SIDE∞-09 穴底
途切れることなく鳴り響いていた銃声がぱったりとやんだ。
うじゃうじゃわらわらと湧いて出てきた多種雑多な合成幻獣たちが、雨霰と乱射される凶弾に半分ほど消滅させられた時だった。
「……穂波様?」
その様子を手持無沙汰で眺めるだけだったウェルシュは首を傾げる。荒れ狂う凶弾を鬼の形相と呼ぶにも生易しいくらいの勢いでぶっぱしていた穂波少年は、なぜか突然銃撃をやめ、両手でそれぞれ握っていたサブマシンガンをガシャリと地面に落とした。銃身を形成していた魔力がサラサラと霧散して消えていく。
「……ごめん、ビャクちゃん」
「いえ、ウェルシュです」
「ビャクちゃん、本当にごめん。ちょっと冷静じゃなかった。いつもなら抑え抑えで長期戦も行けるんだけど」
「ですから、ウェルシュです」
「もう、力が残ってないや」
立っているのも限界だったのか、穂波はフラフラっと膝を折って肩で息をしながらその場に崩れた。アレだけ全力で狂気乱舞していたのだ、力尽きるのも無理はない。寧ろ並の魔術師ならもっと早くダウンしていただろう。
銃弾が飛んでこなくなったため、合成幻獣たちがこれ幸いと二人に群がっていく。
「……ついにウェルシュの出番ですね」
穂波を庇うような位置に立ち、ウェルシュはむふぅと鼻息を鳴らして胸を張った。
「穂波様はしばらく休んでいてください」
「待って、君一人じゃ無茶――」
「寧ろこういうのはウェルシュの方が強いです」
言うと、ウェルシュは自身の周囲に六個の中規模魔法陣を展開した。ゆらゆらと燃える魔法陣から真紅の火炎流が放射される。それらは何体もの合成幻獣たちを巻き込み、じゅっ、と熱した鉄板に水滴を垂らしたような音を立てて一瞬で焼滅させた。
広範囲にして高威力。ウェルシュ・ドラゴンの〝拒絶〟の特性は、格下相手にとっては文字通り一撃必殺の脅威となる。
戦場に真紅が躍る。荒れ狂っているように見えるが、ウェルシュの炎は対象物だけを跡形もなく焼き尽くす。そこには一種の美しさすら感じられると元マスターも言っていた。
現に穂波少年は見惚れているのか、さっきから黙って――
「……ぷきゅう」
消耗し過ぎて気を失っていた。漫画みたいに目がグルグルと渦を巻いていた。ついでに陸に打ち上げられたアザラシみたいな可愛い鳴き声も聞こえた気がした。
「……別に見てなくてもいいですけど」
なんとなく釈然としないウェルシュだった。
∞
〈太陽の翼〉――北部上層。
「落ち着いたか?」
とりわけ落ち着いた声で、瀧宮羽黒は隣のウロボロスに目を向けることなくそう言った。
「あたしはいつでも落ち着いてますよ! まあ、あんたをボコるのは後にしてあげますけど!」
「そりゃどうも。ボコれるかどうかはさて置きな」
「やっぱ今殺るべきですかね!?」
「そんな状況じゃねえだろ」
羽黒の嫌味な笑みと冷静な言葉にチィと舌打ちするウロボロス。転移させられた二人は争いながらもなんやかんやと歩を進め――
「で、これどうやって出るんだ?」
「どっかのマヌケが落とし穴スイッチを起動しなければこんなことにはならなかったんですけどね!」
――絶賛、罠に嵌っていた。
「ばっかお前、そこにスイッチがあったら押すだろ普通」
「押したら最悪なことになるってわかんないんですか馬鹿ですか!?」
「人間とは、探究心で満ち溢れた生き物なんだよ」
「顔がうるさい!」
「ちなみに、俺が押さなかったらどうした?」
「もちろんあたしが押しました」
「おい」
威張るように腰に手をあてて胸を張るウロボロスに、羽黒はげんなりとした息を漏らした。結局のところ、どう転ぼうと穴には落ちていた二人である。
にしても、と気だるそうに羽黒が天を見上げた。ウロボロスも釣られて上に視線をやる。穴の深さはパッと見、十メートルくらいか。
「下は剣山、上は蓋を閉められちまったな」
真っ暗、というわけではない。蓋の隙間から僅かに光が差し込み、目さえ慣れれば互いの表情程度なら把握できる。ちなみに下に敷き詰められていた剣山に関してはなんの問題もなかった。ウロボロスや羽黒に傷をつけられる剣などそうそう存在しない。寧ろ剣山の方がベキボキと折れてしまっていたくらいだ。
「まあ、閉められたら開ければいんじゃないですかね?」
ウロボロスは手を組み、ポキポキと好戦的に指を鳴らす。その意図を一瞬で理解したのか、ニィととても悪い笑みで口元を歪めた。
「それもそうだ、な!」
最後の一言を強く放つと同時に、羽黒は砕けた剣山ごと床を蹴って高く跳躍した。三角飛びの要領で壁を蹴ってさらに高く跳び上がる。
ぐっと拳を握り、放つ。
「オラッ!!」
ズガァアン!! ととても人間のパンチとは思えない轟音が落とし穴の中に響き渡った。
だが、落とし穴の蓋には罅一つ入っていない。
「チッ、砕けねえか――あ?」
自由落下が始まる羽黒と入れ替わりに、強烈な光を放つ球体が蓋に衝突した。ウロボロスの魔力弾だ。
光が弾け、爆発する。
「おいおい、待てよあの糞蛇が」
その光の爆発は羽黒を巻き込み、落とし穴の内部だけで壮絶な衝撃と爆風と熱波が荒れ狂う。ついでど言わんばかりに剣山が舞い上がって羽黒の体をガキンガキンと打ち鳴らす。人間と刃がぶつかる音ではなかった。
「いやぁ、アレでも壊れないとかたぶん〈太陽の翼〉の外装結界と同じ強度の術式で守られてますねぇ」
同じく舞い飛ぶ剣山でガキンガキン体を鳴らすウロボロスは白々しくも分析を口にしていた。
「なんで壊れないんですかねぇ、この『龍殺し』」
「てめえやっぱり俺ごと狙ってただろ!?」
「ちょっと寄らないでくださいよあたしに寄っていいのは紘也くんだけですよ!?」
「オーケー、その気はなかったが、どうやらてめえとは後で決着をつける必要がありそうだ」
「それは楽しみですねフフフ」
「ハハハ」
爆発の影響が弱まり、お互いの口から漏れるねっとりとした嫌な笑いだけが落とし穴に反響する。
「その前に、どうやってここを出るかだ。実際問題、あの蓋はちょっとやそっとじゃ壊れねえし」
「ああ、やろうと思えば別に脱出は余裕ですけど」
「は?」
眉を潜める羽黒の目の前でウロボロスは勝ち誇ったように笑い、すっと指で虚空を縦に裂いた。そこに陽炎のような揺らぎが生じる。
「あたしの無限空間を外と〝連結〟させればいいだけですので」
「ああ、そういえばてめえは〝無限の大蛇〟だったな」
「あたしはドラゴンですよブチ殺しますよ!?」
「そこ、俺は通れねえな」
「ちょ、紘也くん並のスルーはやめてください! 紘也くんのキャラ的な意味で!」
自分でもよくわからんことを喚くウロボロスだったが、ふと妙案を思いついた。思わず顔に出そうになるのを堪え、提案する。
「別に人間も通れますよ? ここは安全な方の空間ですので、長時間いなければなにも問題はありません」
「いや、お前俺が入ったらそのまま封じにかかるだろ」
「チィ!」
バレていた。ウロボロスが閃く前に既にバレていた。かくなる上は自分だけ通って後は放置。終わったころに覚えていたら適当に拾えばいいだろう。名案。
「じゃあ、あたしが先に脱出して蓋開けてきま――」
「は? てめえだけ逃げるとか許すかよ」
がっちりとウロボロスの手首を掴み、身動きを封じてから歪んだ空間を蹴り薙ぐ。開いていた無限空間の入口はそれだけでケーキに立てたローソクの火よろしく吹き消された。
ミシミシと色々な物が軋む音がウロボロスの手首から聞こえてくる。
「一緒に協力して脱出しようぜ。な、ウロボロス」
「最悪な性格してますねあんた!?」
よく言われる、とおどけたように軽く肩を竦める羽黒に、頬が引き攣るのを我慢できそうにないウロボロスだった。




