SIDE100-13 隠密
〈太陽の翼〉中層・研究フロア
ドォォォォォンッ!!
本日最大の爆音を伴った紅蓮の劫火が、目の前の広大な実験施設を兼ねたフロア全体を焼き尽くす。怪しげな液体の入った巨大な水槽は焦げる前に蒸発するように消え失せ、壁は一瞬のうちに瓦解してさらに隣の部屋や通路が剥き出しになっていく。
「くくく……改装の時に加工しやすい素材に変えたのか、やっぱり内装は相当脆いな。外部からの攻撃にばっかり備えて内側が疎かになるとは、詰めが甘ぇよ」
フロア全体で燻っている炎で顔を赤く照らされながら、兄貴は手にしたダイナマイトの束をお手玉のようにぞんざいに扱う。その顔にはいつもの軽薄そうな笑みとは違う、どちらかというと大峰家当主の昌さんみたいな邪悪な笑みを浮かべている。
「いや兄貴、キメてるところ悪いんだけど、この惨状はウェルシュ・ドラゴンの炎の威力のおかげだから。兄貴何もしてないないから」
「まあそう言うな。俺もお前も仕事はこれから。これはあくまで開戦の狼煙だ」
いつもの軽薄な笑みに表情を切り替え、ダイナマイトの導火線にライターで火をつける。それをウェルシュ・ドラゴンの攻撃によって開いた壁の大穴に放り込むと、数秒後に轟音と共に煙が噴き出してきた。
煙の奥に目を凝らすと、部屋の外の通路の壁に更に大穴が空き、そのまた向こうに別の実験施設が見えた。
「うんうん、いいねえ。この程度の爆薬でも十分壁くらいなら壊せるか」
「いやいや兄貴、やっぱりキメてるところ悪いんだけど、そのダイナマイトもウロボロスがどっか謎の空間から引っ張り出してきた物だから。兄貴の手柄とは言えないから」
チラッと後ろを確認すると、力尽きた狩人を運ぶような荷台一杯に木箱が積み重ねられている。その木箱一つ一つにさっき大穴を開けたダイナマイトがギッチリと詰め込まれていると思うと、さすがに背筋が冷たくなる。ウェルシュ・ドラゴンの炎が引火しないか戦々恐々だが、標的のみを焼き尽くすその炎はあたしたちにはほんのり温かいという程度にしか感じない。
兄貴があたしの小言にイライラしてきたのか、顔を顰める。
「ええい、いちいちうるせえ愚妹だな。文句があるならお前も動け。ほれ、そっちの大穴から団体様一向ご到着だ。とっとと片付けて適当に暴れて来いや」
「あたしに指図すんなクソ兄貴」
言いながらあたしは両手に太刀を構え、大穴の向こうからこちらを威嚇してくるキメラの群れに向かって突貫する。
「瀧宮梓! 単独行動するなという作戦でしょう、一人で突っ走らないでくれるかしら!?」
「あんたが遅いのよ葛木ィ! あたしの足引っ張んじゃないわよ!」
あたしの隣に葛木が並び、冷気を纏った太刀を構えて並走する。
対するはざっと数えただけでも二十そこそこのキメラの群れ。数こそ少ないものの、どいつもこいつも狭くはないはずのフロアが一杯になるほどの巨体を誇っている。
「いい機会だわ、さっきの勝負の続きをしましょう」
「おやおや? お上品な葛木お嬢様にしては珍しい野蛮な提案ですこと」
「……私が勝ったら、残りの命令権を取り消しにしてもらうだけだから」
「クスクス……! やってごらんなさいな!」
んじゃ、あたしはもう一回勝ってこいつに今度こそ無理難題押し付けちゃろ。
柄のない太刀を強く握りしめ、あたしたちはキメラの群れに斬り込んでいった。
C
〈太陽の翼〉下層中央部・通路
「うお……上は派手にやってるな……」
先程からフロア全体が絶え間なく振動し、パラパラと天井から埃や細かい破片が降ってくる。陽動とは言え、面子が面子故に凄まじい暴れっぷりだ。
そう、羽黒さん考案の作戦というのが、言ってしまえば単なる陽動である。
とは言え上のフロアで派手に暴れている囮の豪華な面子に対し、本命であるこちらの部隊は――総勢二人、正確には三人である。もっと言ってしまえば、本来ならば一人の予定だった。
囮である羽黒さん率いる部隊が要塞を破壊する勢いで暴れ回り、敵の幹部格とキメラの群れを引き付ける。その間に残りの一人が敵の錬金術師(名前忘れた)を撃破・捕縛するという作戦だった。
しかし我ながら、本当に我ながら情けないことに、我が愛しのビャクちゃんが敵の魔手に堕ちてしまった。さらに紘也さんたちについて来てしまった一般人二人も要塞に迷い込んだ可能性もあるという。
そのため急遽、僕が破壊部隊から抜けて本命部隊に加わることとなったのだった。
僕ならばビャクちゃんとの繋がり――紘也さんの言葉を借りるなら、契約によるリンクを辿れるため、本丸を落す前にビャクちゃんを探し出して保護することが可能だからだ。
「ユックンさん! ビャクちゃんはこのフロアにいるということで間違いないですか!」
「うん。間違いないよ、フィーちゃん」
さらに、朝倉から契約精霊のフィーちゃんを借り受けている。ビャクちゃんとのリンクを辿れるとは言っても僕も所詮は八百刀流だ。探索能力はタカが知れている。
しかしそこに失せ物探しに秀でた風の精霊である彼女がサポートに付くことで、探索能力の底上げを図り、一般人二人の捜索も兼ねる。朝倉曰く、大規模な探査系の魔術はすぐに妨害されるとのことだったが、僕一人で探し回るよりは大分マシなはずだ。
……で、問題のもう一人。本来ならば彼女一人で錬金術師をぶん殴ってくる役目を負っていたのだが、
「……………………」
「……ウロさん、何すかそれ」
現在、絶賛段ボール被り中だった。
「……………………」
「ウロさーん」
「……………………」
「おーい」
返事しねえし。
さっき羽黒さんに嫌味かというほど大量のダイナマイトを謎空間から引っ張り出して押し付けていたけど、このダンボールもそこから出したのだろうか。いや、そんなことより……まさかな。天真爛漫(控えめな表現)な彼女と言えど、こんなクソ真面目な戦局でこんなふざけた真似を本気でやるはずが……。
「……………………」
そっと段ボールを持ち上げてみる。
迷彩服に眼帯、額にバンダナ、渋い付け髭を口の周りに貼って、ココアシガレットを咥えた金髪の美少女と目が合った。
「ファン! 誰だ!?」
「SEと敵兵のセリフ自分で言っちゃったよ!!」
てかこのヒト、自分は蛇じゃないって言っときながら率先して蛇キャラ取りに行ってないか!?
「うぅ……こんな真っ当なツッコミ、一体いつ以来ですかね……紘也くんは最近スルーばっかりで目潰しすらしてこなくなって……」
「ボケの頻度じゃないっすかね……」
このレベルのボケが日常茶飯事だとしたら、僕だってスルーする。
てか付け髭貼った状態で涙ぐまないでほしい。見た目美少女なだけにアンバランスすぎて意味不明な光景になっている。
「まあそれはともかく、ちゃちゃっとあの白狐を救出して錬金術師をボッコボコにしに行きましょう! このウロボロスさんの手にかかればあっちゅーまにミッションコンプリートですよ! 万一愛沙ちゃんたちにも手ぇ出してたら、この世の地獄を見せてやりますよ……!」
「何かやけに張り切ってますね。羽黒さんの立てた作戦の上に紘也さんと一緒じゃないし、テンション下がってると思ってたんですが」
「チッチッチ、舐めてもらっちゃ困るよユーフェンバッハくん!」
なんかムカつくイントネーションと共に指を振る。
「言いませんでした? あたしはお二人の恋路を全力で応援すると決めましたからね!」
「はあ」
「ヒロイン救って敵ボコって大団円。王道好きなんですよー。……ゆくゆくは、それをあたしと紘也くんのラヴストーリーを……ぐぇっへっへ……」
素直に喜べねえ。
「というわけで! さっさとこんなくだらない戦いは終わらせましょう! 紘也くんに褒められるために! あたしの本物のCQCを見せつけて、否! 魅せつけてやりますよ!」
「いきなり目的変わってるし。……まあいいです。了解、蛇」
「誰が蛇か! しばき倒しますよ!」
「え!? 何で怒られんの!?」
相方がこんなんで大丈夫かな……。
僕ら一応、本命部隊だよね……?
C
「……と、ユウには伝えておいているが、実際のところはこっちが本命だったりする」
「あんた本当に最悪だな」
秋幡の小僧が避難交じりの口調で呟く。
「おいおい誤解すんな。こっちも本命だが向こうが囮ってわけじゃねえよ。ユウが白狐の嬢ちゃんと一般人二人救出して風精霊で下界に送り届けた後、敵の大将捕まえたらそれで終了。こんな要塞からはおさらばできんだから」
「まあ、そうなんだろうが……」
「それに当初の予定通りウロボロス一人で行かせるよりよっぽど安心できる。ユウとあの蛇は戦闘スタイルの相性が良いしな」
ウェルシュ・ドラゴンがフロアを焼き進め、討ち溢しの雑魚どもを愚妹と葛木の嬢ちゃんが狩っていく。
今のところはいい調子だな。幹部クラスの投入は尚早とでも思ってんのか、さっきから出てくるのは雑魚ばっかりだ。おかげで粛々と破壊活動に勤しめる。
この戦いの勝利条件としては、敵錬金術師の捕縛が大前提である。そのためのユウとウロボロスの隠密部隊なのだが、俺たち破壊部隊もむやみやたらに要塞をぶっ壊してるわけじゃない。
簡単な話、この〈太陽の翼〉を墜落させてしまえば俺たちの勝ちなのだ。この要塞は月波市の土地の力を吸い上げて宙に浮いている。そのメカニズムとして、フェニフのセリフや秋幡の小僧が実際に目にしたエネルギー吸収の光景から考えるに、常時吸い続けているのではなく、一度に大量のエネルギーを取り込む充電型だ。ということは、エネルギーを溜めこむバッテリー部分、もしくはその制御機構を破壊してしまえば簡単に墜落できるはず。
もっとも、白狐の嬢ちゃんが捕まっちまった以上、要塞を壊して終わりという話ではなくなってしまったが、敵さんも呑気に自分たちの城が壊されていくのを傍観するわけがない。俺たちの破壊活動の妨害をして手薄になっている間に救出くらいできるだろう。ていうかやれ。
救出しちまえばあとは全力で要塞をぶっ壊すだけだ。フェニフとヴァドラを討ち損じても、地上まで引き擦り下ろしちまえばこっちのもんだ。ここは月波市、専門家はいくらでもいる。
そうでなくとも、今ここで幹部格の二体を殲滅することができれば、あとは悠々と大将首を取りに行くだけだ。ドッペルゲンガーというイレギュラーにさえ注意すれば、あとはどうとでもなる。
「それについていくつか質問なんだが」
「あ?」
秋幡の小僧が訊ねてくる。
「まず一つ。幹部格二体……フェニフとヴァドラに対する勝算はあるのか? さっきは実質あの二体に返り討ちにされたようなものだろ」
「まあな。それに関しては相性の問題もあったと思うぞ」
「相性?」
「ああ。俺ともみじ、ついでにアホボロスが毒にやらたのが痛かったな。だからまずフェニフに対しては、ヤマタノオロチをぶつける」
後ろを振り向く。そこには、何やら《ほわあ……》とか呟いてヘブン状態の青い振袖姿の幼女を胸に抱きかかえるもみじの姿があった。ヤマタノオロチが勝手な行動をとらないよう、もみじに監視を任せたのだが正解だったか。確か人間の女が好きだと聞いていたのだが、種族を超えた包容力に陥落したらしい。
「五行でも四属性でも、火に水をぶつけるのは常套策だ。フェニフが復活できなくなるまで殺し続けてもらう。加えて、ヤマタノオロチは向こうからしたら計算外の戦力だ。不意打ちからのハメ殺しにはちょうど良い」
「ヴァドラは?」
「ヴァドラは俺ともみじが殺る。これでも龍殺しの専門家なんでな。さっきは油断したが、タネが分かれば対策はいくらでもできる」
そのために、隠密部隊にウェルシュ・ドラゴンではなくウロボロスを入れたと言ってもいい。
「じゃあ、もう一つ質問だが」
「なんだ」
秋幡の小僧の真剣な口調に、俺は足を止めて向き直る。
気付けば、このフロア一帯はウェルシュ・ドラゴンによって廃屋同然となっていた。
「幹部格二体が、ウロと穂波の所に向かっていたらどうする。敵にはこちらの居場所はバレバレみたいだし、向こうが各個撃破に乗り出して来たら――」
「……それこそ、心配する必要すらねえよ」
秋幡の小僧の言葉を遮る。
その可能性を俺が考えなかったわけがない。
これまでの全ての情報を踏まえたうえでの部隊配分だ。
「まずフェニフについては問題外だ。例え向こうに行ってもあの蛇がいる。〈不滅〉は所詮、〈貪欲〉に勝てない。食われちまえばそれで終わりだ」
「それについては、まあ、俺も同じ対策を取ろうとしたから分かる。けれどヴァドラはどうする。〈毒血〉は〈循環〉の天敵だぞ」
「ヴァドラは心配ない。奴は必ずこっちに来る」
「確証は」
「ない」
「おい!」
「だが確信している」
我が愚妹の言葉を信じるならば。
ヴァドラは。
あの吸血鬼交じりのキメラは、血濡れの白姫と口にしたという。そして白銀もみじ――かつて血濡れの白姫と呼ばれた、最強の吸血鬼に固執するような言動を取っていたと。
「過去に何があったかは知らねえが……」
正々堂々真っ向からぶつかって、全部まとめて清算してやるよ。




