表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
百無語  作者: 山大&夙多史
20/50

SIDE100-09 常闇

「ふう」

 裸足になった足の裏に感じる床の冷たさが、動いた後の少し火照った体に心地良いですね。

 ここまで履いてきた、梓さんに選んでもらった今年流行だというデザインの編み上げサンダルは、足首のベルトが切れてしまって使い物にならなくなってしまいました。少し高かったので非常に残念ですが、こんな所に履いて来てしまった私が悪かったと、諦めるしかないですね。

 近くの椅子に腰かけ、正面の装飾の施された壁を見上げます。

 そこには、少女とも少年とも取れる羽の生えた天使が複数描かれた、何とも絢爛豪華かつ優美な壁画で彩られています。そして中心には、主神と思しき厳格でありながら慈悲に溢れた表情の半裸の偉丈夫の姿が。

 ……ふむ。

「羽黒の方がずっと格好良いですね」

 どこの世界の神かは知りませんが、確かに筋骨隆々なその姿は威厳に満ちています。けれど、少々盛り過ぎでしょう。私の趣味ではないです。

「それにしても」

 ふと、壁画の手前――この広大なチャペルの最も目立つ場所にある、教壇に備え付けられたオブジェクトに視線を移します。

 チリっと、目の奥に僅かな痛みが奔りました。

「どこの世界も、十字架は神聖な物として扱われているのですね」

 まったく、こんな所に転移させるとは忌々しい。

 羽黒の中に吸血鬼の力の大部分を封印させてもらって、人間に限りなく近い存在となっているからまだいいものの、これが最盛期の頃だったら眼球が焼け爛れてしまうところですよ。もっとも、すぐに回復してしまったでしょうから、せいぜいドライアイ程度にしか感じなかったでしょうけど。

「……そう言えば」

 吸血鬼で思い出しました。

 ここに転移される前、演習林の山頂で出会った、あのヴァドラと呼ばれた吸血鬼のキメラ。妙に粘着質で無駄に鋭い殺気を放っていましたが、今は気配が薄いですね。

 この〈太陽の翼〉とか言う空中要塞、外側は厳重に守りを固めていたようですが、内側はさほど隠蔽工作は施されていないようです。探知系の魔術対策はされているようですが(先程一瞬だけ真奈さんの魔力を感じましたが、すぐにかき消されてしまいました)、特に力の強い羽黒やウロボロスさんといった方々のいる方角は、何となくですが分かります。

 しかし、あれほどの殺気を放つ吸血鬼ならば、この程度の要塞内でならすぐに居場所が分かると思っていたのですが、今は妙に大人しいのが気がかり……いえ、ちょっと待ってください。

「殺気が吹き返した……? それにこの方角……梓さん!?」

 不快な殺気が、梓さんと思しき気配の追跡を始めました。

 すぐに行かないと!

 アレは少々、梓さんには荷が重いです。

「待っていて下さ……あ」

 椅子から立ち上がり、チャペルの入り口に向かおうとして、思い出しました。

 ここに転移された時にいた大量のキメラ。

 襲って来たので適当に相手をしていたら、羽黒が持っている古い漫画を何となく思い出し、倒したキメラを積み上げてみたくなったのでした。そしていざ実践してみるとちょっと楽しくて、調子に乗って高く積み上げすぎてしまいました。

 ……チャペルの唯一の出入り口の扉の前に。

「我ながら、何と間抜けなことをしてしまったのでしょう……」

 うず高く積み上げられたキメラの死体はすでに魔力となって霧散を始めてはいるものの、あまりにも多すぎて未だに小さな出入り口を塞いでいます。

 ……仕方ありませんね。

 キメラの山に近付き、そっと左手で触れます。そして少しだけ腕に力を入れると


 ――ボンッ!!


 と、大きな音を立ててキメラは魔力となり爆砕四散しました。

 ダイヤモンドダストのように辺り一面に降り注ぐ魔力の光。それを大きく深呼吸し、一部を自分の物として吸収します。

「うっ……生臭い……」

 ……分かってはいましたが、物凄く不味いです。

 羽黒の血と一緒に吸収する魔力を至極のワインに例えるなら、この魔力は泥水同然。文字通りの雲泥の差です。

「ですが、背に腹は代えられません」

 梓さんのピンチなのです。

 魔力も少し回復できたことですし、すぐにでも駆けつけないと。

「では改めて、待っていてください……!」

 冷たい通路を私は裸足で駆け出しました。

「そう言えば」

 ふと思い出しました。

 あのヴァドラ、山頂で会った時、私を凝視していたような気がしますが、気のせいでしょうか?

「どこかで会ったことありましたっけ……? 思い出せませんね」

 いえ、そんなことよりも今は梓さんが最優先です。



        C



 カチャカチャと無機質な床と爪が擦れる音を立てながら、私は走り続けていた。

『ユタカぁ……どこぉ……?』

 時折立ち止まり、耳と髭を駆使してユタカたちのいる方向を探るが、あまりにもこの要塞が広すぎて見当もつかない。私とユタカを繋ぐ感覚から、何となく方向と距離は分かるが、それでも特定できるわけではない。

 色々と走り回った結果、多分同じ階にいて、そう離れてはいない所までは来れた気がするんだけど。

『広すぎだよ……ここ……』

 獣の口からため息が漏れる。

 今私はいつもの着流し姿ではなく、妖怪としての本性である白い狐の姿をしている。

 というのも、ユタカから供給されている力が、先程から鳴り続けていた銃声と共に止まってしまったためだ。正確には完全に供給が止まったわけではないのだが、人化を続けるには心もとなく、今後もうしばらくユタカたちと合流できないかもしれないということを考えると、少しでも節約できるこの姿の方が良いと判断したためだ。

 それに、この姿にはもう一つの利点があった。

『……………………』

 前からノシノシと緩やかな歩調でやってくるソレに気付き、私は通路のわきに寄る。

 ソレは、体全体は以前テレビで見た事があるライオンのようだが、顔だけはヤギのそれと同じ姿の、謎の化物だった。

『……………………』

 ごくりとつばを飲み込み、その化物が通り過ぎるのを眺める。

 ハクロがキメラと呼んだ化物がこちらをチラッと一瞥する。

 ヤギの何を考えているのか分からない、横に長い瞳孔に背筋が凍ったが、こちらを見ただけで別に襲うわけでもなく、再び緩やかに歩み去って行った。

『……ふう。やっぱり、指揮系統はそれほど行き届いてるわけじゃないのね』

 どうでもいいけど、草食動物の頭に肉食動物の体って、一体何を食べるんだろう?

 私たちの捜索なり襲撃なりの命令を受けているだろうことは、さっきまで聞こえていたユタカの銃声からも明らか。けど人化を解き、狐の姿に戻った私を襲わないということは、外見的特徴を元に命令している可能性が高い。

 たまに小動物同士のかなり小型のキメラも見かけるし、ひょっとしたら仲間と思われているのかもしれないが。

 何にせよ、この姿でいる間は襲われないというのは好都合。

 早くユタカと合流しないと!

『ユタカ、大丈夫かな……?』

 私に力の供給ができなくなるほど消耗してしまったらしい恋人の安否を心配しつつ、きっと大丈夫と自分に言い聞かせる。

 おそらく気絶してしまったであろうユタカと私との繋がりは未だ健在。

 この敵がウジャウジャと湧いてくる戦場において、気を失うことはすなわち死を意味する。

 それなのにまだ無事ということは、ユタカを守っている誰かがいるはず。きっと私と違って、ここには一人で飛ばされたわけではないらしい。

 今の私には、その可能性に賭けるしかない。

『かつては神様なんて呼ばれてたのに……情けない』

 力がちゃんと戻っていたら、どんな姿にだって化けることができたのに。ツバメになってユタカの元にもっと早く駆けつけることもできただろうし、龍の姿になってキメラと戦うことだってできたはずだ。……ちょっと最後は見栄を張り過ぎたかな?

『まあ悔やんでても仕方がないか』

 私は再び駆け出す。

 ユタカがいるであろう方向に向かって、私は通路を曲がった。


「……………………………………………………」


 そこに、いた。

『……っ!?』

 思わず飛び退り、牙を剥き出しに威嚇をする。

 それは、何だかよく分からないモノ、としか言いようがなかった。

 薄暗い通路の奥の闇に、薄ぼんやりと浮かぶ人影。しかしいくら目を凝らして見ても、輪郭が曖昧で姿を把握しきれない。

 男なのか女なのか。背が低いのか高いのか。太っているのか痩せているのか。前を向いているのか後ろを向いているのか。右を向いているのか左を向いているのか。遠くにいるのか近くにいるのか。立っているのか座っているのか。

 ……生きているのか、死んでいるのかでさえ。

 私には、その人影に関する情報を把握することはできなかった。

 匂いも気配もしなかったのに、気付いたらそこにいた感覚。

 異様に気配の薄い何か。

 異常に存在感のない何か。

 けれど私の本能は、全力で警鐘を鳴らし続けていた。

 逃げないと。

 逃げないと逃げないと逃げないと。

 逃げないと逃げないと逃げないと逃げないと逃げないとにげ――

「……………………………………………………」

『ひっ!?』

 見た。

 どこに目があるのか全く分からないのに、影が私の方を見たのだけは、何故か理解できた。

「……………………………………………………」

 何か言った。

 聞こえない。

 けど何を言ったのかは、理解できてしまった。


 ――ミツケタ


 その記憶を最後に、私は気を失ってしまった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ