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百無語  作者: 山大&夙多史
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SIDE∞-23 決戦

 悪魔が降誕した。

 そうとしか思えない異形になり果てたテオフラストゥス・ド・ジュノーが、その吸血鬼のような鋭い牙の並んだ口から赤紫色の吐息を漏らす。

「フェニックス、エルフ、ヴァンパイア、ヒュドラ、ドッペルゲンガー。見たまえ! 五種の幻獣の魔力を融合させた姿を! 実に醜く、強大だとは思わないかね?」

 人間をベースに幻獣の力の一端を取り込み、使役する。あれは言わば合成幻獣(キメラ)技術の応用だ。五種類の幻獣を同時に相手にしている。恐らくそんな単純計算では済まないだろう。

 だが――

「混ぜ過ぎ危険ですよ。人間の体で堪えられるもんじゃあありません。持って数時間の命ってとこですかね」

 ウロの言う通り、人間とは基本的に脆い生き物だ。たとえ一種でも相当な負荷がかかって絶命の危険がある。それが力の代償だと言われれば、確かに最終手段の切り札にはなるだろうが。

 テオフラストゥスは鼻で笑った。

「私は天! 才! です! そんなことは言われなくともわかっている! 数分で貴様らをぶち殺し、その後でこの乖離剤を打てば、私の中にある幻獣の魔力は消滅します! だからなぁーんの問題もありませーん!」

 破れた白衣から一本の注射器を取り出して紘也たちに見せる。対応策を用意しているあたり、決して追い詰められたことによる捨て身の行為ではないのはわかった。

 乖離剤……もしあれが強制的にマナの乖離を引き起こすものだったとすると、攻撃目的でウロたちに使われるのは避けたいところだ。

「まぁ、時間がないのも事実。というわけで――さっさと死ね」

 冷酷な声で告げられた瞬間、紘也はテオフラストゥスの影が這うように動いたのを見た。

 影は矢のように高速で床を滑り――

「朝倉!?」

「きゃ……ッ!?」

 さっきまで朝倉の心臓があった位置を貫いていた。もし紘也が突き飛ばしていなかったら……そんな想像はしたくない。

 あれはヴァンパイアの能力か?

「ウロ!」

「わかってます!」

 テオフラストゥスの時間切れを待ってなどいられない。彼はもう人ではない。ここで速やかに倒しておかなければならない。

 魔力を拳に宿して飛びかかったウロに、テオフラストゥスは自らの体をぐにゃりと歪める。ドッペルゲンガーの変形能力だろう。

 定まった形は九つの首を持つ、炎の翼を生やしたドラゴンだった。

 九首が鎌首をもたげ、猛毒のブレスを吐き出す。

「チッ」

 ウロは舌打ちすると後ろに飛んだ。〝循環〟の特性を持つウロに毒は一時的とはいえ効果的だ。 

「……〝拒絶〟します!」

 代わりに前に出たウェルシュが腕を振るう。真紅の炎が荒れ、猛毒を一瞬で浄化した。そのまま炎はテオフラストゥスをも飲み込もうとするが、それは背中の炎翼が羽ばたくことで相殺されてしまった。

《――吾の〝霊威〟は水気を繰る》

 間髪入れずヤマタノオロチが水流砲を放つ。しかし、それも再びの変形で回避されてしまう。

 次は人型だった。

 白髪の見目麗しい男性。尖った長い耳に二本の鋭い犬歯。先程がヒュドラとフェニックスの合成なら、今度はエルフとヴァンパイアの合成だ。

 テオフラストゥスは体の一部が変形してできた杖を振るう。

 鮮血の風が吹いた。

「がっ!?」

 紘也は思わず膝をつく。なにが起こったのかわからなかった。だがそれも一瞬で、すぐに体中に切り傷が刻まれていることを知る。

 紘也だけではない。ウロもウェルシュもヤマタノオロチも朝倉も、全員が風の魔法によって切り刻まれている。そして飛び出した血は床を染めることなく、赤い風となってテオフラストゥスの下へと戻った。

 その血を、テオフラストゥスは一気に飲み干す。

「うぉおおおおおおおおおおおおっ!! 素晴らしい! なんて素晴らしい魔力だ! やはりドラゴン族が三体もいればその質は計り知れませんねぇーっ! そっちの人間共も並ではないしな! 力が溢れてくるとはまさにこのこと!」

 感極まったようにテオフラストゥスは叫喚した。

「あいつ、あたしたちの魔力も取り込みましたよ!?」

「俺たちはまだしも、ウロの血はまずいんじゃないか?」

 ウロボロスの血はそれだけで〈不老不死の万能薬(エリクサー)〉の原液だ。それを摂取されたら最悪の場合、対処不能にもなる。

「あの程度なら不老不死にはなったりしないでしょうが、魔力が上がったのは厄介ですね」

 ウロは唇を噛む。その体は服すら既に〝再生〟しており、傷らしい傷は見当たらない。

「大技で一気に仕留めます」

《乗ったぞ。火竜の雌。人間ごときが吾の魔力を奪うなど許すものか!》

 左から紅蓮が、右から蒼浪がテオフラストゥスを挟撃する。圧倒的な威力で部屋を破壊しながら奔る赤と青は、しかしテオフラストゥスが両手を翳しただけで魔力の障壁により弾かれてしまった。

 もはやテオフラストゥスの魔力は紘也たちの誰よりも上なのかもしれない。

「どぉーしましたぁ? まさかその程度が全力なんですかぁー? 天才が力つけ過ぎちゃってごめんなさいねぇーっ!」

 テオフラストゥスの両腕が伸びる。さらに変形した腕は竜の頭部となってウェルシュとヤマタノオロチに噛みついた。二人は壁を突き破る勢いで叩きつけられる。

「っ」

《くそっ。人間の雄! 魔力が足らんぞ!》

 そんなことを言われても困る。紘也はこうしている今もウェルシュとヤマタノオロチには魔力を流しているのだ。これ以上は負担が大き過ぎる。

「……どうすればいい?」

 瓦礫を払いのけて立ち上がった二人はまだ大丈夫そうだ。今はウロが応戦しているものの、趨勢はテオフラストゥスにある。元々が人間だったとは思えない化け物じみた動きだ。

 ウロたち三人で相手をし続ければ時間切れまで逃げ切ることはできるかもしれない。だが、それが数時間なのか数日なのかわからない。ウロの血を取り込んだことでその制限がなくなった可能性もある。こちらが全滅する方が先だと考えるべきだ。

 やはり、紘也が魔力を一気に流して幻獣たちを強化するべきか……?

 いや、それで勝てるという保証はどこにもない。

「せめて時間切れの時間さえわかれば…………待てよ?」

 ある。見つけた。

 本当にテオフラストゥスが天才であるならば、この方法が成功すれば確実に倒すことはできる。

 危険だが……実行するのは奴の注意が向いていない紘也だ。

 そのために、紘也は後ろの朝倉を見た。

「朝倉、一つ頼まれてくれないか?」

「……えっ」


        ∞


 最高の気分だった。

 テオフラストゥスは竜頭の腕で向かってくるウロボロスたちを払い除けながら、高々に笑いたくなる気持ちを抑えていた。

 笑うのは奴らが地に伏した後だ。

「ほらほらほらほらぁ!! この天才に頭脳で近づくこともできなければ、物理的に近づくことさえできないのでぇーすか!!」

 フェニックスの〝聖炎〟をエルフの魔術で打ち出す。赤白い炎の津波はヤマタノオロチの水流すら呑み込んで押し寄せる。

「面倒ですねまったく!」

 ウロボロスが自分の腕に噛みついた。なにをしているのかと一瞬思ったが、すぐにあれが〝貪欲〟と〝循環〟の特性で己の魔力を底上げしていると知る。

 炎の津波がどことも知れない空間に飲まれる。

 その一瞬の空隙を突いてウェルシュ・ドラゴンの〈拒絶の炎〉が飛ぶ。テオフラストゥスは横に飛んでかわすと、九頭竜の影を炎が飛んできた方向へと伸ばした。

 手ごたえはあった。

 影はウェルシュ・ドラゴンに絡みつき、身動きを封じていた。そこに別の影がトドメを刺す――ことはなく、影はウロボロスの振るった黄金色の大剣で切断されてしまった。

「……お礼は言いません」

「言いなさいよお礼くらい!?」

 なにか言い合いを始めたドラゴン二匹の下に風の魔術をぶち込む。それは簡単に避けられた。想定内だがどうしても舌打ちを禁じ得ない。

 戦場に入ってこない人間二人はともかく、このドラゴン共はまだテオフラストゥスを見下している。そんな雰囲気を感じ取ったからだ。

 それもそのはず、奴らは未だ人化の形態を解除していない。つまり本気ではない。冷静に考えれば、今の奴らを圧倒した程度で勝ち誇るのは間違いだ。

 一気に頭が冷える。

 自分も見下していいのは自分だけだ。

 かつてはもう一人いた。分野は違えど圧倒的に優秀だった奴になら見下されるのも仕方ないと思っていた。互いに術を研磨し、研究し、二人だけで酒を交わしたこともある友。

 だが、奴はテオフラストゥスを否定した。

 見下すだけなら構わない。奴になら仕方がない。けれど、完全に否定されることはもはや裏切りの領域だ。

 許せなかった。腹が立った。

 ただ合成幻獣を生み出す研究だけなら絶賛された。しかし、それを人体に適用すると発表した途端に手の平を返された。

 確かにテオフラストゥスは倫理を無視した研究を始めたが、未知を紐解くための非道は昔から行われ続けていることだろう。

 なにが悪い? なにがいけない?

『すまん。お前の危険性を知っていながら止められなかった俺が悪い』

 懲罰師としてテオフラストゥスの下へと来た奴――秋幡辰久はそう言った。

 処刑されなかったのは友人としての慈悲だろう。だからこそ一層腹が立ったのかもしれない。

 連盟を追放されてからテオフラストゥスは必死に足掻いた。

 足掻いて、足掻いて、足掻いて、連盟にいた時よりも整った設備の研究所を作った。頓挫された合成幻獣技術の人体適用研究に埋没した。

 賢者の石があれば完成すると考えていたが、どうやらこの天才には不要だったらしい。

「やがて知るがいい、連盟の諸君! 貴様らが一体どこの天才を否定し、追放したのか!」

 テオフラストゥスは両手を前方に翳す。

 最後に撃ち放つ一撃は、五種の幻獣の魔力を収斂させた絶大魔術だ。毒を含み、指向性を持ち、全てを浄化し、血を貪り、変幻自在に形を変える。

「この天! 才! の前に滅びなさぁーい!!」

 その時、テオフラストゥスのこめかみに強い衝撃が走った。

 遅れてダン! と銃声が響く。

「……だぁれですかぁ?」

 瞬時にヒュドラの龍鱗を展開させたために傷一つついてはいないが、せっかくの魔術の構築が霧散してしまう程度には、集中を乱された。

 見上げると、ウロボロスが床下から〈陽神俯瞰〉ごと貫いた天井の大穴から巨大な狙撃銃を構える少年の姿があった。

 それともう二人。

 燃えるような赤い髪をしたエルフの姉妹がいた。

「その姿……堕ちるところまで堕ちたようね、()()()()

「フェニフ……いぃや、もう元の名前など憶えていませんが、生きていたとは驚きですねぇ」

「償いになるかわからないけれど、ここで討たせてもらうわ!」

 姉妹が魔術を発動させる。エルフ族の強大な魔力から放たれる炎がテオフラストゥスを呑み込む。だが、こんな炎で焼かれるほど今のテオフラストゥスは雑魚ではない。

 反撃に影を伸ばす。しかしそれは防護壁によって阻まれてしまった。

 そしてその防護壁の中から――再び、ダン! と。

 少年の銃口は、未だにテオフラストゥスに狙いをつけて――見下ろしている。

「見下ろすな……見下すな!! この局面でぇ……そんな稚拙な魔術や玩具で私を傷付けられると思うなぁ!! 凡人がぁ!!」

 まずはあの小蝿共から始末するべく、テオフラストゥスが再び魔術を練りながら標的を改める。

 と、彼らの周囲から二つの人影が飛び出してきた。

「――抜刀!」

「――〈天之秘剣(あまのひつるぎ)冰迦理(ひかり)〉!」

 少女の言霊に呼応するように、テオフラストゥスの周囲に無数の抜き身の太刀が顕現する。そしてそれらから発せられる冷気が増幅し、辺り一面――テオフラストゥスをも巻き込みながら凍りついた。

 拘束時間はほんの一瞬。

 しかしその一瞬、テオフラストゥスは一切の行動が封じられてしまった。


「今だ!」


 叫んだのは、遠くに避難していたと思われた秋幡紘也だった。

 テオフラストゥスは即座に氷の拘束を叩き割り、そちらを見る。だがそこには秋幡紘也は見当たらず、朝倉真奈と、一つの魔法陣だけが展開していた。

 ――あれは、転移魔法陣!?

 即座に気づいたが、その時にはもう遅かった。

「あんたが自分でバラしたんだ。その弱点は使わせてもらう!」

 秋幡紘也は、テオフラストゥスの真後ろに出現していた。


        ∞


 テオフラストゥスの背後を取った紘也は、迷わずその白衣のポケットに手を突っ込む。人間形態で助かった。一度は怪物の姿となって破れていた白衣だが、奴自身にとっても大事なそれを仕舞っている場所については無事だった。

 奪い取ったのは、乖離剤の入った注射器。

 これを打てばテオフラストゥスは人間に戻る。そうなればウロたちが倒してくれるはずだ。

「しぃいいまったぁあああああああああああっ!?」

 驚愕と絶望に叫ぶテオフラストゥスは――

「なぁーんちゃって」

 ニタリと嫌らしくほくそ笑んだ。

 紘也がテオフラストゥスの腕に刺した注射器は、硬質な黒い鱗――恐らくヒュドラの鱗――によってポッキリと折れてしまったのだ。

「ざぁーんねんでぇーした! この天才が弱点を見せたことに気づいていないとでも? これだから凡人は動かしやすくて助かりますねぇ!」

 嘲笑を浮かべたテオフラストゥスが腕を伸ばし、紘也の胸倉を掴む。

「くっ、こうなることがわかってたのか?」

「実際にそんな無謀な賭けに出るとは思いませんでしたがねぇ」

「紘也くん!?」

 こちらに駆けつけようとするウロは毒の魔弾が射出されて逆に遠ざけられてしまった。

「それでは、お望み通りあなたから殺してさしあげましょう!」

 影を紘也の喉元に伸ばしたテオフラストゥスは、紘也の口元に薄い笑みが浮かんでいることに気づいて動きを止めた。

「天才ならわかるだろ。自分で無謀な賭けだって言ったしな。注射器を奪って打つ。本当にそれだけの勝算で転移したと思ったか?」

 テオフラストゥスが動きを止めたのは、彼の意思ではない。


 魔力干渉。


 紘也は胸倉を掴んだテオフラストゥスの腕を逆に掴み、そこから己の魔力を打ち込んだのだ。魔力干渉は硬い鱗に覆われようと関係ない。

 魔術の使える朝倉が転移するのではなく紘也が行った理由はそこだ。乖離剤を打てなかった場合、次案として紘也自身が乖離剤の役目を果たすことができる。

「き、貴様……貴様ぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!」

 既にテオフラストゥスの魔力回路はぐちゃぐちゃだ。ウロ曰く、とてつもない痛みが電流のように体中を駆け巡っているだろう。紘也はその中から幻獣の魔力を見つけ出し、肉体との接続を切り離す。

 ガクガクと激しく痙攣するテオフラストゥスは、最後の力で紘也を放り投げる。背中を思いっきり床に叩きつけられたが、もうテオフラストゥスに幻獣の力は使えない。

「ウロ!」

「アイアイサーッ!!」

 言われなくても接近していたウロが――

「歯ァ食い縛れ雑魚錬金術師!!」

 元の姿に戻りかけていたテオフラストゥスの顔面に、完全に人間に戻っていたら盛大に破裂したであろう重い一撃を叩き込んだ。


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