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刀の時代  作者: コブマリ
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刀を持つということ――相馬

 部屋の灯りを全て消し、月明かりに照らされながら少量の酒を呑む。師範代として恥ずかしくない様、以前よりさらに厳しい修行をするようになってから、寝る前の習慣になっていた。酒に強いらしい俺にとっては少ないが、いつ何者かが襲ってくるか分からない。今までそれに当てはまったことはないのだが、注意するに越したことはないだろう。

「相馬さん」

 珍しく母が訪ねてきた。優しげな雰囲気は、道場にいる青年たちすべての母と言う雰囲気を持っているこの人とは、実はほとんど話したことがない。長子の俺は、道場を継ぐために父に育てられてきた。

「何ですか、母上」

「師範がお呼びです」

「父上が?」

「はい、すぐ道場に来るようにと」

「……今いきます」

 話の内容は見当がついている。俺も明日にでも報告しようと思っていたことだろう。


「悪い噂を耳にした」

 父は、真っ暗な道場の師範席にいた。道場にある光源は月の光だけだが、師範として、そして父としても厳格な父の居場所をくっきりと映し出していた。それにしても、月明かりが好きなのは父譲りなのだろうか。

「……茜は呼ばなくてもいいのですか。あれも一応、指導者です」

「あれはまだ未熟だ。いくら腕がたっても、心の部分が未熟では役に立たない」

 酷いことを言う。昔から父は、顔を合わせるたびに修行させろとうるさかった茜を散々に言っていた。徐々に頭角を現してきてからは苦言も減ったのだが。

「親心と言うやつですか」

「誠のやつが道場のっとりを計画している……そのために俺を斬ろうとしている、という話を耳にした」

 応えず、か。正義の為かと言われたら躊躇うが、それでこそ武士だ。俺が幼心に憧れた武士道だ。

「私も聞いております。誠から直接聞きました」

「何?」

「……今日の修業後です。誠に呼び止められ……大将にならないかと」

「そうか……」

 誠は若手の中心人物だ。命がけで藩を抜け出し、この山に逃れてきた気性の荒い青年である。この道場には、そうして通いだす人間が多い。どこに自分の寝床があるかなんて、父の取り巻きの長老たちしか把握していない。例に漏れず、誠の所在地なんて知らないし、姓すら教えられていない。ただ刀の腕だけは本物で、且つ人たらし。危険因子にならなければいいのだが、と心配していた。

 今日の修行の後、珍しく呼び止められた。何か若手が企んでいることは察していたものの、目の前の誠の目がぎらついているのを見て、思わず嫌な汗が出た。


『師範代にご相談があります。とはいえ知っているでしょう?我々は計画しているのですよ、この道場を師範から奪うってね。師範代の腕は、ここに封じ込めておくものではない。どうでしょう、我々の大将として、その腕を奮っては。奪ったら、師範代が師範です』

『馬鹿げたことを』

『またまた。師範代の中にも狂気があるはずですよ。刀には魔力がある。腕を磨けば磨くほど試したくなり、辻斬りやら何やらが起こる。人の血を浴びない刀なんて、ただの鉄くずですよ』


 父は黙ったままだ。この沈黙は、茜が好きだと言っていた凛とした雰囲気などない。長年傍にいた俺だからわかる。この沈黙は、選択せよとの無言の圧力だ。

「相馬、お前は私を斬るのか」

「……まさか」

「お前の前には二つしか選択肢がない。それも至極単純で、選ばなければいけない義務である。道場の師範であり親である私の右腕となって若手を斬るか、自分が大将になって若い者を率いて私を斬るか。どちらかだ」

「今、決めなければならぬことでしょうか」

「質問を質問で返したな。迷っているのか」

「……」

「いいだろう。時が満ちるまで、それまで待ってやろう。時の読み方は教えただろう」

「はい……」

「これは道場が始まって以来の内乱だ。始まれば公に広まるだろう。その覚悟があるかどうか、見極めて決めるといい」

「待ってください!」

 父は一瞬、ほんの一瞬、穏やかになった。こんな顔を見るのは、いつぶりだろう――


「父上が、そんなことを……」

「ああ、言っていた」

「しかし、本当ですか。誠がこの道場を欲していると言うのは」

「本当だ。あれは猿山の大将の右腕が似合うからな」

「右腕ですか」

「責任は取りたくないが、くすぶりたくもない。欲しいのは権力だけだ」

「だから道場を……父上と誠、どちらが勝っても負けても、幕府にとっては格好の餌になってしまいます。目の上のこぶなのですから、私たちは」

「そうだよな……」

「……決まっているのでしょう、兄上は」

「どうだかな……茜、お前はどうだ」

「私は兄上の力になります。私がこうして刀を持っていられるのは、兄上の助言あってこそなのですから。ただ……」

「なんだ」

「なんで、殺めるしか方法がないんでしょうね。無理を言って修行している身ですが、誰かの血が流れる以外の方法はないのか、最近考えてしまうのです」

 その言葉は衝撃だった。刀は人を斬るのも、そう教えられてきたのだ。斬るか、斬られるか、そういう世界で生きてきた。

 茜は違った。木刀を持つ段階で苦労をしてきた茜は、刀を持つということの重大さを知っている。

 だから父は、あの場に茜を呼ばなかったのだ。

「ダメですね……私は弱い」

「いいんだよ、茜。お前のそんなところを、俺は尊いと思うよ」

生きてほしい人がいる、その人の生が終局を迎えるかもしれない。それは人を悩ませる。茜は誰よりも人間らしいと、兄として贔屓目で見ても、そう思うのだ。

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