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その日は、学校で先生に雑用を押し付けられてしまって、帰るのが少し遅くなってしまった。
──あんまり遅いと、養母に起こられちゃう。
あたしは薄暗くなった帰路を、走り抜けた。
ようやく家に着き、乱れた呼吸を整える。
「……ただ今、帰りました」
そう言って中に入るが、返事はない。いつものことだ。
足音を立てないように廊下を進み、自分の部屋に向かう。
途中、義姉の部屋の前に、紙切れが落ちているのを見つけた。
拾い上げてみると、葉書サイズの一枚の紙。何かイタズラ書きのようなものが書いてある。
──義姉のかな?
自分から話しかけるのは気が進まないが、しょうがない。
小さくため息をついて、義姉の部屋のドアをノックした。
「……はい」
中から、義姉の傲慢そうな少し高い声が聞こえた。
再び溢れそうになるため息を飲み込んで、ドアをゆっくり開ける。
訪問者があたしだと分かった義姉は、あからさまに顔を歪めた。
──あたしだって会いたくて来たわけじゃないんだからさ、少しは我慢してよ……。
思わず溢れそうになるため息を飲み込み、笑顔の仮面を張り付ける。
あたしの笑顔を見て、義姉は更に顔を歪める。
「何かご用?」
バカにした、上からの物言いに、用がなきゃ態々来ないってば、と思いつつも、少し困ったように笑ってみせ、例の紙を義姉に差し出す。
「これ、義姉さまのお部屋の前に落ちてました。義姉さまのですか?」
義姉はちらりと紙を見ると、フンと鼻を鳴らした。
「そんな汚ならしいもの、私の物な筈がないじゃない。下らないことでいちいち話しかけないでちょうだい!」
そう言って、さっさとあたしに背を向ける義姉。
「そうですよね。態々すみませんでした」
申し訳なさそうな声で謝罪をして、部屋から退出する。
──チッ……あのデブが!
思わず手の中の紙を握りしめてしまい、慌てて力を抜いた。
──……さっさと部屋戻ろ。
小さくため息をついて、自分の部屋に引っ込んだ。
鞄を置き、制服から部屋着に着替えた後で、さっきの紙を思い出した。
握りしめたせいでぐちゃぐちゃになってしまったのを、丁寧にシワを伸ばして、目を丸くした。
さっきまでは、ラクガキのようなものが書かれていた紙が、広げてみれば小さな字で埋め尽くされている。
──なんで?
不思議に思いつつも、文章に目を通す。
──……悪戯?
紙に書いてあったのはこうだ。
この手紙を読んでいる貴方は、ラッキー。『春薫る』の特別賞が当たりました。そんなわけで、『春薫る』の世界で、ヒロインの座を奪って、逆ハーレムを満喫しちゃおーぜ!
とまぁ、要約したらこんな感じ。
──『春薫る』って、あれだよね?
そう、あれ。義姉がハマっている乙女ゲーム。
内容は知らないが、イケメンばかり登場するらしい。そして、うまくいけば逆ハーレム。
──そのゲームの特別賞? やっぱり義姉のじゃん。何が違う~だよ。
だったら捨ててしまえ、とゴミ箱に向かって丸めて投げたときだ。
紙が鋭い光を放って、反射的に目を瞑った。
──な、に?
ぐるぐると回るような感覚に、あたしは意識を手放した。