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百無語  作者: 山大&夙多史
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SIDE∞-05 居残

 時は少し遡り、焔稲荷神社近隣。

《はぁ……はぁ……はぁ……》

 竹藪の中を八重の粗い息遣いが移動していた。

 青い和服姿の幼女――ヤマタノオロチは慣れない獣道に拾った棒切れの杖をつき、死にもの狂いといった表情で足を引きずるようにして歩く。ウロボロスがどこからか取り出したロープで縛られていたヤマタノオロチだったが、どうにかこうにか抜け出すことに成功したのだ。

《あの……金髪ども……め。はぁ……こんな奥地に……吾を……封じおって……》

 恨み辛みを吐き出すも、実は焔稲荷神社本堂から直線距離で百メートル程度しか離れていないことにヤマタノオロチは気づかない。体感的には数キロメートルだった。

《お?》

 やがて焔稲荷神社の本堂が見えてくると、ヤマタノオロチは遭難者が街を見つけたように顔を輝かせた。杖として愛用していた棒を放り投げ、トタタタタと今までの疲労を感じさせない小走りで本堂に急接近。そのまま土足で乗り込んだ。

「なんじゃ、お主は?」

 やたらと硬い扉を気合い入れて開くと、滝のように床まで流れた金髪に炎を含有したような瞳の美女が鎮座していた。

 この神社、いや、この月波市という土地の主――土地神・焔御前。ヤマタノオロチがパワースポットの恩恵を受けるために接触必須な存在である。

 ようやく辿り着いた。

 ヤマタノオロチの口の端が不敵に吊り上る。

《月波の地の土地神よ。吾に魔力を寄越せ》

「はぁ? なにを言うておる?」

 意味がわからんと言った風に顔を顰める土地神。なぜか目に見えて憔悴している様子だが、どんな状況だろうがヤマタノオロチには関係ない。

《己の許可さえあれば吾にもこの地の力が供給されると聞いた。吾が本来の力を取り戻すため。己には協力してもらうぞ》

 企み顔で命令するヤマタノオロチを、焔御前は目を細めて観察する。

「……お主、見たところ力は人間の童より貧弱じゃが、どうやらミオに近しい存在のようじゃな。龍……いや、どちらかと言えば蛇か。さっきの余所者の仲間か? 奴らなら学園の方へ向かったぞ」

《仲間? ふざけるでないぞ土地神。吾は認めておらん。故に助ける義理もない。吾の仲間は愛沙だけだ》

「下衆じゃな」

《なんとでも言うがいい。吾は吾の力さえ取り戻せばこの地に要はないのだ》

 火色の瞳とホオズキ色の瞳が視線を衝突させる。

 睨み合いは数秒で終わった。

 口を開いたのは焔御前である。

「生憎じゃが、儂がお主に力を与えることはできん。他をあたれ」

《なんだと?》

「お主らが捜している錬金術師のせいで、見ての通り儂は衰えておる。今の市民を存続させることで精一杯じゃ。お主に回すほど余分な力はないし、それに――」

《それに?》

「お主、既に契約者がおるではないか。そんな状態ではたとえ儂が許可しても月波の地から魔力を供給することはできんよ」

《なっ!?》

 想定外の事態にヤマタノオロチは大きく目を見開いた。

「まあ、お主が自分で吸い上げるなら可能じゃろうが……そんなことをすれば儂がお主の息の根を止めるぞ」

《!》

 弱っていても、威厳に満ちた神の眼光はヤマタノオロチをたじろがせるには充分な威力だった。

 しかし、それで退くほどヤマタノオロチの物わかりはよくない。

《ククク。クククク。なるほど。己が協力しても無意味だということはわかった》

「ならば去れ。儂に無駄な体力と時間を使わせるな」

《いや断る。己の協力が無意味だとしても。己を喰らえばそれなりの魔力を得られるだろう?》

「儂を喰らうと? 身の程知らずが。弁えよ」

 表情を引き締めた焔御前に、牙を剥いたヤマタノオロチは床を強く蹴って躍りかかる。

《弱った神など恐るるに足りんわ! 大人しく吾の糧となれ土地神ッ!》


 ミシッ。


 コンマ二秒後、ヤマタノオロチは畳の床に頭を埋めていた。

 そのヤマタノオロチの後頭部をグリグリと片足で踏みつけた焔御前は、冷め切った口調で問う。

「なにか、言うことはあるかの?」

《……ごめんなさい》

 ぐぐもった謝罪が畳の下から聞こえた。


        ∞


 一方その頃。

「なあ、俺らなにしてんだっけ?」

「うーん、みんなでゲーセン行こうとしてたらアズアズたちに捕まって」

「む、なぜか知らない人を押しつけられた」

「……オレたちを、勝手に月波市の観光案内役にしてな」

「私としては改めて月波市を巡れて楽しかったぞ」

「ハルはそうだろうけどよ」

 私立月波学園のテラスに陣取った五人組のうち、四人の溜息が重なった。言葉にできない倦怠感で瞳を曇らせる彼らが見詰める先には、優雅な仕草でコーヒーカップに口をつける茶髪の少年と、茶道でもやってるかのようにお行儀よく紅茶を飲む黒髪の少女がいた。

 諫早孝一と鷺嶋愛沙である。

「悪いな、オレたちの観光に付き合わせちまって」

 ヒソヒソと小声で会話をする五人組――藤原経、隈武宇井、香川相良、狛野明良、ハル・セイレン・ラインに、孝一はすまなさそうに頭を下げた。

「いや、どうせ暇だったからいいよ。こっちこそ、つまんねえとこしか巡れなくて悪かったな」

 諦めたように経が言う。徒歩での行動範囲には限界があるため、瀧宮梓に近づくなと言われた焔稲荷神社を除けば、駅ビルグルメやボーリング、後はせいぜい絶景ポイントの古びた石橋くらいしか観光客に見せられる場所がなかった。

 そうして最終的に孝一と愛沙の希望で月波学園を案内し、いい時間になったのでテラスで午後のティータイムと洒落込んだ次第である。

「ううん、そんなことない。とっても楽しかったよぅ。みんなありがとう」

「お、おう」

「それは、よかった」

 愛沙に屈託のない純心スマイルを向けられ、藤原と香川は照れたように頬を掻いた。

「なぁ~にデレてんのかなうちの野郎どもは」

「……おい隈武。オレは別に、デレてない」

「いや、非常にわかりづらいが若干鼻の下が伸びていたぞ」

 面白そうにジト目で男どもを見回す隈武に狛野が抗議し、ハルがそこへ追撃をかける。藤原と香川も顔を真っ赤にして全否定するが、その反応が楽しいのか隈武はからかうのをやめようとしない。

「うーん、そっかー。駒野も愛沙っちみたいな子が好みかー」

「……いや、だから」

「しかしアンタら失礼じゃなーい? こんな美少女が二人もいるのによその子に顔赤くしちゃって」

「「「美少女?」」」

「…………」

「お、落ち着け宇井! 宇井は十分美人だから大丈夫だ!」

「まあ微少女ってんなら、お前も瀧宮のに負けず劣らぬ絶ぺ――っぶねえ!? 手刀! 手刀が鼻先をかすめた!?」

「次は頸動脈だ」

「ガチで殺る気だこいつ!? 妖怪を狩る陰陽師の目をしてる!!」

「落ち着け宇井! 世の中には小さいのが好きな男も多いと聞く……って、なぜ私を恨めしそうに睨む?」

「さっきから羽交い絞めにされてるからフカフカしたのが背中に当たってんのよコンチクショーっ!! 欧米体型許すまじぃぃぃぃいいいいっ!!」

「きゃあっ!?」

「駒野! 香川! 隈武のを止めろ!」

「無茶言わないでくれない!?」

「……お前が原因だろう。自分の尻は自分で拭え」

「薄情者共め!!」

 そんな彼らの遣り取りを愛沙はふんわりした笑顔で眺めていた。

「みんな仲良しさんだねぇ」

「オレたちみたいに、常につるんでないとできないノリだよな」

「だけどコウくん、ヒロくんたち今は別行動だよ?」

「そうなんだよなぁ。魔術絡みになるとオレたちは除け者になっちまう」

「仕方ないよぅ。わたしとコウくんはなんの力もない一般人さんなのです」

「それはそれでやれることもあるはずなんだけど――ん?」

 と、孝一の視界の隅に見覚えのある姿が映った。

「紘也だ。他のみんなもいるな」

「え? どうして、ここに?」

 紘也にウロにウェルシュ、葛木の面々、それからこの街での協力者らしい集団が農学部の方へと向かっていた。山田の姿だけが見当たらないのは気になるが、どうやらこの学園になにかがあるらしい。

「……愛沙は藤原たちといてくれ。オレはちょっと様子を見てくる」

 そう言って抜け出そうとした孝一の袖を愛沙は掴んだ。

「愛沙?」

「今、コウくんを一人で行かせたら、またなにか無茶しそうな気がするの」

 愛沙のおっとりしていた目には強い意志の光が宿っていた。孝一は今まで魔術や幻獣の関わる事件で無茶が過ぎる行為を幾度となくやってきた。今回もそうなると愛沙は勘で悟ったようだ。

「コウくんが行くなら、わたしも行く。コウくんが無茶しそうになったら、わたしが止める」

 女の勘は恐いくらい当たる。

「……わかったよ。降参だ」

 孝一は早々に白旗を振った。

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