1話 コピー機は何でも知っている
連載はじめてみました。
1話
コピー機は何でも知っている
「森園さん、宅急便で~す」
仕事終わりに急いで帰宅したところで、宅急便のおじさんが汗を掻きながら荷物を持ってきてくれた。
――もう秋の終わり。
それでもマンションの階段を上がり下がりするのは大変だったことだろう。
帽子をあげて去ろうとするおじさん。
宅急便の受け取り主はそれを引き止め、せめてもの御礼にとペットボトルのお茶を渡す。
森園天音25才、細やかな心遣いと気配りがモットーな、至極一般的なOLだ。
「ありがとうございまーっす!」
笑顔でお礼を言われて悪い気はしない。
天音は扉を閉めて鍵を掛けてから荷ほどきを始めた。
総数は何と6個。
【と、ど、い、た、よ。あ、り、が、と、う】
まずは中身をざっと確認、すぐさま御礼のメールを送った。
送り主は叔父だった。
叔父が昨年会社を早期退職して畑を耕し始めたので、収穫期になるとおすそ分けという名の独り身支援物資が届く。
もちろん、もらってばかりでは悪いので、天音の方からも時折贈り物をしている。
「……ふんふん。柿はジャムに、さつまいもは干し芋とペーストにして冷凍庫か」
荷物の中は、秋の味覚のオンパレードだ。
かぼちゃ、さつまいも、さといも、じゃがいもに、柿。そして栗。
9月に収穫されたものだが冷蔵室に保存すると糖度が増す。
今は10月末なので、ちょうど食べごろというわけだ。
しかし糖度の上昇は限界に達すると落ちていくので冷凍庫に入れる必要がある。
他、葉物野菜やきのこ類。きのこは知人と収穫物を物々交換したもののようだ。
一人だと消費するのに苦労しそうな量だが、天音は先輩と二人暮らしなので、長期保存すれば十分に食べ切れるだろう。
「そういえば佐波先輩は、そろそろキャンプをはじめてるかな?」
佐波香苗は、大学時代の先輩だ。
――天音は4年前に事故で両親を亡くした。
突然のことで家賃を払うあてもなく、途方に暮れてしまっていた。
しかし佐波先輩が「マンションを買ったから一緒に住もう」と疾風のように現れるや、拉致するがごとく天音を攫っていった。
これが二人の一緒に住み始めた経緯である。
最初の方は戸惑うことも多かったが、なんだかんだで上手くやっている。
佐波先輩は家事スキルはあまり高くないので、天音がフォローすることができた。
また生活費など金銭面については互いにキッチリしている。
この関係性のバランスが、二人の同居生活を長続きさせている要因だった。
佐波先輩は引っ込み思案な天音と違ってアクティブな性格をしている。
職業も一般職の天音と対称的に、乾物を取り扱う商社の営業職である。
やれ山だ谷だ川だ海だと、休みになるたびに出かけてはアウトドアライフを楽しんでいる様子で、体験談を聞くのは天音の楽しみのひとつ。
最近多忙を重ねていた佐波先輩は、ようやく昨日、久々に有休をまとめてとることを許された。
それこそ今朝は弾けんがごとく、愛用のスーパーカブ90に荷物を積んで飛んでいった。
行き先は聞いていないが、毎日寝る前には連絡を入れると言っていた。
だとしたら、そろそろメールか電話が来るはずなんだけど……。
――おっ!
「きたきた」
以前、佐波先輩に「山に電波が届くのか?」という疑問を投げ掛けたことがある。
返答は、
『キャリアにも寄るんだけど、アンテナ立つ山が多いよ。あんまり標高高いところだと厳しいみたいだけど。ちなみに私はアンテナ立ちやすいmocomo使ってる』
というものだった。
山間部では遮蔽物がないので、開けた場所ではかえって電波が届きやすいパターンもあるそうだ。
TO :モリゾー
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件名:撮ったどー
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本文:朝からうろうろと観光しつつ、
無事目的地に着きました☆.。.:*・
ご飯を終えてテント設営も終わって、
現在まったりコーヒータイムです。
明日は朝から食材探し。何か見つかるかな?
この写真、何かわかる???
たぶんシカ。目が光ってる。
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添付:Yknk.jpg
添付ファイルには、木々の隙間に光るシカの目が写っていた。
街中でシカはまず見かけないので、天音にとっては珍しい1枚だ。
モリゾーは天音の苗字森園をもじった呼び名。といっても呼ぶのは佐波先輩だけだ。
「わー凄い。そして結構怖い……」
夜というシチュエーションに、光る目というのは、なかなかドキッとしてしまう。
一瞬ホラーな写真に見えたが、野生動物の群れにテンションが上がっている佐波先輩を想像して「ふふ」と笑みがこぼれた。
添付ファイル名は佐波先輩が今食べたいものを名前にしているに違いない。
「蛇や虫に気を付けてくださいね……、帰ってきたら秋の味覚と焼肉が待ってますよ…、と、送信」
天音が対人での危険の有無に言及しなかったのには理由がある。
佐波先輩は合気道と柔道の有段者。
何より「逃げ足には自信がある」と本人が豪語している。
しかもアウトドア慣れしてるとくるものだから、素人の天音としては特に言えることもない。
「気をつけてね」、ただその一言だけだ。
――すぐに返信が来た。
TO :モリゾー
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件名:Re:Re:撮ったどー
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本文:蛇のさばき方は先日知人に教えて頂いたので
出てきても大丈夫です。
むしろ食材になるので、大歓迎かも。
この時期は川が禁漁になるのが残念だけど、
その代わり木の実や山の幸で
お腹を膨らまそうと思います。
ちなみに今日は秋グミが生っていたので、たくさん採ったよ。
持って帰るからジャムにして!
焼肉祭り!
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まるで山の民のような返答だ。
問題なく採取生活を楽しんでいるような佐波先輩に、微笑ましいような、しかし妙齢の女性がこれでいいのだろうか、と複雑な気分にさせられる。
(まあ、そこが佐波先輩らしいとこだよね)
と、無理やり納得してみるが、佐波先輩だから、という一言で納得出来る気もするのも確かなところだ。
街中でも自然でも、夏が過ぎると繁殖の時期に差し掛かるので、秋から冬にかけては禁漁とされている。
そして入れ替わりにシカ・イノシシ・クマ等、野生動物の猟が解禁される。
人里に下りて畑を荒らす場合、狩猟免状を持っている猟師が山に入ることになる。
佐波先輩は狩猟免状を持っていないため、野生動物の狩猟は出来ない。
だが、取得自体には興味を覚えているようだ。
女猟師誕生の日も近いのかもしれない。
【ジャム、了解です。
佐波先輩が帰宅する頃には、柿ジャムも作り置きしておきますね。
それではそろそろ就寝します。おやすみなさい……】
そう返信して携帯を見ると、トップに見知らぬアプリアイコンが表示されているのを見つけた。
(そういえば、さっき紹介メールが届いたんだった)
ネットショッピングをした際、販促メール受け取りに間違えてOKを出してしまったのだろう。
他愛ない無料アプリの紹介メールだったのが救いだ。
しかし、天音はその無料アプリをDLした覚えがなかった。
不審に思いつつもアプリを開く。
中身は単純な家計簿ツール。これなら特に警戒することもあるまい。
「使えたら使う、勝手が悪かったら消去すればいいもんね」
そう取り直して、時計を見ると――22時。
就寝には少し早いが、明日は朝から頂いた野菜の保存処理に大忙し。
お風呂の用意をして、早めに布団に入る事にする。
スマホのバッテリー残量は30%。
天音は電源をオフにしてから充電器に差し込んだ。
◆◆◆
その日、天音は不運に見舞われた。
いつものように会社に出社すると、急遽、大手会社との会議があるとかで、天音1人に会議資料のコピーが任されることになったのだ。
権力には逆らえない……と内心で呟きながらも、天音は書類を作っていく。
職場で使っているコピー機は、原本をセットして設定をすれば自動的に仕分けしてくれる最新式のはずなのだが、使用を許されたのが何故か旧式タイプのコピー機。
『きゃー!紙がー!』
しょっちゅう紙詰まりやインク切れを起こし、その度に他の社員から白い目で見られてしまう。
(そんな目で見てないで、少しは手伝ってくださいよ!)
そしてやっと順調にコピーが進んだが、今度は印刷が止まらなくなり、紙がコピー機の周辺に溢れ出した。
天音はコピーされた紙束にどんどんと足の置き場をなくしていく。
腰の位置にまで紙が押し寄せてきたとき、とある書類が天音の目に止まった。
『何これ……?家計簿?』
押し寄せる紙海のうねりの中、一瞬だけ見えたそれはあっという間に埋もれて見えなくなった。
(無料アプリのアイコンが見えたような……)
『ピ―――――――――ッ』
耳をつんざく音に、天音は思わず顔をしかめた。
FAX音だ。コピー機は受信音を出しながら、けたたましく紙を吐き出していく。
『今FAX来ても、ここからじゃ届かないよ!』
きょろきょろと周辺を見回すが、先程まで沢山いた社員たちの姿は、影も形もなくなっていた。
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ザージジ コンパイル
40% 複製
ジジ 70% 誤差+-0,001%
データ移行完了しました
システムを修正しています
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唐突に、機械音声が鳴り響いた。
そして天音の目の前にはしゅるしゅると印刷されたFAX用紙が届く。
(あれ?これって、複合機で使う用紙じゃないよね……)
天音は埓のないことを考えた。
半ば呆然と用紙を手に取ったものの、宛名を見ると文字化けして読めない。
というより、認識出来ないと言ったほうが正しいのかもしれない。
『あ……私の、なまえ………』
急速に頭がぼやけていくのを天音は感じた。
手元の書類には、何故か天音の生年月日や、経歴情報が記載されていて、同時にバーコードのような数字が羅列されているのを目にする。
『あ、やばい。早く、早くコピーを終わらせないと……』
疑問をよそに、天音は本来の目的である会議資料のコピーに思考を寄せた。
書類は明日の朝一で使用される予定になっているので、定時までに終わらなければ残業になる。
(21時を過ぎたら残業代がつかなくなるのにぃ………)
FAX音はいつの間にか止んでいた。そして、天音の意識は途切れた。