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百無語  作者: 山大&夙多史
22/50

SIDE100-10 毒蛇

「ほい、じゃんけん……ぽん」

「ぷふぅ、あたしの勝ちですねざまあ!」

「俺の負けか。仕方ねえな。ちょっと借りるぞ」

「え?」


 ドォン!

 ドォン!!

 ドゴォッ!!


 耳をつんざくような爆音とともに床が崩壊し、俺たちは瓦礫と共に宙に投げ出された。空中で何とかバランスを保ちつつ、上手いこと足から着地する。

「よっ……と。はい到着」

 いやはや、落とし穴にはまって、しかも超強固な蓋で閉じ込められた時はどうなるかと思ったぜ。まあ流石に蓋が頑丈だからと言って、落とし穴を形成している壁や床まで同じ強度とは限らなかったらしいが。

「いやあ、何とかなるもんだな」

 見上げると、十メートルほどの高さの天井に大穴が空いている。その穴の遥か上には、俺たちを閉じ込めていた落とし穴の蓋が微かに見えていた。

 上がダメなら下から脱出。

 単純な話、どうやっても蓋は開かないってんで、床を破壊してみた。この空中要塞を作ったとされる天使も、まさか剣山で張り巡らされた床を掘り進めるという無茶苦茶な発想をされるとは想定していなかったのだろう。穴は案外あっさり開いた。

 まあ穴掘りに使ったも優秀だったしな。

「流石はウロボロスの龍麟。硬度が桁違いだな」

「……このクソ龍殺し……覚えてなさいよ……」

 俺の右手の方から呻き声が聞こえる。

 視線をそちらに落とすと、声の主がぐったりと恨めしそうに呪詛を吐いていた。


 顔面にアイアンクローを喰らっている状態で。


「……殺す殺す殺す……絞め殺してやる食い殺してやる……」

「おー、怖い怖い」

 肩を竦めると、ウロボロスは吠えながら俺の手を振り払った。

「あんたどういう神経してんですか!? 女の子の顔面鷲掴みにして後頭部を床に叩き付け続けるって!?」

「鋼鉄の床を掘り進んでも掠り傷一つつかない奴を俺は女とは認めん。むしろ顔面から叩き付けなかっただけ恩赦だと思ってほしいもんだがな。じゃんけんで負けた奴が穴を掘る。俺はちゃんと仕事したぜ?」

「床掘るにしても自分の龍麟使いなさいよ自分の!?」

「え……だって剣山生えてる床殴るとか、ちょっと痛そうだったし」

「なに真顔で真っ当な返事してんですか!? てかあんた痛いとか感覚あるんですか!?」

「チクッとする、チクッと」

「注射を嫌がる子供か!?」

 吠えるウロボロスを適当にあしらいつつ、俺は周囲の確認をする。

 どうやらまた通路に下りたらしく、向こうが見えないほどだだっ広い闇が前後に広がっている。

 周囲に人影はなし。ここに来るまでちょいちょい見かけた巡回中のキメラもいないようだ。もう聞こえなくなったが、さっきまで微かに鳴り響いていたユウの銃声の方に向かったのかもしれない。

 あいつがやられるとは思わないが、無事だといいんだが。

「んじゃ、当初の予定通り、白狐の嬢ちゃんの捜索に向かうか」

「いいえ! 最初にあんたが向かう場所はあの世ですから!」

「え、何、その問答もう一回やんの?」

 流石は蛇。無駄にしつこい。

 喧しいウロボロスは放っておいて、俺は周囲の気配を探る。と言っても、元々八百刀流は探知系の能力はお粗末なものだし(大峰一族という例外はあるが)、もみじみたいに生者の気配に敏感というわけでもない。

 まあそれでも、やらないよりかはマシ……ん?

「何だ……?」

 今何か聞こえたような……?

「カーッ! さっきから何無視してんですか! てかよく考えたらあんたといる必要なんてこれっぽっちもないんですよ! あたしは紘也くんの気配のする方へ行きま――」

「うっせえよ、少し黙れ」

「むぐっ!?」

 再び右手でウロボロスの顔面を鷲掴みにし、物理的に口を封じて黙らせる。ジタバタと暴れて鬱陶しいが、気にしない。

「上か……?」

 穴の上の方からダカダカと品のない喧しい足音が聞こえてくる。

 キメラかとも思ったが、それにしては小柄で、どうやら二足歩行をしているらし――あ。

「この気配、梓か? ……ん?」

 足音が止まったと思ったら、穴の先の落とし穴の蓋がパカッと開いた。

 そして次の瞬間。

「うそぉぉぉぉぉおおおおおっ!?」

「バカじゃないのぉぉぉぉぉおおおおおっ!?」

 自由落下と共に頭上から降ってくる二人の少女の悲鳴。

 あの愚妹、スイッチ押しやがったのか……つか、あの高さはまずい!

「梓! これに掴まれ!」

「ホワッツっ!?」

 掴んでいたウロボロスを落下する二人に向けて投擲する。何かよくわからん悲鳴を上げて飛んでったウロボロスは狙い通り、愚妹たちに衝突。揉みくちゃになりながら落下してきた。

「あんた本当に無茶苦茶ですね!? ふんっ!」

 ウロボロスは手早く二人を両腕に抱きかかえると、背中から鱗を幾重にも合わせたような妙なデザインの翼を展開。そのまま羽ばたいて空中浮遊を維持――

「って二人は無理ですって!! ウロボロスさんは一人乗りです! 重量オーバー!」

「使えねえクソ蛇だな!?」

 ……できずに三人諸共落下してきた。

 まあ落下速度はかなり和らいだから良しとしよう。

「よっと」

「なぜにっ!?」

 目の前に落ちてきたウロボロスの足を払い、バランスを崩させる。すると無様に背中から床に叩き付けられ、腹の上に愚妹たちが落下してきた。

「ごふっ!?」

「だ、大丈夫?」

「……梓ちゃん……その身長でかがりんより重いってどういうことですか……」

「失礼ね!」

 白目を剥くウロボロスの額に拳を振り下ろす愚妹。しかしウロボロスの強固な龍麟に弾き返され、衝撃がそのまま返って来て痺れる手をさすって悶絶する。アホかこいつ。

「いたた……全く、酷い目に遭った……」

「って、誰かと思ったらお前か、葛木の嬢ちゃん」

「瀧宮羽黒……」

 ウロボロスの腹の上で尻を押さえていた葛木の嬢ちゃん。何の因果か、どうやら我が愚妹は毛嫌いしていた葛木の嬢ちゃんと一緒に飛ばされたらしい。最初に合流したという線もあるが、まあどうでもいいか。

 そう言えば俺もウロボロスと一緒に飛ばされたが、これがわざとだとしたらあのエルフのキメラ、なかなかいい性格しているな。

「って、そうだ! 兄貴! アンタいい所に!」

「あ?」

「ちょっとちょっと梓ちゃん、かがりん……そろそろあたしから降りてくれませんかね?」

「さっき、あの吸血鬼のキメラと戦ったんだけど」

「兄妹そろってスルーとかやめてくれませんかね!?」

 うるせえ蛇だな。

「何かあったのか」

「あの吸血鬼のキメラ、残り半分は――」

「瀧宮羽黒! 後ろ!」

 突如、愚妹の言葉を遮って叫ぶ葛木の嬢ちゃん。

「ど――」

 どうした、と尋ねる前に、背後に悍ましい殺気が出現したことに気付いた。

 ねっとりと重く、それでいて獣の牙のように鋭い陰湿な殺気。

「う、おっ!?」

 理性どうこうの前に生き物の本能として、脊髄反射的にその場に屈んだ。その直後、頭上すれすれを何かが高速で振り抜かれた。

 視界の隅に、ぬらぬらと異質に輝く白銀色の刃が見えた。

「っぶねえな!?」

 俺は躊躇いなく目の前にあったソレを掴み、背後に出現したそいつ目掛けておもっくそフルスイングした。

 もちろん、龍殺しの全力を以って。


「きゃっ!?」「ちょっ!」「ばぎゃぁっ!?」「ぐぅっ!?」


 何か悲鳴が四つに聞こえた。

 最後のは、俺の突然のフルスイングに対応しきれずぶっ飛ばされた不審者の物。最初の二つはバランスを崩した我が愚妹と葛木の嬢ちゃんが尻もちをついた衝撃の物。で、残り一つ、一番品のない悲鳴が――

「あんたホントいい加減にしてくれませんかねそろそろ温厚なウロボロスさんでも堪忍袋の緒がチョッキンですよ!?」

 不審者殴打のため、バット代わりにフルスイングされたウロボロスの物。

 スカートの裾を両手で押さえ、右足首を握られ宙吊りになっているウロボロスを見下しながら俺は弁明する。

「いやお前、程よいサイズとそこそこの重量を持ち、なおかつ最強クラスの硬度の物体が目の前にあったら、鈍器にするしかねえだろ」

「オーケー、わかりました。紘也くんに怒られるからなんだかんだで仕事終わるまで手出しするつもりなかったんですが、どうやら先に屠るべき敵はあんたのようですね!」

「あとどうでもいけどお前、ケバいの履いてんな」

「何見てんですかっ!!」

 自由に動く左足を振り回して暴れるウロボロス。その蹴りを適当にあしらうも、その度に見たくもないもんが視界にちらついてテンション下が


 ――羽黒?


「……っ!?」

 脊髄に巨大な氷柱をぶっ刺されたような強烈な悪寒が奔り、反射的に掴んでいた右足を離す。今、もみじの声が聞こえたような気が……。

しかし辺りを見渡すも、それらしい気配どころか影一つない。気のせいか……?

「ぎゃふんっ」

 本日何度目か分からない無様な悲鳴と共に顔面から着地する。こいつ、本当にウロボロスか……? 間抜けすぎるだろ。

「さて」

 どっかのクソボロスと違って、あちらさんは間抜けではなさそうだな。


 カツン、カツン、カツン――


 通路の奥の闇から足音が聞こえてくる。

 それと同時に、ピリピリと肌を切り裂くような殺気も漂ってくる。


 カツン、カツン、カツン、カツン――


 その足音は、こちらを苛出せるかのように、酷くゆっくりと近付いてくる。


 カツン、カツン、カツン、カツン、カツン――


 ゆっくりと……。


 カツン、カツン、カツン、カツン、カツン、カツン――


 ゆっくり……。


 カツン、カツン、カツン、カツン、カツン、カツン、カツン――


「いやゆっくりすぎんだろ!? お前どんだけぶっ飛ばされてんだこちとらとっくに臨戦態勢なんだからさっさと近付いて来いや!」

「う、うるさい!」

 若干慌てた声音の叫び声が闇の向こうから返ってきた。そして今度はカツカツと結構な速足でそいつは近付いてきた。

「兄貴、一応忠告しておくわ」

 と、愚妹も体勢を立て直し、太刀を構えて通路の奥を見据えた。

「そう言えばお前、さっき言いかけてたな」

「ええ。あいつ、多分……吸血鬼とドラゴンのキメラよ」

「……ほう」

 自然と笑みが零れる。

「根拠は」

「さっき攻撃した時、前に兄貴に斬りかかった時と似たような感触があった。あれ、龍麟ってんでしょ?」

「なるほどな」

 そう言えばこいつも、俺を通して龍麟の感触は経験済みだったな。あん時は何とも思ってなかったが、こうしてしっかりと経験が生かせてんだから、あの夜の出会い頭の戦闘も決して悪いものでは――

「ぶはっ」

「あ? 何よ兄貴、いきなり笑いだし――ぶふっ」

 ちょっと待て……アレは反則だろう……!

 愚妹も見てしまったのか、口元を押さえて震えている。振り向けば、葛木の嬢ちゃんもそっぽを向いて笑いを堪えている。ウロボロスだけは何と言えない微妙な表情だったが。

「貴様ら……このボクをこれだけ虚仮にしてくれてただで済むと思うなよ……!」

「いやお前……その顔でそんなセリフ言われてもな……」

 闇の向こうから現れた貴族調のテーラージャケットを羽織った男――ヴァドラは、血のように赤い瞳を怒りに燃やしていた。

 ……顔の左側が腫れあがって、右目しか開いていないが。

「「「ぶほっ」」」

「ええい! 笑うな人間共!!」

「三秒やるから……ひひっ……その間にその顔治せよ」

「くっ……!」

 元の顔がそこそこ見目麗しかったため、顔半分がギャグ漫画みたいなことになってて非常にシュールだ。提燈於岩みてえだな。

 屈辱に表情を歪めながら、ヴァドラは左頬に手を当てる。すると吸血鬼の再生能力が作用し始めたのか、見る見るうちに腫れが引いていった。

「つーか、あいつがあんなことになってんのに、何でお前は無傷なんだよ。どんだけ石頭よ」

「うっさいですよ! 今だけはあっち側について一緒にあんたをボコりたい気分です!」

「ま、おかげで勝機は見えたがな」

 ボキボキと指の関節を鳴らし、俺は一歩前に出る。

「アホボロスより柔いってことは、俺より脆い!」

 一気に距離を詰め、未だしっかりと戦闘態勢の整っていないヴァドラを殴り飛ばす。とは言え、相手も素人ではない。ギリギリのところで俺の拳を左腕でガードされた。

 しかし中途半端にガードしたおかげで、奴の骨からミシッとヒビが入る音が聞こえた。

「貴様、ボクの龍麟が効かないのか!?」

「天敵に会ったのは初めてか!? まだまだ甘い! おらおら! 殺気だけは一丁前みてえだがそんなもんか!」

「くっ……そ!」

 さらに深く踏み込み、畳み掛けるように拳を繰り出す。……主に治療したばかりの左頬目掛けて。

「鬼! 悪魔! クソ兄貴!」

 背後から愚妹罵声が聞こえてくるが気にしない。喧嘩とは、非情な物なんだよ。

「いい加減……調子に乗るなよ人間!」

「おっと、そういうセリフは死亡フラグだぜ?」

 左半身にガードが固まったところで右側から全力で回し蹴りを叩きこむ。存外戦い慣れしているわけでもないのか、今までは無敵を誇っていた龍麟に慢心して防御が疎かになっていた知らんが、ノーガードの脇腹にブーツの爪先が食い込む。

 どうでもいいが、俺のブーツには鉄板が仕込まれている軍隊仕様だったりする。

「ぐふっ!?」

「肝臓イッたか?」

 出てきて早々で悪いが、退場願おうか。

 ヴァドラが体勢を崩している間に、俺は言霊を紡ぐ。

「――抜刀、【龍堕リュウオトシ】」

 体内に封印していた大太刀が振りかざした右手に具現化する。

 刃渡りだけで二メートル以上。切っ先から柄まで余す所なく、闇より深い水底のような黒。龍を殺すためだけに作り上げた、異形の刃。

「じゃあな。明日くらいまでは覚えておいてやるよ」

「キサ――」

 ザンッ! と、黒刃がヴァドラの首筋に吸い込まれ、確かな手応えが右腕に戻ってくる。ヴァドラの首を跳ね飛ばした刃は、勢いをそのままに壁をも両断した。

 文字通り一刀両断され、傷口から大量の血が溢れかえる。

 床に横たわるヴァドラの亡骸を何の感慨もなく眺め、俺は嘆息する。

「おいおい、本当に呆気な、いっ!?」

 その時だった。

【龍堕】を握っていた右腕が勝手に動きだし、刃を俺の首筋に当てた。

 いや、右腕だけではない。

 両手両足、首に至るまで、何かが固く締め付けているかのように、自由に動かせる部分が何一つなくなっていた。

「――納刀!」

 自身の刃に首を跳ね落される前に、言霊を紡いで太刀を体内に戻す。瞬間、突如持つべき刃が消えた右腕は宙を切った。

 その時、右腕に何やら影が纏わり付いているのがはっきりと見えた。これは……蛇か……? そしてその陰の先を辿って行くと――

「残念。龍殺しの刃で龍殺し自身を貫いたら一体どうなるのか……見てみたかったんだけどね」

「てめえ……!」

 足元から声が聞こえた。

 血溜まりの中、そっ首跳ね飛ばしたはずのヴァドラがゆっくりと立ち上がる。その肩の上には、何事もなかったかのように下卑た笑みを浮かべるヴァドラの頭が戻っていた。

「吸血鬼の不死性か……!」

 いや、それだけじゃねえな。

 龍殺しの刃で首を切り落としたんだぞ? 普通の龍族やドラゴンなら掠り傷一つで致命傷のはず。キメラとして吸血鬼の比率が大きいとしても、こんな一瞬で回復できるような傷じゃない。

 不死身の吸血鬼と、残り半分……それを見極めなければ。

立ち上がったヴァドラは、どこからともなく怪しい輝きを湛える銀色の剣を取り出して右手に構えた。

「ああ、服が汚れてしまった。代償は君の命でいいよ」

「鐚一枚払うかよ!」

 四肢を締め上げる拘束のなか、無理やり拳を繰り出す。大した威力はできない牽制用の攻撃だったが、その身に届く前に拘束が強化され、ピタリと寸止めの形で封じられた。

 鬱陶しいなこ――


 ドッカン!!


「うおっ!?」

「なんだ!?」

 舌打ちしようと顔を顰めた途端、背後からの強烈な衝撃波によりヴァドラ共々吹っ飛ばされた。もうもうと煙が立ち込める中、何とか首だけ動かして背後を確認すると、ウロボロスが勝ち誇った顔で仁王立ちしていた。

 周囲には、常人であれば触れるだけで蒸発してしまいそうな高エネルギーの光の球がいくつも浮いている。

「まったく! だらしがない龍殺しですね! 仕方がないのであたしが塵芥の一片も残さず滅してあげますよ――あんた諸共ね!」

「んなこったろうと思ったよ!」

 光球をポンポン投げつけながら突進してくるウロボロス。大して広くもないこの通路でそんなもん連発したら、俺じゃなかったら即死どころじゃねえぞ。

「だが好機!」

 俺と一緒にヴァドラもぶっ飛ばされたため、拘束が解けていた。

 何とか体勢を立て直すが、また捕まったら適わない。すぐには攻撃に転じず、もう一回ウロボロスを鈍器にしようと手を伸ばした。

「ハン! そう何度もその手に乗りますか!」

「阿呆め!」

 低く屈んで俺の手を回避するウロボロス。しかし良い感じに丸くなったところで、今度はサッカーの要領で力任せに蹴り飛ばした。

「あたしはボールですかっ!?」

「おぶっ!?」

 なかなかの速度で飛んでいくウロボロス。そして見事、爆風からようやく体勢を立て直したばかりのヴァドラの顔面に直撃した。

「ナイスシュート! アホボロス! ワールドカップ目指せるぜ!」

「目指したくないですよ!?」

 お前が身を張って作ってくれた隙を無駄にしないぜ!

 一気に踏み込み、固く握った拳をヴァドラの鳩尾に叩き込む。

不死身の敵の対処法の一つ、死ぬまで殺し続ける。

吸血鬼と残り半分の見極めも重要だが、少しでも削っておいて損はない。

だが――

「ふう」

「何?」

 龍麟と龍麟が激しくぶつかった鈍い音が響く。向こうの方が軟だとは言え、手加減したつもりはない。何ならもう一度吹き飛ばす勢いで殴りつけたはずだった。

 しかしヴァドラは、不動の姿勢でそこに立ち続けていた。

 さっきと比べて頑丈になった? それか、ようやく本気になったってことか?

「それでは、次はこっちから」

「くっ……!」

 ヴァドラが剣を構えると同時に、足元の影がザワザワと蠢き始める。また拘束されて斬りつけられでもしたら、さすがの俺もどうなるか分からん。とっさに、よほどの衝撃だったのか足元で未だに脳震盪を起こして目を回していたウロボロスの襟を引っ掴み、後ろに飛び退くようにして剣を避けた。

 しかし、剣速はそれほどでもなかったはずなのに、切っ先が俺のシャツを横一文字に切り裂いていった。

 まただ。

 さっき殴った時と言い、今避けた時と言い、これはどちらかというと――

「兄貴!」

「瀧宮羽黒!」

 何とか愚妹たちの元まで戻ると、目を回したウロボロスを葛木の嬢ちゃんに押し付ける。たったそれだけの動きでやけに息が切れ、脂汗が滲みでてきた。

「どうしたのよ兄貴」

「……あ?」

「なんだか動きが鈍いように見えたけど。ぶっちゃけ、余裕で目で追えるレベル」

「……そんなにか」

 やはり、そうか。

 殴っても思い通りの威力が出せず、避けようとしても避けきれない。さらにはこの妙な倦怠感と疲労感。

 これは奴が強くなったのではなく――俺が弱くなっている。

 ついでに、頑丈さと回復力が取り柄のはずのウロボロスが未だに目を回しているのも気掛かりだ。

 だがいつだ?

 これが奴の特性なのだとしても、いつ喰らった?

 真っ先に浮かんだのは、ヴァドラの影に拘束された時。だが、あの時ウロボロスは離れた場所にいたはずだから原因とは考えられない。そうなると、その前……俺がヴァドラの首を切り落とした時だ。

 跳ね飛ばした奴の首が次の瞬間には〝再生〟し、自信の〝不死〟を見せつけた。さすがに首を切り落としても一瞬で元に戻る化物は珍しいが、いないわけではない。

 何か。

 何かを見落としている。

 何か――

「兄貴! ぼさっとしない!」

 愚妹の声が耳元に轟く。

 どうやら朦朧とした頭で思考に耽っていたらしく、気付けばヴァドラがゆったりとした足取りでこちらに近付いて来ていた。

「やれやれ、ようやく回ってきたか。どれだけ丈夫なんだ貴様は。普通ならとっくに全身から血を噴き出して死んでいるはずなんだがな」

 呆れ半分、感心半分といった表情のヴァドラ。そして「念のため、もう一回」と呟き、右手に持った刃を左手首に押し当てた。

「なんだ? リストカットなんて陰湿な趣味でもあんのか?」

「……その減らず口も、もう終わりだ」

 龍麟を物ともせず、やけに色白な肌に食い込む銀の刃。その傷口から溢れだす赤い滴は床に落ちることなく宙に漂い始め、そしていくつもの鏃となった。

 ……吸血鬼の血を操る力か。

 確かに、例えばかつてのもみじほど強大な力を持つ吸血鬼であったならば、たった一滴の血が刃となって対象を切り裂くことも可能だ。だがヴァドラがそれほどの力を持っているかと問われれば、再生力は尋常ではないが、怪しい所だ。素直にその他の力を行使した方がずっと効率的のはず。

 だったら、なぜ今その力を?

 なぜか弱体化してしまった俺を甚振るにはそれで十分と考えたか? いや、俺の龍麟の固さは奴自身が身を以って体感したはずだから、他に違う意図でもあるのか?

 ……いや、待て。

 俺はさっきまでヴァドラと戦っていた場所に視線を投げる。そこにはヴァドラの首を跳ね飛ばした際にできた血溜まりが残っている。

「首を落してもすぐに〝再生〟する〝不死〟……そして〝毒血〟」

 ああ、そうか……。

 どうりでウロボロスが未だに目を覚まさないわけだ。〝循環〟のウロボロスに〝毒血〟は相性が悪かろう。


「てめえのご主人様は相当頭がイカれてるな……とんだ馬鹿だ、吸血鬼とヒュドラのキメラなんざ作りやがって……!」


 一瞬、ヴァドラの動きが止まった。しかしすぐにニンマリと嫌らしい笑みを浮かべて剣を構える。

「気付いたか。まあボクの――ボクたちのマスターの頭がおかしいことは全面的に賛成だが、今さら知ったところで何になる?」

 ヴァドラの足元で蠢いていたソレが、待ちわびたと言わんばかりに肥大化する。二次元的な影が三次元的な厚みを帯び、九つの黒い蛇頭となってヴァドラの周囲に蜷局を巻く。

 恐らくは、最初の一撃で溢れ出た大量の血を、吸血鬼の能力を使って不可視の霧状にして空中に散布させていたのだろう。それをヴァドラに接近してしまった俺とウロボロスは吸いこんでしまい、弱体化。特にウロボロスはヒュドラの毒が〝循環〟してしまい、俺以上に重症といったところか。

「ボクたちは完全なる〝不死〟をテーマに作り上げられたキメラだ。だがであるフェニフとボクは違う。吸血鬼とヒュドラ、本来ならば一撃で滅されるような弱点を持つ二種族だが、お互いがお互いの弱点を補完し合うことで、完全なる不死と相成った! 今やボクの再生能力は二倍ではなく二乗! 今ボクと相対している時点で、貴様らの命運は端から尽きているんだよ!」

「……ったく」

 自分が優位に立った途端、ベラベラとよく喋る。

「つまりは超耐久型ってこったろ? 今時は耐久パよりも特攻パだぜ?」

「……何の話だ」

「何でもねえよ」

「まあいい。それで? その弱りきった体で特攻でもかけるつもりか? その前にボクがこの〝毒血〟の刃――ボクは鮮血の舞踏(ブラッディ・ワルツ)と呼んでいるが――でジワジワと嬲り殺しにするがな」

「中二なネーミングだな」

 反吐が出る。

 とは言え、息も絶え絶えなこのコンディションでの特攻は無謀というものだ。言うことをきかないこの体では、例え【龍堕】を出したとしても再び拘束されるのがオチ。かと言って、呑気に目を回しているアホボロスはともかく、愚妹と葛木の嬢ちゃんを庇いながら逃げるのも厳しいだろう。

 ……まあ、逃げるつもりは毛頭ないが。

 もちろん、特攻を諦めるつもりはない。

 こういうのは適材適所って言うのがあるんだよ。

「とりあえず……時間は稼げたな」

「……? 何を――」


 ドォンッ!!


 本日何度目かの爆音。

 何の前触れもなくヴァドラの頭上の天井が崩落し、大量の瓦礫と一緒に赤い何かが雨のように降ってきた。あれ……キメラの血か?

 何の比喩表現でもない血の雨が降り注ぐ中、瓦礫の下敷きとなったヴァドラを踏みしめるような位置に君臨する一人の人影。

「ナイスタイミング。だが、お前らしくない派手な登場だな」

「羽黒……」

 苦笑を以って出迎えた俺に、何だか昔を思い起こすような凄惨な表情を浮かべた白銀もみじが静かに訊ねる。

「羽黒、一つ質問があります」

「ん? 何だ」

「先程、ウロボロスさんのスカートの中を覗き見たような気配がしたのですが、何か弁明はありますか?」

「……………………」

 あ、やべえ。

 俺このままだと助けに来てくれた援軍に殺されるわ……。


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