儚いものには、一輪の花を。
私は、決して彼を好きになれない。
というのも、今までされてきたことを思えば納得できることなのだ。原因は、遠からず彼の方にある。
それは―――イジメだ。
単にいじめと言っても、重いものから、軽いものまで様々なのだが、私がされてきたのは、その軽い方だ。
「軽いのだからいいじゃないか」と、思うものも少なくないだろう。客観視すればどうってことない事柄なのだろうが、された本人からしてみればそうではないと言いたいが、私の場合は、そうは問屋が卸さない、と言ったところなのだ。
何せこの私、マリー・ゴールドは――――――
――――――魔法少女なのだから。
事の発端は私が小学五年生の頃だ。いつものように学校へ登校し、変わらない毎日を送るはずだったある日、私は仲のいい友人と何気ない会話を交わしていた。そんな時、問題の人物が教室の戸を開けて私を見るなり、開口一番にこう言ったのだ。
「お前さ、魔法使えんだろ?」
教室中が静まり返り、注目が私に集まった。何言ってんの、と私は返したが、その言葉をスラスラと言えたかどうかは疑問だった。何せ、注がれた注目は収まらなかったのだから。
「ウソ言うなよ、俺見たぜ?」
真剣な眼差しは彼の言葉に信憑性を含ませた。それは事実なのだから信憑性もクソもないのだが、しかし、それが真実だと思われるのはこちらからしてみれば不都合なのだ。だから、
――――――何デタラメ言ってんの?あるわけないでしょ、魔法なんて・・・
そう言って、誤魔化してみんなの注目を無くすことができたが、ただ一人、問題の彼だけは私を探るように見つめて離さなかった。
それからというもの、男子達からの私の見方が「魔法使い」のそれだった。
それからというもの、同性からは何も音沙汰は無いのだが、異性からの扱いは、変わらず「魔法使い」のままだった。
やれインチキしただの、やれ洗脳しただの、小学生にありがちな軽い嫌がらせがあった。それもこれも、全てあの「彼」のせいなのだ。
よく人は、いじめられる方にも非がある、というが身内の前以外で魔法を使ったことなどない。故に、彼が知っている可能性なんてあるはずがない。使用する際は、最前の注意をしている。だから、見つかるなんてあり得ないことだ。だが、実際に見てしまったのはしょうがない。落ち度は私にもあるのだから、彼だけを悪者には出来ない。だから、小学校を卒業したのち、私は引っ越すことにした。
誰も私を知らない土地へ。
全員が初対面の土地へ。
だが、神様はなんて不公平なんだろう。それとも、この状況を嘲笑うかのように見ているのだろうか。
「よう、マリー」
何故、神はこういう現実を突きつけるのだろう。既に味わった辛さをもう一度味わえとでも言いたいのだろうか?
――――――と言うか、何であんたが・・・。
「言っただろ?俺も親父の仕事の都合で引っ越すって」
それは知っている、何せホームルームの時間にそれを聞いていたのだから。いや、私が聞きたいのは、何故彼が私と同じ場所に引っ越してきたのかということだ。
「そんなもん、俺に聞かれたってなぁ・・・?」
別にあんたになんか聞いてないし、答えられるとも思ってないわよ。
嫌いな人間に話し掛けた私はきっと、気が動転していたのだろう、あまりの不公平っぷりに、頭が現実に追いついていないのかもしれない。いっその事、この現実を魔法で変えてしまおうか?この指先一つで全てを変える力があるのだ、気に入らなければ変えてしまえばいい。そうだ、それがいい。
「何ひとりでブツブツ言ってんだ?」
そんなことを言っていられるのも今の内。今から全てを変えるのだから、最後に遺言を聞くのもいいだろう。
「そういえばさ、魔法使えるってのは本当か?」
言い出しっぺが何を言っているのだろう。勿論、使える、というより魔法少女なのだから当たり前だ。
「マジで!?俺さ、叶えて欲しい願いがあんだけどさ?」
もうすぐいなくなるかもしれないというのに、何を喜んでいるのだろうか。しかし、遺言を聞くと言った以上、聞かないわけにもいかないだろう、それに、人の願いを叶えるのも面白いかもしれない。不老不死とか言い出した時は、容赦なく消しとしまおう。私は球を七つ集めて出てくる龍じゃないんだから。
「俺、――――――」
小学校を卒業し、中学校へ入学した。大人の仲間入り、とまではいかないが、子供でもない中間の時代。みんな、それぞれ道を踏み外したり、道を突き進んだり、時には痛い方向へと突き進むものも居たが、私はあまり変化は無かった。強いて言うなら、嫌いな人間と今、一緒にいることだろうか。
何の因果でこうなってしまったのだろう。本人でさえよく分からない。ただ、言えることは、まだ、世界を変える必要はない、ということだけだ。
「待たせて悪かったな、マリー。先生が中々解放してくれなくてさ?」
明るい笑顔で話し掛けてくる彼は、私の嫌いな人だ。では、何故一緒に居るのか。それは――――――
『俺、―――死にたいんだ』
嫌いな人の願い。
特に不自由な生活を強いられているわけでもない人が、どんな願いも欲望も叶えられる魔法の前での、自らの死を願った。今すぐ、願わなくても、いずれ人間は死ぬ運命にある、そう伝えたが、それでも彼は死にたいと願った。
私は不思議な感覚に苛まれた。嫌いな人の願いを聞いて、直ぐにでも叶えてしまえばいいものを、何故か、それができないでいる。死にたいと願っている者が目の前にいるというのに、その願いを叶えてやれないでいる。
好意があると言えば、それは嘘になる。実際、私は彼が嫌いだ。
正確には、彼と私は正反対なのだ。例えるなら、私が右だと言っているそばから、彼は左へ進んでいる、そんな感じだ。つまり、お互いがお互いを理解できないのだ。なのに、私は彼と今、共にゲームセンターへと足を運んでいた。
「うっしゃ!!これでジュース追加な?」
三勝零敗。
私ではなく、彼の戦績だ。下校の途中にあるゲームセンターは最早、定番の遊び場となっていた。そこで勝負をして、負けた人が勝った人にジュースを奢るのも定番になっている。
どうやら、彼は格闘ゲームが得意のようで、いつも私が奢る羽目になる。だが、逆にパズルゲームでは、彼が奢る羽目になるのだ。
「あっ、やべ!!小銭ねぇわ」
――――――貸し一つね?
自動販売機の前で財布を見て慌てる彼に、私は小銭を差し出す。
「あぁ、サンキュー」
そんな、何気ない会話は彼にとってどんな印象なのだろう。死にたいと願う人にとって、何気ない時間は苦痛なのだろうか。それとも、掛け替えのない時間の一片なのだろうか。本人にしか分からない諒解だが、私にはこの時間を他愛ない瞬間であって欲しくないと思っていた。
その瞬間が、他愛ない瞬間が、掛け替えのないものだったことを実感するのに、時間は掛からなかった。
私は知っていた、彼の事を――――――。
知っていて、分かっていて、それでも尚、死にたいと願う彼の祈りを拒絶した。良心からではない。良心ならば、祈りを聞き遂げ、叶えてやるのが当たり前だろう。だが、私はそれでも、願いを叶えることさえしなかった。どうしてそうしたのか、自分自身でさえ謎だ。
きっと、生きる喜びを教えたかったのかもしれない、早まる必要はないと言いたかったのかもしれない。
だが、結果的にどうだろう。私は、彼に、ちゃんと教えられただろうか。時々、そう思う。
日が沈み、日が登る。時が過ぎて行く度、『彼』は学校へ来る頻度が下がったいった。最初は一週間に一回だったのだが、最近では、来ることが珍しくなる程だ。クラスの殆どが『ズル休み』だと思っている。それもそうだ、今まで元気だった人が休めば自動的にそうなるのは関の山なのだ。
そう、誰も知らない、彼が休んでいる理由を。きっと彼が教師たちに口止めをしているのだろう。だが、私は知っている。彼が学校を休むようになった理由を。私がそれを知った時、彼の願いの真意が分からなかった。何故、そうなったかは言わずもがな、私が今から行く場所に答えがある。
足を運んだのは、学校からバス停を二つほど飛ばした先にある、――――――病院だ。
真っ白は建物の風貌は、清潔感と清純さを醸し出している。怪我人であれば拒むことなく迎え入れ、丁寧に看護し、退院を第一に願う場所。
だが、私にはあの場所が只の病人の収容所に見えて仕方が無い。何せ、一旦病院の中に入ると、断末魔にも似た叫び声や、助けを求めんとする人々の声が響いているのだから。とはいえ、それも仕方が無いといえばそうなのだ。
――――――ホスピス
がん患者の集まるこの病院で、私は周りの音に耳を貸すことなく、彼のいる病室へと急ぐ。まともに聞けば精神を侵されてしまうからだ。現に一度、私はこの雑踏に呑まれ、嘔吐してしまったことがある。それ以来、私はこの病院に入る時は、心を無にしている。そうしなければ――――――死にかねないのだ。
心を無にしていたから気付かなかったが、私はどうやら病室についていたようだ。ドアの横には彼の名が書かれたネームプレートがあった。軽くノックをし、返事を待つ。
「どうぞ・・・・」
力無き返事は何時ものこと。私はゆっくりとノブを捻り、戸を開ける。病院の独特な香りが私の鼻腔をくすぐったが、別段慣れたことだ、どうってことはない。
――――――お見舞い・・・来たよ・・・・?
窓を見つめる彼に、そう声をかけた。だが、彼はピクリとも動くことなく、力無く返事をした。
お土産ではないが、お見舞いといえばフルーツだとおもったから、盛り合わせを用意した。
バナナ、モモ、リンゴ、ブドウ、ナシ・・・・――――
季節を無視した盛り合わせだ。食べていいのかは分からないが、果物を病人に食べさせてはいけない、なんてことは聞いたことがないし、別段、体に悪いものがあるわけじゃない。全て体にいいものばかりだ。
私は持参した果物ナイフを手に取り、定番のリンゴを食べやすい大きさに切る。勿論、茶目っ気を効かせ、リンゴをうさぎ型にカットした。
――――――はい、ウサギさんリンゴ・・・食べる?
極めて明るく、不安な気持ちをびた一文も見せないように、いつものテンションで話しかけた。
「後で・・・な・・・」
ピクリとも動かない彼は、一体何を気にしているのだろう。
――――――末期のガンだというのに。
彼の寿命は、もう後残すとこ、一ヶ月もないらしい。
不謹慎だが、死にたいと願う彼にとって、絶好なのではないだろうか。いつが死ぬ。そんな人間の平均的寿命を下回る年齢でこの世を去ることができるのだ。喜ぶことではないが、彼の願いがもうすぐ叶う。なのにどうしてそこまで考え込む必要があるのだろう。私には分からない。
「・・・・死にたくないんだ」
力無い声音で呟く。一体、何を言っているのだろう。彼の望みは死ぬことだと言っていたにもかかわらず、今更死ぬのが怖くなったとでも言いたいのだろうか。
「俺さ・・・言ったよな?死にたいって・・・・・・・それは、・・・・ガンがあるからなんだ・・・・」
彼は、頭を動かすことなく、私に向き直ることなく、言葉を紡いだ。
死にたい、それは病気が発覚し、それに伴う医療費が彼の家計にダメージを与えるのだそうだ。故の死。自分が死ねばお金がかからなくて済むと思ったのだそうだ。だが、私がそれを叶えず、今まで野放しにした為、治療に掛かるお金が増えたそうだ。
「そして、この様さ・・・」
こちらに目線を向けることなく、被っていたニット帽を脱いだ。
彼の頭には髪の毛と呼べる程の毛髪は無かった。薬の副作用だそうだ。この時、不謹慎と分かっていても思ってしまった。
――――――可哀想だ、と。
「・・・分かったか?だったら、今すぐ俺を殺してくれ・・・・もう手遅れだろうけど・・・」
自虐的に笑う彼を見て、私は何を思ったか、病人である彼の頬をはたいていた。音は軽く、しかし、重い一撃だっただろう。私には、はたいた手がじんじんと痛み、同時に胸が痛かった。
何が死にたいだ。何がお金がかかるからだ。そんなもの、勝手な自分の気遣いでしょ。一度でも両親から治療代さえなければ、と聞いたの?それとも、だらかに死ねばいいのに、とでも言われたの?もしそうなら、その人をここへ呼びなさい。私が直々に説教してやるわ。
雑草が一度でも生きることを諦めた?釣られそうな魚が、もう無理だ、と言って諦めた?
いや、諦めない。この世に生きている限り、諦めていい命なんてない。亡くなっていい命なんてない。貴方は、ただ生きるのを諦めているだけ。それをいいように解釈して、自分の都合と、家族の都合を合わせているだけ。生きるのが嫌なら、私が魔法で、痛みもなく消してあげる。でも、私は人生を歩んでない人間に譲歩してあげるほど、甘い女じゃないわ。
彼は、俯きそれ以降言葉を紡がなかった。
慰めるつもりはないが、このまま帰るのも癪だったため、魔法で一輪の花を、ベッドのそばにあるテーブルに、瓶と一緒に生ける。突然現れた花に彼は驚いて、
「何だよ・・・これ?」
――――――知らないの?
私の名前でもある『マリーゴールド』だ。山吹色の花びらにはある花言葉がある。それを私は、彼に贈りたい。
「花言葉・・・・?なんだよ?」
そんなもの、自分で調べなさい。どうせ、学校なんてしばらく来れないんでしょ?暇ならその暇を潰す位の勢いで生きてみれば?
私は踵を返すように病室を後にした。
それから数日間、彼の姿はめっきり見なくなった。もはや、不登校の粋だ。クラスの人達が彼の事を心配する中、私の心中は穏やかだった。それは、先日病室を訪れたからなのかもしれない。どちらにせよ、今、彼は闘病中なのだ、私達に出来ることなんて何もない。ただ、見守る以外にできることはない。
すると、教室の扉が開いた。教師が来たのだろう、と皆が自分の席に戻っていく。だが、そこにいたのは、
「おはよっ、久しぶり」
そこには、見慣れた人がいた。小学生のころにイジメの原因を作った人、それを回避するために引っ越しまでしたにもかかわらず同じ所に引っ越してきた人、私に死を望んだ人、そして、今でも私の嫌いな気持ちは変わらない。
「マリー、分かったぜ?あの花言葉――――――」
――――――身体は大丈夫なの?
彼は、服装こそ普通だが、頭にはニット帽を被っている。それに、末期のガンがそう簡単に治るとも思えない。
彼は、私の耳元まで顔を下げ囁く。
「・・・あぁ、薬もらったし、それに無理言って退院させてもらった」
この数日間に何があったのだろう。まぁ、私には検討が付いているが、彼が昔のように笑顔になっているのだ。それは、良しとしよう。
放課後。
彼は、久しぶりに再開した友人との遊びの約束を無視し、下校途中にあるゲームセンターに足を運んでいた。私と。
「いいか、ルールはいつものやつだ」
遠足を楽しみにする子どものように浮かれる彼は、とても楽しそうに口を綻ばせていた。
私も異論はなく、二つ返事で了承した。
ゲームは何時ものように格闘ゲームとパズルゲームだ。もちろん、私は格闘ゲームが苦手だ。だからこそ、この勝負は捨て試合だ。私はパズルゲームに勝負を掛けている。無論、華麗にコンボを決められて瞬殺だ。楽しさはあれど、悔しさはない
。負けるとわかっている勝負に一々腹を立てては意味がない。次の勝負に期待しよう。
「くっそー!!負けたーー」
ゲームセンターの雑踏に紛れて彼の叫び声が小さく聞こえた。
お邪魔ぷよで埋め尽くされた彼の場所は悲惨な状態だった。それも十連鎖もされてしまえば無理もないだろう。
パズルゲームに置いて、私は手加減なんてしない。格闘ゲームでコテンパンにやられている仕返しの意味も込めて。
「パズルゲームだけは苦手なんだよなぁ・・・・」
苦笑いで呟く彼。缶ジュースを片手に帰り道を歩く。懐かしく思う空気感。然程、日数は経っていないのに、そう思うのは、消えて無くなることが分かっているからだろうか。それとも、私がこの空気感を欲していたからだろうか。どちらにせよ、私は彼の事は嫌いなのだ。考えるだけ無駄というものだろう。
私達は、毎日のようにゲームセンターに通った。
主に彼が誘ってくるのだが、私自身、嫌ではないのでその誘いを受けていた。勿論、いつものルールで、いつものようにゲームで勝負をしていた。
そして、私は彼が薬を飲んでいる所を頻繁に見るようになった。ゲーム中に発作が起きる時は、一時中断し薬を飲ませた。そういうことが起きても、彼はゲームをしよう、と言って笑っていた。
しかし、その頻度は日に日に近くなって行った。一度、病院へ行くことを勧めたが、彼は嫌がるばかりで、私とゲームをすることだけを優先していた。
「マリー、今日も行こうぜ?」
私達は今日も今日とてゲームセンターに足を運んでいた。
彼はどうしてそこまでゲームセンターにこだわるのだろうか?いや、何故私に固執するのだろう。他の友人でいいのではないだろうか。
「俺・・・・さ?マリーにあの花もらって、自分の人生を見直したんだ・・・・」
中学生が何を言っているのだろう。たった十三年の歴史に何を振り返る要素があるというのだろうか。
「そりゃそうだけどさ・・・・でも、考えたんだ・・・つまんねぇな・・・ってさ?」
彼は何か遠くを見るような目で上を眺めていた。これが噂に聞く『中二病』か、と聞くと全力で否定された。
「マリー・・・・・・俺、お前が好きだ」
――――――私は嫌い。
「即答かよ!!・・・しかも嫌いって・・・・」
当たり前だ。私はまだ許したつもりはない。小学生の頃の彼の発言を。
「まだ根に持ってんのかよ・・・・」
当たり前だ。どんなことがあっても忘れない。忘れたくない思い出だ。そのせいで、今こうしてゲームセンターに駆り出されているのだ。忘れたくても出来ない。
「そういうの抜きで考えてもダメか・・・・?」
――――――大っ嫌い。許さないし許す気もない。忘れられないし、忘れたくないから。
彼は、何か納得したのか、大仰に頭を掻き、「あ〜あ、フられちまった〜」と笑顔で言っていた。そして、彼は切り替えるように格闘ゲームの台に腰掛けてゲームを始めた。私も察して、向かい側の台へ移動した。
―――――いつものルールで
―――――いつものように
――――――いつまでも、していたかった。
だが、私は彼のプレイに違和感を覚えた。
いつもなら、華麗にコンボを決めて、瞬殺するのが定番だというのに、今日はやけに長期戦だった。
攻撃しては攻撃されて、やってはやり返す。私は必殺技なんて使えないから、基本的に肉弾戦を演じている。そして彼は、それを阻止するように小技を駆使して私を追い詰めるのが定番だ。だが、今日の彼はミスが多いに目立った。空振りや、小技を阻止されたりと、いつもより弱かった。これは、私の初勝利か、と意気込みをいれるが、同時に嫌な予感がよぎった。
――――――発作だ。
私はすぐさま彼の元へ駆け寄った。もし、薬の効果が切れていて苦しんでいたらどうしよう。私には医療知識はないし、ましてや、相手はがん患者だ。何をどうすればいいのかなんて分からない。もしそうなった場合は、魔法を使う他ないだろう。しかし、それはどうなのだろう。死にたいと願った彼だ、発作を消すために魔法を使うなら、ガンを直してくれればよかったのに、と言われたらどうすればいいだろう。いっそのこと殺してくれれば、なんて言われてしまいそうだ。
そんな杞憂を抱えたまま、私は彼の台へ向かった。
「ん?どした?」
要らぬ心配だったようだ。彼は苦しむどころか、ゲームを楽しんでいた。若干、目の下のクマが見えたが、それを気にかけるのが馬鹿らしくなるくらいに元気だった。
何もない、と言い残して私は自分の台へと戻った。
心配はいらなかった。彼は、今、充実しているのだ。好きなゲームを、好きな人と遊んでいるのだ、これまでにない幸福感で一杯だろう。そう思っていると、どこからか、何かが落ちた音がした。何事かと辺りを見渡したが、特にこれと言って気にするものはなかった。気を取り直してゲームを再開すると、彼の扱うキャラが無防備だった。きっと、さっきの物音で隙が出来たのだろう、私はこれでもかと言わんばかりに、攻撃を繰り出した。小技を使えない為、地味な絵図らだが、私は初めて彼に勝利することができた。
我ながら大人気ない勝ち方ではあったが、子供のように浮かれていた。早く、この気持ちを伝えたい。初敗北した彼に、初勝利した私の気持ちを伝えたい。私はなんて子供なんだろう、そんな事を思いながら彼の座っている台へ駆け寄った。
―――――――――・・・・ッ!!
私はそこで、自分の目を疑った。否、信じたくなかった。認めたくないのに、心の何処かでは分かっていたのかもしれない。
彼が倒れていることに―――
遅かれ早かれ起きる現実。突き刺さることを理解している真実。
私の行動は自然と救済のそれを取ろうとしていた。彼の体は痙攣し、口の周りは吐瀉物で汚れ、顔は青ざめていた。私はこんな事になっている彼を救いたかった。辛く、苦しい状態にある彼を助けてあげたかった。それは、躊躇いもなく魔法を使うことを意味していた。
私は頭の中で呪文を唱える。
彼の中にある病気を無くして、と―――
人差し指を振り上げ、彼に魔法をかけようとしたとき、目の前で倒れている彼が、むくりと起き上がった。
「なに・・・こんなとこで・・・・ま・・・魔法・・・・使おう・・と・・・して――――」
――――だ、大丈夫!?
私は起き上がる彼を支えるように肩に腕を回し、彼の全体重を自分に乗せる。私は自分で分かるくらいに焦っていた。どうすればいいのかわからないし、何をしていいのかもわからない。助けたいが、彼は必死に私の人差し指を掴み、魔法を使わせまいとしている。
「と・・・・・・りあえ・・・ず・・・・・・び、病院・・・・・」
彼の声音は小さく、苦しそうだった。だが、私は病院という単語だけを聴き取り、その場を去ろうとした。しかし、相手は男だ。女である私に人一人を支えながら歩くことが容易く出来るわけもなかった。耳元では苦しそうに彼が呻き、全体重の掛かった私の体は、ゆっくりと、少しずつゲームセンターの出口へと向かっていた。
外へ出れば、外へ出られれば、あとは魔法でなんとかなるはず。体が重い、足取りが重い、だけど、着実に出口へと向かっている。あと数メートル、走って行ければこんな苦労はない。今の状況で魔法は使えない。体を支えるので精一杯なのだ。
あと少し、
あともう少し、
出口は目と鼻の先だ、
もう・・・・少し――――――
あれから、どれくらいの月日が経っただろう。ゲームセンターをようやくでられた私達は、魔法で病院へと向かおうとした時、私は肩に妙な重みを感じながらも、気にすることなく、彼を診察して貰えるように容態と、発症時刻等を医師に伝えた。だが、彼はすでに―――
もちろん、彼の両親に叱咤を食らった。教師からは慰めと注意を受けた。警察からはお咎めなしと何も言われることはなかった。家に戻るなり、私はすぐさま自室へ戻り、溢れ、込み上げる感情を抑えることなく吐き出した。
今では、私はすっかり大学生になり、二回生だ。学費は親と折半して、アルバイトなどをして、必要な生活費でやりくりしている。
「マリー、お昼食べに行こう?」
一人の友人が私の元へときて、そう話しかけた。私は二つ返事で了承し、勉強道具をカバンに直し席を立つ。そのとき、私の足下に何かが落ちた。
「?何か落ちたよ?・・・・・・花?・・・・・・マリーゴールド?」
――――――うん、それ私の。
友人はそんな趣味あったの?と聞いてきたが、私には、別段生花や花には興味はない。ならば、何故それはあるのか。
私はこの花の花言葉を気に入っているのだ。もちろん、自分の名前でもあるその花には『嫉妬』や『悲しみ』というネガティブな意味もあるのだが、私はその中でも一番好きな言葉がある。
「え?なになに?どんな言葉?」
私は蘇る昔の記憶に思いを馳せながら言葉を紡いだ。
『生命の輝き』と――――――
私は、決して彼を好きにはならない。
小学生の頃からの付き合いであっても、下校途中にあったゲームセンターで遊んだとしても、告白の言葉を聞いたとしても、一緒にいる空間が苦でなかったとしても、
私の肩口で、嬉しそうに微笑みながら安らかに眠ったとしても――――――
だから、私は忘れない。
彼と過ごした楽しい日々を――――――
この小説のヒロインである『マリー・ゴールド』は花の名前から来ています。物語もその花言葉から連想したものです。当初はドロドロの復讐劇的なものになる予定でしたが、そうすると連載になるのでやめました。短編が書きたかったので。