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百無語  作者: 山大&夙多史
6/50

SIDE100-02 不穏

 えっと……。

 誰か。

 誰か説明してくれませんか……?

 つい数十分前まで、わたしと梓ちゃんは映画を見に繁華街を歩いていたはずだ。それで放映までまだ時間があるからと、映画館の近くにあったハンバーガーチェーン店に入った。

 いや、入ったはずだった。

 梓ちゃんがお店に足を踏み入れた途端、店内から黒ずくめの背が高い男の人が出てきて、瞬きをする間に梓ちゃんの首筋に手刀を入れたのだった。

 目の前の光景を理解するまもなく、その一撃で気を失ったらしい梓ちゃんを粗雑に担ぎ、黒い男の人――梓ちゃんのお兄さんの羽黒さんは、例の軽薄そうな笑みを浮かべながらこう言ったのだ。

「悪いが映画はまた今度な」

 その後、どこからともなく現れた、羽黒さんの恋人にしてわたしと梓ちゃんが通っている月波学園の生徒会長、白銀もみじさんに促されるまま、路肩に停めてあった黒いスポーツカーに乗せられたのだ。

 本当にもう何が何だか分からないうちに、今度は友人であるユッくんが転がるように車に放り込まれ、オロオロしながらビャクちゃんまで連れてこられた。

 そして羽黒さんが運転する車はあっという間に駅に到着し、そこに――黒装束の集団がいた。

 わたしの目がおかしくなったのでないなら――いや、裸眼だと障碍者一歩手前の視力だが――ともかく、そこには全員お揃いの黒い和装の集団がいた。

 しかも全員ピシッと整然と並んでおり、一見すると精巧すぎる蝋人形にすら見えた。

 この街に来て変な、と言えば悪いけど、とにかく変な物には見慣れたつもりだったけど……これはさすがにギョッとした。

 できることなら関わり合いになりたくない集団である。

 が。

「あー、たぶんアレだな。わっかりやすい格好してやがる」

 羽黒さんは気にする風もなく、梓ちゃんを担ぎながらその集団に近寄って行った。そしてその後を、もみじさんが付いて行く。

 えっと……。

「……………………」

 隣を向くと、半ば諦めたような達観した表情を浮かべるユッくん。

 どうやら、完全に流れに身を任せる気でいるらしい。

 わたし自身、何やら意味もなく巻き込まれた感が否めないが、それでもあの黒い人には抵抗するだけ無駄だということはすでに身に染みている。

 まさに、最悪にして災厄。

 わたしとユッくん、それにビャクちゃんも大人しく三人(?)を追う。

「葛木香雅里よ」

 と、すでに挨拶は終わったのか、黒装束さんたちの中でも一際若い、多分わたしたちと同年代くらいの女の子が自己紹介をしていた。

 勾玉の形をした髪留めの、凛々しい女の子だった。

「一応私が責任者ということになってるわ」

「ああ、知ってる知ってる。次期宗主候補様だろ? 俺の愚妹と一緒だな。で、俺は瀧宮羽黒。勘当されちゃいるが『瀧宮』の術者で間違ってねえぜ」

「そう、よろしく。ところで――」

 と、香雅里さんと名乗った女の子は不審そうに、羽黒さんが荷物よろしく担いでいた梓ちゃんに視線を向ける。

 ……うん、普通気になるよね。

「その子、どうしたの? まさか敵にやられたとか?」

「うん? ああ、これは……そうだ、敵にやられた」

 この人当たり前みたいに嘘を吐きましたよ!?

「!? いやそれ羽黒さんが気絶させて拉致ってもがもが!?」

 ユッくんも抗議しようとするも、羽黒さんは流れるように自然な動きでその口を塞いだ。

 もう何なの……?

 ビャクちゃんと顔を見合わせるも、お互いあたふたするだけだった。

 なおも羽黒さんの嘘が続く。

「つーわけで、俺はこいつの仇を討たないといけねえんだ。さっさと敵地へ乗り込むぞ」

「あっ、ちょっと待ってくれないかしら?」

 と、さっさと踵を返す羽黒さんを香雅里さんが慌てて引き止める。

「あぁ?」

「こちらの主戦力と言える人たちが勝手に市内の観光に行っちゃったのよ。敵地に乗り込む前に捜すのを手伝ってもらいたいのだけれど、お願いできるかしら?」

 ……主戦力?

 反射的に彼女の後ろに並ぶ黒装束集団に目をやる。

 ここに来て、わたしにもようやく理解できた。

 どうやら、わたしたちは羽黒さん絡みのバトル展開に巻き込まれてしまうらしい。いや、そもそも梓ちゃんを気絶させている時点で、相当な面倒事だということは想像できてはいたが……。

 勝手に別行動をとる主戦力とやらの話を聞いて、羽黒さんが非常に嫌そうな顔をする。さっさとこの仕事を片付けたいという雰囲気がありありと伝わってくる。

「羽黒」

 と、隣でずっと成り行きを見守っていたもみじさんが声をかける。

「捜すのを手伝ってはいかがです? どうやら後ろの方々だけでは、今回の仕事は難しそうですし。その『主戦力』と合流した方が、仕事はより早く終わると思いますが?」

「……………………」

 しばし思考を巡らす素振りをする羽黒さん。

 そしてもみじさんに見つめられ続けると、溜息交じりに振り返った。

「人捜しは有料だぜ?」

「……………………」

 お金取るんだ……。

 呆れたのはわたしたちだけではないようで、香雅里さんもムッと眉間にしわを寄せ、イライラとした口調で言い放つ。

「あなたの依頼主に、後で経費として落としてもらうわ」

「毎度あり」

 軽薄な笑みを浮かべる羽黒さん。

 一度引き受けたら相手はお客人。対応はしっかりとしたものだった。

「人数は」

「六人。三人が人間、残りが妖魔――契約幻獣よ」

「容姿」

「人間三人は特にこれと言って特徴は……。妖魔は金髪、赤毛のツインテール、青い着物の幼女」

「……奇天烈な連中だな、おい」

「ええ、わたしもそう思うわ。……ああ、そうだ。人間のうち二人は一般人だけど、残る一人は、尋常ではない魔力を内に秘めているから分かりやすいかもしれないわ」

「……一般人?」

 その単語に一瞬眉根を顰める。

「……おいおい、葛木の嬢ちゃん」

 と。

 羽黒さんは軽薄な笑みを再び顔面に貼りつけ、呆れたように首を振った。

「ここをどこだと思っている?」

「は?」

「人間と妖怪が共存する月波市だぜ? ちょっと普通じゃない量の魔力を持ってるくらいは、この街じゃ人探しの上で大した特徴とはなりえない」

「……………………」

「ま、契約幻獣三人は十分この街でも目立つ格好をしているみたいだしな。それならすぐに見つかるだろ。……お嬢ちゃん」

「……はいっ!?」

 わ、わたしっ!?

 急にこっちを向いた羽黒さんに声をかけられる。

「お嬢ちゃん、確かシルフと契約してたな?」

「は、はい……!」

「そんな遠くには行ってないだろうからな、シルフの機動力があればすぐに見つかるだろう」

「わ、分かりました……」

 手の平に魔力を集中させ、そこに精霊界に戻っているシルフのフィーちゃんを喚び寄せる。

「……フィーちゃん、聞いてた?」

『もちろんマスター!』

 姿は見えないが、脳内に声だけは響く。

「さっき言った六人……金髪のヒトと、赤毛のツインテールのヒトと、青い着物の女の子……探してきて」

『了解マスター!』

 フッと、手の平に感じていたフィーちゃんの気配が遠ざかる。

 これでよし。

「終わったか?」

「はい……。すぐに見つかるとは思いますが……」

「おう、ご苦労さん」

「……………………」

 ニッと笑った羽黒さんからは、普段の嫌な感じがしないから不思議だった。


        C


 いなくなった六人を探すために歩き出し、ほんの五分も経たないような頃だった。

 周辺が凄まじい殺気で包まれた。

 そして。

「放せクソ兄貴っ!!」

「おっと」

 引き続き羽黒さんの肩に担がれていた梓ちゃんが、支えを振りほどくように暴れ、着地した瞬間に拳を振り上げる。

 が、その攻撃は掠りすらせずに空を切った。

 ふわりと舞った亜麻色の髪の隙間から、怒気を孕んだ瞳が爛々と光っているのが見えた。

「あんた一体何をした!? 何で担がれてた!? あたしは真奈ちゃんと映画に行くところだったはずだ!! 何でユーちゃんとビャクちゃんがいる!? 何でもみじ先輩は『まあまあ落ち着いて』みたいなジェスチャーをする!? そして何だこの黒装束集団は!? あんたの親戚か何かか!?」

「ノーコメント。お前が気絶してたから。映画は延期だ。ノーコメント。とりあえずお前は落ち着くべきだ。この黒いのは『葛木』一族の連中だ。俺の親戚ってことはお前の親戚でもあると思うんだが?」

 軽薄な笑みを崩さぬまま、淡々と梓ちゃんの問いに答えて(?)いく羽黒さん。

 そのふざけた応えに再び癇癪を起こす――と思ったが、梓ちゃんはピタリと動きを止め、羽黒さんと、わたしたちの後ろを並んで歩く黒装束の集団を見比べた。

「おいクソ兄貴」

「何だ我が愚妹よ」

「今あんた、何て言った?」

「我が愚妹」

「よし分かったいつか殺す」

「いつでも待ってるぜ」

「じゃない! いつか殺すけど今はそうじゃない!」

 そしてピッと、黒装束集団を指さした。

「何で! 何でこの街にこんなウジャウジャと、他所の陰陽師がうろついてるのよ!」

「……まあ、色々あってな」

 と。

 羽黒さんにしては珍しい、歯切れの悪い口調だった。

「ちょいとここの近くでやる仕事ができたんだが……条件が、『葛木一族と組むこと』ってことでな。仕方がなく同行してる」

「はあっ!? ふざけんな! この街に余所者連れ込むなんて何考えてんのよ!」

「ギャーギャーうっせえな……。仕方がなかったっつってんだろ。大人しく協力しろ」

「いや待ちなさいよ! 何であたしが兄貴の仕事に付き合うみたいな話の流れになってんのよ! あんたの面倒事に巻き込まれるだけでも嫌なのに、その上『葛木』!?」

 梓ちゃんは。

 ひょっとしたら、羽黒さんに対する時と同等の嫌悪感を隠しもせず、おおっぴろに、『葛木』さんご本人たちの目の前で、怒鳴り散らした。

「あんな甘ちゃん一族と仕事なんて、真っ平ごめんよ!」

 瞬間。

 わたしたちの背後から、凍るような気配が漂ってきた。

 それは、梓ちゃんのそれとは真逆の、殺気。

 燃えるような怒りではなく、静かなる殺気。

 まるで氷のように、冷たい気配。

 振り向くまでもなく、香雅里さんだった。

「さっきから……」

「……何よ」

 二つの殺気が漂う中、わたしはどうしたものかとユッくんたちを見やる。しかし当然ながらと言おうか、ビャクちゃんはわたし以上にオロオロしている。その隣のユッくんは――顔面の筋肉全てを引き攣らせながら成り行きを見守っていた。

「さっきから、随分と言いたい放題ね。どういうつもりかしら?」

「そういうあんたこそ、何なのよ。他人様の土地に土足で踏み込んで。何様のつもりよ」

「おかしいわね。話は通してあるはずだけど? それとも『瀧宮』は下っ端に何も教えない主義なのかしら?」

「残念下っ端じゃありませんよー。あたしはこれでも『瀧宮』の次期当主だ」

「……っ!!」

「あら、いきなり無言? 育ちのいいお嬢様は口論もできませんかー?」

「……育ちの悪い野蛮人よりはマシだと思うけれど?」

「まー仕方ないかー。ろくな実践も積んでない甘ちゃんだもんねー。……怪我しないうちに帰れ、『葛木』」

「敵にやられて気絶していた人が偉そうに吠えるわね」

「は? 何の話?」

「そちらこそ実力不足なんじゃない? 予定通り映画を見に行ってくれてもいいのだけれど、どうする、『瀧宮』?」

 一歩。

 香雅里さんが怒気を孕んだ一歩を踏み出す。

 その瞬間、後ろの黒装束集団もざわめいたが、すぐにいつでも動けるように臨戦態勢を整えた。

 え……何で?

 確かに梓ちゃんの言い分は酷かった。

 けれど……いきなりこんな空気になるの……?

「あのバカ……!」

 と、ユッくんが呟く声が聞こえてきた。

「……朝倉」

「な、何……?」

「いつでも《沈黙サイレント》を使えるようにしててくれ」

「え……?」

「陰陽師に限らず、呪文を唱える術者の弱点だ」

「あ……そっか……! さすがに、あの人数が一度に暴れたら梓ちゃんが危ないから、術を封じて制圧を――」

「違う」

 と。

 ユッくんは冷や汗を流しながら、しかし梓ちゃんを――梓ちゃんだけを見ていた。

「この場合、術を封じるべきは梓だけだ」

「……え?」

 でも……戦闘はわたしの専門外。だけど、この状況は明らかに梓ちゃんの方が不利であるように見える。

 しかしユッくんは首を横に振る。

「普通なら、ね」

「……普通なら?」

「そう。僕ら八百刀流は、普通の陰陽師じゃない」

 チラッと、ユッくんは視線を黒装束集団に向ける。ざっと数えて、二十人以上は確実にいるだろうか。

「僕ら八百刀流は、敵の数が多いほど強くなる」

「……っ! そう言えば……」

「ああ。それに『葛木』は必ずしも術に言霊が必要ってわけじゃないらしいし。だから、朝倉。梓でも『葛木』でもどっちでもいい。とにかく、どちらかが動いたらすぐに魔法を発動させてくれ」

 じゃないと大惨事だ、と。

 ユッくん自身も、いざとなったら力ずくで止めるつもりなのか身構えている。

 大惨事。

 その言葉に、わたしは小さく、けれどしっかりと頷き、《沈黙サイレント》の魔法のルーンを唱えておき、その時に備える。

 そして。

「……あれ?」

 張った緊張の糸に、見知った魔力が一つ近づいてくるのが伝わってきた。

 そのすぐ後ろを、強大な力が二つ。

 反射的に、わたしはそちらを見る。

 フヨフヨと漂う、妖精のような小さい女の子。その後ろから急ぎ駆けつけるように、見慣れない六人の姿があった。

 フィーちゃん、帰ってきた……? ということは、あの六人が、香雅里さんのお知り合い?

 あ、あの人たちにも頼んで止めてもらおう!

 そう思った瞬間。


 ――ゴオゥッ!!


「……え?」

 突如として羽黒さんを、紅蓮の炎が包み込んだ。


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