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百無語  作者: 山大&夙多史
34/50

SIDE100-16 羽根

 だだっ広いフロアの中、見るも無残に破壊された巨大水槽とキメラの死体が大量に転がっている。

 梓ちゃん曰く他の階にも似たような施設があったらしく、水槽の中身からキメラの製造所みたいなところだろうとのことだった。

「空中要塞研究エリア破壊なう……っと」

「何やってんだ瀧宮」

 梓ちゃんが携帯電話ををポケットにしまって顔を上げると、呆れ顔の紘也さんと目が合った。

「定期報告。あたしらの今の状況知らせておこうと思って」

「SNSで?」

「SNSで」

「それ陰陽師としてどうなんだ……」

「使える物は何だって使わないとねー。オカルトだって進化の時代ですよ」

 まあ、それは確かにそうかも。

 わたしたち魔術師だって常日頃から魔術で連絡の取り合いをしているわけではないし、出来なくもないがやはり電子機器を使った方がお互いにスムーズに行く。そのうちメールの添付ファイルを介して精霊を召喚する時代が来るかもしれないし。

「秋幡紘也。向こうは大体片付いたわよ」

「戻りました、マスター」

 と、壁に空けられた大穴の向こう側から刀を携えた香雅里さんとウェルシュさんが戻ってきた。

「旧時代的陰陽師、おっそーい」

「うるさいわね、いきなり何よ瀧宮梓。やけにタフな合成幻獣が守ってたのよ」

「はいはい言い訳乙」

「まあ、あなただったらもっと時間かかってたでしょうね」


「「……………………(ガンのくれ合い)」」


 またこの二人は……。

「この先も共闘することになるんだから、もう少し仲良くしてほしいもんだな……」

「え……?」

「ん?」

 何やら見当違いなことを口にした紘也さんに、思わず反応してしまった。

「どうした朝倉」

「いえ……わたしはあの二人、すっごい仲良くなったと思いますけど……」

「は?」

「……?」

 はて、今度は紘也さんから同じような反応が返ってきましたよ?

「待て待て朝倉」

「はい……なんでしょう紘也さん」

「俺の目がおかしくなっていなくて、朝倉の眼鏡が曇っていないのであれば、あの二人は向こうで真剣チャンバラをしているんだが」

「……してますね」

 ガキンガキンと金属同士がぶつかり合う音がここまで聞こえてくるほど激しく、二人はお互いの太刀で斬り合いをしている。

「あれを仲が良いと言うには、お前の価値観……というか死生観を疑うんだが」

「そこまでですか……」

 何だかすごく傷ついた気がする……。

「まあ……わたし、というか月波市民の死生観が歪んでいることは往々にしてあることですが……」

「そこは認めるのか」

「でもあの二人……少なくとも梓ちゃんは歩み寄りの態度を見せてますよ?」

「あれでか……確かに初顔合わせの時よりはマシになった気がするが」

「はい。それに梓ちゃんが本気で香雅里さんを……その、排除したいほど嫌っているなら、あんな風に――」


「クスクスっ……甘い甘い甘い! 甘いわかがりん、甘々よ!」

「ええい! ちょろちょろと鬱陶しい!」


「……………………」

「あ、あんな風にあだ名で呼ぶことはないでしょうし……」

「合成幻獣に斬りかかる時と同じ笑い方してるんだが」

「あ、あはは……」

「梓様、生き生きとしてます」

 激しい剣戟を結ぶ二人の巻き添えにならないようにウェルシュさんがトコトコとこっちにやって来た。なんか愛い。背も小さいし。

 ……あれ?

「ひ、紘也さん、ウェルシュさん……?」

「何だ?」

「真奈様、どうしました?」

「山田ちゃんがいないんですが……」

「「……………………」」

 さっきまでわたしの周りをウロウロしてたのにどこに消えたの!?

 この辺りまだちゃんと探索済んでないから危険なのに!

 見渡すも、辺りは無残な水槽の残骸と、二人の剣戟で更に無残なことになっていく研究施設と壁に空いた大穴があるだけで……………………いや待って。

「今穴の向こうにちらっとだけ見えた青い影って……」

「山田ああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」

 鬼の形相で壁の大穴目掛けて突進する紘也さん。

 その後ろをわたしとウェルシュさんも全力で追いかける。

 紘也さん曰くウサギと取っ組み合いしても負けそうなくらい脆弱なのに、何で一人で行動しちゃうかな!

「山田お前! 勝手にフラつくな!」

 穴を潜ると案の定、青い着物の女の子が壁際に沿ってポテポテと歩いていた。幸いにも香雅里さんとウェルシュさんが先にこの辺りの敵は倒しておいてくれたからいいものの、危なすぎる。

 紘也さんが駆け寄ってその小さな肩を掴むと《気安く触れるな人間の雄》と、不気味な八重の声音で不機嫌そうにその手を払いのけた。

「お前に死なれると俺の身も危ういから言ってんだ! 大人しくしてろ!」

《吾が何をするかは吾の勝手だろう! ええい離せ!》

 ひょいと山田ちゃんの襟首を掴むとそのままわたしの方に差し出してくる。それを受け取って胸に抱えると《なんか違う》と微妙な感想が聞こえてきた……そりゃ、わたしはもみじさんや愛沙さんよりは小さいけども……。

「それで山田ちゃん、なんで一人で出歩いてたの? 危ないでしょ?」

《あっちの方》

 とは言え、紘也さん曰く重度の女の子好きらしいので機嫌は良くなったらしく、外見相応の幼い口調で壁の方を指さした。

《あの壁の向こう側辺りか。妙な魔力が渦巻いているからちょっと味見をしようと》

「一人でどうやって壁に穴開けるつもりだったんだよ」

《吾にかかればこの程度の壁なんぞ一撃だ!》

「そう言うセリフは、せめて壁に引っ掻き傷を付けれるようになってから言ってくれ」

 言いながら、紘也さんは山田ちゃんが指さした辺りの壁を調べ始めた。正確には壁の向こう側だけど。

「あー……確かになんかよく分からん類の魔力があるな。しかも結構デカい。デカすぎて内部構造ははっきりとは分からん」

「……少し離れるとほとんど感じないんですが」

「壁に隠蔽系の魔術でも施されてるんだろう。これを嗅ぎ付けるって山田、お前どんだけ魔力に飢えてるんだ」

《ふん。貴様がケチって魔力を吾に与えぬからだ》

「ケチって魔力出し惜しみしてんじゃねえよバカ」

 バカと呼ばれて機嫌を損ねたのかバタバタと暴れ出す山田ちゃん。あやすように揺らしながら紘也さんがどう出るのかを窺う。

「とりあえず魔術まで使って何かを隠蔽してるのは確かだ。ウェルシュ、ちょっと穴を開けてみてくれ。向こう側に何があるか分からんから慎重にな」

「了解です、マスター」

 ウェルシュさんが無表情に頷くと、手の平に小さな炎を発生させた。

 それを壁に宛がうと、床からぐるっと一周チーッと器用に焼き切っていき、人一人が通れる程度の穴をくり抜いて見せた。

「できました」

 アホ毛をピコピコと犬の尻尾のように動かしながら戻ってくるウェルシュさん。紘也さんに褒めてほしいんだろうけど、これは……。

「銀行強盗かお前は」

「あはは……」

 どう見てもソレだよね……。

「まあいい。とりあえず中の様子を探ってみ――」


 ガアッ!!


「うわっ!?」

「紘也さん!?」

「マスター!」

 壁の隠蔽魔術が原因か分からないけど、穴のすぐ傍にキメラがいたのに全く気付かなかった。

 巨大なワニのような頭部を穴に突き入れ、鋸状の鋭い牙が生え揃った大顎をガチガチと鳴らしている。かなりの巨体らしく首から下は穴の向こう側から出られないようだが、いつ壁を突き破ってくるか分からない勢いで暴れている。

「あ、あわわ……」

「ウェルシュ!」

 紘也さんがウェルシュさんに指示を出そうとし、同時にウェルシュさんが両手に炎を発生させて身構えた瞬間。


 ガアッ……!


 キメラの眉間に高速で飛んできた鍔も柄もない抜身の太刀が突き刺さり、動かなくなった。

「ま……真奈ちゃん……大丈夫……?」

「あ、梓ちゃん……」

 振り向けば、息を切らしながら右手で投擲のポーズをとる梓ちゃんがいた。

 その反対側の左肩にはだらんと無気力に体を支えられている香雅里さんがいた。どうやらチャンバラは梓ちゃんの辛勝だったらしい。

「こ……この体力バカ……脳筋……」

「はっ……鍛え直す所から始めなさい……!」

 勝ち誇るが、息も絶え絶え。

 相当熾烈な戦いだったらしい。

「瀧宮すまない、助かった」

「いーっていーって。ちょっとはしゃいで目ぇ離してたあたしらも悪いし」

「……………………」

 自覚があるのか、香雅里さんは無言で俯いていた。

「ね、紘也さん……仲良いでしょ?」

「かなり特殊な分類だと思うがな」

 それは否定できない。

「てかこのワニでっか。ギネス級じゃない? もったいない」

 梓ちゃんがワニの頭部に近付き、深々と刺さっている太刀を引き抜いた。しかしそのままの状態で何やら考え事を始め、そして何を思ったのか再び太刀をワニの頭部に突き刺した。

「何やってんだお前!?」

「いや、これだけ立派なワニなら皮剥いで業者に持ってけばいい小遣い稼ぎになるんじゃないかなーって」

「やめろ。ウェルシュ、燃やせ」

「了解です」

 放置していても霧散するだろうが、巨大すぎていつ消えるのか分からない。急を要する現状のため、さっさと焼却してしまうに限る。

「えー。いいじゃない。ウェルシュちゃん、この量のワニ革が売れれば世界の幻獣TCGいっぱい買えるよ?」

「う……」

「もしかしたら今は手に入らないレアカードもオークションで買えるだけの金額が……」

「うぅ……」

「誑かしてんじゃないわよ。発想が蛮族そのものじゃない」

「何をー。あんたも女子高生なら色々と入用のはずよ、支持しなさいよ」

「それにワニ革で高いのはお腹の部分よ。こんな巨大なワニの皮なんて鱗も大きすぎて安いと思うわよ」

「あ、そうなんだ。んじゃやーめた」

 香雅里さんの言葉にあっさりと太刀を引き抜く梓ちゃん。

いや……その前に、これキメラなんだから、放っておいたら魔力になって霧散するんじゃないかな……? 適切な処置をすれば霧散させずに保存できるのかもしれないけど。

 ……じゃ、なくって。

 改めて紘也さんがウェルシュさんに指示する。

「ウェルシュ、燃やせ」

「うー……手に入らないレアカード……」

「燃 や せ」

「……了解です」

 ワニ革に未練があるのか一瞬渋った素振りを見せたが、鬼のような形相の契約者を目の当たりにしてそそくさとワニ頭のキメラの処分に取り掛かる。

 じわじわと灰も残さず鼻先から焼失していくキメラ。

 そして開けた穴を塞いでいたキメラの首が消滅した辺りで、恐る恐る紘也さんと梓ちゃんが中を覗き見る。

「合成幻獣は……いないな。入るぞ」

「らじゃ」

 最初に梓ちゃん、次に紘也さん、香雅里さん。山田ちゃんを抱えたわたしとウェルシュさんがその後に続いて穴を潜り抜ける。

「何だこの空間……」

 そこは、これまでの研究施設とは大きくかけ離れた雰囲気が漂っていた。

 実験器具のようなものは無い。

 というか、目立つものは()()()()

 強いて挙げるとすれば、壁中に紋様のような物が描かれている。よく見れば、それらは全て魔術を構成するためのルーンのようだった。

 そして部屋の中央に、()()()()()

「……………………」

《ど。どうした。魔術師の雌》

 抱えていた山田ちゃんを下ろし、わたしはそれにゆっくりと近付いた。

 思い出すのはフェニフが使っていた隠蔽魔術の一つ――〈理想郷(ユートピア)

 あれほど強力な物ではないが、これだけ近付いても「よく分からない」としか感じられない何かが、そこにある。

 もちろん目には見えない。

 けれど、確かにそこに存在する。

「朝倉、俺がやろうか」

「いえ……これは、紘也さんのやり方だと、壊れてしまうかもしれません」

 手の平をソレがあるであろう辺りに掲げる。

 脆く儚く、それでいて力強い鼓動を持つ魔力が感じられた。

「……………………」

 ゆっくりと、わたしの魔力を注ぎ込む。

 触れるだけで割れてしまうような薄いガラス細工の器に静かに水を灌ぐように、慎重に。

 慎重に。


 ぴしっ!


「……っ!」

 空間がひび割れた。

 失敗した?

 そう思ったが、手の平に伝わってくる温かな魔力は失われていない。

 安堵し、再び魔力を注いでいくと、空間のひび割れがピシッ、ピシッと音を立てながら少しずつ大きくなっていった。

 そして空間がサッカーボールほどの球状にひび割れたところで、そっと指で触れる。


 ぱぁんっ


 ヒビが一気に広がり、空間が崩れた。

 一瞬だけ激しい光が溢れだし、思わず目を瞑る。

「……………………」

 再び目を開けた時、わたしは目の前のそれに息を呑んだ。

「それは……」

 誰からか声が漏れる。

 しかしわたしは答えられない。

 答える必要がない。

 目の前にあるソレが、そのまま答えなのだから。

「綺麗……」

 それは仄かに輝く、天使のような純白の羽根だった。


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