SIDE∞-00 襲撃
未明の研究施設にて、突如として発生したオレンジ色の閃光が広範囲に爆ぜた。
深夜の時間帯。灼熱と黒炎に侵蝕される研究施設内では、爆発を免れた研究員たちが恐怖と錯乱の悲鳴を上げながら脱出を試みている。
だが、そう簡単にはいかないだろう。
爆発は外部から、頑強なる魔術結界ごと貫いて発生しているのだから。
つまり、襲撃されているのだ。今、この研究施設は。
「一体、何者が……?」
世界魔術師連盟付属第三魔術研究院院長――マルクス・ラーレンツは燃え盛る炎を別棟から眺めつつ苦々しく呟いた。
末端の施設とはいえ、これほど表立って魔術師連盟に喧嘩を売る者など過去に数えるほどしかいない。特に様々な魔術組織が加入して大幅に拡大したここ数十年間では、内部紛争こそたまに起こってはいるものの、外部から切り崩そうとする愚か者は存在しなかったとマルクスは記憶している。
となると、やはりこの襲撃も内部の者が関わっている可能性は高い。
だが、連盟未加入の魔術組織が徒党を組んで仕掛けてきた可能性もある。
どちらにせよ被害はこの研究施設だけには終わらないだろう。
――させてなるものか。
マルクスは咄嗟に持ち出していた愛用の杖を握り締める。大魔術師の称号こそ得られていないが、マルクスもそれなりの魔術師であると自負していた。院内の人間も大勢が魔術師で、中には幻獣と契約している者だっている。
小規模な組織が結束した程度なら、反撃に出れば勝てずとも大打撃は与えられる戦力がここにはある。
――ここは我々の居場所だ。すぐに助けは来ない。ならば、我々が守る他ない!
「院長!」
マルクスが決意を固めたその時、部下の研究員が血相を変えて駆け寄ってきた。丁度いいと思い、マルクスは命令する。
「生き残っている各員に通達しろ。すぐに戦闘準備を整え、敵を迎撃する」
「その敵なのですが」
部下の顔色は真っ青だった。彼も決して力のない魔術師ではないはずなのに、酷く取り乱している。
まるで、なにか絶望的な光景を目撃してしまったかのように。
部下が、震える唇を懸命に開く。
「合成幻獣の、大群です」
「なに!?」
敵の情報を聞くや否や、マルクスは研究棟の屋上へと急いだ。そこが最も周辺の様子を窺うに適した場所だからだ。
屋上の扉を乱暴に開け放ち、
落下防止用の手摺りから上半身を乗り出し、
深夜の暗闇を見通せるように視力強化術式をかけ、
――絶句した。
「……馬鹿な……」
視力強化を使うまでもなく、マルクスはその言葉を漏らしていたことだろう。
この第三魔術研究院は山岳地帯の一部を切り取ったような小さな平地に佇んでいる。その平地を埋め尽くすように、赤い輝きが犇めいていた。
目だ。
幻獣の目が赤く光っているのだ。
研究院の入り口付近では脱出した魔術師たちが交戦しているが、一体二体を倒したところで減るような数ではない。
「これが全て合成幻獣、だと?」
確かに見たことのない幻獣ばかりである。ただ幻獣を構成する一部一部はマルクスも知っている動物、もしくは幻獣のパーツが使われていると強化された視力から伝わってくる。
「どうやって、これほど大量の合成幻獣作り、この場へ運ぶことができたんだ?」
ここまでの規模を移動させれば、たとえ魔術的に隠蔽処理を行っていようとも連盟が察知しないはずがない。
「その問いに答えることは簡単でぇーす! まさしく、この私が天才だから!」
場違いに高揚した声にマルクスが振り向いた瞬間、共について来ていた部下の魔術師が悲鳴もなく倒れた。
部下を跨いで歩み寄ってきた者は、三人。
薄汚れた白衣を纏った男と、その両脇に控える美男美女だ。四十代前半と思われる白衣の男は人間だが、控えている方は幻獣だろう。マルクスの魔術的感覚がそう告げている。
雑魚とは思えない威圧感に、マルクスは冷や汗を垂らしつつ問う。
「何者だ?」
「曲者だ。そして君たち凡人とは違う天才だ」
ふざけた答えにマルクスは容赦なく杖を振る――おうとして、手を止めた。
いや、止められた。
美男子から九つに割れた影が伸び、それぞれがマルクスに牙を向いて文字通り噛みついたのだ。
「ぐぅ……」
力ずくでは振り解けず、マルクスは唸る。
――殺される!?
明確な死がすぐ目の前まで来ていることを、マルクスは強く確信してしまった。
「無駄な抵抗こそ凡人のすることだとは思わんかね? 天才はこのような末端の雑魚にも全力を注ぐものだ。――うそ、ごめん、今のジョーク。イッツ・ア・テンサイジョーク。はいそこ笑うとこ」
まったく笑えない。
奴に従ってる幻獣もクスリともしていない。
「この第三魔術研究院は私の復讐における最初の糧にして、私の合成幻獣たちの実験場に使わせてもらったわけだね」
「復讐だと?」
せめて可能な限り情報を聞き出し、殺される一瞬の隙をついて連盟に伝えなければならない。情報転送魔術の準備は部下が倒れたのを見た瞬間から始め、影に噛みつかれる寸前には完成している。
自身の念波を、最も信頼している者へと届ける魔術だ。
マルクスは無能ではない。
しかし、無能ではない程度でどうにかできる相手でもなかった。
彼の大魔術師なら、きっと――
「そそ、復讐。語るも涙、聞くは血の涙でねぇ。君ごときに熱弁するほど低価値じゃあないのだよ。――なにか仕込んでいるな?」
心臓が跳ねた。
バレている。
早く魔術を発動しなければ!
「君個人に恨みはない。興味もない。でも我が復讐と実験のために死んであの世の有無を確認してくるといい」
白衣の男は、部下と思われる美男子に「やれ」とだけ命令した。