ユーウェインの許可があれば大っぴらに学べるので、そのあたりの問題も解決出来るだろう。
◆◆◆
その後天音はダリウスに細かな報告をした。
カーラは既に帰宅していたようで姿が見えなかったのは残念だ。
部屋は冬のあいだは暖炉のある客室を使うようにと言われたこと。
薪代はユーウェイン持ちであること。
食材については、基本的に天音の分は自己負担であること。
カーラと話し合って台所の使用調整を行うこと。
また、作った食事については3日に1度はユーウェインにも持って行くこと……などなど。
以上を伝え終える。
最後の1つを聞くと流石にダリウスも呆れ顔だった。
「確かにアマネ様のお食事は美味でしたが、やれやれ、
旦那様も食いしん坊が過ぎますなぁ」
税金の代わりと思っておきます、とだけ天音は言った。
ユーウェイン分で使った食材は倉庫の食材と等価交換、という話に落ち着いたあと、文字のことも伝えた。
「それでは、不肖ダリウスがアマネ様にお教え致しましょう」
ダリウスの仰々しい様子に天音は思わず吹き出してしまう。
軽快な対応に天音は少し気を緩めて、これからは同僚になるのですから様付けは止めてくださいね、と笑いながら言った。
一応契約としては明日から正式に領民となる手はずとなっている。
ダリウスは納得顔で頷いた。
「わかりました。明日からはそうさせてもらいましょう。
これからよろしくお願いいたします」
「こちらこそ、よろしくお願いします」
◆◆◆
その日はとても気分良くまぶたが落ちた。生活の目処がようやく経ったのが大きいのだろう。
随分と気疲れしていたがようやく息が付けそうだ。
朝はすっきりとした目覚めで、マイケルさんの様子を見たあと天音は館付近を散策しようとふと思い立った。
外に出るときはジャスティンに声を掛ける約束になってはいるものの、まだ早朝だ。
そこまで遠くに行かなければ問題ないだろう、と判断する。
マイケルさんは天音とともに開拓村へと来ていたが、相当元気がなかったため、しばらく静養させていた。
客室の暖炉脇に鉢を置いて放置していただけとも言うが。
暖かい環境で水をたっぷり吸ったマイケルさんは、今では元気に壺を揺らしている。
しかし餌がないので可哀想なことをしている。ハエはどこかにいないだろうか。
そんなことをつらつらと考えながら、館の裏庭に足を伸ばしていた。
吐く息はとても白く、頬に当たる風もひんやりと冷たい。
太陽が出てまもないため薄暗い庭を天音はとぼとぼと歩く。
裏庭は、ある程度雑草を抜いてあるものの荒地の状態だ。
日が当たる設計になっているので、雑草も生えやすいのだろう。
春になればここにハーブや野菜を植えることになる。
(春になれば……か)
秋だと思っていたらいつの間にか冬になっていて、それから春へと移り変わっていく。
季節は天音の気持ちなんて待ってはくれず、時間は過ぎて行くばかりだ。
(……帰りたいのかな、私)
こちらへ来てから切ないような気持ちがずっと心に残っている。
空を見上げるとまだ月が残っていて、その数を数えようとして止めた。
(わかってる。ここは日本じゃない。私はここで、生きて行く……)
上書きするかのように何度も何度も天音は心の中で呟いた。
ふと気が付くと、天音の後ろにユーウェインが立っていた。
驚いて視線を向けると、声を掛けられる。
「このような早朝にどうしたのだ」
心配げな調子が声に含まれているように感じて、天音はちょっぴりうろたえた。
だがそれも一瞬のことで、すぐに気持ちを整えてユーウェインをまっすぐ見やる。
「散歩でもしようかと思いまして」
声は震えていないだろうか、と何だか急に天音は心配になった。
目の前のユーウェインは泰然としていていつもと変わり無いように見える。
違うように思えるのは、ほんの少し瞳に気遣いが感じられるからだろうか。
「そうか」
ユーウェインは何も聞かず、天音は何も言わなかった。
「そういえば、今日からはこちらで領民としてお世話になりますね。
よろしくお願いいたします」
「……ああ」
ユーウェインはかすかに驚いたように目を見張った。
食事が関わっていない時のユーウェインは実に品行方正で、そのギャップについ天音は苦笑を漏らす。
そんな天音にむっとしたのか、ユーウェインはフンと鼻を鳴らして、一歩天音に近付いた。
「我は騎士ユーウェイン。ユーウェイン・マク・ウリエン・グリアンクル。
アマネ、そなたを歓迎しよう。グリアンクルへようこそ」
そう言ってユーウェインは淀みない動きで騎士礼を行い、そっと天音の手を取ると茶目っ気たっぷりに指先に唇を落とした。
25話は29日12時に更新予定です。