SIDE∞-15 投棄
その時、なにもない空間から突如として白熱する無数の火炎弾が出現した。
「危ないユーフェンバッハくん!?」
「げぶらッ!?」
ウロボロスは直撃コースにいた穂波を突き飛ばすと、腕に黄金色の龍鱗を纏って迫り来る火炎の雨を一粒残さず薙ぎ払った。
「バレてるとは思ってましたけど、まさかあんたが都合よくこっちに現れてくれるとはね。フェニフ――フェニックスとエルフの合成幻獣でしたっけ?」
前方を睨みつける。見ただけでは空虚な通路が続いているだけだが、その一部の空間がゆらりと陽炎よろしくはっきりと揺らめいた。
揺らぎから滲み出るようにそいつの存在が明らかになる。流れるようなエメラルドグリーンの髪に同色の瞳。赤と白を基調としたシャーマン衣装を身に纏う、尖った耳が特徴的な美女だ。
「仕方がないでしょう。ヴァカドラがあっちに行ったのだから、私がこっちを対応するしかないのよ」
美女――フェニフは自分の緑髪を、杖を持っていない方の手でどこか艶めかしく掻き上げながら口を開いた。
「戦う前に、先に訊いておきたいことがあるわ」
「あたしたちがこそこそとなにをやってたか、ですか? はん! そんなのあんたらが攫った愛沙ちゃんとビャクちゃんを取り返すために決まってんでしょうが!」
なんか忘れている気がするが、忘れるくらいならどうでもいいことだ。ウロボロスは気にしないことにした。
「違うわよ。さっきあなたが突き飛ばした彼、ダストシュートに落ちて行ったけどいいの?」
「ホワッツ?」
言われて振り向くと、通路の壁に人間一人くらい余裕で通れそうな穴が開いていた。『Garbage chute』と書かれた蓋がベコンベコンと大きく揺れている。丁度今し方なにか、それも人間一人くらいの質量が放り込まれたような感じだ。
「……」
「……」
「……」
「……」
「よくもユーフェンバッハくんをやってくれましたね!?」
「やったのはあなたよ!?」
探索役として同行していた精霊シルフの姿も見えない。恐らく穂波を追ってダストシュートにダイブしたのだろう。
「愛沙ちゃんを攫うといい、ユーフェンバッハくんをゴミ箱に捨てるといい、なんて卑劣な奴なんですか!」
「だからやったのはあなたでしょう。それと誰かを攫ったって言ってるけど、狐の女の子以外は覚えがないわ」
「まあ、嘘を吐けるのは今のうちだけですからね。すぐに本当のことしか話せなくなりますが」
指を組んでポキポキ鳴らしながらゆっくりとフェニフに近づいて行くウロボロス。だがフェニフは怯むことなく長杖を構えた。
「彼を助けに行く気はないのね?」
「ゴミ箱の底が火の海だったりするんですか?」
「いいえ、落ちただけじゃ打ちどころが悪くない限り死ぬことはないわ。ただ、ある程度ゴミが溜まれば地上へ落とす仕組みになってるの」
「なんて迷惑な!?」
地球環境なんてこれっぽっちも考えていないゴミ処理システムだった。それはともかく、落ちただけで死なないのならば放っておいても大丈夫だろう。穂波だって一応魔術師だ。自力で脱出するくらいできるはず。
「とりあえずユーフェンバッハくんのことはあんたをボコってから考えます! 大丈夫です口だけは利けるように加減しますからいつでも愛沙ちゃんたちの居場所を吐いちゃってくださいね!」
トン、と床を軽く蹴る。
それだけでウロボロスはフェニフとの残りの距離を詰め、魔力を乗せた拳を一切の躊躇もなく顔面に叩き込んだ。
だがそれがヒットするより一瞬速くフェニフはその場から消え、ウロボロスの背後に転移していた。
長杖が振るわれ、エルフ族の強力な魔術が発動する。
巨大なハンマーで殴りつけられたかのような威力の突風にウロボロスは大きく吹き飛ばされた。さらに赤白いフェニックスの炎も風に乗って体を焼く。けれど、そんな程度ではウロボロスにダメージは入らない。龍鱗が焦げるほどの火力だが、ウロボロスの〝再生〟の前には掠り傷ですらないのだ。
吹っ飛ばされながら空中で体勢を立て直し、着地と同時に魔力弾を放つ。〝無限〟の特性故の高濃度な魔力が圧縮された魔力弾は、フェニフに着弾するや強烈な光を放って爆発。数階層分の壁や天井や床すら巻き込んで吹き飛ばした。
爆光が収まる。
フェニフはまだ存在していた。
「魔力障壁とは小賢しいですね。人間の魔術師なら百人束になっても防げない威力だったはずなんですけど」
「人間と比べないでもらいたいわね」
本来ならその辺の山くらい消し飛ばせる威力を極小範囲に凝縮したのだが、それをフェニフは涼しい顔で防いでみせた。やはりエルフの魔術は手強い。ウェルシュ・ドラゴンの炎ならば障壁など楽々貫通するだろうが、生憎とこの場にはいない。いても共闘なんてごめんである。
「まあ、だからなんだって感じですけど」
ウロボロスは空間に手を突っ込み、そこから半透明な黄金色の刃をした大剣を引き抜く。刀身にルーン文字が刻まれた、ウロボロス自身の鱗を素材とした美しい剣の名は〈竜鱗の剣〉、もとい〈ウロボロカリバー〉である。
「さっきの障壁で魔力は防げるようですが、なら物理で殴ればいいだけの話です」
大剣を大上段に構えて飛びかかる。ウロボロスの膂力で振り下ろされた大剣はフェニフの体など豆腐のように真っ二つにできるだろう。
しかし――
「物理障壁を張れないと思っているの?」
フェニフは杖を翳し、透明な壁をウロボロスとの間に展開させる。〈理想郷〉という絶対的な隠蔽結界を編み出したエルフ族の魔術は幻獣界でも最高位。先程の魔力弾を防いだように、〈ウロボロカリバー〉とて易々と受け止められてしまう。
そんなことはわかっている。
ニヤリ、と。
ウロボロスは口元を歪めた。
「――ッ!?」
振り下ろした大剣の剣身がくねりと曲がり、伸び、蛇が蜷局を巻くようにフェニフを取り囲む。
「全方位から攻撃すれば届くと思っていたら大間違いよ!」
慌てて杖を振るったフェニフが自分の周囲にも物理障壁を生み出す。障壁と刃がぶつかり合い金属音に似た異質な音を立てる。
「あたしがそんな単純な考えだったらよかったですね!」
「なに?」
「両方の障壁を同時展開できますか?」
と、黄金色の大剣が強烈な魔力の輝きを放ち始めた。膨張を始める魔力にフェニフの顔が青ざめる。
「待っ――」
言葉はそこで途切れた。
高圧縮された魔力が大剣で囲まれた内側だけで爆発する。中のフェニフは障壁の切り替えが間に合わず消し炭になったが、当然、フェニックスの特性を知るウロボロスはこれで終わりとは思っていない。
ぼわっと、赤白い炎がさっきまでフェニフのいた場所から噴き上がる。
たちまち周囲に広まった炎に意思が宿る。一部は火炎の弾丸に、一部は炎の竜巻に、一部は灼熱の津波となってウロボロスに押し寄せる。
「〝復活〟しながら攻撃ですか」
ウロボロスはバックステップで火炎弾をかわし、大剣を横薙ぎに払って竜巻を掻き消し、魔力弾を放って津波に大穴を穿つ。
全ての炎が消火された時、さっきまでと変わらない姿のフェニフが悠然と屹立していた。
「あまり私を〝復活〟させないでくれないかしら? 疲れるのよ、これ」
「大丈夫ですよ。一度どんなものか見たかっただけなので」
お互い余裕を見せつけるように睨み合う。両者ともに不死身に近い存在。ウロボロスはもちろん、フェニフもフェニフで不死身に対抗する手段くらいあるだろう。
「だから――」
その対策を取られる前に蹴りをつける。
「次はきっちり、二度と〝復活〟できないように存在ごと喰らってやりますよ!」




