19話 開拓村の朝
19話です。あと1話で20話。頑張ります。
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19話 開拓村の朝
高笑いをしそうな勢いのユーウェインを見送ったあとに残ったのは、好奇心が混ざった視線だった。
天音はしばし呆然として、ふと我に返ったあと後ろを振り向いて、見知った顔を探す。
一番近くに居たのはジャスティンだ。彼もまたポカンとした顔をしていたが、天音の視線に気が付くと表情を引き締めた。
「館へお戻りになられますか」
村の入口に焚かれた松明がパチリと爆ぜる。眉を寄せているのは距離感に悩んでいるためだろう。
心底共感するが、ひとまず彼の申し出に天音は頷いておいた。
「マルコ、パーシー。お前らは引き続き夜番だ。朝になったら交代要員を寄こす。
魔狼が村に紛れ込むかもしれん。心して見張れよ」
「わかってますって」
「あとでその子紹介してくださいねぇ」
「バカ野郎。ユーウェイン様の客人だぞ。弁えろバカ」
マルコとパーシーと呼ばれた二人組は砕けた口調でジャスティンに話しかけている。
気の知れた間柄のようだ。
ジャスティンはというと、天音の方をチラチラと見て、申し訳ないような、あるいは苦虫を噛み潰したような顔をしている。
「お前ら、客人の前だぞ。少しは黙れ!」
一括されると二人の肩がひゅっと小さくなる。
とはいえ、ジャスティンよりも大柄な体格をしているためか、何とも緊迫感がない。
自己紹介も何もしていない状態でのユーウェインの不在。
いつ戻るかもわからず、天音の処遇に困っている様子がそこかしこに見て取れる。
緊急とはいえもう少し話す時間が取れたら良かったのだが、どうにもタイミングが悪い。
だが、彼らに歓迎されていないというわけではないようだと天音は思った。
◆◆◆
食事は夜も遅いし疲労度が高いため、スープのみにしてもらった。
そうカーラに伝えると、少しほっとしたような顔をしている。
後片付けまで館に残らなければ行けないから、早めに帰宅出来そうで安心しているのだろう。
天音としてもこのような時間帯に無理強いさせるわけにはいかない。
手早くスープを頂いて、お皿を下げてもらった。
肝心の味だが、野菜とベーコンの味が抜けたような、何とも言えない味だった。
言葉には出さなかったが、塩気が足りない気がしたのは気のせいだろうかと独りごちる。
こちらの郷土料理や味の基準がどんなものか、これから覚えて行きたいと天音は思った。
食事を終えたあと、ダリウスに案内されて寝室へと向かった。
カーラは既に退去していた。明日の朝、また来るようだ。
ベッドは上等なお客様用のものらしく、手で触って確かめると木材に模様が彫り込んである。
暗くてほとんど見えないのがとても残念だ。
とはいえ疲労もピークなので、観察して楽しむのは明日以降としよう。
ベッドの感触はどちらかと言うと……硬い。
話に聞いていた使用人用の藁布団のほうがどちらかと言うと柔らかく寝心地が良さそうなイメージだ。
ただ布団の好みは人それぞれだしと思い直す。硬いほうが貴人にとってはデフォルトなのかもしれない。
天音はそんなことをつらつらと考えながら深い眠りに落ちて行った。
◆◆◆
翌朝、天音は筋肉痛になっていた。
1日中無理な体勢だったのだからおかしな話ではない。
だが身体のケアを忘れていたので痛みは酷くなっている気がしなくもない。
昨晩とは違って、部屋の中が随分明るくなっているため、調度品など気になっていた部分を細かく見ることが出来た。
柱や腰壁には細かな蔦のような模様が彫り込んである。
しっかりと艶出しもされていて、長く使えば味が出てくるだろう。
壁には刺繍された布がかけられている。色合いは白を基調として、ガーベラのような花と小さい葉っぱが散りばめられていた。
「綺麗……」
窓はどの部屋も共通のようで、小さいものだ。カーテンはかけられていない。
扉を開けてからかけ直すのかもしれない。
「やっばいこれは……痛い……」
居候の身分なので何時までも寝ているわけには行かないと思いつつも、動けば痛みが走る。
やっとのことでベッドから抜け出し、身支度を終えると、扉を叩く音が聞こえた。
「失礼致します。お目覚めでしょうか?」
「あ、はい。起きてます」
カーラの声だ。朝食の支度が出来たとの知らせのようで、天音はカーラの案内に従って食堂へと赴く。
明るい中でのカーラは羨ましいぐらいにスタイルが良い。
特に胸とお尻は大きく、ウェストラインはキュッと引き締まっている。
きっとモテるに違いない。快活で働き者のイメージを勝手に作り上げているため、尚更そう思う。
食堂の扉の前にはダリウスが待機していた。
カーラは一礼してそのまま台所へと向かう。
どうやら館の使用人は少ないらしい。疑問に思って訊ねてみると、こんな答えが返ってきた。
「兵が多いため食事担当を設けたほうが本来は良いのですが、
今のところ旦那様の命で館には人を増やさない方針なのです。
ですので旦那様の食事はカーラが通いで作り、
他の物は当番制で用意しております」
村に雑貨屋兼パン屋があるため、まとめて注文しているようだ。
でも待てよ、と天音は首を傾げた。
館に人を増やさない方針だとしたら、ユーウェインの料理人にならないかという申し出には少し矛盾があるように感じる。
そのことをそのまま伝えると、ダリウスは一瞬眉を上げて、そのあと納得げに頷いた。
「そうなのです。……私共も驚いております」
少々含みがあるような気がしたが、その話はそこで打ち切りになった。
料理が出て来たからだ。
メニューは単純で、黒っぽいパンに昨日と同じようなスープ、野菜の葉っぱのサラダにチーズ。
これだけでも天音としては十分に満足出来るレベルだったが、カーラやダリウスは申し訳なさそうに眉を下げていた。
「冬ごもりの最中でして
このようなものしかないのですが……」
「いえいえそんなことはないですよ!」
否定したものの、天音には気になっていることがあった。
パンやスープはともかくとしてサラダにドレッシングや調味料がかかっている様子がない。
口に出して訊くのもはばかられたので、ひとまず食べ始めることにした。
黒パンはとても硬かった。手で割いてから食べようとしたが、なかなか割けない。
やっとの思いで小さくしたパンをひとかけら口に含む。やはり硬い。
パン自体に水分がないため唾液がどんどん吸い取られていくのがわかる。
パンを何とか飲み込んだあと、スープに手を付ける。
スープは昨日よりも更に味が薄くなっていた。
おそらく昨日のものは残りものを煮詰めたため水気が飛び、結果として塩気が残ったのだろう、と想像してみる。
サラダは塩も振っていないようで苦味が強かった。
ただ野菜の味自体は悪くない。新鮮なものを出してくれたようでほっこりする。
チーズは牛乳から作られたものではないようで、臭みが強い。
塩気があるのが救いだ。なるほど、チーズで塩気を調整しているのかもしれない。
黒パンは試しにちぎったものをスープに寄せて食べてみることにした。
口の中でふやかせば食べられたので、ならば水分を多くすればと思ったのだ。
予想は当たって、何とか普通に食べられる柔らかさになった。
全体的には味が足りないように思うものの、丁寧に作られているので天音は好感を持った。
時間をかけて食べ終わると、ごちそうさまでしたとお礼の声を掛けて食事を終わらせる。
天音が完食したのを見て、ダリウスもカーラもほっとしたようだ。
主の不在に客人に何か粗相があっては問題だと心配しているのだろう。
天音の方もそれを感じていたので実は結構緊張していた。
無事に食事が終わってほっとしたあとは、館の案内だ。
主にカーラが案内してくれた。天音はここぞとばかりにトイレ事情について訪ね、色々と情報収集を行う。
大変残念なことだが、現代日本のような衛生環境は望むべくもないことがわかった。
幸い、館の井戸とトイレは離れた部分に設置されていたので、水質汚染についてはひとまず問題ないようだ。
今は客人扱いされているが、今後は違う立場になるだろうということで、ダリウスの許可のもと台所や洗濯場も拝見させてもらった。
田舎暮らしに慣れていなかったのが悔やまれるが、せめて自分の身の回りのことぐらいは自分で、と心に決める。
外出については条件を付けられた。
「この村はお聞き及びかと存じますが開拓村です。
開村から5年ほどしか経っておりませんゆえ
人の流出が安定していないのです。
アマネ様には申し訳ないですがしばらくの間、
外出される際はジャスティンにお声がけください」
天音は素直に頷いた。
◆◆◆
天音は今日のところは外出を控えて今後のことを考えることにした。
荷物の整理をする、と言って臨時で与えられた客室に篭る。
窓は開いていなかった。部屋の中とはいえ風が入ると冷えてしまう。
その分部屋の中は薄暗い。ロウソクだけでは心もとないのでランタンを探すことにした。
森のツリーハウスに大半の荷物を置いて来たため、天音の手にある荷物は随分少ない。
医療品にちょっとした調味料、ミニ裁縫道具、化粧品や下着類。
これらは小さな机の上に置いてあった。
そしてリュックの隣にランタンを発見する。
ハンドルをまわしてランタンに明かりを灯した。
リュックから真新しいノートを取り出した天音は今後の計画について書き始めた。
以前使っていたノートは自宅に置いてある。ちょうどキリの良いところでノートが終わったためだ。
天音はユーウェインが戻る前になるべく自分の意見を固めておきたいと考えていた。
ユーウェインのあの気に入り様を見ると、天音に何らかの意思がない限りは流されそうな気がする。
よって気持ちの整理をするために目標を設定することにした。
日本に帰れるかどうかは条件があやふやなため除外する。
・仕事をして生活費を稼ぐ
・こちらの文字、数字を覚えて仕事に役立てる
・調味料を手に入れる
天音が考えた目標はこの3つ。この目標を元に、達成条件を考える。
まずは一番上だ。お金がなければ生活は出来ない。
生活費がどのくらいかかるかが問題だ。天音は自分が畑を耕して自給自足出来るかどうか、今いち確信が持てなかった。
手慰みの家庭菜園程度なら問題ないが、こちらの人間の体つきや足腰を見ると、天音の貧相な身体で農作業に耐えられるのかどうかは酷く怪しい。
ともあれまずは情報収集からはじめることにした天音は、パタンとノートを閉じた。
扉から飛び出ると、すぐ傍にジャスティンが待機しているのを発見する。
「あの、外出に付き合って頂けませんか?」
真剣な顔付きの天音に、ジャスティンは目を丸くして頷いた。
20話は22日12時に更新予定です。