留置所の中で
「キャーーッ!!」
「子ども、子どもが銃を持っているわ!!」
「誰か警察を!!」
公園に響き渡った一発の銃声。。
和やかな光景が一変、公園で遊んでいた人々は今は恐怖で顔が歪み、我先にと公園から走り去っていく。
「残念。ハズレだ」
銃口の先にいたラフ。
弾は間違いなく彼の体を直撃するはずだったが、何故か当たりもかすりもせず、彼の十㎝前位で見えない壁のようなモノに当たり、弾がカランと音を立てて地面に落ちた。
ラフに銃口を向けた少女は銃の扱いに慣れていなかったようで、銃を撃った反動で地面に尻餅をつき、その衝撃で銃を手放してしまった。
銃は地面を滑りラフの足元で止まると、彼は銃を拾い上げ、銃と少女を交互に見つめた。
少女は肩で息をし、目には涙を溜めながら必死にラフを睨んでいる。
その視線に臆することなく、ラフは一歩一歩ゆっくりと足を進めた。
そして、少女の目の前に立つと、膝を曲げ目線を合わせ、少女を凝視した。
「お前・・・・」
ピーーーーッ!!
突然の音に驚くラフと少女。
音がした方向に目を向けると、少しメタボ気味の中年警官が首からぶら下げているホイッスルを口に銜え、自転車で公園の中に入ってきた。
公園に設置されている案内標識を見た後、中年警官を見たイクプロウは、公園内が自転車禁止だというのをこの中年警官は知らないようだな、と冷静に分析していた。
「どこだ?銃の発砲事件があったの・・・・は?」
自転車から降り周囲を見渡すと、それはすぐに見つかった。
・弱々しく潤んだ目で中年警官を見つめる幼い少女
・雄々しく鋭い目で中年警官を睨む少年。(手には少女の銃)
「・・・・・・・・・・・・・」
中年警官は思案する素振り(本当に素振りだけ)を見せた後、満面の笑みでラフに告げた。
「逮捕」
「何ーーーー!?」
中年警官の早業で、いつの間にか紐付きの手錠を掛けられたラフ。手錠と中年警官を交互に見ながら絶叫する。
(愚か者め・・・)
銃声後、少女の方角へと避難していたイクプロウは、ラフの無様な姿を半目で見つめている。
「ちょ、何だよこれ!俺まだ何もしてねーよ!」
(何かするつもりだったのか・・・愚か者め)
これまたいつの間にか紐付きの手錠を自分の自転車へとしっかりと結んだ中年警官は、初めて犯罪者を捕まえた喜びのあまりラフの抗議などを全く聞こえていなかった。上機嫌で自転車のペダルを踏みこみ、ラフを引きずりながら公園を去っていく。
「これで俺の給料上がるかな」
「アホか!そんなの上がるわけねーだろう!ってかオイ!イテッ!イテッ!・・・これ外せーーーー!!」
二人のやり取りを呆気にとられながらも見ていた周囲の人々は、各自納得し、何事もなかったかのように、各々の活動を再開した。
微かに「ご主人様を助けろーーー!!」と、遠くからラフに似た声が聞こえたような気がしたが、ペットでも執事でもない自分には全く関係のないモノだと判断したイクプロウはその声を完全無視し、ラフの背中を見送った。
(また会うこともあるだろう・・・)
静けさを取り戻した公園で、イクプロウは騒ぎを起こした張本人である少女に目を向けた。
少女は手で顔を覆いその表情は見えないが、肩が小刻みに震えている様子から、どうやら・・・
「アーハッハッハッハッ!!!」
・・・・笑っていた。
少女の様子が落ち着くまで黙って見守っていたが、笑うのに飽きた少女は目に溜まった涙を手で拭いながら、言葉を発した。
「あー、久しぶりに大笑いしてしまったわ。何てタイミングが悪いのかしら」
先程まで聞こえていた声とは全く違う、少女らしからぬ大人びた口調にイクプロウは大きな溜息をつき、少女へと歩みを進めた。
今、目の前にいるのは少女ではない。魔法で少女の姿をしているだけで、本当の姿は・・・・・。
「酷い芝居だ。あの男の心の傷に触れるとは・・・」
目の前で小動物が話しているのに特別騒ぎ立てたり驚いたりせず、当たり前のように受け止めるとスッと立ち上がり、スカートについた土を手で掃うと、子供らしいあどけない笑みをイクプロウに向けた。
「お説教が始まるんだったら、お土産の羊羹あげないわよ」
羊羹の単語に瞬時に目の色が変わるイクプロウ。
そして、一つの質問を投げかける。
「・・・・それは小豆入りか?」
「もちろん!」
その答えにイクプロウの目はハート型へと変わり、長い尻尾を左右に振り始めた。それはまるでおあずけ前の犬を連想させた。おあずけ中のイクプロウは、苦笑する少女の右肩に軽やかに飛び乗った。
「とにかく人気のない所に行かぬか?公園では人が多すぎてお主とゆっくり話ができぬ」
「そうね。また売りとばされたら困るものね・・・・あ!お茶する前にひとつお願いしておきたいのだけれど、ラフの・・・」
少女が言い終わる前にイクプロウは返答する。
「目のことなら心配いらぬ。お主と出会った瞬間にラフとの目の接続は切ったからな。あいつが儂の目を通して外を見たいと思っても今は見ることはできぬようにしておる」
「ありがとう、イクプロウ」
「当然だ。あいつよりお主との方が付き合いが長いからな。エアリー」
イクプロウははっきりと少女の名を口にした。
少女エアリーは穏やかに微笑むとイクプロウと共に公園を後にした。
その頃、不運な少年ラフは既にルーガス交番の留置所へと放り込まれていた。
「おい!ここから出せよ!俺は何もしてねーって言ってんだろう!!」
留置所の鉄格子を両手で掴み、不合理な今の状況に怒りを露わにして叫ぶが、目の前に突っ立っている監視役の警察官は視線を合わせることなく、完全無視で沈黙を守っていた。
「クソッ!あ~マジイラつく!!何で俺がこんな目に合わなきゃならねーんだ!」
鉄格子を何度も何度も乱暴に蹴るが、足が痛いだけで外に出られる可能性は全くなかった。
「坊主あきらめろ。そんなことしたって開かねーよ」
不貞腐れ顔で後ろを振り向くと、何人もの暑苦しい男達がにやにやと気持ち悪い笑みをラフに注いでいる。
背格好はそれぞれだが、みんな無精髭を生やし何日も風呂に入っていないのか、頭にはフケが溜まり、そして・・・・強烈に臭い。
「で、お前は何をやったんだ?詐欺か?盗みか?」
男達の興味津々の表情に、ラフは少しの沈黙の後にっこりと微笑み、
「殺人」
「だーーー!!マジかよ!俺は万引きで賭けてたのに!」
「おいらなんか下着泥棒だぜ!」
「俺は食い逃げ!」
「お前らうるさいぞ。賭けは・・・俺の一人勝ちだな!じゃあ、タバコ一本ずつもらおうか」
「くっそーーーーー!!」
「・・・・・・・・!!!!!」
自分の罪が男達の賭けの対象にされていたことに気付いたラフは、怒りを必死に抑えながら、勝ち組が負け組からタバコを回収していくのを冷やかな笑みで見つめていた。
そんな中、監視役の警察官も一回舌打ちをすると、勝ち組にタバコを渡していた。
(こいつら・・・・殺っていいかな)
恐ろしいことを考えている頭の片隅で(ラフ自身は全く恐ろしいとは思っていないが)先刻、銃を突きつけてきた少女を思い出していた。
正確には、思い出そうとしたが、思い出せないでいた、が正しい。
自分の過去を振り返れば命を狙われてもおかしくはないし、実際、公園で起こったような出来事は、ラフにとって日常茶飯事だ。
自分はそれだけのことをしてきた自覚は十分にある。
だから、自分の過去に関係のある人物はすべて頭の中に叩き込んでいるはずなのに、あの少女は全く記憶になかった。
何故だろうと頭の中で考えをめぐらせながら、ふと、イクプロウの目と繋がっている左目から外の様子を視ようとしたのだが、暗闇しか視えず、ガックリとその場に座り込んだ。
(あの小動物、接続切りやがったな!)
すると、勝ち組の男がラフに向かって一本のタバコを投げつけた。
「坊主のおかげで勝てたからな。それは、まぁ・・・礼だ」
意地の悪い笑みで勝ち組の男が言う。
男の手には既に火のついたタバコが握られ、紫煙が周囲を漂っている。
監視役の男は普段とかわらぬ見慣れた光景に、見て見ぬふりをしていた。
ラフは受け取ったタバコを手に取るが、紫煙をゆらすことなく投げ返した。
慌ててタバコを受け取る勝ち組の男は、ラフに驚きの表情を向ける。
ラフは口元に弧を描き、今までとは違う柔らかい雰囲気を醸し出している。
「俺は長生きしたいからそれはいらねー。ありがとな、おっさん」
「?」
ラフの態度に戸惑う勝ち組の男。
他の男達はそんなラフの態度を笑い飛ばしていた。
「何だよ坊主。せっかくのおやっさんの気持ちを!」
「そうだぜ。人殺しをした奴がそんな小さなこと気にするな」
「人間死ぬ時は死ぬんだからよ」
そんな男達の言葉を聞いても、ラフは笑みを絶やさなかった。
勝ち組の男は他の男達が嘲笑する中で、ラフには決して揺らぐことのない確固たる信念があると感じた。
「長生きといえばおやっさん知ってます?」
「何をだ?」
ラフの言葉をきっかけに何か思い出した一人の男が、勝ち組の男に話しかけてきた。
「この城塞都市ルーガスの市長、ジーベル=ルーガスの噂」
「ああ・・・あれだろう?」
「あっ、俺も聞いたことある」
「おいらも聞いたことある」
他の男達も話の内容に検討がついたようで次々と口を挟む。
「何だ?一体何の話だ?」
いまいち話しの内容が分からない勝ち組の男は、男達の話し方に少しイライラし始める。
「おやっさんも耳にしたことがあるはずですよ。ルーガスが不老不死の研究をしているって!」
「!!」
瞬間、男の言葉にラフの目が驚きで見開かれる。
「ああ、その話か・・・二年前だったか?その噂が流れ始めたのは。確か何人もの市民が秘密裏にルーガスの屋敷に連れて行かれ実験体になっているとか・・・・・」
「そうですよ!でも、実際は俺達囚人が実験体にされてるらしいですよ。いなくなっても誰も困りませんからね」
突然、ラフが勢いよく立ち上がる。
男達の目は一斉にラフへと注がれる。
ラフは数歩歩くと膝を床につけ、勝ち組の男の両肩を思い切り掴んだ。
「!?」
驚きと両肩の痛みで声にならない声を上げる勝ち組の男。
ちらりとラフの顔を盗み見ると、今までの表情とは一変、全く余裕のない追い詰められた表情をしている。
「おっさん!その話、一部始終聞かせてくれ!!」
勝ち組の男はラフの気迫に押され、暫くの間、自分を真っ直ぐに見つめる瞳から目を逸らすことができずにいた。
そして、自分の気持ちを立て直した後、ゆっくりと告げた。
「・・・・・言っとくが、あくまでも噂だからな」
勝ち組の男の言葉に、目を輝かせ頭を下げるラフ。
「ありがとう、おっさん!」
普段のラフは絶対に他人に頭を下げたりしないのだが、本当に心から感謝したり謝罪する時にだけ、頭を下げれる男、それがラフと云う男である。