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百無語  作者: 山大&夙多史
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SIDE∞-08 天才

 天空移動要塞〈太陽の翼〉は、それ自身がオートで発生させている特殊な結界により外界から完全に隔離されている。いかなる科学的・魔術的な探索を行ってもこれを発見することは基本的には不可能だ。

 似たような不可侵結界は他に二つだけ確認されている。幻想大陸〈アトランティス〉が自らを覆う〈不可知の被膜〉と、最高位のエルフ族のみが使用できる〈理想郷〉という超高等魔術だ。前者は『大陸』という莫大な体積を覆うため防御機能は皆無だが、再生力は並外れている。後者は術者の技能や人数によって完成度・範囲・持続時間などが変わるため不安定だが、世界の因果から隔絶されるので感知どころか偶然攻撃が当たることすらありえない。

 それらに対して〈太陽の翼〉の結界もまた性能が異なる。独楽型をした要塞は最も広い部分で直径三千メートル、全三十層という途方もない巨大さだが、大陸には程遠い。そのため覆う結界には『要塞』と呼べるだけの防御力があるし、機械的に発生させているので安定性がありON・OFFも利く。しかし莫大なエネルギーを要するところだけは難点だろう。

「まあ、それもこの天才にかかれば一瞬で片づく問題でぇーすけどねーっ!」

 最上層の制御室――天上、床、壁の至るところに展開された青白い魔法陣の輝きだけが照明となっている室内に、やたらとテンションの高い声が反響した。

「〈太陽の翼〉にパワースポットからのエネルギー吸引術式を取りつけたのは、さてどこの誰だったかなフェニフ君?」

 白衣を大袈裟に翻し、ダンスをするように軽やかなステップを踏んで、彼は背後に傅く少女を持っていた指差し棒で指名した。

「……それはマス――」

「イェース! 全てこの天才錬金術師――テオフラストゥス・ド・ジュノーの偉業であーる! 天使が設計・製作したと言われるこの〈太陽の翼〉を大改造できるのはこの天才を置いて他にはいないいてはならないいたらとりあえず殺しますけど宜しいか!」

「(……ウザい)」

「んん~? なにか言ったかねフェニフ君?」

「いえ」

 ぐいっと首どころか上半身ごと傾けるテオフラストゥスにエメラルド色の髪の少女――フェニフは何事もなかったようにキリッとした表情を返した。

「毎回毎回、そのようなわかりきった問答をする意味が少々わからないだけです」

「ふむ、それは仕方ないことだ。だって私が天才だから!」

「(……ウザい)」

「フェニフ君、やはりなにか言ってないかい?」

「いえなにも。マスターは天才です」

「ですよねーっ!」

 照れているのか気持ち悪く体をクネックネさせるテオフラストゥス。見ていると目が腐りそうだったのでフェニフは明後日の方向に視線をやることにした。

「マスター、予定通り連盟からの刺客を要塞内に侵入させました」

「うんうん、わかっているとも」

 鷹揚に頷きながらテオフラストゥスはクルリと回れ右をする。

「どうやら上手くバラけさせてくれたみたいだね」

 そこには卓球台を四つ合わせたほどの大きさをした箱が設置されていた。そこには建物や山や川といったミニチュアが詰まっており、一つの街の風景を模写していた。

 月波市。

 この箱庭はその全体を完璧に縮小していた。いや、景色だけではない。よく見ると人や動物の形をした青白い光が箱庭内を行き来している。

「見たまえ! これは〈太陽の翼〉備えつけの魔導具――〈陽神俯瞰〉だ。地上を監視するために作られた天使の技巧。人・物・自然の流れがリアルタイムで具象する。いやはや素晴らしい! 天才の私を驚かすとは、天使とはいかなる生き物なのか。会ってみたいと思わないかねフェニフ君?」

「マスター、それはなんの話でしょう?」

「おっと、私としたことが脱線してしまった。だが疑問の追求と説明をしたがるのは天才の性である。故にそれをしない者は非凡にはなれないのだよチミ!」

「(……ウザい)」

「うん、フェニフ君、さっきから大変失礼なこと言ってない?」

「言ってません。マスターの非凡さは他の追従を許しません」

「ですよねーっ!」

 一気に上機嫌になったテオフラストゥスは〈陽神俯瞰〉の手前についていたパネルを操作した。すると箱庭の月波市がフッと消滅し、代わりに〈太陽の翼〉の立体図が出現した。

 各所に表示された青白い光点が侵入者を示している。

「フェニフ君、刺客はどのような構成だったかね?」

「ほとんどが少年少女でした。数は十名。内六名が魔術師、四名が幻獣です」

 淡々と答えるフェニフに落ち着きを取り戻したテオフラストゥスは、ふむ、と唸る。

「その魔術師の中に錬金術師は? 具体的には月波市にお住いの錬金術師だが」

「いえ」

「連盟を滅ぼすにはどうしてもアレが必要なのだが……う~ん、来てないなら仕方ないですねー。誘き出すにはもっと錬金術的にわかりやすく派手にやればよかったか。まったく、これだから凡人は困る。なぜ私じゃなくそのようなお馬鹿さんがアレを持っているのだ!」

 顎に手をやって苛立たしげに〈陽神俯瞰〉の前を行ったり来たりするテオフラストゥス。また段々とテンションが上がってきた。

「土地神は弱らせた。今なら堂々と地上を探索できるというもの。せっかく招いたところでなんですが、侵入者諸君には早々に退場してもらうとしましょうかねぇーっ!」

「既にヴァドラが各個撃破のために動いています」

「おお! そうかそうか、相変わらず血気盛んなやつだ。わかっていると思うが幻獣は生け捕り……いや待てそうか、その手もあるか! この〈太陽の翼〉とキメラ軍団で地上を制圧してもいいが、〈陽神俯瞰〉を使ってなお未だアレに関する情報は不十分。その状態で派手に動くのは愚策というものだよフフハッハ!」

 一人で怪しく哄笑するテオフラストゥスにフェニフは怪訝な視線を向けた。

「先の陽動と、今回の分散で利用できそうな奴を見つけました。この天才が見つけました! 流石私!」

「と、言いますと?」

「そういうわけなので、頼みますよ」

 訊き返したフェニフに答えず、テオフラストゥスは彼女の背後に声を投げた。

 制御室の入口付近の暗がりに小柄なシルエットが出現していた。人型だが、人間ではない。その正体を知ってフェニフは気づかれないように舌打ちした。

「流石、私の最初の契約幻獣だ。天才の私の考えはもう伝わっているようでぇーすね。準備ができているのならば、〈陽神俯瞰〉からの転移で飛ぶとよろしい」

 テオフラストゥスが指差し棒で立体図の下層をポイントする。するとシルエットの足下に青白い魔法陣が広がり、一瞬にして彼の姿を制御室から消し去った。

 魔導具〈陽神俯瞰〉はただ監視を行うだけの物ではない。俯瞰範囲ならば好きな場所へ自由に物体を転送できる。連盟の魔術施設を襲った時は、これを使って大量の合成幻獣を一度に送り込んでいた。

 次にテオフラストゥスはフェニフを見る。

「さぁーてさてさて、フェニフ君、君も出なさい」

「え? 私も?」

「君が戦闘行為を好まないのは天才の私も充分にわぁーかっていますが、これは命令でぇーす! 従わなければ――」

「承知しています」

 テオフラストゥスに最後まで言わせず、フェニフは自前の魔法陣から〈太陽の翼〉のどこかへと転移した。


        ∞


〈太陽の翼〉下層・北東側外郭部――空中庭園。


 選択肢は二つだった。

 探しに行くか、探してもらうか。

「……移動しよう」

 紘也は僅か三秒の逡巡でそう決定した。

「敵の罠でここに飛ばされたのだからこのまま留まっておくのは得策じゃない。敵も俺たちが移動することくらい予想しているだろうから、下手には動けないけどね」

「……そうですね。慎重に……進みましょう」

 朝倉が力強く頷いたのを確認し、紘也は外郭を東に向けて歩き始めた。その方向にいる二人が恐らく最も近いからだ。片方がウェルシュ、もう片方が穂波だとすれば戦力的にとても心強くなる。

「道が狭いから気をつけろよ」

「はい……」

 空中庭園は〈太陽の翼〉本体とは離れた位置に浮かんでいる。本体との繋がりは幅二メートルもない階段状の石路だけだ。左右に手摺りはなく、下に白雲が流れているほどの高度だから落ちれば当然死ねる。〈太陽の翼〉の外周はこのような通路が縦横無尽に張り巡らされているため、恐らく他にも似たような空中庭園があるのかもしれない。

 ここで飛行型の合成幻獣に襲われたらどうしようもない。今のところ敵の気配は感じられないが、いつ見つかるとも限らない。慎重さは大切だが、急いだ方がいいだろう。

「あの、紘也さん……アレを見てください」

 半分ほど登ったところで朝倉が不意に立ち止まった。急いだ方がいいことは彼女もわかっているはずだが、その眼鏡の奥の瞳はただならぬ緊張感を孕んでいた。

 朝倉が見ているものは、〈太陽の翼〉本体の最下層から突き出た槍のような突起物。それが淡い輝きを放っていた。

「なんだ? さっきまであんなに光ってなんか――ッ!?」

 淡い輝きが槍の尖端に収束されたと思った瞬間、それはレーザー光線のごとく地上に向かって射出された。

 だが破壊は起こらない。光線は確かに地上を射ぬいたはずなのに、爆発はおろか物音一つ発生しなかった。

 光線は途切れることなく照射され続けている。

 紘也は悟る。アレはなにかを攻撃するためのものじゃない。放出しているのではなく、実際にはその逆の現象が起こっている。

「吸引術式……」

 朝倉が呟いた。

「みたいだな。フェニフってやつが戻ったら発動するとか言ってたし、あの槍はその術式を発動させる装置……砲台ってところか」

「はい……見た感じ、周りよりちょっと新しい……かな? 後から取りつけたみたいだけど……」

「〈太陽の翼〉に元々備わっていた部分ってわけじゃなさそうだな」

 となると考えられるのはこの空中要塞の現主――錬金術師・テオフラストゥス・ド・ジュノーだろう。アレほど巨大で強力な術式を設置できるとなると、間違いなく敵はただの魔術師や錬金術師の枠には収まらない。実力は大魔術師クラスに匹敵する。

「ホムラ様……大丈夫かな……?」

「急ごう。たぶん今ので土地神の寿命も減ったはずだ」

 大丈夫だ、と根拠のない適当なことは紘也には言えない。そんな実にならない慰めよりも、事実を告げて現実を再認識する方が遥かにマシだ。

 そういう合理的な思考は元魔術師としての名残みたいなものだが、朝倉は現役魔術師だ。紘也を責めるようなことはせず、意図をしっかり理解して小さく頷いてくれた。

 無駄な会話は減速に繋がる。紘也たちはそれ以上なにも話さず、先程よりも早足で空中の石路を黙々と登った。

 そうしてようやく〈太陽の翼〉本体の入口まで辿り着いたのだが――

「……そんな……結界が張られて通れない……」

 石路の終着点は外壁を四角く繰り抜かれたスペースだった。本来は扉があるだろう奥側には、どこか神秘的な青と白のマーブル状をした光壁がそれ以上の侵入を阻んでいる。

「完全に侵入を防ぐためだけの結界だな」

 全方位を囲む結界というよりは、一方向のみを遮断するバリアと言った方がしっくり来る。今さらあの石路を引き返すわけにはいかないし、こちら側から強引にでも解除するべきだろう。

「かなり強力な結界のようです。……少し待ってください。……その、結界を解析してみます」

「いや、そんな面倒なことしなくていいよ」

「え……?」

 解析のための魔術を組み上げようとする朝倉を手振りで制し、紘也は光の防壁にそっと右手をあてた。幸い、触れるとダメージがあったりすることはなかった。もわもわとしたよくわからない不快な感触があるだけで、普通に壁を触っているのと変わらない。

「えっと……紘也さん……なにを?」

 朝倉が疑問を口にするが、紘也は答えない。

 答える前に、それが完了したからだ。


 パリン!


 ガラスが砕けたような音が響いた。

「……ええっ!?」

 驚く朝倉の目の前で、強固な結界があっさりと砕け散ったのだ。

「紘也さん……一体、なにをしたんですか?」

 吹き消されるように消滅していく結界に唖然としつつ、朝倉が訊いてくる。

「結界に魔力を流して、それを維持している部分を切断しただけだけど」

「ま、魔力干渉……っ!?」

 それがどれほど高度な技術なのか、魔術師の朝倉は充分過ぎるほど理解しているだろう。だからこそ信じられないものを見る目で彼女は紘也を凝視している。

「魔力制御の応用なんだけど、今の俺ができることってこのくらいだから」

「このくらいって……今の結界は見た目以上に複雑な魔力回路をしていましたけど……それをあの一瞬で、なんの魔術的補佐もなく、全部紘也さん自身の脳で演算処理したってことですよね……?」

「演算て……他人をコンピュータみたいに言わないでくれよ」

 紘也にはそれほど難しいことをやっている自覚はなかった。ただ感覚的にやっているだけだったが、どうやら完全記憶能力を持つ朝倉に言わせても異常らしい。

「紘也さんも……充分チートです」

「初めて言われた!?」

 まさか自分がチート呼ばわりされる日が来るとは思っていなかった紘也である。

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