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百無語  作者: 山大&夙多史
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SIDE100-00 接触

「……暗くなってきたな」

 俺はパソコンの作業を一時中断し、日も暮れて手元も見えにくくなった部屋の明かりを点けるべく立ち上がる。だがすぐに、蛍光灯が切れていたことを思い出し、何となく交換するのも億劫になって椅子に戻った。

 視力には悪いだろうが、ディスプレイの明かりさえあれば十分だろう。

 俺は再び作業に戻る。

 ディスプレイ上に浮かんでいるのは、どのパソコンにも最初から入っているような平凡な表計算ソフト。そこに俺は、今日業者に発注した品々と、それらが届く予定日を記入していく。

「……ヘアピンのセット……家庭用蒸留器……実験器具一式……タンス……全部一週間後、か……」

 基本的に店頭に置いてある小物やインテリア、アンティーク以外は個人個人で注文を取ってから取り寄せている。

 しかし最近、どうにも手広く注文を取り過ぎたかと思うところもある。

 いくら雑貨屋と言っても、タンスはないだろうタンスは。

 かと言って、まさか客を「家具屋に行け」と追い払うわけにもいかない。むしろこんな大物の取り扱いで、何とか今日を食いつないでいる状態なのだ。

「……何か美味い話はないかね……」

 呟きながら、俺はソフトのページを移動する。

 そこには前ページと同じように、商品の納品日が書かれてある。

 しかしその商品が普通ではない。

 マンドラゴラの根、サイクロプスの瞳、火鼠の皮、エトセトラ……。

 全て呪術用、もしくは怪しげな儀式用の物ばかりだ。

 俺の表の仕事が「何でも売ります」がモットーの雑貨屋だとしたら、裏の仕事は科学が発展してもなおひっそりと生き続ける、オカルト方面の商品の仲介業だ。

 中には俺が自分で現地に赴いて採取してこなければいけないような品もあるが、そんなのはごく少数だ。

「ちっ……どいつもこいつも足下見やがって」

 しかし裏の仕事とは名ばかりで、実際の儲けは雑貨屋稼業と大差ない。

 むしろ様々な危険が伴うためにメリットは少ない。

 勘当はされたが、俺の生家は色々な意味で名を馳せる陰陽師の家系。その名のおかげである程度の仕事は入って来るが、それでも業界内ではまだまだ駆け出しだ。デカい仕事はそうそう入ってこない。

「エルフの髪の毛って……どうやって手に入れろって言うんだよ……」

 中には、明らかにこっちをバカにしているとしか思えない無理難題な注文も交じっている。

 こりゃ、もうしばらく雑貨屋で食っていくしかなさそうだ。

「本当に……美味い話はないもんかな」

 望むべくは、この店を開いた時に請け負った大仕事級の。

 だがいくらなんでも、あの女がまたヘマをして俺に頼って来るなんてことはもうないだろう。

 リストを眺めながらも、頭の中ではどうやって今月を食い繋ぐかを考えていた。

 その時。

「……うん?」

 ピーピーと、パソコンから何とも気の抜ける電子音が流れた。

「テレビ電話……か?」

 この街に来る前、恋人に「会えなくて寂しいので、せめてテレビ電話で顔を合わせたいです」と泣きつかれ、仕方がなくパソコンでテレビ電話ができるように設定したのを思い出す。

 こっちに来てからは毎日顔を合わすようになって、もはや無用の長物となっていたものだが……。

「誰だ? この連絡先は、あいつしか知らないはずだが……」

 まさか一つ屋根で暮らしている相手にテレビ電話をかけてきたわけでもあるまい。かと言って、独占欲が服を着て歩いているようなあいつが勝手に他人に教えるとは思えない。

 不審に思いながらも、俺はカメラをセットしてマイク付きのヘッドホンを耳に付ける。

 何分、久しぶりにシャバに出てきた機材たちだ。何度かマイクの調子を確認してから、俺はテレビ電話の接続を許可した。


『やーやー、ひっさしぶりぃ~。いつこっちに戻ったんだ? ん? 連絡の一つでもくれてもいいだろう。調子はどうだ?』


 ディスプレイいっぱいに、四十絡みのオッサンの爽やかすぎて鬱陶しい笑顔が映し出された瞬間、俺はパソコンを強制シャットダウンさせた。

「……何と言うことだ。打ち込んだリストがお陀仏じゃねえか」

 まあ内容は頭に入ってるし、小一時間もあれば元の状態に戻せるだろう。

 しかし少し疲れたな。コーヒーでも飲むか。

 キッチンに足を運び、ヤカンに水を入れてコンロにかける。

 この空間の本来の主は今夜、我が愚妹と一緒に勉強会を開くとかで不在である。あいつが自分に使いやすいように物を置いているため、どこに何があるのか分かりにくかったが、インスタントコーヒーの缶は取りやすい場所に置かれていた。

 カップに入れたコーヒーの粉末に、沸いたばかりの熱湯を注ぐ。

 そこで、普段ならブラックで飲むところを、今日は気分を変えて砂糖を入れてみるかどうか数分悩み、結局冷めてしまわないうちにさっさと飲んでしまおうという結論に辿り着いた。

「ふう……」

 カップを軽く洗い、カゴに放り込む。個人的に使ったものは自分で洗わないと俺が後で怒られる。

「さて」

 もう一度リスト制作に取り掛かるか。

 部屋に戻り、反射的に照明のスイッチを入れようとして蛍光灯が切れていることを思い出す。面倒臭かったがさすがにもうディスプレイの明かりだけでは辛そうだったので、納戸から新品の蛍光灯を取ってきた。

 それを天井に嵌め、スイッチを入れると真新しい白い光が部屋全体を照らしてくれた。

「……よし」

 これでいい。

 俺は再び椅子に座り、パソコンを起動させた。

 さて一からやり直しか。

 表計算ソフトを起動させ、ようやく作業を再開――


『いきなりシャットダウンとか酷くない!? 鬼! 悪魔! おっさん泣くぞ? 四十過ぎのおっさんがみっともなく泣いちゃうぞ?』


 しようとしたら、パソコンの横に転がっていたヘッドホンから男の絶叫が聞こえてきた。

 ……接続許可していないのに、何で繋がった? システムエラーか?

 もうどうせ使わないソフトだし、いっそアンインストールしてしまおうかとも考えたが、いい加減ヘッドホンから漏れる口汚い罵詈雑言が無視できるレベルを超えてきた。

「……………………」

 このまま無視しても、どうせすぐにこの男は何かしらの手段で接触してくるだろう。だったら、対応は早い方が後々面倒にならない。

 溜息交じりに俺はヘッドホンを手に取り――

『いきなり何の用だ』

 パソコンから外して後ろに投げ捨て、テレビ電話をチャットモードにしてそう返信した。もちろんカメラも撤去した。

『ちょーっ!? テレビ電話に対して文字で返答って! ひねくれ過ぎだろう!』

『お前の声でヘッドホンが壊れた。弁償しろ』

『とんでもない言いがかり!?』

 パソコンのスピーカーから漏れる鬱陶しい声に、俺は我慢強く返信していく。

 さすが俺。器がデカい。

『で? 何の用だ。大した用でもないのにコンタクトを取ってきたのなら、俺はこのソフトをアンインストールする心積もりだ』

『それだけは勘弁してくれ! ようやく見つけたお前さんへの連絡手段なんだからさ!』

 嘘吐け。他にも色々確認済みだろうが。

『……本当に用がないんだったら腹いせにそっちに殴り込むぞ』

『それも勘弁だ……。こちらはすでに、一人相手に手一杯なとこ』

「……?」

 一人相手に手一杯?

『何だ。また内輪揉めか』

『また、とは耳が痛いが……まあ、似たような感じだな』

「……………………」

 俺は無言で先を促す。

 男の口調から、どうやら結構マジで手を焼いているらしいことが伝わってきた。

『つい先日、俺らの研究施設の一つが襲撃されたのよ。んで、その後も同一犯と思われる施設破壊は相次いでいるんだ。小規模な組織の反乱だったらこっちで何とかなったんだが……』

『主犯が予想以上に大物だったか』

『……察しがいいね。その通り。それも、知らぬ仲じゃないんよ』

 ほう……。

 なかなかどうして面白そうな話になってきたじゃねえか。

 俺は自然と、口元が緩むのを感じた。

『俺に声をかけるほど厄介なのが出てきたのか』

『……あー、いや、主犯格自体の戦闘力は高が知れている。だが奴の契約幻獣が二体……いや、正確には四体が、ちょいと見過ごせなくってさ』

『は?』

 契約幻獣……それはいい。だが何でまた、二体と言ってから四体と言い直した?

 ……まあいい。その辺の話は、後でゆっくり掘り下げるさ。

『久しぶりに美味い話にありつけそうだな』

『報酬はできる限り出そう。……訳あって今回俺は動けないからさ、頼む』

 手を貸してくれ、と。

 普段の奴からはあまり考えられないセリフが、パソコンのスピーカーから漏れる。

「……………………」

 どうやら、ただ手を焼いているわけではないようだ。

 さっきも、その主犯が奴の知人であるようなことも言っていた。

「……了解した」

 俺は投げ捨てたヘッドホンを拾い、もう一度パソコンにつないで耳に当てる。そしてマイクに向かってそう口にした。

「いつまでに片を付ければいい」

『……受けてくれるのか?』

「当たり前だ。貰うもん貰えるなら、俺は何だって受けるさ」

 それが表向きの仕事のモットーでもあるからな。

 ヘアピンから家具、はては労働力まで――もちろん、戦闘力まで扱っている。

『すまんな。俺からしか礼は言えんが』

「らしくないからやめろ。つーか、お前は言葉を重ねるほど胡散臭くなるタイプだと自覚しろ」

『おっと、こいつぁ手厳しい』

 疲れて乾いた笑い声が耳に入る。

『では詳細は後日、改めて伝えよう。よろしく頼むぜ』

「おう。報酬は言い値で、といきたいところだが、金はそっちが用意できる分でいいぞ」

『……当たり前だろう。おっさんが自由に動かせる金額は限られているんだからな。期待すんな』

「期待しないで待ってるよ」

 もう話すことはないだろう。

 俺は「じゃあな」と言ってヘッドホンを外し、通話を終えようとした。だが慌てたように『まだ少し待て!』と言う声が漏れてきた。

「……何だよ」

 再びヘッドホンを付ける。

『言い忘れていた。今回、君に依頼したことは上役にはもちろん、部下たちにも内密だ』

「……まあな。何たって、俺たちは数少ないの陰陽師だからな」

『そうだ。表立って君たちと接触すれば、それはそれで問題となるわけで』

「ああ、分かってる。……で?」

『今回表向きには俺と個人的な繋がりがある、違う陰陽師一族に依頼しているのだが……。体裁を保つため、彼らにも動いてもらうことになっている』

「……あぁ?」

『と言うわけで、だ! どうにも君らは他の陰陽師と不仲だからな。仲良く共同戦線を張ってくれたまえ! それではまた後日!』

「おいっ! てめえっ!」

 マイクに向かって叫ぶも、返答はない。

 ディスプレイを確認すると、すでに奴のアイコンはオフラインであることを示していた。

「……ちっ。あのタヌキオヤジが……」

 しっかり保険も利かせてんじゃねえか。

 こりゃ、あの少し気弱な声音も演技だった恐れがある。

「……………………」

 だがまあ、請け負っちまったのだからもう遅い。

 少しの間パソコンを憎たらしげに睨んだ後、俺はこの先どうするかを考えた。

 ……別に俺だけが動いてもいい。だがどうせなら、あいつらも巻き込んじまった方が楽かもしれない。

 どうせ労働力としてはタダだし。

 何より世は夏休みで暇だろうし。

「ふむ……」

 色々とやることが多そうだ。

 だが今、真っ先にやらねばならないことがある。

「……リスト、作り直さねえと」

 有給とは、「休んでいい」ではなく休暇の前後に「仕事を回していい」なのだから。

 俺はサラリーマンじゃねえけど。

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