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双子の魔法使い

 潔い音が研究室に響いた。

放心状態だったロスや他の研究者達はその音で我に返り、音がした方向へと視線を向けた。

少女エアリーの平手打ちを受けたイアンの左頬が真っ赤に染まっている。

しかし、彼の表情には怒りではなく笑みが存在し、しかも左頬を愛おしく撫でている。


「エアリーが僕に触れてくれるなんて、いつ以来だろう。凄く嬉しい!」


少女エアリーは歯を食いしばりながら戦慄を憶えた。

弟イアンは昔と何一つ変わっていない。

姉である私が大好きで、私に認められ、褒められ、触れられると子どものように喜び、私が好きな者や嫌いな者を嫌い、姉を侮辱し、危害を加える者は殺してしまうほど、弟にとって姉である私が絶対的な存在なのだ。

それに対して、私は自分が一番で、家族も他人も、誰一人として気には留めてこなかった。

目の前にいる双子の弟など、顔を見るまで全く思い出せなかった。

本来なら顔を見ること自体ありえないはずなのだ。

イアンは名残惜しそうに左頬から手を放し立ち上がると、少女エアリーに笑みを向けた。


「ねえ、エアリー。どうしてエアリーはここにいるの?」


「え?」


「ここは不老不死になる為の研究施設だよ?エアリーはもう不老不死なんだから・・・・・こんな所に来る必要はないだろう?」


イアンの問いかけに、少女エアリーは訝しげに彼の顔を見つめた。

自分が望んでこの体になったのならここに来る必要はないだろうが、自分は違う。

確かに不老不死になった当初は喜びで胸いっぱいの日々だったが、時が過ぎ去っていく度、それは苦痛と絶望でしかなくなっていった。

イアンも長い時の中で、同じ考えに至らなかったのだろうかと疑問に思ったが、それを口には出さなかった。


「私は望んでこの体になったわけではないわ。この忌まわしい呪いを解く方法を探し求めてここにきたの。不老不死の研究をしている所ならその逆もあると思って・・・・・・!」


怒声を浴びせたい気持ちを抑え、震える体を自分の両手で抱きしめる少女エアリー。

二千年もの長い時間(とき)を歩み続けている自分にとって、感情は年々磨り減っていくものでしかないと思っていたのに、まだ、憎悪という強い感情が自分の(なか)にあるのに気づき、驚いていた。


「この子供・・・不老不死なのか・・?」


今まで口を閉ざしていたロスが二人の会話に割り込んできた。

イアンは少女エアリーを恍惚そうに見つめながらも、ロスに返答してやった。


「そう。エアリーと僕は、この世界でたった二人しか存在しない、不老不死の魔法使いさ」


「お前も・・・・!?」


目を見開くロス。

自分とロデュースが目指している結果が、今、目の前に存在している。

その事実はロスの神経を麻痺させ、花の蜜を求める蝶のように、少女エアリーを捕らえようと手を伸ばした次の瞬間。


「キャーーーーッ!!!」


突然、ロスの体が赤い炎に包まれた。


「!?か、体が!!だ、誰か助け・・・・・!?」


体の火を消そうと必死にもがきながら、他の科学者達に助けを求めようとしたが、彼らも自分と同じように赤々と燃えていた。


「イヤーーーー!!体、体が!!」


「誰か、誰か助けて!」


「熱い!熱い!!」


「水!水!誰か水を!!」


研究室にある本や書類にも火が燃え移り、辺り一面火の海と化してしまった。

赤い炎の中を彼らがもがき苦しむ姿は、まるで地獄絵図のような光景だった。

すると今度はロス達の頭上に水が発生し、彼ら目掛けて勢い良く降り注いだ。

急に体に水を掛けられたのに驚いたのか、火が消えたのに安堵したのか、ロス達は床に倒れこんでしまった。

研究室には、彼らの呻き声と肉の焼ける匂いが充満していた。

ロス達科学者が今まで行ってきた所業の数々を思えば同情する気持ちは湧かないものだが、少女エアリーは目を細めて彼らを見ていた。

取り敢えず命に別状はなさそうだと頭の片隅で考えていると、ロス達に火を付けた張本人が口を開いた。


「こんな奴ら殺しても誰も困らないのに・・・・・エアリーは優しいね」


悪びれる素振りもなく自分に微笑むイアンの姿に違和感を感じ、少女エアリーの表情は曇っている。


「・・・・・でもエアリー、こいつらは絶対に殺すよ」


「え?」


イアンに目を向けると彼の周りには不穏な空気が流れ、その顔は陰湿で不気味な笑みを浮かべている。


「僕はね、エアリーには永遠に美しいままでいて欲しいんだ」


「・・・・・・」


「だから二千年前・・・・・僕は決意した」


「・・・・・決意?」


「そうさ。エアリーの体は不老不死の魔法によって美しさを保たれている。でも、もしその魔法を解除する方法がこの世界に存在したら・・・・・それを想うと僕は不安で不安で仕方なかった。だからその可能性を全部潰すと決めたんだ」


「!?」


一点の曇りなく笑うイアン。

少女エアリーが、姉であるエアリーが、自分の話に興味を持ってくれたのが嬉しくて堪らず、彼女の周りをゆっくりと歩き始めた。


「まず、エアリーと僕以外の魔法使いとその一族を殺して、次に魔法使いに縁のある遺跡や史跡を壊す。魔法関連さえ世界からなくしてしまえば僕の不安は解消されたも同然だ。今、この世界にいる魔法使いだって、魔法使いを名乗るのも烏滸(おこ)がましい『力』しかないからね。他の人間が幾ら不老不死を追い求めようと無駄さ。人間が創り出した科学でも・・・・・僕達魔法使いが持つ『力』がなければ不老不死なんて夢の夢さ」


「・・・・・・・・」


イアンの話に耳を傾けながら、彼がとった行動に絶望しつつ、いつも自分の胸の片隅に置いてあった認めたくない真実をつきつけられて、少女エアリーの心は乱れていた。


「・・・じゃあどうしてあなたはここにいるの?今の話しから言えば、魔法使いや魔法以外は価値なんてない。人間がいくら足掻こうが全て無意味。だったらこんな所に来る必要もないのだから放っておけばいいでしょう?」


イアンの足がピタッと止まった。

そして、笑みを絶やさず少女エアリーに近づき、彼女の前に跪く。


「エアリーの言う通りだよ。人間は何をしようと、結局は何もできない・・・・・・・でもね」


「?」


「あいつら人間は稀に、本当に稀だけど、僕達が考えつかない発想をし、実行する時があるんだ。特に科学者という生き物は・・・」


「だから・・・科学者も殺すのね?」


少女エアリーの問いに笑顔で答えると、イアンの右手に巨大な炎の塊が現れた。


「!?」


イアンは右手の炎を天井目掛けて思い切り投げ付けた。

炎の塊は地下からルーガスタワーの頂上まで一気に突き破り、それに続くように下から順に大きな爆発音が響いていった。

美しく光り輝いていたルーガスタワーの灯りは消え、今は見る影もなくあらゆる所から黒煙があがり、赤い炎に包まれていた。

タワー周辺ではサイレンの音が鳴り響き、爆発音に驚いた都市市民達が家の窓や外から、赤く燃え上がったルーガスタワーを不安そうに見つめている。

それは、ラフとイクプロウも例外ではなかったが、都市市民達と違って、彼らにあるのは不安よりも焦りの方が大きかった。

彼女の身に何かが起こったのではという、強い焦りが・・・・・・・。









「エアリーとイクプロウは・・・どうして・・・たびをしているの?」


黒髪の少年№七十四と出会って、既に三ヶ月が経とうとしていた。

エアリーとイクプロウは、ほぼ毎日№七十四のもとを訪れていた。

最初は何をしても反応のなかった№七十四だが(イクプロウには反応したが・・・)エアリーやイクプロウが№七十四のことを尋ねたり、日常の何気ないことや外の世界のことを話したりしてみると、表情はまだ読み取れないことも多いが、段々と瞳に意思が感じられるようになり、少しずつ会話にも参加するようになっていた。

最近は言葉と文字に興味を覚えたらしく、二人と一匹で勉強会を開いている。

今日もいつものように、エアリーとイクプロウが№七十四のいる牢屋を訪れ、持ってきた紙とペンで文字を教えている時に、ふと№七十四が口を開いた。

エアリーとイクプロウは顔を見合わせ笑った。

自分達のことを少年が尋ねてきたのは出会って以来、これが初めてだったからだ。

自分が変なことを言ったのかと不安になってエアリーとイクプロウを見る№七十四に、エアリーは微笑みを返した。


「今私達が笑っているのはね、あなたの成長が感じられて・・・それが嬉しくて笑ったの」


「お主が他人に興味を持つようになったからな。子供が成長するのはあっという間と聞くが・・・・本当だな」


「年寄りくさいわよ、イクプロウ」


「???」


エアリー達の会話の意味がまだ良く理解できない№七十四は黙って首を傾げるしかなかった。


「・・・どうして私達が旅をしているのか、ね・・・・・・知りたいの?」


一瞬エアリーの表情が陰ったが、№七十四は気づかない。


「うん」


近頃、少年にとってエアリーの声を聴くのは楽しみの一つになっているようで、何度も大きく頷いている。

それを黙って見ていたイクプロウは嫌な予感を感じ始めていた。


「・・・・そうね。また今度教えてあげるわ」


「こんど・・・?」


「ええ、また今度ね」


「・・・・・・・・・・・・うん。わかった」


№七十四の気のない返事にエアリーは少しだけ、悪かったかなと反省した。


「とりあえず、今日の勉強はこれで終わりにしましょう。続きはまた明日!」


「そうだな。子供はもう寝る時間だ」


イクプロウもエアリーの意見に賛成し、屋敷へ戻ろうと彼女の右肩に乗ったが、エアリーは動かず座ったままだ。


「あなたもこっちにいらっしゃい」


「?」


「!」


エアリーの言葉とその後の動作にイクプロウと№七十四は真逆の反応を見せた。

№七十四はエアリーの動作の意味が分からず首を傾げているだけだが、イクプロウにはバッチリ意味が分かる。

エアリーは自分が膝枕になるからここを頭にして寝なさいといっているのだ。それはイクプロウにとって・・・・・・悔しかった

あの宴会の日に膝枕をしてもらえたイクプロウだが、結局あの夜一度きりだった。

それなのにこの№七十四は自分が見ているだけで既に九回もしてもらっている。

なんと羨ましい奴だ!と、イクプロウはその光景を見る度に嫉妬に駆られているのだが、小動物は決してそれを表に出さず、内々で気持ちを処理している。

№七十四はエアリーが手招きしているので近づくと、そのまま膝の上へと寝かされた。


「!!!」


両目が血走るイクプロウ。

小動物の気持ちを知ってか知らないでか、エアリーは№七十四の頭を優しく撫で始めた。

彼女の右肩からは歯軋りがする。一方の№七十四はいつもの硬い床で横になるのとは違い、初めてのエアリーの膝枕に内心落ち着かない気持ちでいた。(既に何度か経験しているのだが、いつも№七十四が眠った後にしてあげているので本人は知らない)


「今日は膝枕で昔話をしてあげるわ。途中で眠たくなったら寝ていいからね」


寝ていいとは言われたが、何故か胸がドキドキし始めて眠れるのかな?と、少し自信のない№七十四であった。


「むかしばなし・・・?そとのせかいのはなしじゃなくて?」


「そうよ。今日は昔の人が作ったお話、物語を話してあげる!」


エアリーはにっこりと微笑むと目を閉じ、語り始めた。

小動物イクプロウも今は落ち着きを取り戻し、目を閉じ彼女の言葉に耳を傾けている。


「昔々、ある村に一人の美しい少女がいました。

少女はその容姿から、みんなに愛されていましたが、同時に憎まれてもいました。

なぜなら、少女の内面はとても汚れていたからです。

自分勝手で我が儘、常に自分のルールで行動し、自分のすることが全て正しいと信じて疑わない、自己中心的な少女でした。

そんな少女を、異性はまだしも、同性の中には快く思わない人がたくさんいました。

しかし、少女に危害が加えられるようなことは、一切起こりませんでした。

それは、少女が魔法使いだったからです。

魔法使いの中でも特に魔力の強かった少女に、みんな仕返しされるのを恐れて、手を出すことができませんでした。

少女は・・・・・・自由でした。

身体も心も何にも縛られることなく、このまま好きなように生きていけるのだと信じて疑いませんでした。

そんな少女にも、魔法使いである父親、母親、そして、双子の弟の三人の家族がいました。

両親は、子ども達を溺愛していました。

美しく強大な魔力を持つ子ども達。両親は子ども達が欲しい物、望む物は何でも与えてあげました。

でも、たった一つだけ、与えられないモノがありました。

それは・・・・・・・・・・時間です。

少女は自分の美しさが自慢でした。

だから、自分の美しさが永遠に続かないかと家族の前で嘆いたことがありましたが、子供の願いを全て叶えてきた両親でさえ、少女の、人間の時間を止めることだけは、できませんでした。

そして・・・・・・・少女にとって運命の日がやってきました。

少女の十八歳の誕生日。

毎年のように友人や村の人達からたくさんのプレゼントを貰った少女は満足そうに家に帰っていきましたが、家の前で足を止めました。

いつもだったら家に明かりが点いているはずなのに真っ暗なのです。

玄関の扉を開け、手に持っていた荷物を置きながら両親と弟を呼びました。

室内を回って見ましたが、やっぱりどこの部屋も真っ暗で人のいる気配が感じられません。

少女は不思議に思いながらも暫くすれば帰ってくるだろうと思い、自分の部屋でプレゼントの中身を確認し始めました。

すると、弟が帰って来ました。弟に両親のことを尋ねると、弟は言いました。

“父さんと母さんは死んだよ”

そして・・・・・・・“姉さん、誕生日おめでとう!”

弟は微笑むと呪文を唱えだしました。少女は訳が分からないまま赤い光りに包まれました。

光にはたくさんの文字が浮かび、それは少女の体へと入っていきました。

その瞬間、少女は激しい激痛に襲われ、そのまま深い眠りについてしまいました・・・・・・・。

朝になり、少女は目を覚ましました。痛みはなくなっていて、辺りを見回すと弟が倒れていました。少女は恐る恐る弟に近づいてみました。

弟は・・・・・・・死んでいました。

驚いた少女はその場から逃げるように外へと飛び出し、大声で叫びました。

人が死ぬのを初めて目にしたのです。

両親や友人、村の人、誰でもいいから助けて欲しいと力の限り叫びましたが、誰一人家から出てきません。

なぜなら・・・・・・村人全員が死んでいたからです。

それから、どれくらいの時が経ったのでしょう。

驚きに明け暮れた少女は、あることに気がつきました。少女は・・・・・・・・・・・・

あら?眠ってしまったかしら?」


語り手のエアリーは、№七十四の安らかな寝息が聞こえてきたので目を開けると、その寝顔に思わず口元が緩んだ。


「残念ながら脳の許容範囲を超えてしまったようだな。理解できず眠ったようだ」


イクプロウも№七十四のあどけない寝顔を見つめながら答える。

その返答に少し不服なエアリーはイクプロウを半目で見つめる。


「私の声が子守歌代わりで気持ち良かったから眠ったとは言ってくれないの?」


「今の話し、子供には刺激が強すぎると思うが・・・・・・」


イクプロウの答えにエアリーは固まる。そして少し考え込むと、再び№七十四の顔を見つめた。

いつものエアリーとの会話のやりとりだと思っていたイクプロウだったが、エアリーには違ったようで戸惑った表情を見せている。


「・・・・・・そう、そうかもね。子供が寝る時にこんな話しはいけないわよね・・・・・。こんなことをしてもらったことも、して欲しいとも思ったことがなかったから、言われればその通りよね。もっと楽しい話しが良かったかしら?」


涙目のエアリーにイクプロウはおおいに慌てた。

エアリーの涙には弱いのだ。


「否!そ、そんなことはない!この少年も喜んでいたと思う!こやつはお主の声が好きなようだし!・・・・・大体、この少年は一般的な子供達が送る生活環境とは随分かけ離れておるから特に問題はなかろう。だからエアリーが気にすることはない!全くない!」


狼狽しながら必死に弁護してくれる可愛いイクプロウの姿に、思わず声を上げて笑いそうになったエアリーだが、ここが静かな牢屋だということを思い出して、寸での所で踏み止まった。

そして、イクプロウに花のような笑顔を見せた。


「ありがとう、イクプロウ」


その笑顔にやられた小動物は顔を真っ赤に染めると頭から湯気を出し、項垂れてしまった。

今の所、意識はここにはないようだ。

膝の上に眠る無邪気な№七十四に、エアリーは悲しげな眼差しを向けた。


「・・・・・少女は、少女の時間(とき)は、弟の魔法によって完全に停まってしまったのです。

それ以来、少女はお腹が空くことも、眠ることもできなくなりました。

それから、どれ位の時間(とき)が過ぎたでしょう・・・・

少女は旅にでることにしました。

自分の時間(とき)を再び動かす方法を見つける為の、長い、長い旅を・・・・・」

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