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百無語  作者: 山大&夙多史
36/50

SIDE100-17 破滅

 九頭の毒蛇・ヒュドラには語るべき過去はない。


 とある世界の毒沼から当たり前のように誕生し。

 当たり前のように全てを壊し続け。

 当たり前のように全てを食らい尽くして。

 当たり前のように王者として君臨して。

 当たり前のように討伐隊を返り討ちにし。

 当たり前のように世界を滅ぼして。

 当たり前のように壊す物がなくなって。

 当たり前のように暇を持て余し。


 破壊の対象を与えるという条件の元、当たり前のようにテオフラストゥス・ド・ジュノーとの契約に応じた。

 ただそれだけの――化け物だった。



        C



「クソがぁっ!!」

 瓦礫の中から這い出たヴァドラが血走った眼でこちらを睨みつけてくる。

 本来ならばその魔眼の一睨みで、一介の人間でしかない俺なんかはひとたまりもないはずだ。しかし、俺の背後に控えるもみじから発せられる無言のプレッシャーにより、俺は何とも感じない。

 しかし……。

「いい加減、死んでくれねえかね」

 どこかに吹っ飛んだはずの聖銀の双剣を手元に召喚して構え直し、突進してくるヴァドラ。そのそっ首を【龍堕】で跳ね飛ばすも、勢いもそのままに突っ込んで来て首なしの状態で双剣を振り抜いてきやがった。

 それを躱してカウンター気味に蹴りをぶちかまして吹っ飛ばす。その時には既に斬り落とした首は元に戻っていた。

 何度となく斬り合ってきて分かったが、正直、こいつは戦闘――とりわけ、接近戦に関してはド素人だ。

 たまにヒヤリとさせられる剣撃を繰り出してくるため全くのノーセンスというわけではなさそうだが、キメラのベースとなっているこの吸血鬼は、恐らく今までは魔術方面のスキルの高さで生き残ってきたのだろう。そこにヒュドラと合成され、鉄壁の龍鱗を手に入れたことではしゃいで双剣なんてガラにもない得物を使い始めた、という感じか。

 それ故に、もみじの援護による毒血の封印もあって、こいつの攻撃なんぞ一撃だって喰らわない自信がある。

 だがその戦闘センスのなさを補って有り余る回復能力が厄介すぎる。

 吸血鬼とヒュドラの不死身性を足して二乗した回復能力という触れ込みも、あながち誇張でも何でもなさそうだ。

 殺しても殺してもきりがない。

 もう既に何百回と殺し続けているがまるで終わりが見えない。

 さすがにこちらのスタミナと集中力が切れそうだ。

 正直ここまでしつこいとは思わなかったため、いい加減、殺し続けるっつーごり押しも限界が見えてきたな。何か打開策を講じなければなるまい。

 えーと、ヒュドラの対策っつったらやっぱり――

「って、あ?」

「な、何だ……!?」

 突如、ヴァドラの足元の影が揺らめき立つ。

 それと同時に、ヴァドラの粘着質で陰険な殺気とは異なる、純粋な、暴力的な気配が溢れ出してきた。

「お、おい! 待てヒュドラ!」

 ヴァドラが叫ぶ。

 しかしその制止も聞かず、影――ヒュドラは巨大な九頭の毒蛇の本性を現して一斉に襲い掛かってきた。

「う、お……!」

 その動きはヴァドラが操っていた時とはまるで異なる、精細さの欠片も感じられない荒々しいものだった。だがその野生的なまでの動きには一切の無駄が無く、まっすぐ俺の左足に鋭利な毒牙を突き立ててきた。

「くっ……!」

 ガキンと音を立てて龍鱗が牙を弾き返す。しかしヒュドラは執拗に何度も何度も噛みついてくる。

「うぜえ!」

 その首を斬り落とすも、今度は太刀を握る右腕に違う頭が噛みついてくる。それを無理やり引き剥がして首を落とす。するとまた違う頭が違う所に噛みついてくる。

 その繰り返しだ。

「羽黒!」

 後ろで待機していたもみじが駆け寄ってきて、俺に這い寄って来るヒュドラの頭を叩き落していく。おかげで何とかギリギリで身動きを封じられずには済んでいるが、いきなりなんだ?

「ふざけるなヒュドラ! 勝手に暴れるな……!」

 主導権を握っていたはずの吸血鬼の支配を完全に振り切っているらしく、ヒュドラは無視して襲い掛かってくる。

 その首を斬り落とす度に確かな手応えはあるのだが、瞬時に復活してしまう。吸血鬼本体の方が身動きのとれない現状を見るに、どうやら龍殺しの刃による傷の治癒で手一杯らしい。

《――レロ》

「あ?」

 九重に折り重なったくぐもった声が聞こえてきた。

《壊レロ》

 それは毒牙を剥き出しにして襲い掛かってくるヒュドラの口から発せられていた。


《壊レロ《壊レ《壊レロ》レロ》《壊レロ壊レロ》《壊《壊レロ《壊レロ》壊レロレロ》壊レロ》《壊《壊レロ《壊レロ《壊レ壊レロ》レロ》ロ》《壊レロ》レロ》《壊レレロ》レロ》《壊《壊レ《壊レロ壊レロ》レロ》壊レロ》《壊レレロ》《壊レロ》レロ》《壊レ《壊レ《壊レロ《壊レロ》壊レロ壊レ《壊レロ》レ《壊レ《レ《壊レレ》レロ》レロ壊レロ》《壊レ《壊レ――壊レロ!》


「……なんだ、つまらん」

 すっと頭から血が下りて冷静になるのを感じた。

 姿勢を低くし、九頭を全て躱しながらヴァドラ本体に突進する。そして思いっきり【龍堕】を振り切りヴァドラの足元を抉るように斬り払った。

「うっ……!」

 影の治癒で手一杯になっていたヴァドラは反応が遅れ、あっさりと影の根本である両の足首を斬り落とされる。

 それでバランスを崩したヴァドラは地面に倒れこんだ。足首自体は瞬時に回復したようだが、斬り落とされた方の足首は、そこの影と繋がっていたヒュドラと共にあっという間に魔力となって霧散していった。

 それを確認して、立ち上がろうとしていたヴァドラの右腕を踏み潰す。反対側は俺が何も言わなくてももみじが同じように抑え込んでいた。

 これで一切の身動きを封じることができた。

「ヒュドラが本気出して突っ込んできたんだったらまだ警戒したんだが、ただキレて暴れてただけなら何の問題もない。隙だらけだったぜ」

「クソが……!」

「さて」

 大太刀を逆手に構え、切っ先をヴァドラの胸に向けて突きつける。

「ホワイトアッシュじゃねえが、まあ何度もぶっ刺せばそのうち死ぬだろ」

「クソ! クソ!!」

「お前は、何回殺せば死ぬのかね?」

 柄を持つ手に力を込め、心臓目がけて突き刺――


 ガコン!


「んな!?」

「きゃあっ!?」

 ()()()()()()()

 自由落下の最中視界を巡らせて確認すると、階下に映し出されたヴァドラ影から、先程までとは比べ物にならないほど細く脆弱な九頭の蛇が陽炎のように揺らめき立っていた。

 くっそ油断した!

 斬り落とした足首と一緒に影のヒュドラも消滅したから死んだと思ったが、あくまで本体はこっちの吸血鬼で、影はただのゲートか!

 やっぱ手順を踏まないとダメか!

「あっははあ! 馬鹿が! さっさとトドメを指しておけばよかったものを! 余裕を見せるから文字通り足元をすくわれるんだ!」

「うるせえな!」

 空中でバランスを取りながら階下から伸びてくるヒュドラを斬り払う。そして双剣を構えて空中を駆けるヴァドラの剣撃を大太刀で受け止め、そのまま床目がけて叩き付けるように押し返す。

「こんなもん、ただ振り出しに戻っただけだろうが!」

「ぐっ……!」

 床がひび割れるほどの勢いで背中から叩き付けられたヴァドラ。その上に着地するように蹴りを入れると、今度はひび割れてもろくなった床が崩壊した。

 崩れ落ちる床と共にさらにもう一つ下の階に移動する。

「羽黒! 無事ですか!?」

 ヒュドラが引き起こした崩落から何とか脱出していたもみじがゆっくりと俺のそばまで降りてくる。どうにか瓦礫の下敷きにはならずに済んだが、それは向こうも同じのようだった。空中で何とかバランスを取り戻していたヴァドラは双剣を構えてこちらを睨みつけていた。

「さて……」

 やはり手順すっ飛ばしてヒュドラ退治なんてしようとするから上手くいかねえんだな。幸いにもこの要塞は研究施設も兼ね揃えている。必要なもんは探せばいくらでも出てく――

「……は?」

 周囲の状況を確認しようと視界を巡らせて、俺は言葉を失った。


「やれやれ、上が騒がしいと思ったらとんだ闖入者だ。全く、興が削がれるというものだよ君ぃ! ところでヴァドラ、たかが人間一人と吸血鬼一匹にどれほど苦戦しているのかね? 私の最高傑作候補がここまで脆弱だとは思わなかったよ! ……ジャンクにされたくなければとっとと片付けたまえよ」


 やけに大仰な身振りと無駄に回る滑舌が鬱陶しい、薄汚れた白衣姿の男。背後には何やら妙な力の気配がする剣を携えた、何だかよく分からない人影が佇んでいる。

 だが俺が目を見開いて注視したのは、そいつらじゃない。

 そのもう一つ奥に立っていたソレに、俺は頭の中が真っ白になった。

 ソレは、俺もよく知る奴の生き写しのような、金色に輝く一体の像。

 両手に拳銃を構えたまま強張った表情を浮かべているソレを、俺が見間違うはずがない。


「てめええええええ!! ユウに何しやがったあああああ!?」


 もみじが制止する暇もなく、白衣の男――テオフラストゥス・ド・ジュノーに向かって突進していた。


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