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百無語  作者: 山大&夙多史
12/50

SIDE100-05 合流

 生き物という存在は不便極まりないと思うのです。地に足を付かないと移動もできないし、手で触れなければ物を動かすこともできないというのは、フィーのような精霊の身からすれば想像もできません。

 それを言ったら、生き物と次元のレベルで異なるフィーたちからすれば、人間と妖怪の違いなど些細なことですが、どちらかと言うとフィーたちと近い存在である妖怪も不思議でなりません。

 特にこの月波市に住んでいる妖怪さんたちは、フィーの理解の外です。

 何であんなに不便な人間と同じような身体構造を取って、人間として暮らしているのでしょう。

 そのことを、美味しそうな魔力の匂いに釣られてフラフラと飛んでいる時に出会った元マスター(正確にはきちんとした契約はしていませんでしたが)の修二に聞いたことがあります。

 すると修二は、精霊の目から見ても似合ってるけど悪趣味としか言いようのない色眼鏡の位置をずらしながら、苦笑を浮かべてこう答えたのです。

「僕もこの街に来てから日は浅い新参者だから何とも言えないけどね。きっとみんな、人間のことが好きなんだよ。人間のことが知りたくて、だから、自分も人間に化ける。大好きな人間のことを知るためにね」

 フィーはどう? と、確か修二はそう訊ねたと思います。

 確かにフィーも人間は好きです。

 修二のことも、マスターのことも、マスターの友達も、みんな好きです。

 でも。

 フィーは人間になりたいとは思えません。

 だって。

 フィーは精霊だから。

 どんなに願っても、精霊であり続けるから。

 あり続けなければ、いけないから。

 ああ、でも……。

 もしも。

 もしもフィーが人間になれたとしたら……。

「お腹いっぱい、ご飯が食べたいですねー!」

「だから何だこの羽虫娘」

 ギューッと握りしめられるフィーの体。

「長々と何を語ってるかと思えば、飯食いたいだけの言い訳かコラ」

「痛い! 痛いですよ羽黒!」

「てめえに呼び捨てされるような仲じゃねえだろ」

「きゃーっ!!」

 黒髪の隙間から胡散臭げな感情の篭った瞳が見え隠れしてます。

「大体、何でこんな所にいるんだ。お前は嬢ちゃんと一緒なんじゃなかったか?」

「マスターに手掛かりを探ってくるよう言われたのですよ!」

「だから何でここにいるんだって言ってんだよ」

「美味しそうな匂いがしたか……ちょっとちょっとちょっとさっきから体の節々から変な音がしています! いくら精霊でも不死身じゃないし怪我したら痛いんですよ!?」

「仕事しろ仕事! マスターの命令は絶対じゃないのか!?」

「腹が減っては戦はできぬ、ですよ! きゃー、きゃー、ぎゃー!!」

 思いっきり握りしめられました! 痛いです! 後でマスターに告げ口して……もあんまり意味がありませんね困ったことに!

「ちょっと兄貴、うっさい」

 さすがにそろそろ実体化を解かないと色々と危険な感じになりそうですね、と考えていると、救いの声が聞こえてきました。

 剣呑な目で羽黒を睨み付ける亜麻色の髪の女の子、梓ちゃんです。

「いいじゃんご飯くらい。精霊だって少ないながらも普通の食事で魔力補充できんでしょ? グチグチグチグチ大人げない」

「……ふん」

 フッと、全身を圧迫する感覚がなくなりました。ようやく放してくれたらしく、一瞬落下しそうになりましたがすぐに羽を動かして宙に浮きあがりました。ホバリングです。

「ほらフィーちゃん、こっちおいでー。ご飯あげるよー」

「うわーい!」

 梓ちゃんが手にした箸でおいでおいでするので滑空して近寄ります。

 さすがはマスターのお友達ですね!

「何がいい? ニンジン、アスパラガス、セロリ、パプリカ、何でもいいわよ」

「うわーい! 何でサラダの具材ばっかりなのか分かりませんが、うわーい!」

「おいコラ梓」

 と。

 背後からドスの利いた声が聞こえてきました。

 誰なのかは振り向く必要もなく、羽黒です。

「それ、お前が嫌いだった野菜ばっかりじゃねえか」

「……………………」

 あ、ものっすごい勢いで目を逸らしました。

「……お前、まだ食えねえのか?」

「苦手なだけよ! 今は頑張れば食べれるし!」

「おいおい! 高一にもなって苦手な野菜があるとかどんだけガキだお前!」

「うっさい! 大体兄貴もあたしが苦手な野菜フルコースでサラダ作ってんじゃないわよ! 嫌がらせかコラ!」

「逆ギレかコラ!!」

 フィーを挟んで兄妹喧嘩という表現が可愛らしく感じられるようなメンチの切り合いを始めましたよ? どうしましょうすごく居心地が悪いですよ?

 その時。

「あら、瀧宮のお嬢様は野菜も食べられないお子様なの?」

「……………………」

 ギギギギギ、と、ぎこちない動きで首を巡らす梓ちゃん。そこにはお上品に箸でご飯を口元に運ぶカツラギ? っていう人がいました。一応マスターたちのお仲間らしいんですが、とても仲が良いようには見えません。

 ともかく、です。

 梓ちゃんのお顔がヤバいです。

 うわあ……女の子がしちゃいけない顔になってます。般若です般若。

「あ? 今なんつったゴラ、おい」

「誰だお前」

「黙れクソ兄貴」

 いっそ清々しいほどの男らしい口調の梓ちゃんに、カツラギは涼しげな顔で答えます。

「お子様みたいね、って言ったのよ。十六歳にもなってニンジンも食べられないとか、案外可愛らしい所もあるのね」

「ぐぎぎ……!」

 奥歯が砕けんばかりの歯ぎしりの音がします。オーガも裸足で逃げ出しそうな目つきの梓ちゃんは何やら探すように辺りをキョロキョロと辺りを見渡し、そしてすぐにニマアっと妖しい笑みを浮かべました。

「クスクスっ」

「な、何よ」

「イエイエ、ナンデモアリマセンヨー? クスクスっ」

「……言いたいことがあるならハッキリ言ってくれないかしら?」

「お皿にトマトがそのまま残ってるわよ?」

「……」

 ズバッと突き刺すような勢いの言葉でした。

 見れば、確かにカツラギの分のサラダのお皿には赤い櫛切りにされたトマトが四切れ残っています。今が旬な野菜ですし、美味しそうですねー。

「……………………残してるのよ。と、トマトアレルギーだから」

「嘘つけっ! ひょっとして、あれれ? 食べれない系ですかー?」

「ぐっ……」

「トマトが食べれないって、子供っぽくて可愛いんじゃないの?」

 ガタンッ! とテーブルに拳を叩きつけて立ち上がるカツラギ。鬼気迫る表情とはこのことを指すに違いありませんね。

「ケチャップとか加工済みの物は食べられるわよ! 寧ろ大好きよ!」

「だから何よ!」

「そっちこそ、四種類も食べられない物があるなんてお子様じゃないかしら!?」

「あの青臭い連中に比べたらトマトなんて甘くてすごく美味しいじゃない! 子供はそっちよ! やーいやーい!」

「苦いの苦手って方が子供でしょ! あの野菜たちはパリパリっていう触感がいいんじゃない! それに比べてトマトの種の周りのドロッとしたところなんて進化の過程を誤ったとしか思えないわ!」

「トマトの種の周りバカにすんなし! あそこが一番栄養価高いのよ知らないの!?」

「そっちこそ野菜の真の栄養知らないからそんな発育悪い体型してるんじゃないの!?」

「貧相なのはお互い様でしょうが!! それにあたしは無駄な脂肪がないだけだし! 脱げばスゴイし! 腹筋割れてるし!」

「腹筋って……それ女性として自慢できること? さすがは育ちの悪い蛮族ね」

「あぁっ!?」

「何よ!?」

「「……………………」」

 フィーと羽黒はその壮絶(?)な口論を黙って見守っていました。そしてお互いにボソッと一言。

「どっちも子供だろ……」

「まだまだ幼いですねー!」

「いや、お前に言われたくはないと思うぞ?」

 そうですか?

 頭痛がするのか額に手を当てながら、諦めて自分の食事を再開する羽黒。どうやらもう梓ちゃんからご飯を貰えるような雰囲気ではないので、どうしようかと辺りを見渡すと、後二人、梓ちゃんとカツラギの激闘を傍観しているヒトがいました。

「はあ……こんな所で食事なんてしていてもいいのでしょうか……」

「どうしたのですか? ……えっと、ヴァンパイアの……」

「ああ、もみじで結構ですよ、ウェルシュさん」

 マスターの先輩のもみじさんと……ウェルシュ・ドラゴンです。ウェルシュ・ドラゴンはさっきから、チラチラとフィーの事を美味しそうな食べ物を狙う肉食獣みたいな目で見てくるので苦手です。

 精霊なんて食べても美味しくありませんですよ。フィーも食べたことがないので知りませんが。

「そうですか。それではもみじ様、どうしたのですか?」

「ここ、本当は今日、閉店の学生食堂なんですよ」

「……こんな山奥に食堂ですか?」

「はい。演習林の技官さん向けの食堂だったらしいのですが、今は気まぐれに開店する隠れた名店的存在になっています。それなのに、鍵を破壊して不法侵入し、勝手に保存してある食材を使って昼食なんて……」

「……………………」

 どうりでここに入って来る時、扉の鍵が……というか扉その物が外れていたわけですね。しかも食堂に保存してある食材を勝手に使ったってことは犯罪じゃないですか。人間社会に詳しくないフィーにもそれくらい分かります。

 さすが羽黒、やることがいちいち最悪ですね。

「あら? フィーさんどうしました?」

「えっと……ううん! 何でもないですよ!」

「? そうですか? どうやらお腹が減っていたようですが?」

「だ、大丈夫ですよー!」

 さすがに盗ってきた物で作った料理は良心に響きますねー。

「……………………」

 あれ?

「そう言えば根本的なことを聞いていいですか!」

「はい?」

「何でみんな、呑気にご飯食べてるんですか! フィーはマスターから、フィーと同じく手掛かりを探していたと聞いています!」

『『『……………………』』』

 その場の全員が、ついに取っ組み合いの喧嘩を始めていた梓ちゃんとカツラギも含めて、全員がこっちを向きました。

 えっと?

「お前、今さらそのことを聞くのかよ……」

「はいです! 何でですか!」

「私たち、敵の手掛かりを入手したので向こうのチームが合流するまで休憩していたのです」

 もみじさんのその言葉に、フィーは固まりました。

 え? じゃあここに来るまでのフィーの頑張りは何だったんですか……? いやいや、チーム分けをした時点でどちらか片方は徒労に終わることは分かりますけど……。

「ちょっと悔しいです……!」

「格好つけんな。お前、後半ずっとここで駄弁ってただけじゃねえか」

「羽黒それは言わない約束です!」

「んな約束してねえ」

 ですよねー。

「……それじゃあフィーは、せめてマスターたちをここに呼んできますね!」

「いや、必要なし」

「はい!?」

 その時。

「何で扉が壊れてるんだ……」

「あ、危ないですよ紘也くん! 割れた先が尖っていますので」

「これ、羽黒さんがやったのかな……?」

「あーもう疲れた!!」

「ブツブツ……」

 外の方からワイワイと賑やかな声が聞こえてきました。

 聞き覚えのある声……というか、フィーとは別行動をしていたマスターたちです。

「最近のケータイって、この程度の山なら電波届くんだぜ?」

「……………………」

 文明の利器ってすごいですねー。フィーの存在意義って一体……。

「え、兄貴、ここケータイ通じんの? あたし圏外なんだけど」

「お前の機種が雑魚いだけだろ。ほれ」

「ぐ……悔しい……!」

「……携帯電話が通じるなら、さっき飛ばした大量の式神って、一体……」

「あ! そうよ! ケータイ通じるなら式神無駄だったじゃない!」

「ここは木が少ないから電波が届きやすいんだよ。さきまでは俺も圏外だったしな。それにあの時飛ばしたのは『手掛かりを見つけた』って連絡だけだったろ。どこで合流するか決めてねえのに持ってる式神全部飛ばしやがったのはどこのどいつだ」

「「……………………」」

 悔しがる梓ちゃんに頭を抱えるカツラギ。そう言えばここに来る途中、紙で出来たチョウチョウと鳥がやけに飛んでましたけど、あれってお二人の連絡用の使い魔だったんですね。

「マスター! こっちですこっち!」

「フィーちゃん! ……もう、帰ってこないから心配したんだよ?」

「ご、ごめんなさいです……!」

「やっほー真奈ちゃん」

「あ、梓ちゃん……」

「何お前ら呑気に食事してんの? 葛木まで……」

「ち、違うわこれは……!」

「腹が減ってはー、ってね。ささ、こっち座って一緒に食べよー」

「あ、うん……」

 梓ちゃんに促されるまま席に着くマスター。ああ……梓ちゃん……羽黒が盗ってきたご飯をお茶碗に装わないでください……!

「あの……真奈様」

「な、何かなウェルシュさん……?」

「さっきから気になっていたのですが」

「……………………」

 気まずそうに目を逸らすマスター。

 まあ……フィーもさっきから気にはなっていましたが……。


「ほんっとマジで疲れたんだけど! おいユ! 足揉んで!」

「……はい」

「お腹も空いた! ご飯持って来て!」

「……はい」


「あの……羽黒さん。先程は出会い頭に殴り掛かってしまって申し訳ありません……」

「お、おう……」

「ですが分かってください。私たちドラゴンにとって、龍殺しの魔術師ドラゴンスレイヤーは存在するだけで脅威なのです」

「いや、別に俺はお前らを狩る気はないんだが……」

「そうですか……ありがとうございます。今後ともよろしくお願いしますね」

「……おい誰だお前気色悪い……!」


「……何あの二人」

「一体何をどうすればああなるのよ……」

 と、梓ちゃんとカツラギがこっちに来て、まるで別人のようになったビャクちゃんとウロボロスについて尋ねます。

「えっと……話せば長いような……」

「しょーもないような……」

 何とも微妙な表情を浮かべるマスターと、呆れて眉間の間にしわを寄せるアキハタ。二人が順々に説明をすると、そのあまりのくだらなさに二人揃って溜息を吐きます。さっきまで喧嘩をしていたとは思えないナイスタイミングですね。

「つまりそのナンチャラ爆弾で性格が反転した、と?」

「しかも三十分を過ぎても効果が切れない、と?」

「まあ……そういうことかな……?」

「うちのウロは置いておいて……いや正直気色悪いから置いておきたくないが……ともかく、穂波の精神がどんどん崩れてきてるのが心配だ」

 確かに、さっきからビャクちゃんの言いなり、というか奴隷と化しているユックンさんの瞳には生気が宿っていませんね。死んだ人間みたいな目をしています。

「……普段仲が良すぎるだけに、ざまあとしか言いようがない気もするけど……」

「梓ちゃん梓ちゃん! 心の声が漏れてますですよ!」

「おっと失礼」

 クスクスと笑ってますが誤魔化す気は皆無のようですね。

「……ビャク様、ここでしょうか……?」

「んー、ダメ。もっと左。あー行き過ぎ行き過ぎ。そうそこ……んっ」

「……ここでよろしいしょうか……?」

「……ふん、悪くないわ……んんっ!?」

 偉そうに椅子の上に踏ん反り返っている白髪狐耳に白い着流しの女の子に足つぼマッサージを施す男子高校生の図です。ビャクちゃんはちょっと気持ちよさそうですが正直色々と怖いです。

「あれ? でも何だかんだで普段と変わらないような?」

「攻守が入れ替わっただけって感じもするね……」

 まあ、そうですね。

 でも見慣れない、というか何だか変な感じがするとかそういうレベルじゃないので早く戻した方が賢明な気もします。ユックンさんの精神衛生的にも。

「なあ、二人はその爆弾喰らってああなったんだろ?」

 と、そこに何だか妙にしおらしいウロボロスを引き連れた羽黒がやってきました。こっちもこっちで、最初にフィーを食べようとした時とは雰囲気もガラッと変わっていて気味が悪いです。でも食べられたくないのでこのままがいいです。

「だったらもう一回その爆弾喰らえば一周回って元に戻るんじゃね?」

『『『……………………』』』

 あー。

「そ、その発想はありませんでした! ちょっと待ってください確か予備が一発あったはずですので!」

 言って、異空間的な歪みに手を突っ込み何やらゴソゴソと漁りだすウロボロス。それを見てアキハタが慌てて止めに入ります。

「おいバカ止めろ! やるなら外でやれ! 俺たちも巻き込むつもりか!」

「あ、はい……申し訳ありません、紘也くん……。白さん、行きましょうか」

「えー、もう歩きたくなーい! メンドくさーい!」

「ほら、わがまま言わないでください。それでは少し席を外しますね」

「お、おう……。ったく、調子狂う……」

 ガシガシと頭を掻くアキハタ。

 外に出て行った二人を見送りつつ、フィーたちは念のため建物の一番端っこに固まって爆破の余波を受けないように食事を進めました。

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