SIDE∞-18 憤怒
〈太陽の翼〉――下層中央部・通路・ダストシュート前。
赤白い火炎弾と白光の魔力弾が衝突し、激しい爆音と熱波が通路を圧し広げるように駆け抜けた。
その爆発を突き破るようにして飛び出したウロボロスが黄金色の大剣を大上段から振り下ろす。対するフェニフは長杖を掲げて魔術の障壁を生み出す。障壁が大剣の重い一撃を受け止め、発生した衝撃波が壁や床を陥没させた。
「チッ、面倒ですね」
ウロボロスは舌打ちすると連続で滅多矢鱈と大剣を振り回す。金属音のような戟音が絶え間なく通路に響く。
「無駄よ。いくらドラゴン族の馬鹿力でも、この物理障壁は破れないわ」
そう言ってフェニフは杖を振るう。赤白い炎が杖に纏い、ウロボロスの体を火達磨にして弾き飛ばした。
だが、受身を取ったウロボロスの体には火傷の一つもない。それどころか燃えた服すら一瞬で〝再生〟していた。
「そっちこそ無駄ですよ。いくらエルフとフェニックスで掛け算したところで、このウロボロスさんにダメージなんて入らないんですよ!」
「それはどうかしらね?」
「あん? なに言って――ッ!?」
ウロボロスは気づく。〝再生〟したはずの服がボロボロと崩れ始めている。そして少し遅れて体中に激しい痛みが駆け巡った。
思わず膝をつきそうになるのを堪え、ウロボロスはフェニフを睨む。
「一度〝消滅〟し〝復活〟するフェニックスの〝不滅〟……その〝消滅〟する特性だけを炎に込めたってわけですか」
普通、フェニックス単体だと特性を分解などという器用な真似はできない。〝自然〟を司り様々な魔術に長けたエルフの力があってこそだろう。
「〝再生〟を相手にするには最適でしょう?」
「そうですね。けど――」
ウロボロスは大剣を虚空に消すと、拳を握ってフェニフの物理障壁を殴りつけた。
先ほどまでどれだけ大剣で斬りつけようと罅すら入らなかった障壁が――パリン! 脆いガラス細工のように呆気なく砕け散った。
「〝消滅〟を使えるのはあんただけじゃあないんですよ!」
「尾を食み続けることによる結果の〝消滅〟……確かウロボロスの象徴はそうだったわね」
想定内とでも言うかのように余裕のある動きでバックステップをするフェニフだが、その表情には少し焦りが見えた。
「これするとしばらく〝再生〟できないからあんまりやりたくないんですけどね!」
ウロボロスは痛む右手をひらひらと振った。相反する特性を両方持つ場合、片方を使えば片方が使えなくなるのは必然である。大剣に付与することもできたが、そうすると刃が砕けて今回の戦いでは使い物にならなくなったと思う。
〝消滅〟の特性は強力だが諸刃の剣だ。しかも面倒なことにそれではフェニフは倒せない。彼女は〝消滅〟を超越して蘇ることができるからだ。
完全に倒すにはこれではいけない。
「燃え尽きなさい!」
フェニフが魔術で火炎流を生み出す。さらに別の魔術で暴風を起こし、凄まじい熱量が一瞬にして通路を包み込んだ。
ウロボロスはしばらく〝再生〟できない右手を庇いながらフェニフに突撃する。赤白い炎にはやはり〝消滅〟の特性が付与されているようで、火傷を負っても普段より遥かに治りが遅い。
それでも、治る。〝再生〟はする。
所詮エルフの技術で分解抽出した断片的な力だ。フェニフが使う〝消滅〟ではウロボロスを滅し切れない。
「おらぁあッ!!」
ウロボロスは魔力を纏った拳を打ち出す。フェニフは小さく舌打ちして紙一重でかわし、さらに飛び退って距離を取り炎の魔術を発動。持久戦に持ち込んで少しずつでも削り倒すつもりらしい。
「そっちがその気なら、こっちは速攻で片づけさせてもらいますよ!」
掌に魔力を込め続け、通路を埋め尽くすほどの光線として放射する。魔術の炎は呆気なく呑まれ、その奔流は勢いを失うことなくフェニフ本人をも丸呑みにした。
「きゃああああああああああああっ!?」
悲鳴。
光線が消えた時、フェニフがいた場所には赤白い炎の残り火と大量の灰が積もっていた。
「大人しく灰になってればいいんですけどね……」
当然、これで終わるわけがない。積もった灰が唐突に炎上し、その炎から元のフェニフの姿が現れた。
息を乱し、嫌な汗を掻き、その表情はとても辛そうである。
だが、その瞳は明確な戦意を宿してウロボロスを睨んでいた。
「わかりませんね」
そんな彼女の様子にウロボロスは腕を組む。
「……なにが?」
「ぶっちゃけ、あんたなんで戦ってるんですか?」
戦い自体を楽しみ、相手を踏み躙り壊すことに快楽を覚えている感じのヴァドラとは違う。かといってマスターに忠誠を誓っているようにも見えない。
フェニフはなにか別の理由で必死になっているように思えるのだ。
「……あなたに言う必要はないわ」
「そうですか。まあ、別にあたしも知りたいなんざ思っちゃいないわけです。ただ――」
本当に心底どうでもよさそうに言いつつ、ウロボロスは左手首を口元に持って行く。
「最後に言いたいことがあれば、ちょっとくらい聞いてあげようかなっていうウロボロスさんの優しさだっただけですよ」
――カプッ。
ウロボロスは自分の手首に噛みついた。自らの血を吸い、〝循環〟させることで魔力を平時の何倍にも高め増幅させる。
やろうと思えば、それこそ〝無限〟に。
「いらないわ。敵の優しさなんか」
息を整えたフェニフも長杖を構えてなにかを唱えた。
すると彼女の足下から炎の渦が立ち昇り、その体を包み込む。それは〝消滅〟する時の炎ではない。本来の力を解放したような、凄まじい魔力の高まりをフェニフからも感じる。
炎が弾ける。
中から現れたのは、背中から赤白い翼を生やし、身体のあちこちに炎を灯したフェニフの姿だった。
「本気モードですね。面白いじゃあないですか!」
ウロボロスも手首を口から放し、フェニフに対抗するかのように金色の翼を背中から広げた。再び虚空から大剣を取り出し――一つ羽ばたいてフェニフとの距離を詰める。
フェニフも同様に前進していた。長杖と大剣が交差し、とてつもない爆風を生み出して壁や天井を崩壊させる。
「直接消し去ってやるわ!」
「こっちこそ、〝復活〟できないように存在ごと喰らってやりますよ!」
ぶつかり合う二人は崩れかけの天井を突き破って上昇する。
一層、二層、と破壊の限りを尽くしながら要塞に縦方向の風穴を穿っていく。
そして何層目かの天井を突き破った時――
「てめええええええ!! そいつに何しやがったあああああ!?」
どっかで聞いたことのある男の怒号が耳朶を打った。
「「……?」」
流石にそこでウロボロスもフェニフも衝突を止め、声の聞こえた方を振り向く。そこにはどっかで見たことのある黒い男が唖然とした様子でこちらを見上げていた。
まるでせっかく爆発させた怒りの矛先の方向を見失ったように。
「……クソ蛇」
なんか冷静になったらしい黒い男――瀧宮羽黒はバツが悪そうに呟く。嫌なシーンを見られた、ウロボロスはそんな顔をしている彼の様子を見て――
「……」
「……」
「……」
「……『てめええええええ!! そいつに何しやがったあああああ!?』」
「ぶっ殺すぞクソ蛇てめえええッ!?」
「なに熱くなってたんですかぷぷぷーっ!」
一瞬見えたマジギレした羽黒の顔がウロボロスの笑いのツボにドストライクだった。さっきとは別の意味で怒りに顔を真っ赤にさせた羽黒を、白銀もみじがどうどうと落ち着かせる。
「おやおや、こぉーの忙しい時にまぁーたお客さんですかぁ? まったく天才は人気者過ぎてツラいでぇーすねー!」
羽黒の反対側には薄汚れた白衣を纏った男がテンション高くなにか言っている。
「……マスター、それにヴァドラも」
「ふん、とっくにくたばったと思ってたよ、フェニフ」
つまらなそうに悪態をつくヴァドラを睥睨し、フェニフは彼らの下へと下降していく。この状況でウロボロスは追うことはせず、とりあえず羽黒たちの方へと降りた。
「で? なにをマジでキレてたんですか? 負けそうだったんですか? どんな気持ちだったんですか詳しく!」
「よし、まず目の前の害蛇からぶち殺すか」
「落ち着いて、羽黒。ウロボロスさんも、これ以上からかわないでください。そんな場合じゃないのはわかっているでしょう?」
もみじに言われ、ウロボロスは仕方なく引き下がった。からかうのは全部終わってからでもいいか。
羽黒もまだ血管を浮かべていたが、そこはどうにか抑えて親指で後ろを指した。
「見ろ」
ウロボロスは言われるままに視線を向ける。気づいてはいたが特に気にしなかった金色のオブジェは、よくよく見ると見覚えのある姿だった。
「ユーフェンバッハくんの黄金像ですか? よくできてま……」
それを見てウロボロスは言葉が詰まった。
穂波の黄金像の後ろにもう一つ。
もっと見覚えがあり、よく知っている姿の像が転がっていた。
「……愛沙……ちゃん?」
どこからどう見ても、その黄金像はウロボロスの友人である鷺嶋愛沙だった。作り物ではない。本人を黄金化させていることはちゃんと考えれば瞬時にわかった。
「てんめぇええええええッ!! 愛沙ちゃんになにしやがったんですかぁああああッ!?」
ウロボロスは羽黒と同じような台詞を怒りに任せて叫びながら大剣を投擲した。狙いは寸分違わず白衣の男――テオフラストゥス・ド・ジュノーだ。
錬金術。
それも人間を黄金に変えるほど高度な術だ。使えるとすれば奴しかいない。
「クク、いきなり大将を殺らせるわけないだろ」
ウロボロスの投げた大剣はヴァドラが影を操って叩き落とした。入れ替わりにフェニフが炎弾を放ってくる。それを羽黒ともみじが前に出て振り払った。
「ここは任せましたよ。私は逃げたネズミを追わなぁーいといけませぇーんからねぇ!」
「了解しました、マスター」
「任されなくても殺すけどね!」
ジュノーが白衣を翻して立ち去ろうとする。
「逃がすか!」
「逃がしませんよ!」
ウロボロスと羽黒が同時に飛びジュノーを追うが、フェニフとヴァドラが間に割り込んだ。問答無用で薙ぎ払おうとするが、それで道が開くほど相手は雑魚じゃない。
ヴァドラの影が、フェニフの炎がウロボロスと羽黒の足を止める。
「悪いね、ここから先は通行禁止だ」
「月並みに言えば、通りたければ私たちを倒すことね」
合成幻獣の幹部が揃ったこの状況を抜けるのは、容易ではなさそうだった。




