SIDE∞-14 再戦
どうしてこうなったのかと言うと、時は昨日の晩にまで遡る。
「ビャクちゃんが偽者だったって!?」
血相を変えて戻ってきた穂波から事情を聞くなり、瀧宮梓が戦慄したように叫んだ。
紘也たちも驚いた。あの白の姿は……いや姿だけじゃない。声も仕草も感じられる魔力すらどこからどう見ても本人と違わなかったからだ。
彼女と付き合いの長い月波市組はおろか、契約者である穂波でも気づかなかった。
紘也たちが気づくわけがない。
「幻獣ドッペルゲンガー――世界の幻獣TCGだとフィールドに出ている別の幻獣のコピーになれる存在ですね」
「だからカードゲームに例えるな。わかりづらい」
「あー、こっちの切り札出した途端出てくると超鬱陶しい奴。あたし嫌いなのよね」
「なんで瀧宮はそれで納得するんだ」
こいつ世界の幻獣TCGプレイヤーか。
ともかく、ウロはただ言いたいだけなのかもしれないが、能力はその通りと言ってもいい。
幻獣ドッペルゲンガー。
名前の由来は『人間の霊的な複写』を意味するドイツ語である。『霊的な』と言われているように、本体はゴーストのような霊体だ。基本的に複写された当事者以外の目には映らないため、一般では脳の機能障害などと言われている。だが少しでも霊感や魔力の才がある者にはバッチリ見える上、時間が経てば経つほど存在を乗っ取られ、いずれはオリジナルとすり替わってしまうから恐ろしい。
「ユーフェンバッハくん、そいつはドッペルゲンガーで間違いないんですね?」
「もしユーフェンバッハの言葉が本当なら、相当危険な状態だぞ」
「……ユーフェンバッハ様は本物ですか?」
「その名前普及させるのやめてくれないかな!?」
「「「よかった本物だ(です)」」」
「この人たちは……」
ぐぬぬ、と歯噛みする穂波。ドッペルゲンガーが内面まで完璧にコピーするには時間がかかる。穂波に化けていたならこんな反応はできないだろう。
「問題がまた一つ積み重なったわね」
香雅里が疲れたように溜息を吐く。
「こちらも連れの一般人の二人が行方不明なのよ。私たちの後を追ってあの空中要塞に迷い込んだ可能性があるわ」
香雅里は可能性と言っているが、あれからも葛木家が夜闇の中で演習林の調査を行った結果、フェニフが転移魔法陣を展開した広場で愛沙の財布を発見した。もうほとんど確定したと思っていい。
と――
「おいおい、あまり面倒事を増やすな。作戦を変えねえといけなくなるだろうが」
夜の闇から抜き出てきたように、いつの間にか瀧宮羽黒がそこに立っていた。すると穂波が物凄い勢いで振り向く。
「羽黒さん!? あのビャクちゃんになりすましやがった糞虫野郎はどこですか!? 僕がこの手で粉にします!!」
「逃げられた。転移陣の中に入ってったから、たぶん要塞に戻ってるな。つか落ち着け、ユウ。テレビなら放送できない顔になってるぞ」
「ユウさん、とりあえずお茶をどうぞ」
怒りで高ぶった魔力で周囲の空間を陽炎のように歪ませる穂波を、お茶を持ってきた白銀もみじがどうにか宥めてくれなかったらどうなっていただろう? この辺一体が焼原になっていてもおかしくないと紘也は冗談抜きで思った。
「葛木の嬢ちゃん、他に問題はないな?」
「ええ」
「だったら作戦を少し調整する」
「そんな悠長なことしてられませんよ羽黒さん! 今すぐビャクちゃんを助けに行きましょう!」
《そうだ! 吾の愛沙も捕らわれておるのかもしれぬのだぞ!》
まだ興奮気味の穂波に便乗して山田まで吠えた。たまには孝一のことも思い出してあげてほしい。
「今から突撃は無謀すぎるし、そもそも無理だ」
紘也だって一分一秒でも早くどうにかしたいが、焦ったところで悪い結果しか生まれない。ここは冷静にそう言うしかなかった。
「俺たちが要塞に戻るには朝倉の転移魔術を頼るしかないんだ。撤退してきたばかりでもう一度この人数を転移させる体力も魔力も精神力も、今の朝倉には残ってない。せめて朝まで休ませないと」
「紘也くん紘也くん、なんかとても真奈ちゃんのことわかってる感じで言ってませんか!? どういうことなんですかあたしがいないところで親密度MAXにしちゃったりしたんですか友情が覚醒して限界突破ですかぁあっ!?」
「単にずっと一緒だっただけだ這い寄るな鬱陶しい!?」
その朝倉は先に休んでもらっている。今から叩き起こすわけにはいかないので、白が偽物だった件は彼女の目が覚めてから伝えよう。
「休むこともそうだが、この作戦は大々的に破壊活動を行うからな。その準備の時間も欲しい。――チッ、どうせ呼び出すならあいつに大量の爆薬でも用意してもらえばよかったな」
「……」
羽黒が舌打ちと共になんか恐いことを呟いている。紘也は聞かなかったことにした。
「爆薬ですか? ダイナマイトならありますよ?」
「おう。じゃあ全部出せ」
「命令してんじゃねえですよ!?」
ボトボトボトボト!
ウロが開いた謎空間から円筒形の物体が大量に流れ落ちてきた。紘也は見なかったことにした。
――本当に、大丈夫なのか?
羽黒の考えた作戦は最悪だ。
あの超巨大な空中要塞を、墜落させるというのだから。
∞
そして現在、その要塞墜落作戦を絶賛決行中の紘也たちである。
紘也もダイナマイトを受け取って適当に投げたりしているが、それだけで墜落するほど天空移動要塞〈太陽の翼〉は脆くない。
徹底的に破壊するだけでは意味がない。要塞の浮遊力を生み出している核となる部分を壊す必要がある。
それがどこかの目星はついているが、まだそこへ向かうわけにはいかない。
「秋幡紘也! まだウロボロスたちからの連絡はないの?」
襲い来る合成幻獣を斬り捨てながら香雅里が叫んだ。要塞を墜落させるのは、ウロたちが白と孝一たちの安全を確保してからになる。
「まだだ! 流石にもう少しかかると思うぞ!」
朝倉の転移魔術で潜入してから、まだ一時間も経っていないのだ。契約のリンクを辿れる白はともかく、ただの一般人である孝一と愛沙をこれだけ広い要塞の中から見つけ出すのは至難の技である。
白と孝一たちが一緒にいればいいのだが、そう都合よく考えるのはよくないだろう。
「おう、ちゃんと壊してるか?」
凄くいい笑顔(凶悪的な意味で)の羽黒が紘也に話しかけてきた。自分も力を使えばいいのに、ダイナマイトで爆破すること自体を楽しんでいる節がある。
「やってますよ。一応合成幻獣もこれで吹っ飛ばせますし、護身用にはなってます」
「なんだ、テンション低いな。お前の親父さんならもっとノリノリでやってると思うぞ?」
「親父はアホなんで」
「酷い言われようだな、あのおっさん」
「壊すのはいいですけど、墜落させた後のことって考えてますか?」
「当然だろ」
羽黒はニヤリと口の端を吊り上げた。墜落時、紘也たちはウロやウェルシュに乗って飛べばいい。月波市組もいるから人化を解いてもらう必要があるだろうが、それで墜落の被害は受けない。敵もその程度で死ぬ魔術師ではないだろうが、恐らく無事では済まない。そこを回収すればいい。
だが、問題はそうじゃない。
これだけ巨大な質量を落として、地上の被害がどれだけ出るか。
人家のない山中に落とすとしても、その衝撃は計り知れない。復活した土地神にしばき倒される未来しか見えないが、羽黒はそこまで考えているのだろうか?
「くくく、爆発は芸術だとはよく言ったもんだな」
考えてない。
この人は絶対そこまで考えてない。
あるいは、考えた上でやっているのか?
どっちにしても最悪だ。
「……さて、お遊びはここまでのようだ」
唐突に羽黒が破壊活動を止めて前方を睨んだ。
爆炎と爆煙の中で揺らめく一つの人影。周囲の合成幻獣とは次元の違う魔力が領域を支配する。
「いやぁ、嬉しいねぇ! 僕に殺されるために戻ってきてくれるなんて! 『血濡れの白姫』……今度こそ潰してあげよう!」
爆風にはためく貴族調のテーラージャケット。爛々と輝く血色の瞳が嬉しそうに、そして憎々しげに、紘也たちを――正確には羽黒ともみじを見詰めている。
「出た、中二乙」
瀧宮梓が吐き捨て、ソレを睨み付ける。
本当にこちら側に来た。
ヴァドラ――ヴァンパイアとヒュドラの合成幻獣。
「フェニフは……いないか」
周囲を見回すも、現れた幹部クラスはヴァドラだけだ。
当然だろう。向こうにも紘也たちの戦力は割れている。人数が足りないということは、別行動していると看破されない方がおかしい。
唯一の例外が山田だが、幼女状態の時は幼稚園児にすら喧嘩で負けかねない雑魚なので、恐らく視覚に入るまで気づかれない。現にもみじが抱えている山田を見たヴァドラが怪訝そうに目を細めた。
フェニフがウロたちの方に行ったのであれば……紘也は少し安心する。羽黒は山田を、ヤマタノオロチをぶつけると言ったが、それは得策ではないからだ。
〝不滅〟を相手にするなら持久戦は不可避。だからこそ〝無限〟のウロボロスをぶつける必要があった。たとえ属性の相性がよくても、リミットのあるヤマタノオロチでは勝ち目は薄い。
「お前らは先に行け! 打ち合わせ通り、こいつは任せろ! もみじ!」
「はい!」
羽黒が呼ぶと、もみじは抱いていた山田を下ろして彼の隣に並び、臨戦態勢を取った。
「兄貴! できれば相討ちでよろしく!」
梓がストレートにそう告げて先に戦線を離脱。続いて紘也と山田が香雅里に護衛される形で走り去り、朝倉が二人を一瞬振り返った後に梓たちの後を追う。最後にウェルシュがヴァドラの頭上を飛んで行った。
ヴァドラは離脱する紘也たちには一切目を向けなかった。あくまで標的は羽黒ともみじだと言うように睨み続けている。
そんなヴァドラを挑発するように、羽黒は中指を立てた。
「かかってこいよ、吸血毒蛇野郎」




