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百無語  作者: 山大&夙多史
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SIDE∞-04 事故

「まったくなんなんですかあの暴虐的な土地神は! いくら温厚なウロボロスさんでもカッチーンと来ましたね! 守り神じゃなかったら頭から喰ってやったところですよ!」

 ぷんすかとわかりやすく怒るウロはハムスターのように頬を膨らませていた。

「いや勝手に大暴れしたお前らが悪いからな」

 弱っていても神。

 片手でウロボロスを簡単に捻じ伏せた力は驚嘆に値する。たとえ全快だとしても承諾してくれないだろうが、山田を引き合わせなくてよかったと紘也は心底思う。

 あれから話はスムーズに進んだ。流れをややこしくしそうな阿呆共が纏めて制裁されたおかげもあるだろうが、焔御前自身が悠長に雑談をしていられる状態ではなかった。

 憔悴し切った土地神は、最初に瀧宮羽黒と交わしたような冗句など一切口にせず、肝心要の情報だけを端的に紘也たちに伝えた。


 すなわち、敵の居所――その手掛かりを。


「言っておきますけどね紘也くん、どうしようもなかったんですよ? 殺るか殺られるかの世界なんです。即死攻撃してくる敵はターンが回る前に潰さないといけないんです」

「あの人はドラゴンの天敵かもしれんが今は敵じゃないだろ。お前らがやった行為は混乱の状態異常にかかって味方を攻撃したようなもんだ」

「反射なんですよ! 本能なんですよ! 機能なんですよ! 夜這いしたあたしに紘也くんが目潰し制裁するようなもんなんですよ!」

「なら仕方ないな」

「納得しちゃった!?」

 紘也を納得させることが目的のはずが、なぜかショックを受けてわざとらしく仰け反るウロ。面倒臭いからスルーしていると、紘也たちの後ろを歩いていた眼鏡の少女――朝倉真奈がおずおずと声をかけてきた。

「あの……わたしたち『敵』の居場所を探してるんですよね? そんなに騒いでても大丈夫なのですか……?」

 朝倉はそう言って軽く周囲を見回した。


「ここ……山の中ですし」


 紘也たちは現在、あまり整備されていないそこそこ険しい山道を歩いていた。

 場所は月波学園の敷地内。いや冗談ではなく、この裏山はただでさえ広大な学園の三分の一以上を占める演習林となっているらしい。

 それほど馬鹿広い演習林をなにに使うのか?

 もちろん紘也が知る由もない。

 農学部があるらしいのでたぶんそこ関係だろうが、月波大学に進学する予定などない紘也にはどうでもいい事情である。

 焔御前が最後に異物を感知した場所、それがこの学園の演習林なのだ。

「本当にこんなところに敵がいるのかな?」

 道案内するように前を歩く少年少女の、少女の方が怪訝そうに小首を傾げた。

 背中まで流れた純白の髪に、ちょこんと生えた狐耳。涼しそうな白の着流しは古びているがどこもよれてなどおらず、よく手入れされていると素人でもわかる。フリフリと揺れる尻尾が着流しから直接生えているように見えるが、穴を開けているわけではなさそうだ。ウロたちが翼を背中に生やした時もそうだが、あれはどういう仕組みなのだろう?

 幻獣的、妖怪的な謎だ。

 紘也にはさっぱりわからない。

 この妖狐の名前は(ビャク)。触れれば壊れそうなほど儚げな印象だが、これでもあの焔御前の妹にあたるのだとか。人化した幻獣は見た目で判断してはいけないと改めて思う紘也である。

「秋幡紘也さんでしたっけ?」

 と、白の隣を歩いていた少年が振り返った。

「そうだけど」

 肯定を返すと、彼は会話しやすいように紘也が横に並ぶまで待機し、再び歩み始める。なぜか白を背中で庇うような位置にして。

「紘也さんって魔力からして相当高位の魔術師ですよね? 朝倉はフィーちゃんに探索してもらってますけど、紘也さんは探知系の魔術とか使わないんですか?」

 少年の目は穏やかだが、その言葉には仕事しない人間を咎めるような刺があった。一応焔稲荷神社に向かう道中で簡単な自己紹介をしたが、素性については話していなかったことを紘也は思い出した。

「いや、俺はその、魔術師じゃないんだ」

「「「え?」」」

 意外そうな顔をしたのは彼だけではなかった。白と、魔術師の朝倉も同じように目を見開いている。

「正確には『元』魔術師。今は理由(わけ)あってなんの魔術も使えないし、戦えない。まあ、それでも役に立てることがあるから葛木に協力を依頼されたわけなんだけど」

 肝心の場面、特に戦闘面で頼られても足手纏いになるのでここはハッキリと言っておく必要がある。

「事情はわかりませんが、とにかく普通の状況では紘也さんはあてにならない、と?」

「そういうことだ。戦闘ならそこのウロボロスを扱き使ってくれて構わない」

「ちょ!? あんまりですよ紘也くん! そりゃああたしは戦闘専門で間違ってませんが、紘也くん以外のお守りするなんてまっぴら御免です!」

「大丈夫ですよ。僕は自分とビャクちゃんの身くらい一人で守れます。ところで――」

 チャキリ。

 危険な目をした少年が、どこからともなく取り出した拳銃の銃口を紘也に向けてきた。

「紘也さん、さっき、うちのビャクちゃんをイヤらしい目で見てませんでしたか?」

「は?」

 わけのわからない言いがかりに、紘也は銃口を向けられていることも吹っ飛んで素っ頓狂な声を漏らした。

「そ、そうなの?」

 白が不審者を見るような目をして少年の背中に隠れた。

 すかさずウロが吼える。

「紘也くん紘也くん紘也くん!? そいつぁ一体どういうことですかあたしというものがありながら!? 見るならあたしをイヤらしく見てくださいよ! ほらほら思いっきり視姦してくださいよ!」

「そんな目で見た覚えはないんだけど」

 確かに紘也は白を見ていたが、それは彼女が発言したからであって他意はない。なんか横で「ぐおぉぉスルーですか! やっぱりそこはスルーなんですか!」と落涙しながら地団太を踏むウロは眼中から外しておく。

「あの土地神の妹だから見た目以上に戦力になるんだなぁ、くらいしか」

「それならいいですが……今度そういう目でビャクちゃんを見たら蜂の巣ですから」

 疑いの晴れてない顔で睨みつつ、彼は静かに銃口を下げた。まったく酷い誤解である。確か名前は穂波ユ……ユ……………………思い出せない。月波組の全員が違うあだ名で呼んでいたせいだ。とりあえず苗字がわかれば問題ないだろう。

「今、僕の名前思い出そうとして挫折したでしょ?」

 チャキリ。

 また銃口を向けられた。

 心を読まれた? と思いかけた紘也だったが、読まれたのは心ではなく顔だと気づく。こんな遣り取りを何回も繰り返してきた故に悟れる技。

 つまり、彼はそういうキャラなのだろう。

「えーと……」

 心の底で『弄りたい』『からかいたい』という悪魔の感情が渦巻き始める紘也。しかし『会って間もない人間には失礼過ぎる』と天使が囁く。

「よし落ち着こう、ちゃんと覚えてるって。穂波だろ? 俺らは瀧宮と葛木でもなければドラゴンと『龍殺し』でもないんだ。仲良くしようとまでは言わんが、一応仕事仲間だし、変なことでいがみ合うのはやめないか?」

「なら僕のフルネームを言ってみてください」

「穂波・ユーフェンバッハ・太郎」

「誰それ!?」

 悪魔が勝ってしまった。

「やっぱ全然覚えてないよね!? どこにそんな愉快な名前の人間がいるんですか!?」

「愉快とは失礼だな。世界中の穂波・ユーフェンバッハ・太郎くんに謝れ」

「謝らないよ!? あーもうなんかこの人微妙に羽黒さんに似てる!?」

「まあまあまあ、ユーフェンバッハくん。この程度のジョークでかっかしてたらチームとしてやっていけませんよ」

「だからユーフェンバッハじゃないからね!? もっと覚えやすいからね!?」

 立ち直りの速さに定評のあるウロが絡んだことでさっきより騒がしくなってしまった。静かな山中なだけに声はよく響く。向こうのチームまで届いたらサボっていると勘違いされそうだ。

 そう、チーム。

 この場には紘也・ウロ・穂波・白・朝倉の五人しかいない。

 ウェルシュ・香雅里・瀧宮兄妹・白銀もみじの五人は別ルートから演習林を探索し、他の葛木家の面々は演習林以外を担当している(なにか山田的なものをどっかに置き忘れている気がしないでもないが、きっと気のせいだろう)。

 チーム分けした理由は単純だ。

 これだけ人数が集まっているのに、一ヶ所に固まっていては効率が悪いから。

 妥当な判断だと紘也は思う。提案者は瀧宮羽黒。チーム分けはくじ引きで行った。なにかと「兄貴とは嫌!」「葛木とは嫌!」と喚いていた瀧宮梓がその二人と同じチームになるとは…………笑いの神が仕事したようなくじ運の悪さだった。

「えっと……私はユタカの名前、ちゃんと覚えてるからね?」

「ビャクちゃん……!」

 白が申し訳程度のフォローを入れると、穂波は目尻に涙を滲ませて彼女をぎゅっと抱き締めた。

「ふぇ!? ゆ、ユタカ!?」

「もう構わない! 誰がどんな風に僕を呼ぼうと、ビャクちゃんさえちゃんと名前で呼んでくれるのなら! いや寧ろ他の奴らに僕の名前は呼ばせない! これはビャクちゃんだけの特権だ!」

「……うん、なら、私もユタカのこと『ユタカ』以外では絶対に呼ばない」

「はぁ、やっぱりビャクちゃんはかわいいなぁ」

「あうぅ、何回言われても恥ずかしい。でも嬉しい」

 抱き合っていたかと思ったら、今度はお互い熱の籠った瞳で見詰め合う二人。穂波の下の名前がはっきりしたとかそんなことどうでもよくなるくらいに、他人から見るとそこだけ世界が隔絶されていた。

「……いつもこんな感じ?」

 見てられなくなった紘也が朝倉に訊く。朝倉は困ったような笑顔で小さく頷いた。

「うん……学校でも、こんな感じ。でも二人は恋人だから……普通なのかな?」

「オゥ! それは是非とも応援させてください! ムフフ、人間と幻獣のカップルですか。まるであたしたちみたいですね紘也くん♪」

「え? 真逆だろ?」

「……しくしく」

 さめざめと泣くウロはスルー。人間と幻獣が恋仲など紘也には到底理解できないし、したくない。かといって穂波の目を覚まさせるつもりもないので、紘也はすっかり止まっていた足を再び動かそうとした。

 その時――

「痛っ」

 白が短く呻いて蹲った。片足を手で押さえている。

「ど、どうしたのビャクちゃん! 大丈夫?」

「だ、大丈夫だよ、ユタカ。落ちてた木の枝が、ちょっと足に刺さっただけだから」

「草履で山登りなんてするから」

「だって、履き替える暇なかったもん」

「あ、血が出てるじゃないか。ちょっと待って、今バンソウコウを…………はい、これで大丈夫」

「ありがとう、ユタカ。……優しいね」

「当たり前だろ。ビャクちゃんは僕の大切なヒトなんだから」

「うん。……えへへ」

「なあ、これいつも誰が止めてるんだ!?」

 紘也はもう一度朝倉に訊ねるが、彼女は苦笑を返すだけだった。強引に割って入れば馬に蹴られて死にそうだ。ここにはそのリスクを背負えるほど勇敢な猛者はいない。どうやらウロは二人の味方につくようだし……。

「ん?」

 そのウロは意味深な目をしてバカップルを見詰めていた。なにかを黙考しているのか、気持ち悪いほどだんまりしている。

 と、おもむろにウロが動く。

 体を屈め、

 足下に落ちていた枝を掴み、

 足背にチクリと突き刺した。

「痛ぁーい。木の枝が足に刺さりましたぁー」

 チラ。

 この上ない棒読みで悲鳴らしきものを上げたウロが紘也を横目でチラ見してきた。

「ああ、痛いですぅー」

 チラ。

「うわぁ、血が出てますぅー」

 チラ。チラ。

「バンソウコウ欲しいですぅー」

 チラ。チラ。チラ。

 めっちゃこっち見てる。喋り方がすこぶるウザい。どうせもうとっくに〝再生〟しているくせに、なんとも面倒臭い身食らう蛇である。

「夏場に山登りってキツいよな。ちょっとこの辺で休憩しないか?」

「やっぱりスルーですかコンチキショー!? こうなったら秘蔵しておいた奥の手を使う他ありません!」

 ヤケクソ気味に喚き散らしたウロが虚空に手を突っ込んだ。ウロボロスの所持するとっても謎い無限空間である。

「……なにを……するの?」

「にゅふふ、それは見てからのお楽しみですよ、真奈ちゃん」

 そう言って企み顔のウロが取り出した物体は、ボーリング玉のような黒光りする球体だった。

「たららったら~♪ じんかくはんてんばくだん~♪」

「物騒なもん出すなよ!?」

「説明しましょう! 人格反転爆弾とは、ウロボロス流錬金術で生成された、被爆した者の人格を真逆の属性に変換する爆弾である!」

「処理しろよそんな爆発物!」

「嫌です! この爆弾で紘也くんにはウロボロスさんラブラブズキューンってなってもらうんです!」

 ダメだ。奴の目は逝っている。

「喰らいなさい紘也くん!」

「させるか!」

 爆弾を投擲しようと振り被ったウロの手に、紘也は小石を投げつけて命中させた。

「お?」

 つるんと手から滑り零れる爆弾。

 地面と衝突し、鈍い音が鳴る。

 ピカァアアアッ!! と眩い輝きが爆弾から炸裂した。

「オゥ……」

 当たり前のように、ウロだけを巻き込んで。

 爆光は五秒とかからず収まった。

 光の煙幕から姿を現したウロは、どこにも変わった様子はなかった。ただの虚仮威しだったのかもしれない。

「あの……大丈夫……?」

 朝倉が心配そうに声をかけると、ウロは俯いていた顔を持ち上げて、花咲くようにニッコリと笑った。

「わたくしなら大丈夫ですわ、真奈さん」

「全然大丈夫じゃないな。誰だよお前?」

 爆弾の効果が本物だったことは今の一言で充分に理解できた。

「誰って……紘也くん……酷い。わたくしめはウロでござるよ。おめの契約幻獣だべ。よもやお忘れになられたんどすえ?」

「せめてキャラを固定しろよ」

 実はわざとやってるんじゃなかろうか? そんな疑惑に再び虚仮威しの可能性が浮上し、少々苛立ちを覚えた紘也はウロに歩み寄って――

「ウロ、ふざけるのもその辺にしとけ」

 ちょっと叱る程度のつもりで、軽く額を小突いた。サミングでもなければ魔力干渉もしていない。ウロボロスにとっては蚊に刺された程度の痛みであろう。

「……痛い……」

 ――へ?

 両手で額を押さえたウロに涙目の上目遣いで見上げられた。

「紘也くんにもぶたれたことないのに……」

「そんなことはないと思うぞ」

 サミングがぶつにカウントされなくとも、ゲンコツくらいはしたことがある。

 ――いやそうじゃなくて!

 ウロは本気で痛そうにしていた。紘也のパワーがいつの間にか人間離れしてしまったのか? それとも能力者の実体を捉える力でも得てしまったのか? どっちも違うと願いたいが、どうやらウロはふざけているわけではないらしい。

「もう、ぶたないでくださいね、紘也くん」

「あ、ああ……」

「約束ですよ」

 弱々しいというかなんというか、雰囲気的にもおとなしいウロに紘也はたじろいだ。常時ハイテンションな彼女に普段から落ち着くよう言い聞かせている紘也だが、実際に目の当たりにしてみると…………正直、気持ち悪い。

「彼女、どうかしたんですか?」

 紘也が困惑していると、自分たちの世界から帰還した穂波が首を傾げて訊いてきた。

「いや、お前、今までのなにも見ても聞いてもなかったのか?」

「???」

 被爆したウロの割と近くにいたはずなのに、自分たちの世界に入り過ぎである。

「ビャクちゃんはなにか見てた?」

 穂波は同じ世界を形成していた恋人に確認を取る。

 が――

「……」

「ビャクちゃん?」

 不自然に項垂れている白に穂波は眉を顰めた。

 ――あの状態、まさか……?

 紘也の脳裏に嫌な予感が走った次の瞬間、それは現実となった。


「あーもう! 山登り疲れためんどくさい!」


「ビャクちゃん!?」

 イライラを全面に押し出した口調で白が叫んだのだ。

 被爆したのはウロだけではなかった。人格反転爆弾は一番近くにいた白にも少なからず、いや寧ろダイレクトに影響を与えてしまったようだ。

「なんでアタシがこんなことしないといけないのよ!」

「ビャクちゃん一人称『アタシ』だったっけ!?」

「かったりーのよ! だっりーのよ!」

「ビャクちゃんがグレたぁあッ!?」

「おいユ! おんぶしろ!」

「ユ!? それ僕のこと!? そんな……『ユタカ』以外では絶対に呼ばないって言ってくれたばかりなのに……」

 不良化(?)した白に穂波はわけもわからず愕然としていた。見ていてなんとも不憫である。

「ウロ、あの爆弾の効果って〝無限〟じゃないだろうな?」

「えっと、はい、三十分です」

「良心的な時間で助かるよ」

 このまま進むわけにはいかなくなったので、紘也たちは爆弾の効果が切れるまで休憩することにした。


 三十分間で穂波の心が砕け散らないことを祈りながら――。


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