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百無語  作者: 山大&夙多史
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SIDE∞-07 敵意

 それは一見すると絶世の美男美女だった。

 男の方は紫がかった黒髪を肩まで伸ばし、襟幅の大きい貴族調のデザインをしたテーラードジャケットを羽織っている。瞳は血のように赤く、狡猾かつ凶悪な光を宿して紘也たちを見据えていた。

 女の方は、腰まで届くエメラルド色の髪に同じ色の瞳と尖った耳、赤と白を基調とする鳥の翼を模したようなシャーマンの衣装で身を包んでいる。その手には長杖が握られており、相当量の魔力が込められているとわかる。

 とてつもない殺気と魔力。

 これほどの気配を現れるまで感知できなかった理由は、さっき羽黒が口にした〈理想郷〉という結界術にある。

「あの女の方がエルフ……ですかね? それにしてはなんか妙な魔力ですが、不完全とはいえ単体で〈理想郷〉を展開するなんて普通のエルフじゃあないですよ」

 警戒するウロも言うように、〈理想郷〉は賢者クラスのエルフが何人も集まって初めて完成する結界らしい。世界の因果から隔離する最上の結界とのことなので、完全なものなら美男子が放つ殺気など漏れようがない。

 だがそれでも、これだけの術者や幻獣が集まっているにも関わらず今の今まで誰も気づかなかった。

 合成幻獣との戦闘があったせいもあるだろう。

 だが、実際に戦っていたのは主に八百刀流の陰陽師たちで、紘也たちは寧ろ周囲に気を配っていた。

 合成幻獣が羽黒の言う通り陽動だとするならば――

「仕掛けが完成した。だから姿を現すために〈理想郷〉を緩めたってところか」

 紘也はそう推測する。

 そしてその推測は当たっていた。

 エルフの女が杖を向ける。

「動かないで。動けば、今すぐ吸引術式を発動させる。そうなればあなた方の肉体は分解され、〈太陽の翼ラピュータ〉が貯蔵するエネルギーの一部になるわ」

「へえ」

 凛と言い放つエルフの女に、羽黒が挑発するようにニヤリと笑った。

「んじゃ、そちらさんは俺たちをどうしたいわけだ? 土下座で許しを請うて靴でも舐めればいいのか?」

「そんなことしなくていいわ。ただ私たちのマスターにとってあなた方は邪魔なの」

「そりゃあ、邪魔しに来てるからな」

「大人しく帰るなら見逃すわ」

「待て、フェニフ。それだとマスターの命令と違うよ」

 こちらに殺気だけを飛ばしていた男が初めて口を開いた。

「マスターはこう言っていた。幻獣は捕獲して合成幻獣の材料に、それ以外は排除。ボクが考える『排除』の中に『追い払う』って意味はないんでね。人間どもはここで挽肉になってもらう」

 尖った犬歯を見せて男が凶暴に笑った。人間に恨みがあるとかそういう類の顔ではない。ただ目の前の物を壊したい。そんな破壊衝動だけがそこにあった。

 フェニフと呼ばれたエルフの女性は、一瞬だけ顔を顰めて冷静に告げる。

「ダメよ、ヴァドラ。ここで私たちまで暴れれば、恐らく土地神が出て来るわ。まだ余力のある土地神を相手にするにはリスクが大き過ぎる」

「余力がある程度の土地神に、このボクが遅れを取るとでも?」

 傲慢にもそう言う男の影が揺らいだのを、紘也は見逃さなかった。影は九つに分かれたかと思うと、それぞれの尖端が獣の頭部に似た形を成して牙を剥く。

 それは一瞬のことで、影はすぐに人のそれに戻る。

 だが、紘也の見間違いではない。

(なんだ今のは? 人間じゃないのはわかるが、どういった幻獣なんだ?)

 せっかく向こうで勝手に会話してくれているのだ。そこから情報を得よう。

 そう考えて観察を続ける紘也だったが、その作戦をぶち壊すように割り込んで引っ掻き回す奴がいた。

「コラコラそこの二人! 無視してんじゃあないですよ!」

 ウロボロスだ。紘也は頭が痛くなった。

「意味わかんないですから! 今はあんな死にかけの土地神よりこのウロボロスさんにビビるところじゃあないんですか? 余裕ぶっこいてると呑み込みますよ?」

 その死にかけの土地神にアイアンクローされていた件については、既にウロの中からは抹消された過去らしい。

 ヴァドラと呼ばれた男は耳元を飛ぶ小バエでも見るような目でウロを睨むと――

「まあ、それもそうだね。この場にいない者について検討するのはよそう。それに、流石にこの人数が相手ではボクでもちょっと、骨が折れそうだ」

 こちらを嘲るように挑戦的に言い放った。

「……勝つ気は満々のようです」

「ハッ! 舐めてくれるじゃないの!」

 ウェルシュがアホ毛を、瀧宮梓が片眉をピクつかせた。売られた挑発を大枚叩いて買った二人が炎と剣を構えて飛び出した。

 しかし――

「あぅ」

「うぐっ……」

 まるで足の筋力がなくなったかのように、二人は転倒し地面に突っ伏してしまった。

「なにこれ……力が抜ける……?」

 瀧宮梓が『かろうじて』と言った様子で唇を動かした。

「……梓ちゃんっ」

「行くな朝倉! わかるだろ?」

 紘也は駆け寄ろうとした朝倉の腕を掴んで止めた。冷静になった彼女も理解したようだ。近づけば、自分も同じ目に遭うことを。

「動かないで、と言ったはずよ」

 エルフの女――フェニフが吸引魔術とやらを一部だけ発動させたのだ。

「次は完全に発動させるわ。あなた方全員を巻き込む規模よ」

「ハッタリ……じゃないみたいね」

 刀と護符を構えていた葛木も踏み止まった。フェニフの目を見る限り本気だ。向こうからすれば紘也たちは排除すべき敵である。なのにこうして拘束するということには生け捕りにする意味がある、と思ってよさそうだ。

 幻獣を捕獲して合成幻獣の材料にする。ヴァドラがそう言っていたので、恐らく理由もそれだろう。

 それにしては――

(あのフェニフってエルフからは、妙な必死さを感じるな)

 それは恐怖に似たなにか。失敗すればマスターに酷い目に遭わされるのかもしれない。だからと言って敵に同情すれば死ねるのは紘也たちであるから、今は気づかなかったことにしておく。

「フェニフ、もうギリギリまで吸い取ってしまうといい。ボクとしては抵抗された方が面白いけど、そっちの方が楽だしね」

「知ってるでしょ、ヴァドラ? この術式は、一度完全に発動させたらこの辺り一帯が枯渇するまで吸い尽くす。止められないの。だから枯渇する度にパワースポットを休ませつつ何回も吸収してるんでしょ」

「おっと、そうだった。でもね、どうせこの街には幻獣なんて腐るほどいるんだ。こいつら消しても問題ないと思うよ」

「そういうわけにはいかないわ」

 また敵側で意見の交し合いが始まる。これを機に状況を打破できないかと、紘也たちはこっそり集結した。

「あの男性の方……少し、いえ、半分以上アンデット――それも吸血鬼が混ざっています」

「わかるんですか、もみじさん?」

「ええ、ユウさん。一応、私は同族ですので。ですがよくわかりません。純粋な吸血鬼というわけではないようですし」

「……キメラ……じゃないですか?」

「あー、それだ。流石だな嬢ちゃん。アホボロスもエルフの方の魔力が妙って言ってたしな」

「ちょいそこの黒いの! アホって言う方がアホなんですよわかってんですか!」

「子供かお前は」

「えっと、アズサとウェルシュさん、助けなくてもいいの?」

「白狐の嬢ちゃん、考えてもみろ。愚妹は頑丈で無駄にエネルギー有り余ってるからちょっと吸われたくらいじゃ問題ないだろ。アホ火竜の方も」

「あんたやっぱ最悪だな」

 結局、ぐだぐだでなにも解決しなかった。

 だが向こうは解決したらしい。

「仕方ないわ。やはり当初の予定通りにやるしかないわね」

「ちぇ。面倒だけど、そうするしかないね」

 フェニフとヴァドラがこちらに向き直る。改めて杖を掲げ、フェニフが堂々とした表情で告げる。

「私たちはここでの戦闘を望まない。できればあなた方をエネルギー化させたくもない。だから場所を変えるわ」

「どこにだ?」

 紘也が問うと、フェニフは杖で上を示した。


「〈太陽の翼ラピュータ〉に案内するわ」


「は?」

 自分の城に敵を招く。フェニフはそう言った。

 紘也たちが呆然とする中、フェニフは地面にオレンジ色に輝く魔法陣を展開させる。

「これが入口よ。転移先が〈太陽の翼〉になっているわ」

 羽黒が鼻で嗤う。

「馬鹿か? わざわざあんたらが作った魔法陣に飛び込む奴があるか。空飛んで行きゃいいだろ。こっちにはドラゴンが二匹もいるからな」

「残念ですが飛んで入るのは無理ですよ」

 否定したのは敵ではなくウロだった。

「どういうことだ、ウロ?」

 紘也が問うと、ウロは軽く上空に浮かぶ島のようにでかい大地を見上げ、

「〈太陽の翼〉は要塞ですよ? それも天使たちが作った鉄壁の要塞です。外部から直接侵入しようとすればドババジュドーンって撃ち落されるのがオチです」

「え? それをどうにか回避して突入するのがお前の仕事じゃないのか?」

「紘也くん紘也くん、無茶言わんといてくださいよ。たとえ世界中の軍隊が一斉に突撃作戦を開始しても近づくことさえできないレベルなんですよ?」

 なんで天使はそんな兵器を作ったのか? という疑問はひとまず置いておく。

 ウロやウェルシュだけならともかく、紘也たちを乗せて突入するのは確かに無理そうだ。

「信用できなければそこで指を咥えているといいわ。ただし、私たちは戻ればすぐに吸引術式を発動するけど」

「せいぜい、覚悟を決めてくることだね」

 それだけ言って、フェニフとヴァドラは先に転移魔法陣の光の中に消えていく。

「あ、待て!」

「転移魔法陣はしばらく残しておくわ。追いかけるなり残って死ぬなり逃げ帰るなり、あなた方の好きにしなさい」

 それだけ言い残して、二人の姿は幻のように完全に消え去ってしまった。

 あの二人が先に通ったのだ。罠ではないと思いたい。

 思いたいが。

「どうする?」

 皆を見回す紘也に、羽黒は肩を竦めながら軽い調子で答えた。

「ま、行くしかねえな」

「そうなるよな」

 羽黒の言葉に皆が同意し、吸引術式が発動する前に転移魔法陣へ飛び込んだ。


        ∞


 オレンジ色の光を抜けた先は――空中庭園だった。

 そうとしか言いようがない。草木の生えた円形の広場。そこへ繋がる幅二メートルもない足場は縦横無尽に張り巡らされ、下を覗くと白雲が流れている。

 古い遺跡のような瓦礫が転がっている以外はなにもない寂しい庭園だった。

「ここが〈太陽の翼〉の中……か?」

 中と言うか、外縁部と言った感じだ。

 辺りを見回す。先に転移したはずのフェニフとヴァドラは見当たらない。この空中庭園に立っているのは紘也だけである。

 そう、紘也だけ・・

「! みんなどこだ!?」

 もう一度見回すが、やはり紘也しかいない。

「嘘だろ」

 完全に罠だった。あの魔法陣に入った者は恐らく、この〈太陽の翼〉内にバラバラに転移させられるのだ。フェニフとヴァドラはここが本拠地なのだから、どこへ飛ばされても問題ない。だが、紘也たちは違う。敵地でバラけてしまえば一人一人の危険度が格段に増す。

「まずい、まずいまずいまずい」

 紘也一人だと合成幻獣一体だけが相手でも死ねる自信がある。けれど幸い紘也は契約のリンクを辿れる。ウロかウェルシュか、どちらかとまず合流するべきだ。

 魔力リンクで距離まではわからないのが、痛いところだが。

 と――

「う……う~ん……」

 瓦礫の隙間から微かに声が聞こえた。

(誰かいる?)

 魔力リンクとは方向が違うため、ウロでもウェルシュでもない。

「誰だ?」

 誰何するも、応答はない。

 恐る恐る瓦礫の隙間を除くと――さっきまで一緒にいた眼鏡の少女が気を失っていた。

「朝倉!」

 である。

「おい、大丈夫か!」

 どうにか隙間から運び出して気づけすると、瞼が二・三度痙攣し、朝倉は意識を取り戻した。

「あれ……? 紘也さん……? わたし……どうして?」

「よくわからんが、たぶん転移した場所が悪くて瓦礫で頭打ったんだと思う」

 不幸中の幸いだ。正直なところ彼女に戦闘ができるか不安ではあるが、一人よりはかなりマシだ。

「みんなは……?」

「バラバラに転移させられたらしい。俺たちは近くにいたからよかったけど」

 他のみんながそうとは限らない。

 できればこれは自分たちだけのトラブルだったらいいが、と思う。



 だが、もちろんそんなことはなく――

 上手い具合に二人以上で飛ばされた者もいれば、一人の者もいた。



 ――〈太陽の翼〉北部上層外郭通路。

「だからってなんであんたと一緒なんですか! あたしは紘也くんと二人っきりがよかったですよ!」

「うっせ、アホボロス。騒ぐ暇があったら他の奴らか敵でも探せ」

「あ、そうですかなるほど! これは今のうちにあんたをデスればいいって話ですねわかります」

「おい」


 ――〈太陽の翼〉実験施設。

「うっわ、最悪……」

「こっちの台詞よ」

「クソ兄貴よりはマシだけど、よりにもよって葛木と二人っきりって。死ねるわぁ」

「じゃあ死ねばいいんじゃない?」

「あんですって!?」


 ――〈太陽の翼〉南部下層内部通路。

「ううぅ、ユタカぁ、どこぉ?」


 ――〈太陽の翼〉チャペル。

「困りました。羽黒や皆さんとはぐれてしまいました。なんだか目の前にキメラがうじゃうじゃしてますし……どうしましょう?」


 ――〈太陽の翼〉東部下層外郭通路。

「ビャクちゃぁあああああああああああああああああああああんっ!?」

「……穂波様、うるさいです」

「だってビャクちゃんがいなくてビャクちゃんがビャクちゃんがたぶんどっかで一人で泣いてると思うんだよ嗚呼なんて可哀想にビャクちゃん僕がすぐに助けに行くからビャクちゃぁあああああああああああああああああああああんっ!?」

「……うるさいです。壊れないでください」

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