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百無語  作者: 山大&夙多史
23/50

SIDE∞-11 脱出

 ――これ、詰んだわね。

 葛木香雅里は状況を冷静に分析してその結論に至った。

 ヴァドラの毒が回って身動きが取れなくなったウロボロスに、同じく弱体化した瀧宮羽黒。香雅里と瀧宮梓ではヴァドラを討ち取ることは非常に難しく、援軍としてやってきたはずの白銀もみじはというと――

「羽黒、一つ質問があります」

「ん? 何だ」

「先程、ウロボロスさんのスカートの中を覗き見たような気配がしたのですが、なにか弁明はありますか?」

「……………………」

「ないのですね。そうですか。そぉーですか」

「いや、俺は別にあんな駄蛇なんて興味ねえからな!」

「酷い! あたしが動けなくなるまでボロボロに弄んだくせに……ヨヨヨ……」

「待て待て待て適当ぶっこいてんじゃねえぞ糞蛇!? なにが『ヨヨヨ』だ!?」

「ほう……弄んだ……ボロボロになるまで……」

「いや、違うんだ話を聞いてくれ。あいつが動けないのは竜の毒がだな――」

「ううぅ、そこの龍殺しに汚されました。もうお嫁に行けません……」

「実はそんなに毒回ってないだろてめえ!?」

「は ~ く ~ ろ ~」

「ひぃ!?」

「貴様らボクを無視するな!?」

 目下の敵を眼中にすら入れていなかった。挙句の果てには敵は最初からそっちだったかのように羽黒の折檻を始める始末。いろんな意味で良い子には見せられない光景が繰り広げられていた。

「うっ! あ、あれ? なんだか私も体の調子が……これが竜の毒……?」

 最悪だった。

「なにしに来たんですかもみじさぁああああん!?」

 戦ってもいないのにフラついて膝を折る白銀もみじに瀧宮梓が全力で叫んだ。もはや戦力になるのは彼女と香雅里だけである。

 ヒュドラとヴァンパイアの合成幻獣相手に、戦力と言えるか限りなく怪しいが。

「あっははあ、ボクを無視するからそうなるのさ。貴様ら全員、殺してくれって懇願するまで甚振ってから磨り潰してやるよ。――特に、そこの『血濡れの白姫クリムゾン・ビューティーは念入りにね」

 粘つくような気持ちの悪い魔力を放つヴァドラは、手始めとばかりにウロボロスの腹を蹴り上げた。毒のせいで上手く防御できなかったウロボロスは血を吐いて数メートルも転がる。

「逃げるわよ、瀧宮梓」

「……悔しいけど、それしかないわね」

 撤退の意志を確認するや、香雅里と梓は同時に動いた。香雅里はウロボロスを、梓は羽黒ともみじを回収してヴァドラに背を向け走る。

「おやおや、鬼ごっこの続きかい? 諦め悪いねぇ。言っとくけど、動けば動くほど毒の回りが早くなるよ」

 残酷な笑みを口元に刻んだヴァドラは、恐怖心を煽るようにわざとカツカツと靴音を立てて追いかけてくる。

 香雅里は刀に魔力を注いで振り、通路に分厚い氷の壁を何重にも張った。

「意味あんのそれ?」

「時間稼ぎになれば上出来よ」

 背後から氷の破砕される音が聞こえる。けっこう魔力を振り搾ったと思ったのに、ほんの数秒程度しか時間を稼げていないようだ。

 と――Trrrrrrrn。

 香雅里の携帯電話が音を立てて振動した。

 秋幡紘也からだった。


        ∞


「通じたし……」

 上空で特殊な結界に守られた〈太陽の翼〉だが、携帯の画面に圏外表示が出ていなかったので試してみたらあっさりと繋がってしまった。

『秋幡紘也! 今どこにいるの!』

「どこって言われてもよくわからないが、とにかく中央に向かって走っている」

 背後からは紅蓮の翼を生やしたフェニフが猛スピードで追って来ている。近づかれそうになる度にウェルシュが〈拒絶の炎〉で焼き尽くすが、灰になって〝復活〟するだけで切りがない。

「葛木、そこにウロはいるか?」

『いるけど、毒にやられてしばらく使い物にならないわ。瀧宮羽黒と白銀もみじも』

 瀧宮羽黒は違う意味でも戦闘不能だけれど、と小さく聞こえた。

「……そうか」

 ウロが戦えないとなれば、フェニフがとうとう対処不可能になってしまう。香雅里たちも敵から逃げている様子で、このままでは全滅は必至だ。

 紘也は契約の魔力リンクを辿る。ウロがいる方角は上にも下にも傾いていない。フェニフから逃げているうちに上層に移動したのか、それとも葛木たちが下りて来たのか。とにかく都合がいい。

「今、俺たちは同じ階層にいる。中央で落ち合って撤退するぞ」

『わかったわ』

「待って、まだビャクちゃんが見つかってない!」

 意識を取り戻した穂波が自分の足で走りながら叫んだ。

「葛木、そっちに白は?」

『いないわ。あなたたちが保護しているんじゃないの?』

 香雅里の側には瀧宮兄妹と白銀もみじ、そしてウロ。紘也側には朝倉と穂波とウェルシュ。一人、いや一体? とにかくまだ全員揃っていない。

「参ったな、探してる余裕は……」

「ビャクちゃん!?」

 と、穂波が血相を変えて全力ダッシュした。彼の目指す先には白い狐耳の少女が倒れている。

「ウェルシュ、〈拒絶の炎〉で壁を作れ!」

「……了解です、マスター」

 咄嗟に判断した紘也の指示を受けてウェルシュが通路を分断するように炎上させる。ウェルシュが離れれば消えてしまうが、維持できている間ならフェニフに突破されることはない。

「無駄な足掻きを……」

 炎の向こうでフェニフが舌打ちする。それから攻撃魔術をぶつけて〈拒絶の炎〉の破壊を試み始めた。

「白はたった今見つかった。予定通り中央で落ち合うぞ」

『了解よ』

 紘也は通話を切り、白を抱き起して必死に呼びかけている穂波に問う。

「穂波、その子は無事か?」

「うん、気を失ってるだけみたいだけど……うう、ビャクちゃん、僕がついていたらこんなことには……………………ぬわぁあああああああああああああ誰だ僕のビャクちゃんを苛めてくれたファッキン野郎は全身蜂の巣にしたあと塵も残らず爆滅してやるッッッ!!」

「お……落ち着いてユッくん……っ!?」

 ガチャガチャと虚空から危険度マキシマムの銃火器を取り出して喚き散らす穂波は、なんというか、目が逝っていた。

「うがぁあああああああああああッ!? どこのどいつだ!? 出て来い!! さもないとこの要塞ごと吹っ飛ばす!!」

「ウェルシュ」

「はい」

 ――ゴスッ!

「あへっ」

「ユッくん……!?」

 発狂した穂波をとりあえず気絶させ、紘也は背中に担いだ。白を紘也が担ぐと後で殺されそうなので、そっちはウェルシュに任せる。

「朝倉、ウェルシュと交代して敵の足止めを頼めるか?」

「あ、はい……任せてください……」

 小さく拳を握る朝倉に頼もしさを感じつつ、紘也たちは再び中央に向かって駆け出した。


        ∞


〈太陽の翼〉下層・中央部。


「葛木! ウロ!」

「秋幡紘也!」

「真奈ちゃん無事!? ユーちゃんとビャクちゃん死んでるけど大丈夫!?」

「……はい、私はなんとか……二人も一応、大丈夫かと……」

 両グループは東西の出入口からバッタリと、どちらが遅れることもなく合流した。

 だが合流したのは紘也たちだけではない。

「ようやく追い詰めたわ」

「あっははあ、鬼ごっこはもう終わりにしようよ」

 敵の二体に挟撃される形となってしまった。

 フェニフとヴァドラ。どちらか一方でも手がつけられないのに、揃ってしまえば絶望的なまでに分が悪い。しかもウロ、瀧宮羽黒、白銀もみじはヒュドラの毒がかなり回ってしまったらしく、今は意識もない。

 一応は前方と背後――北側と南側にも出入口はあるが……。

「逃がさないわ。マスター、転送を!」

 天井に向かってフェニフが言うと、北側と南側の通路を塞ぐように大量の合成幻獣が光と共に出現した。

 ――転移!? こいつら、その気になれば要塞内を自由に移動できるのか!?

 転移の操作はフェニフたちのマスター――テオフラストゥス・ド・ジュノーが操作しなければならないようだが、今の指示に反応があったことを鑑みるに音声が、もしかすると映像も筒抜けなのかもしれない。

「瀧宮梓、対群戦が得意なあなたならこれどうにかできる?」

「雑魚なら余裕よ。でもそうじゃないのが二体もいる」

 苦々しく瀧宮梓は吐き捨てる。チームの半数が意識不明の状態で、彼らを守りながら戦えるなら、紘也たちはそもそも逃げてなどいない。

 万事休す。

 そう思った時――床に青色の魔法陣が展開された。

 敵の術式、ではない。

「みなさん……今から月波市に転移します!」

 朝倉真奈が密かに魔術を編んでいたのだ。

「朝倉、転移魔術使えたのか?」

「すごく疲れますけど……一度行った場所になら……」

 この場にいる最高の『魔術師』は彼女だと紘也はここで確信した。

 転移魔法陣の輝きが強くなる。

「させないわ!」

「チッ! ボクから逃げられると思うな!」

 フェニフからは火炎魔術が、ヴァドラからは蛇の形をした影が紘也たちに襲いかかる。

 しかし、それらが紘也たちを捉えることはなかった。

 一瞬の差で転移が完了し――

 紘也たちは、返り討ちにあった悔しさを胸に空中要塞〈太陽の翼〉から離脱した。

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