11話 死の山の呪い
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11話 死の山の呪い
ユーウェインの体調はまだ良くない様子だ。
顔色は悪くないが熱のせいか頬に赤みがある。
「すみません、昨日お薬が強すぎたみたいで、一時的に胃が荒れていたと思います」
「問題ない」
謝罪はあっさり受け入れられたようでほっとする。
胃の調子がそれほど悪くないことに少し安心して天音は食事作りを始めた。
と言っても素材が限られているため簡単なものしか作れない。
そういえばモモ缶があったことを思い出す。
熱を出している時はモモ缶だよね、とデザートに出すことにする。
おかゆに乾燥野菜やベーコンを足し、出汁と塩で味を調える。
汗をかいているだろうから塩気は少し多いめにしてある。味見はしたが口に合うだろうか。
動物性タンパク質も取ったほうが良いかもしれない。残っていた豆腐を裏ごしして入れる。
ユーウェインはおとなしく寝転んでいたが天音の行動を興味深げに見ていた。
目つきは相変わらず胡乱げだ。もしかすると地なのかもしれない。
出来上がったあつあつのおかゆを器に入れてお盆に乗せる。
木製の椀を使ったので持つ時にそれほど熱くないはずだ。
ユーウェインは天音の手を借りることもなく起き上がっていた。
拍子抜けした天音は木匙を差し出す。
「食べるときはこれを使ってください」
「わかった」
漆塗りの木匙を手に取ったユーウェインはまじまじと器と匙を見ていた。
特に木匙に興味を覚えている様子だ。
匙に少しだけ舌を乗せてしばらく動かなくなったユーウェインに、天音は不思議そうに声を掛ける。
「……あの?」
何か不都合でもあったのだろうか。ユーウェインはちらりと天音を見ると、少し息をついておかゆを掬った。
が、一向に食べ始める気配がない。
「………すまないが先に一口食べろ」
そう言って差し出された匙に天音はきょとんとしたあと少し躊躇した。
相手の意図を測りかねたからだ。
とはいえユーウェインを見ると大真面目な顔付きで引く様子がない。
仕方なく天音はぱくり、と匙に食いついた。行儀が悪いのは承知の上である。
「美味しいですよ?」
(さっき味見していたの見てなかったんだろうか?)
しっかり噛んで飲み込んだあとそう伝えると、ユーウェインは憮然とした表情で黙々と食べ始めた。
一体何がしたかったんだろう、と天音はこっそり思い悩む。
「!」
一口目を味わえばあとは早かった。
匙自体が小さいので一度には食べられない。
そのためかユーウェインは恐ろしい早さで器と口とを往復させていく。
味については問題なかったようだ。
あっと言う間に空になった器をユーウェインはずいっと天音に差し出した。
「あ、お代わりですか?」
天音は慌てて二杯目をよそった。
食欲があるのは何よりだったが、二~三食分と予想していたおかゆが一食でなくなりかけていることに天音は驚いていた
。
また後で干飯を作り置きしておかなければいけないな、とメモに残しておく。
幸いユーウェインの食欲は二杯目で終了したらしい。
天音は次にモモ缶を陶器のボウルに開けて差し出す。
フォークはプラスチック製の使い捨てのものを用意した。
「……これは何だ」
「モモです。ビタミンCが豊富なので発熱している時にはとても良いんですよ」
「びたみん……?」
訝しげな様子で恐る恐るフォークでモモをつつき出すユーウェイン。
「!!」
こちらも、一口食べればあっという間で、モモはぺろりと平らげられた。
もちろんこちらも事前に天音が味見をしている。
(モモ缶うまー)
味見する理由について一つ思い浮かんだことがあった。
ユーウェインは傷を負って発見された。つまり加害者がいるということだ。
返り血を考えるとユーウェインも加害者であるという可能性も捨てきれないが、ひとまずそのことは置いておく。
ユーウェインの反応を観察していると、どうも危害に対して鋭敏になっている様子が見受けられる。
食事について警戒しているのは毒の混入があるかもしれないからではないか。
(あんまり想像したくないけど……殺伐としてるよね)
食事はつつがなく終わった。
味はどうだったかとユーウェインに問うと、「悪くなかった」という返答が返って来た。
熱を計るとだいぶ下がっている様子だったので、湿布だけ交換することにした。
昨日は随分腫れ上がっていた腕だったが、ひと晩湿布を貼っていたことで炎症が治まっていた。
「固定具はそのままにしておきますね」
包帯を巻き終わって後片付けをしているとユーウェインからのある申し出があった。
剣の手入れをしたいようだ。血がついたままだと剣が傷んでしまうとのことで、天音は慌てて納戸に取りに行った。
「ミァスのコブには革袋が取り付けてある。そちらも頼む」
ユーウェインの言う通り、コブの傍には革袋が取り付けてあった。
もふもふとした毛を撫で付けたい欲望に駆られるが、ぐっと我慢して部屋へと舞い戻る。
「ええと、こちらで宜しいでしょうか」
(うう、ほんとに血がついてるよー)
水の入ったボウルとオリーブオイルを渡すとユーウェインは無言で手入れを始める。
絹の布だろうか、光沢のある布に水を含ませて丁寧に血のあとを拭っていく。
剣は刃渡りが90cmほどだろうか。持ち運びの際、随分重いものだと感じた。
短剣も持って来たが、こちらは使用していないようだ。
怪我している手はあまり酷使しないほうがいいが、天音では手入れの仕方がわからない。
まずは観察して、2~3回と続くようならやり方を覚えさせて貰おう。
とはいえユーウェインは怪我しているにも関わらず涼しい顔で手入れを行っていた。
思い入れがあるようで手つきは丁寧だ。
ユーウェインがゆっくりと剣の手入れを行っている間に、天音は断りを入れて栗の渋皮煮を作ることにする。
あまり時間がないので、甘露煮は諦めることにした。
分けて煮るとその分燃料もかかってしまうので妥当な判断だろう。
ガスがもったいないため圧力鍋を使う。
蒸し芋を作る時に圧力鍋を使えれば良かったのだが、生憎と天音が持っている圧力鍋は小さいので余計な燃料を消費してしまう。
そんな理由で蒸し器の使用の流れになったのはある種仕方がないと言える。
圧力鍋に渋皮付きの栗を敷き詰めてひたひたになるまで水を入れる。
重曹を大さじ2ほど入れて火を入れる。そして1分間加圧する。
シュシュシュシュピ―――――!
「……っ!!!!」
圧力鍋の蒸気口から出された高い音は部屋によく響いた。
遭難前まではこれほど大きく感じなかったが、洞窟内に部屋があるので反響音が凄い。
後ろではユーウェインが大きな音に目を丸くしていた。
先程から天音の一挙一動にビクッとなっていたため観察されているなとは感じていたが……。
「……あー、蒸気が出ているだけなので、心配いりませんよ」
何とか落ち着いてもらおうと身振り手振りで大丈夫なことをアピールする。
言葉の内容が伝わっているかはともかくとして、天音の様子にトラブルの様子がないと判断したのか、ユーウェインは再び手入れに戻った。
取り出した栗を水洗いして、爪楊枝で一つ一つ太い髭の部分を取って行く。
ある程度綺麗にしたものをひたひたになるまで水に付けて、またひと晩放置だ。
冷蔵庫に閉まって後片付けを終えると、ユーウェインのほうも作業を終えていた。
さて、話し合いの再開だ。
食事前は、ついついお互い気が急いてしまって話が進み過ぎていた。
お互いの事情が良くわからないままというのは誤解の元になりかねない。
そう思った天音は大凡の事情を把握するため質疑応答の時間を持ちかけた。
ユーウェインも重要性が高いと感じたらしい。迷わず頷いた。
ユーウェイン側の事情は、掻い摘んで説明するとこういうことだった。
・探し物のために村を出た。
・途中、森の奥で数人の農夫崩れの野盗に襲われた。
・退治したものの、怪我が元で高熱を出してしまい気を失う。
・気絶したユーウェインをミァスが洞窟まで運び込んだ。
そして天音が助けた、という流れだ。
探し物についてはユーウェインは口を濁していた。
取り立てて興味もなかったので天音は聞き流す。
あまりプライベートなことに立ち入るべきではないと考えたからだ。
「飛び起きた際に乱暴な対応をしてすまなかった」
「いえ、気にしていません。緊急事態でしたから」
ユーウェインが真摯に謝罪をしてくれたので、天音も素直に受け入れることにした。
お互い思わぬ出来事に動転していたこともあっただろうし首を絞められたといっても、あとには残っていないようだったのも大きい。
恐らく手加減をしてくれていたのだろうと天音も考えている。
そして天音側の事情説明が始まる。とはいえ荒唐無稽な話だ。
あらかじめそこを念押ししておいたがユーウェインは訝しげに眉を寄せるだけだった。
まず何から話せば良いのだろうか。
「ええと……私はニホンという国に住んでいたのですが」
「ニホン?」
「はい、東の方の島国で……」
当たり障りのない嘘を付くことも考えたが、結局本当のことを話すことにした。
誠意に欠けるし、何より天音は嘘をつき続けられるタイプではない。
向いていないことを無理に行おうとすればどこかで歪みが出る。そう判断して天音は包み隠さず事情を話した。
日本で普通に生活していて、朝起きたら突然部屋ごと雪山に遭難していたこと。
同居人とも連絡が取れないこと。
そして食料は十分にあるが今後のため出来れば人里に下りたいことも伝えた。
「……何とも珍妙な話だな」
ユーウェインは流石に信じがたいと頭を抱えていた。それはそうだろう。
天音からして他人から聞かされれば自分の耳の方を疑う。
「しかし納得できる部分はある……
異邦人か」
聞きなれない単語に天音は首を傾げた。二重音声のように音がぶれた気がしたのは何故だろうか。
しばし沈黙が流れる。天音は辛抱強く相手の出方を待つ。
すると、ユーウェインから驚くべき事実が明かされた。
「気になっていたことがある。俺は先ほどから……
古イアルトーグ語
グィーゴール語
アルス語
ホルファウト語と4つの言語を使って会話していた」
やはり疑わしかったらしい。当たり前のことだが。
見慣れない風貌なのでよその国の間者かどうか確認していたようだ。
いつの間にそんな器用なことをしていたのだろう。そして4つの言語を操るという点に天音は尊敬の念を抱いた。
(マルチリンガルの人なんて始めて見たよ)
しかし本題はそこではない。
「日本語じゃなかったんでしょうか」
「ニホン語など聞いたこともない」
あっさりと言い捨てられた。
薄々気づいていたがユーウェインは日本という国名に何の反応も見せない。
とするとここが地球でない可能性が更に高まった。むしろほぼ確定だ。ここは地球ではない。
地味に落ち込みそうになる心を懸命に叱咤した。
ユーウェインは静かに続ける。冷静な声が今の天音にとってはとてもありがたい。
「会話の内容はどうやら伝わっているようだな」
「はい」
「それぞれの発音の違いはわかるのか?」
「いえ、まったく同じに聞こえます」
「……俺にはそちらがグィーゴール語を話しているようにしか聞こえん」
最初に会話した時、気付いてしかるべきだったが緊急事態ということでスルーしていた。
そもそもどうして日本語が通じるのか確認しておくべきだったかもしれないが元の木阿弥である。
そして発音だが、二重音声に聞こえる部分があるので集中すればもしかすると何とか聞き取れるかもしれない。
あとで試してみるのも一興だろうか。
「な、何が原因なんでしょう」
恐る恐る天音が質問すると、ユーウェインは眉を寄せてしばらく押し黙った。
「…………恐らく、死の山の呪いだ」
天音は唇を引き結んで表情を固くした。
死の山の呪いだなんて、ファンタジー過ぎます。
12話は12日の12時に更新予定です。語呂がいいですね。