SIDE∞-12 画策
この記憶を見たのは何度目だろう?
フェニフは微睡む意識を無理やり叩き起こして、自室として使っている牢獄を幾分かマシにしたような部屋のベッドから降りた。
連盟の手先に逃げられた後、フェニフは力の消耗に堪え切れず休眠を取った。〝復活〟の特性は無償ではなく一度に大量の魔力を消費するのだ。ウェルシュ・ドラゴンに完全焼失させられた回数だけでも五回。本来は五百年周期に発動するフェニックスの特性を短時間に連発してはいくらなんでも身が持たない。
そしてこの〝復活〟の特性を使用して眠った時、あのような夢を見る。
エルフをベースにフェニックスの不死性を掛け合わせた合成幻獣がフェニフである。
アレはフェニフを構成するフェニックスの要素に刻まれた記憶。千年単位の長寿であるエルフからして『途方もない』と言わざるを得ない、永遠無窮の生き地獄。
死にたい。消えたい。そう願ってきたフェニックスの気持ちが痛いほど伝わってくる、そんな悪夢だった。
――気持ち悪い。
フェニフの意識はベースとなったエルフのものだが、あんな記憶を夢とはいえ疑似体験してしまうと冗談抜きで消えたくなる。自分の中に自分でないものが文字通り混ざっていると嫌でも自覚させられる。
――でも、最後にマスターが出てくるからどうでもよくなるのよね。
フェニフがあの記憶に引きずられてしまうことは絶対にない。
マスターの存在がギャグになっているのもあるが、消えたいと願うフェニックスよりも生きたいと抗うエルフとしての生存意識の方が強いからだ。
合成幻獣になってまで生き続けなければならない理由がある。
「あの子のために、私は死ねない」
悪夢を払拭するように小さく独りごちて、フェニフは部屋を後にした。
∞
朝倉真奈の転移魔術により天空移動要塞〈太陽の翼〉から脱出した紘也たちは、元の演習林から登ったところにある広場に出現した。
朝倉曰く、この人数を飛ばすにはここまでが限界だったらしい。それでも全員が無事に脱出できたのだから僥倖だ。
だが、これは『撤退』である。
敵は依然として今はもう見ることも感じることもできない空中要塞の中にいる。こちらの主戦力のほとんどが毒で動けない状況で追撃されては敵わない。日はとっくに沈んでいたが、紘也たちは急いで山を下ることにした。
動けない連中を担いだ上に夜の山道を下るなんてまるで遭難者の気分だった。時間はかかったが、どうにか学園内まで辿り着いた時には皆から思わず安堵の息が漏れたほどだ。
その頃になってようやくウロが自力で歩けるようになるまで回復した。穂波も目を覚まし、次いで瀧宮羽黒と白銀もみじも毒の中和が完了して立ち上がった。どうでもいいが、幻獣たちとほぼ同じ速度で回復する羽黒とは一体……。
そうしてウロと羽黒が一頻り悪態をついた後、紘也たちは焔稲荷神社へと向かったのだった。
「意気込んで攻め込んだ割には、やけにあっさり負けて帰って来おったの」
境内の扉を開けるなり、青い座布団の上で胡坐を掻いた九尾狐の土地神――焔御前は胸に刺さる言葉を投げつけてきた。昼間見た時に比べてはっきりわかるほど憔悴しているが、その力強い意思と威厳は衰えていない。
「うるせー。流石に情報不足だっただけだ。次攻めりゃ楽勝よ」
「負け惜しみにしか聞こえんぞ……」
呆れた視線を向ける焔御前に、羽黒はバツが悪そうにそっぽを向いた。
「あのさ、とりあえずビャクちゃんを寝かせてきていいかな?」
白を背負った穂波が不安げに言う。なにがあったのかはわからないが、白は穂波がいくら呼びかけても目覚めなかった。彼女はこのまま連れ回すより安静にしていた方が絶対にいい。
だが、焔御前は視力が悪い人のようにすっと目を細め――
「……それが我が妹分?」
「え?」
「いや、なんでもない。力を随分と奪われた故、少々認識力が乏しくなっておるだけじゃ。離れの部屋を使うがよい」
「はい!」
「あっ……私も手伝い……ます。その……ユッくんだけだとあれだし……」
朝倉が看病を志願すると、瀧宮梓がニヒヒと笑って穂波を見た。
「そうねー。ユーちゃんだけだと眠ってるビャクちゃんに変なことしそうだしねー」
「しないよ!?」
白を気遣ってか音量低めに怒鳴るという器用な真似をする穂波。ところで彼の下の名前は……ユッくん? ユーちゃん? またわからなくなったので紘也はもう『穂波』で通すことに決めた。
と、その様子を見ていたウロが天啓を得たようにハッとした。
「紘也くん紘也くん! もしかしてあたしが毒で気を失ってる間にあんなことやこんなことをや」
「やってない」
「……本当に?」
「指一本触れてないから安心しろ」
「ですよねー。ううぅ……」
ウロはわざとらしく泣き崩れる。こいつはこんな時までなにがしたいのか紘也にはさっぱり理解できない。というか、理解したくない。
「……では、なにかあったら……呼んでください」
そう言うと、朝倉は白を背負った穂波と共に境内を後にした。三人の気配が離れて行くことを感じつつ、紘也はさっさと本題に入るため言葉を紡ぐ。
「敵の正体がわかったから今回の撤退の意味は大きいと思う。こっちもしっかりとした作戦さえあれば、羽黒さんの言う通り次は楽勝になるかもしれない」
「向こうにも対策を練る時間を与えてしまうことになりませんか?」
「その間に逃げられるってこともありえるわね」
白銀もみじと葛木香雅里が深刻によろしくない意見を言ってくる。
「ああ、だからあまり準備をさせないよう迅速に決めないと」
紘也たちも疲労している。どんな作戦になったとしても、せめて一晩は休まねばならない。再戦するのは早くても明日の朝だ。
羽黒が壁に凭れて腕を組む。
「奴らが逃げるってことはありえねえな。パワースポットなんて他にいくらでもあるんだ。月波市は連盟からのいい隠れ蓑にはなるが、結局こうして俺らが攻め込むことになっている。逃げるんなら、気づかれた時点でとっくにオサラバしてんだろ」
「はあ? ちょっと待ちなさいよクソ兄貴。あいつらはパワースポットの件以外で月波市に用があるってこと?」
「そうだろ。パワースポットの吸収は土地神の力を弱らせるための手段に過ぎん。そうでもなきゃ一箇所に留まる意味はねえからな」
羽黒の考えは的を射ている気がする。紘也もなぜフェニフがわざわざ自陣に招くようなことをしたのか不思議に思っていた。当人は土地神が出てくると困ると言っていたが、そのまま紘也たちを放置して籠城した方が確実だったはずだ。
最悪、〈太陽の翼〉の迎撃兵器を使って街ごと吹っ飛ばせばいい。
それをしないのは、この地になにか別の目的があるからだ。
「仮にそうだとして、目的が見えないわね……」
「なに言ってんですか、かがりん。そんなもんもう一回乗り込んでぶん殴って聞けばいいんですよ」
道中に散々奴らに対する怨念に吐き散らしていたウロがシャドーボクシングを始める。香雅里は頭痛でもするのか、額にそっと手をあてて溜息をついた。
「簡単に言うけれど、どうやってもう一度乗り込むの?」
「ああ、それについては朝倉がいれば大丈夫だろ。一度行った場所には転移できるらしいから」
ただ、転移魔術を使った後は戦力に数えない方がいいほど疲弊する。今だって気力を振り絞って白の看病をしているはずだ。
「……真奈様、すごいです」
「並の魔術師じゃないとは思っていましたが……」
ウロとウェルシュが驚愕するほどだった。チート組からチート認定された朝倉は今ごろクシャミでもしているかもしれない。
「まずは、こっちの戦力をもう一度見直した方がいいな。その辺をよく知らねえまま突っ込んだことも敗因の一つだ」
羽黒は面倒そうに頭を掻く。その辺をよく知らないまま突っ込ませた張本人だが、今はなにも言わないことにする紘也だった。
「敵と正面から戦えるのは私と羽黒、ウロボロスさんにウェルシュさん。雑兵レベルの合成幻獣でしたら香雅里さんや梓さん、ユウさんでも殲滅は可能ですね。真奈さんは転移の疲労もありますし、帰りのことを考えると戦わせるわけにはいきません」
「秋幡紘也も戦闘には向かないから、敵が使う魔導具や結界を破壊してもらう役になるわね」
「となると、役割はだいたい決まったようなもんだな。あとはウロたちがフェニフやヴァドラとどう戦うか。俺たちが敵地でどう動くか。敵はどう動いてくるか。その辺りを検討して……」
《待て人間の雄! 吾のことも忘れるでない!》
この場にいる誰でもない八つに重なった声が聞こえた。
「ん? どっかから山田の声が……?」
紘也たちは部屋の中を見回すが、山田らしき青い和服少女の姿は見えない。
《どこを見ておる。ここだ》
次の声でようやく位置を特定できた。部屋の中で最も上座、焔御前が座っている辺りからだった。
よく見たら、焔御前が尻に敷いている青い座布団は……。
「ぷふぅ! あんたいつの間に土地神の座布団になったんですか全然気づきませんでしたよ!」
「……よく似合っています」
《座布団が似合うとかやめい!?》
ガバッと顔だけ起こして叫ぶ青い座布団、もとい山田、もといヤマタノオロチ。もぞもぞと動いたせいで焔御前が顔を顰める。
「これ。お主は儂の座布団じゃ。勝手に動くとまたしばくぞ?」
《吾は座布団ではない!?》
「おい秋幡の小僧、なんだアレは?」
「座布団だ」
《違う!?》
じたばたと暴れ始めた山田に焔御前がゲンコツを一発。それだけで山田は「うきゅう~」と目を回して大人しくなった。弱すぎる……。
ウロがゲラゲラ笑う。
「山田はこの通り雑魚なので無視していいですよ」
《おのれ金髪……吾とて魔力さえあれば……》
ぐぬぬ、と歯軋りをする山田を思案顔で見ていた羽黒が、なにを思いついたのかニヤリと口の端を吊り上げる。
「へえ、魔力があればそのチビも戦えるのか? 秋幡の小僧、真面目に答えてどうなんだ?」
「まあ、一応。これでもヤマタノオロチだし」
この状況で真面目に答えろと言われて冗談を返すほど、紘也は天邪鬼ではない。
「つーことは、向こうには知られてねえ戦力ってことだ。よし、聞けお前ら。いい作戦を思いついたぞ」
そう自信あり気に言った瀧宮羽黒は、悪巧み全快な顔で皆に思いついた作戦を説明するのだった。
その内容は……最悪だった。




