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ジーベルの望み

 城塞都市ルーガスの市長は、都市市民による選挙で決められるのではなく、世襲制度を執っている。

現在の市長ジーベル=ルーガスも同様で、彼が三十の時に突然父親が急死した為、急遽その後を引き継ぐこととなった。

彼が市長に就任した当初、都市の経営は傾いており、また、彼自身が若いこともあって、人々の間ではこの都市の将来を不安視する声が出ていた。

 しかし、彼は大規模な税制改革を行い、公共事業の見直しや廃止、福祉事業の縮小や充実、都市内外の積極的な交流、そして都市事業のすべてを徹底的に情報公開していった。

その為、不安視していた者を始め、改革に不満を唱えていた者も、今では大多数の都市市民が理解を示し、安定した生活を送ることができている。

彼の治世は、約二十五年守られているが、近年、都市市民の間でジーベル=ルーガスについて不穏な噂が流れていた。それは・・・


<ジーベル=ルーガスは、都市市民を使って不老不死の研究を行っている・・・と>


「それは噂であり、確たる証拠があるのか?」

 

数時間前、衝突の再会を果たしたラフとイクプロウは、三日前から活動拠点にしている宿屋の一室にいた。部屋にはベッドとその横に小さな棚、そして棚の上にランプがあるだけの簡素な部屋だったが、ラフにとっては屋根とベッドがあるだけで十分な快適な部屋だった。

ラフはブーツのままベッドに寝転がり大きな伸びをした。


「焼香・・・じゃなかった。証拠なんてないけど『火の無い所に毛虫は立たぬ』って言うだろう?だから・・・」


「『火の無い所に煙は立たぬ』だ。愚か者。そして、ブーツを履いたままベッドに上がるな」


「・・・うるせーな」


イクプロウの指摘に子どもっぽく口を尖らせながらも、渋々と上半身を起こし、両足を床に降ろしたラフだが、この都市に来て初めてエアリーに繋がる有力情報を得た嬉しさから、すぐに気持ちの悪い笑顔へと変わった。

そして勢いよく立ち上がると、部屋にある唯一の出窓から外を眺めているイクプロウの隣に並んだ。


「噂でも何でもいいから今から行ってみようぜ。もしかしたらあそこにエアリーがいるかもしれない」

 

ラフの指差す方向には、都市の中心部に(そび)え立っている、四十階建てのルーガスタワーが黄色に光り輝いている。

ルーガスタワーこそこの都市の政治・経済の中枢機関であり、尚且つルーガス家の居城でもある。

その地下で不老不死の研究をしていると、ラフが留置所で掴んだ情報だった。


「しかし、罪人達が主に実験体にされているというのであれば、そのまま捕まっておけば良かったものを・・・」


イクプロウはラフが掴んだ情報を冷静に分析し、留置所から出てきたことを責めた。半目で自分に視線を送ってくるイクプロウに対して、ラフはすかさず反論した。


「俺は不実・・・じゃなかった。無実の罪で捕まったんだぞ。なのに何であんな所で待たないといけねーんだ。そんな時間がもったいねーから抜け出して来たんだろう。誰かさんが助けてくれねーから!」


イクプロウの片方の眉根がピクッと動く。


「儂に助けを請う前に自身の人相の悪さを恨むのだな。何なら今流行りのプチ整形とやらをしてみたらどうだ?今よりは親しみやすい顔にしてもらうが良かろう。あっ、どうせなら儂のような円らな瞳にしてもらえ。そうすれば人気間違いなしだ」


イクプロウは短い右の前足で、必死に自分の瞳を指しながら答えた。


「・・・・・でも、お前が言葉を話したら、一瞬でみんなが逃げていくだろうが」


「!!」


睨み合う一人と一匹。

すぐにでもイクプロウに殴り掛かりたいラフだが、殴ったら負けだ。俺は大人の男なんだ。大人の男はそんな野蛮な真似はしないんだ。と、自分の心と冷静に向き合おうとしていたが、イクプロウが鼻を鳴らし、


「愚か者め」


「!!!!!」


この一言でラフの冷静さはあっけなく砕け散り、狭い部屋の中でイクプロウを追いかけ回す羽目となった。

数分後、上下左右の宿泊者達から「うるさい!!」との一喝を入れられ、一人と一匹の鬼ごっこはあっけなく幕を閉じた。以前のラフなら怒りに任せて宿泊者達にも突っかかるところだったが、少しは成長したようだと、イクプロウは内心嬉しく思っていた。


「とにかく、タワーに行くぞ。イクプロウ」


気を取り直したラフは、外に出ようとドアノブに手をかけようとした。


「儂は行かぬ」


予想外のイクプロウの反応に、ラフはベッドに座って自分を見ているイクプロウに睨みつけた。


「何でだよ?お前が一緒じゃねーと、もしエアリーに会えても『約束』が果たせねーだろう・・・・・お前、エアリーに会いたくないのか?」


(もう会ってしまったがな)


と、心の声は決して口には出さず、心の奥底に閉まっておいて。


「ラフ。儂はお主と旅をしながらずっと考えていたのだ」


イクプロウの言い回しに話しが長くなると感じたラフは、今すぐ宿屋から飛び出したい気持ちを必死に抑え、ベッドに腰掛ける。


「・・・何を?」


イクプロウが考えていたことがさっぱり分からず怪訝な表情のラフ。


「何故エアリーはお主に儂を預けたのか」


「お前・・・ずっとそんなこと考えてたのか?そんな分かりきった答えを・・・・・簡単じゃねーか『約束』を果たす為にお前を俺に預けたんだろう」


腰に手を当て鼻で笑い飛ばすラフをイクプロウは真剣な眼差しで見つめ、大きなため息をつき告げた。


「『約束』を果たす為だったら儂ではなくて他の物でも良いのではないか?お前がエアリーから貰ったそのピアスのように」


無意識に、左耳に付けている逆十字のピアスを指で触るラフ。


「儂とてお主が今口にした理由を考えていなかったわけではない。しかし、今日久方ぶりにエアリーに再会して儂は確信した。エアリーには『約束』を果たす気は全くなく、お主の言葉通り、否、お主に儂を託したのだ。エアリーは、二度とお主と再会する気はない」


ラフの目が大きく見開かれる。

突然聞かされた、イクプロウがエアリーと再会した事実。

そして、九年前の『約束』の反故。

この二つが暫く頭の中から離れず動けずにいたラフだが、落ち着きを取り戻すと、勢いよく立ち上がり、イクプロウに背を向ける。


「お前が俺より先にエアリーに会ったのは許せねーけど、とりあえずそれは置いておく」


イクプロウの予想に反してラフの口調は極めて落ち着いていた。


(忘れて結構)


「・・・エアリーが俺にお前を託したと言ったな」


「そうだ」


「・・・お前が嫌いになったから俺に託したとかじゃないよな?」


「それならばエアリーがハッキリと儂に言うであろう。嫌いだ、と・・・・」


自分の失言に気づいた時にはもう遅く、ラフが顔だけこちらに向け、ニヤニヤと嫌らしい笑みを向けている。


「自分で言って、今悲しくなっただろう?」


「・・・世迷言を」


ラフとは反対方向に顔を向けてしまったので、イクプロウが今どんな表情をしているか分からなかったが、若干の動揺を見せるイクプロウの態度に、ラフは少し笑ってしまった。


「なぁ、イクプロウ」


動揺から平静を取り戻した小動物は愚か者の顔をそっと盗み見る。

 

「俺、『約束』を果たしてエアリーとお前と・・・まぁ、エアリーと俺の二人だけでもいいんだけど」


(殴るぞ)


「エアリーの旅の目的を手伝いたいんだよな。それには一人より二人の方が絶対にいいと思うわけ」


(儂はどこに行った)


「だけど・・・エアリーは一人が良いって事なんだよな?」


「そうだ」


頭の中で導き出した答えを確認するように、真剣な面持ちで話すラフにイクプロウははっきりと告げた。ここでごまかすのはラフにとって全く無意味だと判断したのだ。

ラフは背中から倒れるように再び体をベッドに預け、天井に目を向けた。

いくつかのシミが見えるが、そんな物は今のラフの目には入っていなかった。

頭の中を様々な考えが浮かんでは消えていく。

視線は天井に向けたままラフは呟いた。


「・・・イクプロウ。エアリーが一人でいたい理由、それは何だ?エアリーと旅をしたことがあるお前なら、検討がついているんだろう?」


部屋に唯一ある小窓から外を眺めるイクプロウ。

その瞳には、金色に輝くルーガスタワーが映っている。

そしてそれを消し去るかのように目を閉じた。


「エアリーは恐れているのだ。自分の親しい者がいなくなることで、心が傷つくのを・・・・」








 ラフとイクプロウが宿屋で話し合っている時、金色に光り輝くルーガスタワーのエレベーターに乗っているジーベル=ルーガスがいた。

彼は護衛も付けずに、単身一人で地下へと降下していた。

もうすぐ五十六歳になるというのに、彼はスーツの上からでも分かる引き締まった肉体、灰色の短髪に、眼鏡の奥に鋭い眼光を兼ね備えている。

そんなジーベル=ルーガスは、都市の若い女性達にはちょっとした人気がある。

エレベーターが最下層の地下十五階に到着し扉が開くと、ジーベルは目の前に続く長い大理石の廊下を歩き始めた。

左右にはいくつもの扉があるがそれには目もくれず、一番奥にある扉の前で足を止めた。

そして、扉の右横に設置してある黒いディスプレイに手を(かざ)し、指紋照合をした後、ディスプレイに出てきた数字のボタンを何個か押すと、


〖指紋及びパスワード確認終了。ジーベル=ルーガス様ご本人と確認。どうぞお入り下さい〗


機械的な声が聞こえ、目の前にある金属性の分厚い扉が重々しく開き、彼が部屋に入ると他者の侵入を拒むかのように再びドアが閉まってしまった。

二十畳程の部屋の中は薄暗く、様々な機械設備や書類が四方に並べられている。部屋の中では、白衣を着た何人かの男女が機械設備に触ったり、文献を閲覧したりしている。

ジーベルは彼らを眺めた後、歩みを進めた。

そして、椅子に腰掛けている一人の男に声をかけた。


「研究は順調か?ロス」


声をかけられた男ロスは、自分の隣に立ったジーベルを見上げ苦笑まじりに答えた。


「答えはNOだ。ジーベル」


ジーベルとロスは高校時代からの同級生であるが、二人の外見はまったく異なっている。

ジーベルを陽とするならロスは陰。

ロスは目の下のクマが酷く体は色白でやせ細っている。髪もここ何年か散髪に行っていないのか、ボサボサで、輪ゴムで簡単に一つに結んでいるだけである。

ジーベルがロスを横目で見た後、近くにあった冊子を手に取り、パラパラと(めく)り始めた。

そこには何百もの実験結果が記載されている。


「研究を始めて五年になるが、今一つ成果が見られないな」


「ジーベル。我々が研究しているのは、神の領域を侵す行為なのだ。五年やそこらで簡単に結果が得られるモノではないよ」


「科学者が神を信じるとは驚きだな」


冊子に目を向けたまま、含み笑いをするジーベルに嫌悪感を露わにするロス。


「それは偏見というものだ。ジーベル」


「そう怒るなロス。私は非難しているわけではない」


「・・・・・・・・」


ジーベルの言葉に納得できないロス。

ジーベルはそんな彼の気持ちなど無視して冊子を元に戻すと、正面に目を向けた。そこは、壁一面がガラス張りになっており、ガラスを隔てた向こう側には、上半身裸の男が天井から垂れ下がっている手錠に両手首を縛られた状態で吊るされている。

男の体には多数の切り傷やすり傷、火傷の痕などがあり、床には鮮やかな血と変色した血が混ざり合っている。

男は頭が項垂(うなだ)れており、顔が見えず少しも動かない。


「今回の実験も失敗のようだな」


ジーベルの人を突き放し見下すような口調に、ロスは不快感を隠すことなく露わにする。

ロスは自分が下した命令で、目の前で生きていた人間が死体に変わっていくのを見慣れることができない。

それに対してジーベルは、顔色一つ変えることなく冷淡に死体を見つめている。

そんなジーベルを見る度に、自分はまだマシな人間だとロスは考えていた。


「残念ながらそのようだね」


疲れたように溜息を一つ吐くと手元にあるいくつかのボタンの中から黄色のボタンを押した。

すると、吊るされていた男の手錠が外れ、同時に、男の足元にマンホール位の穴が開き、男はその中に吸い込まれるように落ちていった。

穴の先には高熱のマグマの世界が待ちかまえ、男が生きて目を覚ますことは完全になくなった。

穴が閉じるのを確認すると、ジーベルは体をロスへと向けた。その顔は普段都市市民達に見せる美しい表情とは異なり、とても醜い表情だった。


「ロス。何かしらの成果をそろそろ見せてもらえないと、いくら我慢強い私でも限度がある」


ロスはジーベルの口から予想しなかった言葉が出てきて目が点になる。


「・・・何だ?」


「・・・我慢強いね・・・」


笑みを浮かべたまま椅子を回転させ、ジーベルと対峙するロス。


「ジーベル。君が本当に我慢強い男だと言うのならば、父親を殺したりしない」


ジーべルの指先がピクッと反応する。


「この都市の市長は選挙ではなく世襲制度で決められる。ジーベル、君の親父さんが亡くなれば必然的に君が市長になる、都市市民の誰もが知っている。富も権力も絶対に君に引き継がれる。なのに君は親父さんが亡くなるのを待つことができなかった。だから二十五年前、君は病死に見せかけて親父さんを殺害した。自分の手は汚さずに暗殺者を雇って、ね・・・。そんな君が我慢強いなんて僕にはおかしいのさ」


互いの腹を探り合うかのように見つめ合う二人。

二人の会話を黙って耳にしている科学者達は、緊迫した空気に手に汗握り、研究どころではなかった。

ふと、ジーベルが口を開いた。


「父が死ななければ、私がすべてを行使する権利は与えられなかった」


「・・・・・・」


「富や権力は若い時にこそ必要なのだ。年老いてから得ても意味などない。そして、それを永久に我が物としたいのは、人間の(さが)だろう?だからこそ、生物学の権威である君に五年前依頼したのだ。私を不老不死にして欲しいと」


熱を帯びたジーベルの口調に対し、ロスはつまらなそうな顔をする。


「・・・僕は不老不死にはなりたくないけどね」


「しかし、引き受けてくれた」


ロスは小さな溜息をつくと、ジーベルトとは反対側に置いてあるパソコンへと向かって椅子を横に滑らせた。

そして、キーボードに両手を置き、視線を画面に向けたまま先程の実験結果を素早く打ち込んでいく。


「だから君がその第一人者となる為にも一刻も早く私に結果を見せてくれ。君も私の父のようにはなりたくないだろう?」


その言葉にキーボードを打つロスの手が止まる。

そして、ゆっくりとジーベルの方へと首を動かす。

そこには胸の前で腕を組み、冷然たる態度と視線を投げかけるジーベルの姿が予想通りあった。


「僕を脅しているのかい?」


ジーベルが作り出す重々しい雰囲気に呑まれないように穏やかな口調で答えるロス。

しかし、内心は心臓が早鐘のように鳴り響いている。


「否定はしない。それだけの金と労力をかけているからな」


鋭いジーベルの視線がロスの胸を突き刺さり、思わず視線を逸らした。

今ジーベルが言ったように、ルーガス家の富と権力のおかげで、この研究室にはこの都市屈指の科学者と最新の機械設備が整っている。

それもすべてはジーベル=ルーガスが不老不死になる為に・・・・・・。

その難しさをジーベル自身も理解しているからこそ今まで待つことができていたが、彼も五十を過ぎ焦りを感じている。

このままではジーベルの父、そして、自分がここに来る前に研究していた科学者達と同様の運命を辿る日も、そう遠くないとロスは認識した。


「次の実験を失敗したら、あなたもマグマの一部になるのね」


突然、今、自分が頭の中で思っていたことが誰かの口から発せられ、驚くロス。

目の前にいるジーベルも、目を見開いてロスを見ている。

それは他の科学者達も同じで、みんな作業の手を止めている。

部屋にいる全員の視線が、外へと繋がる唯一のドアへと向けられる。

薄暗い部屋の中、目を凝らして見ると、一人の小さな少女がドアにもたれかかって立っている。

口元は緩やかな弧を描き、小さな足が一歩ずつジーベルとロスへと近づいていく。

少女は彼らの数歩前で歩みを止めると、満面の笑みで二人に告げた。


「初めまして。ジーベルさん、ロスさん。アポイントは取っていませんが、あなた達の研究資料をすべて見させて下さい」


目を細めて少女を見つめるジーベル。

そして、ジーベルと少女を不安気に見つめるロス。

驚きと不安と動揺の入り混じった研究室で、唯一人、少女エアリーは微笑みを絶やさなかった。

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