醜い娘と女神の魔法
昔々、あるところにとても寂れた街がありました。
人の行き交いも少なく、活気もありません。どうにかしたものかと、街の領主様はいつも頭を悩ませていました。
そんな領主様の悩みは街のことだけではありません。なんと、自分の娘のことにまで悩んでいたのです。その娘はとても心優しかったのですが、容姿に恵まれていませんでした。それも普通という枠では収まりきれず、お世辞にも美しいとも言えない、ひどく醜い容姿をしていたのです。
領主様は娘が心優しいことは重々承知していたのですがあまりの醜さにしばしば娘に、
「お前が美しかったらなぁ」
と、小言を漏らしていました。
娘は、なにぶん優しかったので、何も言い返しませんでしたが、こっそり部屋に閉じこもってはしくしくと泣きました。
「私も美しく生まれたかったわ……どうして、こんなに醜く産まれてしまったのでしょう?」
泣いても泣いても生まれついての顔は変わりません。どうしようもないと思って、立ち直りは、落ち込んで、また立ち直っては落ち込んで、そんな日々を送っていました。
そんなある日のことです。
娘が歩いていると、
チチー チチー チチチチチー
と、どこからか鳴き声が聞こえてきました。
なにかしらと娘が見てみると、罠にかかっているネズミが鳴いているではありませんか。
チチー チチー チチチチチー
チチー チチー チチチチチー
ネズミ取りに挟まっている足が痛いのか、ネズミは苦しそうに鳴いています。
「まぁ、可哀想なネズミさん。今、逃がしてあげますからね。めしつかいには内緒ですよ。」
娘はそう言い、ネズミを罠から逃がしてあげました。ちょうど娘は手元に傷薬を持っていたので、挟まって怪我した足に塗ってあげました。
すると、ぱぁっとネズミが光ったかと思うと美しい女神様が立っているではありませんか。
女神は驚く娘に優しく言いました。
「心優しい領主の娘、助けてくれたお礼に願いを一つ、叶えてあげましょう。」
そういわれ、娘は困ってしまいました。
「女神様、私は当然のことをしたまでです。だから、お礼なんか要りません。」
すると女神は言いました。
「なんと、心優しい娘だこと。では、私が貴女の悲しみを取り除く魔法をかけてあげましょう。」
そう言って、えいっと女神が指を振ると、娘の顔はたちまち見違えるように美しくなったのです。自分の顔を鏡で見て、彼女はひどく驚きました。
「ほら、これで貴女は身も心も全て美しくなりましたよ。」
でも、と女神は続けます。
「悲しみの元を取り除いた今、貴女は悲しんではいけません。いいですか?一粒でも涙をこぼしてしまうと、魔法は解けてもとの姿に戻ってしまいますからね。」
そう言って、女神は消えてしまいました。
娘の美貌はあっという間に街に、国に、はたまたそれよりもっと遠くまで広がりました。
誰しもが我先に娘を見ようと、街に押し寄せてきたのです。
お陰さまで街は活気に溢れ、領主様もすっかりご機嫌です。
「本当にお前は美しい。お陰で街は元気になった。これで後は位の高い、良い家のお嫁に行けば我が街も安泰だ。」
娘は機嫌のいい父を見て、にっこりと微笑みました。
娘の部屋には贈り物の山が幾つも出来ました。素晴らしい名画に美しい銀食器、見たこともないような大きな宝石、シルクのドレスに美味しいお菓子……
裕福になった領主の家はお城のように大きくなり、娘の部屋も広くなりましたが、それでもすぐに贈り物の山ができてしまいました。
訪れる人、皆が娘をもてはやし、必死に娘の気を引こうとしました。
最初は、誉められるたびに嬉しくなった娘でしたが、贈り物の山が幾つもできる頃にはどうしてか暗く、寂しい気持ちになりました。
しかし、その美しい顔に気を取られ、娘の気持ちに気がつくものはいませんでした。
そんなある日のことです。今日は五人の男の人が娘の元を訪れました。美しい娘をぜひお嫁さんにと、領主様に頼み込んできたのです。
娘を前にして、男たちは我先にと口を開き、自己紹介を始めました。
「美しいご令嬢。私は隣の街一番のお金持ちです。どうか、私と結婚してください。」
その話を聞いた隣の男は、鼻で笑って、
「ふん。隣街など、えらく近い。美しいご令嬢。私ははるかあの砂漠を越えてやって来た宝石売りの息子でございます。私と結婚すれば溢れる宝石は貴女のもの」
その話を聞いたさらに隣の男は、豪快に笑って、
「がっはっはっ。美しいご令嬢に勝る宝石などあるわけない。ご令嬢、おれはこの国一の戦士だぞ。美しい貴女はこの国の宝。俺と結婚した暁には、命にかけてお前を守ってやるぞ。」
その話を聞いたさらに隣の男は上品に笑って、
「口なら何でも言えますよね。美しいご令嬢。僕は谷向こうの学者です。僕と結婚した暁には、僕の知識と世界のすべての本を差し上げましょう。」
その話を聞いた隣の男は、可愛らしく笑って、
「揃いも揃って一つずつかい?美しいご令嬢。僕は湖渡った国の王だよ。僕と結婚してくれたら、国を全部君にあげる。」
誰もひけをとらない高い身分の方ばかりです。領主様は大喜びでした。誰と結婚しても、ますます街は栄えると思ったからです。
しかし、娘は少し黙った後、五人の男たちにこう尋ねました。
「素晴らしい皆さま、私のためにありがとうございます。でも、皆さま。私はあなた様方のために何をしてあげれることはございません。そんな私のどこがよろしいの?」
すると、お金持ちは、
「もちろん、貴女のその美しい髪でございます。」
宝石商は、
「何を言っているんだ。サファイアのように深い青の瞳でございます。」
戦士は、
「真っ赤な唇がたまらない。」
学者は、
「透き通るような白い肌に決まっています。」
湖向こうの王子は
「皆は分かっていないなぁ、整えられた眉に桜色の頬っぺただろう。」
そう、口々に言いました。
五人があげた彼女の魅力はどれもこれも魔法によって与えられたものでした。
(ああ、誰も私のことを見てはいない。見えているのは魔法で作り替えられた私の容姿だけ……)
そう思うと娘は悲しくなってぽろりと一粒涙をこぼしてしまいました。
すると、五人の男たちはぎゃっ!と大きな悲鳴をあげたのです。
その時、娘は自分にかけられた魔法が解けてしまったことに気づきました。
しかし、気づいたときにはもう遅く、男たちは、
「なんて醜い顔なんだ!」
「こんな醜い顔は初めて見た!」
「顔どころじゃない、肌までくすんでいる」
「本当に人間なのか?」
「いや!怪物だ!僕たちは怪物たちに騙されていたんだ!」
口々に娘をそう罵り、怒って帰ってしまいました。
怪物のように醜くくなった娘の噂はすぐに広まりました。
さらには娘のことを魔女だの悪魔だの、根も葉もない噂まで立てられました。
栄えていた街はすっかり寂れ、更には街の人々も悪い噂を耳にして、一人一人と去っていきました。そのため街は栄える前よりもひどい有り様になってしまったのです。
それを見た領主様は泣いてしまった娘にひどくお怒りになりました。
「お前は全てを水の泡にした。なんて、罪深い醜い娘だ!」
顔を見るのも嫌になった領主様は、とうとう娘をお屋敷の奥の部屋に閉じ込めてしまいました。
娘は美しくなる前よりさらに泣きました。
「もう嫌!どうして醜く産まれてしまったのでしょう?どうして涙をこぼしてしまったのでしょう?私はどうしてこんなにも……」
部屋は娘の涙で水浸しになりました。
しかし、娘を気に掛ける者はもう誰もいませんでした。
街が寂れて数日たったある日のことです。
豪華な馬車に乗った男の人が領主様のもとにやって来ました。
男は、立派な羊皮紙を広げて書かれていることを読み始めました。
「三日後、新しく王様になられるために王子が花嫁を見つけるためのパーティーをお城で催す。王子が、受けた女神のお告げでこの国一番の美しい娘を花嫁にすることとなった。どんな娘も必ず、この舞踏会に参加するように!」
声高々にそう言い終えると、パーティーの準備のためと男は馬を走らせお城へ帰っていきました。
領主様は、頭を抱えました。醜い我が子は明るみに出たらなんと言われるかも分かりません。しかし、お城の命令を領主が逆らうとたちまち首を跳ねられてしまうでしょう。
考えに考えた末、領主様はしぶしぶ娘を連れて、パーティーに参加するためにお城へ向かうことに決めました。
三日後、男が言うようにお城はパーティーで賑わっていました。
右を見ても左を見ても、美しく着飾った女の人たちばかりです。
王子さまの目に留まるため、今日のために用意したドレスをまとい、上品に歩いています。
そんなパーティーの隅っこで娘は小さく目立たないようにして座っていました。さいわい、簡素なドレスと懸命に整えた髪のお陰であまり目立ちません。娘はこのまま終わってほしいと心の中で祈っていました。
パーティーは娘の祈りが通じたのか、予定よりも早く進んでいきました。
歓迎の王さまの言葉も筒がなく終わり、いよいよ王子さまがお妃になる方を選ばれるために、いらっしゃる時間になりました。
「王子のおなーりー」
大臣がそう大きな声で言うと、皆が皆、拍手喝采で王子さまがいらっしゃるのを待ちました。
しかし、いくら待っても、いくら待っても王子はいらっしゃいません。
どうしたことかと、会場がどよめいたかと思うと、
「きゃぁぁぁぁぁあ!!だれか!だれか!!」
そんな叫び声が上がりました。
声のする方を見てみると、叫んでいる女性のドレスにこじきがしがみついているではありませんか。
「どうか、どうか、お恵みを。どうか、どうか、お恵みを……」
こじきは必死にそう言って、女性のドレスに顔を擦り付けました。ひどく泥だらけで何日も洗っていないのか、悪臭が辺りに漂いました。
「なんて汚ならしい!ほら離れて!!」
そう言って、女性はこじきを引き離すと、こじきはパーティー会場をペタペタと這いました。
「どうか、どうか、お恵みを。どうか、どうか、お恵みを……。家で息子がお腹を空かせているんです。家で、娘が服を待っているんです……」
こじきは消え入りそうな声で、そう言いながら、ペコペコとお辞儀を始めました。
「どうか、お恵みを。どうか、どうか、お恵みを……」
呟くように、お願いするこじきに人々はものを投げつけ始めました。
「なぁんて汚ならしいの!さっさとでておいき!」
「そうよ!ドレスが汚れちゃうじゃない!」
口々にそう言って椅子や、食べかけのごちそうをこじきに投げつけました。
「どうか、お恵みを。どうか、どうか、お恵みを……」
こじきは、唱えるように呟いて、とうとううずくまって動かなくなってしまいました。
そんなこじきに人々は容赦なくものを投げつけます。
またらず、娘は声をあげました。
「お止めになって!ひどいことはおよしになって!」
何を言い出しているのかと娘の方を一同が目をやると、今度は娘のあまりの醜さに固まり、手を止めました。
娘は、急いで人ごみをかき分けて、恐怖で震えるこじきのそばに座りました。
すると、娘は髪飾りにネックレス、そしてイヤリングをこじきの右手に、左手には今しがた破いたシルクのドレスを持たせました。
そのさまに、会場はどよめきました。皆、小さくはしたないと娘のことをなじります。
娘はこじきに言いました。
「もう大丈夫でございます。さぁ、お立ちになって家に帰りなさい。渡したものはお金にかえて、少しでもいいものを子どもに食べさせになって。」
こじきははっと顔をあげると何回も娘に礼を言い、ふらふらとお城から出ていきました。
こじきを見送った後、娘は顔を真っ赤にさせて自分の部屋へと戻りました。そんな娘の姿を見て、その場にいたものは笑いました。
「あれじゃあ、もう王子さまには会えないな。」
「よくあの顔でパーティーに出られたものね。おかしいわ」
「仕方ないだろう。お城の命令は絶対だからねぇ」
自分のことを悪く言う声が今にも聞こえてきそうで、娘は部屋で耳をふさいで泣きました。
確かに、ドレスもボロボロで何よりも醜いこの容姿……。
娘は自分がお城の命令とは言え、ひどく場違いな存在だと気付いたのです。しかし、気付くとさらに悲しみは込み上げて、涙は止まりません。
とうとう娘は泣きつかれて眠ってしまいました。
次の日の朝、娘を起こしたのは国の大臣でした。
「おお!起きられましたか!!いやはやよかった!」
そう言う、大臣の顔はすごく焦っています。
「一体、どうなされたのですか?」
娘がそうたずねると、大臣は
「どうもこうもありませぬ!王子が皆をお断りなさったのでございます!もはや貴女しかおりません!ささ、早くおしたくなさって王子に謁見を!」
そう言うや否や、断る間もなく大臣は娘を王子のもとへつれていきました。
なかば引きずり出されるように謁見した娘の顔を見て、観客は残念そうなため息をつきました。
その意味を考えるとまた娘は涙を流しそうになりましたが、ぐっと堪えて王子にお辞儀をしました。
「王子、ご機嫌麗しゅう?私が、この国最後の娘でございます。」
その声を聞き、王子は娘の元にかけよって嬉しそうに言いました。
「ああ!やっと見つけましたよ。貴女を待っていたのです。」
その言葉に娘だけではなく、その場一同が驚き、静まり返ってしまいました。
娘がどうしてなのかと思って王子の目をよくよく見ると、美しい瞳をしていますが光がありません。どうやら、王子は目が見えていないのです。
王子は娘の手をなんとか握り、膝まづいて言いました。
「どうか、どうか、お恵みを。どうか、どうか、お恵みを……」
その声は、なんとつい先日、パーティーを騒がせたこじきのものとそっくりでした。
なんと、あのこじきは王子が変装したものだったのです。驚く娘と観衆を前に、王子は言いました。
「皆さん、どうか騙していたことをお許しください。昨日のこじきは私が化けたものでした。こうしたのも理由があるのです。」
そして、王子はこれまでのことを話始めました。
「亡くなられた私の父は、皆さんが知っての通り、戦ばかりの残酷な王でした。その残酷さを恐れた女神は、王に罪として呪いをかけたのです。その呪いは、王自身と子どもの私にかかりました。私は生まれたときから目が見えていないようにされたのです。
しかし、ある日のこと、私がネズミ取りにかかったネズミを情けで放してやりますと、たちまちネズミは女神に変わり、言いました。
「心優しい王子様。お礼に願いを叶えて差し上げましょう。」
ですから、私は、
「父にかけた呪いを解いてほしい。」
と、お願いしました。すると女神は首を横にふり、
「あの者は許そうには人を虐げすぎました。よって、その願いは叶えられません。ですが、貴方の呪いは解きましょう。この国一の美しい娘をお探しなさい。その娘が呪いの解き方をしっておりますよ。」
そう言って、消えてしまいました。
間もなくして、父が死に、私が次の王になるために、お妃を選ぶことになりました。
その時、女神の言葉を思い出して、国一番の美しい娘を探そうと思ったのです。」
するとおそるおそる娘は、
「では、なぜ私?なぜ、私でよろしいの?」
その問いに王子は答えました。
「私はこのように見えません。ですから、姿の美しさは分かりません。しかし、今の私なら、心の美しさが誰よりも分かると思ったのです。」
王子は続けます。
「こじきの真似をしたのは皆の心を試すため、申し訳なかったが、でも良かった。貴女は本当に美しい人だ。」
美しいなどと言われたことのない娘は大変喜びましたが、残念ながら女神が言う、美しい娘が自分のことではないと言うことがすぐに分かりました。
そして、王子に言いました。
「申し訳ありません。王子様。私は美しい娘ではありません。それどころか私はここにいらっしゃる誰よりも醜い顔をしております。私は貴方の呪いを解くことができません。」
大変申し訳ありません。と娘は涙を流しました。こぼれた涙は王子の手に頬に、そして、目に当たりました。
すると、みるみる王子の目に光が戻り、見えるようになったのです。
そして、目の前で泣く娘を見て、
「なんと美しいお方なんだ。」
と、そう言うではありませんか。娘が何をおっしゃっているのかと思っていると、観衆が娘の顔を見て、驚いて声をあげたのです。
驚いているむすめに、観衆の一人が鏡を差し出しました。
鏡をのぞきこむとそこには、美しい顔の自分がうつっているではありませんか。
そう、魔法をかけられていないのに、娘は美しくなったのです。
こうして美しくなった心優しい娘は、王子様と結婚し、いつまでも幸せに暮らしました。
お目通し、ありがとうございました。