SIDE∞-19 人形
仄かな輝きを放つ純白の羽根が、ゆっくりと朝倉の手の中に落ちていく。
あれがなんなのかは紘也にはわからない。わからないが、この天空要塞にとってかなり重要なものであることは直感で悟った。
「朝倉、なにかわかるか?」
「……いえ、すごい力を秘めている、というくらいしか。帰ってちゃんと分析すればわかるかもしれませんが」
この場で一番知識のありそうな朝倉でも首を横に振った。あるいはウロなら正体を知っていたかもしれないが……肝心な時にあの駄蛇はいないのだ。
「真奈ちゃん、ちょっとこっち向いて」
「……?」
パシャッ。
瀧宮梓は朝倉が振り返るや否や携帯のカメラで写真を撮った。不意打ちのフラッシュに朝倉が小さな悲鳴を上げる。
「――変な羽根見つけたなう。詳細求む」
今撮った写真をSNSにアップロードして送信する梓。やっぱりなんか『これじゃない』感を漂わせる陰陽師の姿がそこにあった。
微妙な表情でその様子を見ていた香雅里がなにかを諦めたような顔で言う。
「もうここにはなにもなさそうね。移動してそろそろ誰かと合流――」
その時だった。
部屋全体が突如として振動を始めたのは。
「――ッ!?」
空中に浮いている要塞に地震などありえない。謎の羽根を結界から出してしまったことでなにか仕掛けが作動したと考える方が自然だ。
そしてそれは当たっていた。
部屋の奥の壁がぼこりと隆起し、壁や床を吸収しているかのように巨大化しながら変形していく。
最終的に天井まで届くほどの高さとなった人型のそれは――
「ゴーレム……ッ!?」
である。
「あー、あるある、こういうの。お宝取った途端に湧くタイプの敵」
好戦的な笑みを浮かべた瀧宮梓が、ゴーレムが動き出す前に抜刀して仕掛けた。先ほどまで香雅里とチャンバラしていたのにぴょんぴょん飛び跳ねる彼女の体力は驚愕物だった。
梓の接近に気づいたゴーレムの体が変色する。
壁や床の無骨な灰色から、輝くような半透明色へと。
ガキィイイイン!!
梓の嵐雨のような剣戟は、変色したゴーレムに掠り傷一つつけることができなかった。
「なにこいつ超硬い!?」
「どきなさい!」
瞠目する梓と入れ替わりに香雅里が攻め込む。冷気を纏った刃でゴーレムの肩口を斬りつけるが……やはり目に見えるダメージはなさそうだ。
「なにやってんの? あたしで無理なんだから、かがりんじゃもっと無理だって!」
「一撃の威力は手数のあなたより私の方が上よ! あとかがりん言うな!」
軽く言い合ったところに半透明色――恐らくダイヤモンドに体質を変えたゴーレムが巨拳を振るう。梓と香雅里は左右に飛んでそれをかわし、柔らかそうな関節を中心になおも斬りつけるが効果は望めない。
「ウェルシュ」
「……了解です」
打撃斬撃が効かないなら燃やしてしまえ。アレがダイヤモンドなら耐熱性は低いはず。ウェルシュの〈拒絶の炎〉なら一瞬で蒸発するはずだ。
が――
ウェルシュの放った紅蓮の炎が届く前に、ゴーレムはまたも変色した。
半透明色から銀灰色へと。
「……そんな」
ウェルシュが赤い目を見開いた。ウロボロスの鱗ですらダメージを与える〈拒絶の炎〉が、目の前のゴーレムには焦げ目すらつけることが叶わなかったのだ。
色が変わった今ならと考えたらしい梓と香雅里が飛びかかる。
しかし、ゴーレムの変色は一瞬だった。再び半透明になったその巨体に刃は通らない。
「こいつ、自分自身を錬金してるのか!?」
自動錬金人形……これほどのものを配置していたということは、いよいよ持って例の羽根の重要性が顕著になってきた。
「朝倉、お前の魔術でどうにかできないか?」
「……無理、だと思います。あの錬成速度だと……魔術を変えてもとても追いつけそうにないです」
それに朝倉には帰りのためにも力を温存していてもらわなければならない。ここで彼女に頼るのは愚策だろう。
対策がないわけではない。
相手は魔力回路で動くゴーレムだ。紘也が触れることさえできれば、結界と同じように一瞬で崩壊させることができるかもしれない。もっとも、基本的に身体能力は一般人と変わらない紘也がゴーレムに近づけば一瞬で死ねるわけだが……。
「あぐっ!?」
「きゃあっ!?」
チャンバラしていた影響か、体力的に厳しくなった梓と香雅里が巨腕の薙ぎ払いを諸にくらってしまった。
壁に叩きつけられた二人は意識こそ飛ばなかったが、ダメージは大きく、立ち上がるのは難しそうだ。
今はウェルシュが一人で相手しているものの、有効打がなければ時間稼ぎにしかならない。
――くそっ、仕方ないか。
当初の予定とは遥かに違ってしまったが、ここで切り札を切らなければ全滅は必定だ。
「山田!」
《フン。人間の雄よ。ようやくその気になったか》
紘也は意識を集中させて大量の魔力を練り上げる。山田との契約リンクを活性化させ、自分が反動で動けなくならないよう適宜適量で数分割して魔力を流し込む。
その時間はウェルシュが充分に稼いでくれた。
そして――
《吾の〝霊威〟は水気を繰る》
八重の声が唱えた瞬間、凄まじい量の水流が射出され、ゴーレムの巨体をいとも容易く押し倒した。
水流を放った山田――幼女から十代後半ほどの美女に変化したヤマタノオロチは、ホオズキ色の瞳が妖しい光を宿す。
《吾の〝霊威〟は水気を繰る》
もう一度唱える。
すると今度は大量の水がヤマタノオロチの周囲に集まり渦を成した。
《水気は万物を葬る断絶の刃とならん!》
マッハを超える速度で回転する水の竜巻がゴーレムを襲う。ゴーレムは瞬時に体質を半透明のダイヤモンドに変えるが――
梓や香雅里がどれほど斬りつけても傷一つつかなかった体が、一瞬でバラバラに解体された。
ウォータージェット。
ダイヤモンドすら切断する超高速の水流。人が作り出した物はアブレシブジェット加工と呼ばれ、水になにかの研磨剤を含んだりしているが、ヤマタノオロチの水流はそんな補助など関係なくダイヤモンドゴーレムの体を断ち切った。
「山田ちゃん……すごい……」
朝倉が変貌した山田に驚いているが、まだ終わりじゃない。
バラバラになったゴーレムが、まるで磁力に引き寄せられるように再生を始めたのだ。
「チッ!」
紘也は舌打ちして走った。体を磁石に錬成したのか知らないが、再生が終わる前でトドメを刺さなければならない。
「……マスター、ウェルシュに掴まってください」
深紅の翼を羽ばたかせて飛んできたウェルシュの手を取り、紘也は再生の中心――頭部だった部分に降り立つと――掌を勢いよく押しあてた。
「止まれぇえッ!!」
魔力干渉を発動。
紘也の魔力をゴーレムに直接流し込み、その内部に組み込まれていた回路をズタズタに引っ掻き回す。
もがき苦しむように暴れるゴーレムだったが、やがて動きを止めて糸が切れたように崩れ去った。
空中に放り出された紘也をウェルシュが回収する。
床に降ろしてもらうと、なにやらヤマタノオロチが妖艶な笑みを浮かべて腰に手をあてた。
《くくく。よくやったぞ人間の雄。だが吾に魔力を与えたのは失敗だったぞ! 魔力さえあれば己らを皆殺しにして――》
プシュー。
なんか空気が抜けるような音がした。
見ると、美女の姿だったヤマタノオロチがまた幼女の姿に戻っている。
「……」
《……》
「……」
《……》
「俺たちを、なんだって?」
《……なんでもないです》
紘也だって馬鹿じゃない。ヤマタノオロチにくれてやる魔力は絶妙に調整されていた。与え過ぎればこのように、こいつは時も場所を関係なく紘也たちに牙を剥く脅威となってしまうからだ。
「もうゴーレムは出てきそうにないな……葛木、瀧宮、大丈夫か?」
紘也は念のため周囲を警戒しながら二人の下へと駆け寄る。
「ええ、なんとか立てるわ」
「てか山田ちゃんなんなの!? 話には聞いてたけど凄くない!? ――山田ちゃん凄いなう」
「よく携帯無事だったな……」
その凄いと絶賛されている山田はというと、八つ当たりでもするようにゴーレムの残骸を蹴りつけて足を痛め転がり回っていた。倒された後の動かない瓦礫にすら勝てない山田である。
「とにかく立てるなら早くここから出るぞ」
できればまずウロと合流したい。
ウロなら例の羽根についてなにか知っているかもしれないからだ。




