憎しみの銃声
遥か昔。この世界には数万の”魔法使い”が存在していた。
彼らは毎日勉学に励み、己の技を磨き、平穏な日々を過ごしていたが、彼らの中で最も強き魔力を持った一人の”魔法使い”が、同志である彼らを次々と殺害していった。
そして、世界も魔法から剣へ、剣から銃へと変化し、人間もそれに合わせるかのように魔力が退化していった。
その二つが重なり、”魔法使い”も年々減少していき、今では簡単な魔法が使える者しか世界には存在しなくなったと云われている。
城塞都市ルーガス。その名の通り、都市の周りを分厚く高い壁で円状に囲い、外敵から都市を守っている。
そんな都市の一角にある年中無休のバー”酔って家”では、薄暗い店内の中、何人かのお客が酒を飲み交わし、中にはまだ日も暮れぬ時だというのに、既に酔い潰れ眠っている者もいる。
そんな店の奥では、ひとつのテーブルを挟んで二人の男が椅子に腰掛け、その周囲にはたくさんの人だかりができている。
テーブルにはカードが置いてあり、二人の男の手にはそれぞれ数枚のカードが握られている。
一人の男は、三十代の大柄の男で、タンクトップの両腕からは綺麗に彫られたタトゥーが見え、装飾品をジャラジャラと首や腕等に付けているが、その表情は険しく、額には汗が出ている。
対してもう一人の男は、十七歳の黒髪の少年で、黒のカットソーに逆十字の刺繍が施された長ズボンにブーツ、逆十字のピアスを左耳にし、腰には剣をぶら下げている。
その表情は、もう一人の男とは違い、口元に弧を描き、あからさまに余裕を見せびらかしている。
そんな黒髪の少年に初めて会った者は、必ず彼の目に驚愕する。
なぜなら、右目は髪と同じ暗闇の色、左目は暗闇ではなく、黄金色をしているからだ。
その黒髪の少年の頭上で、ずっと賭けポーカー(違法)の様子を見ていた小動物イクプロウは、少年ラフの勝利を確信していた。
(こいつは本当に悪運が強いな・・・)
「ファイブ・オブ・ア・カインド!」
得意気に言うと、ラフは手に持っていたカードをテーブルに放り投げ、満面の笑みを大柄の男に向けた。この賭けポーカーを見ていた周囲の人々はラフのカードに驚き、歓声を上げた。
「これで俺の五勝〇敗。もう文句ないよな?さあ、約束通り十万ゲルもらおうか」
ガシャーン!!
突然、大柄の男が立ち上がり、目の前のテーブルをラフに向かって投げ飛ばした。
しかし、ラフが笑みを浮かべたままそれを寸前でかわした為、傷一つなかったが、ポトッと、頭上に埃の塊が落ちた。
ラフよりも先にその場(正しくはラフの頭上から)避難していた小動物イクプロウが、冷たい声で一言告げた。
「愚か者」
「うるさい!!」
頭上に落ちた埃を手で掃いながらイクプロウを睨んだ。しかし、直ぐにその視線を大柄の男へと戻した。
「あんた・・・」
「こんなのはイカサマだ!ファイブ・オブ・ア・カインドがでるなんてありえない!!この賭けポーカーは無効だ!!」
大柄の男は負けと動揺を隠すかのように力の限り叫び、自身の主張を是とする為、隠し持っていた短剣を取り出し切先をラフにチラつかせた。
すると、二人の賭けポーカーを見ていた人々の中に、大柄の男の仲間が紛れ込んでいたようで、腰やポケットに忍ばせていた剣や銃を取り出し、彼に加勢する為、男の背後へとまわった。
緊迫の空気が流れる・・・・が、
「ラフ。儂は先に外に出ている。生きていたらまた会おう」
小動物イクプロウはそう言い残すとさっさと店から出て行こうとしたが、歩幅が狭いので店を出るまでに五分程かかってしまった。それを確認した後、
「不潔・・・じゃなかった。不吉なことを言うな!」
今の今までイクプロウがいた方向に向かって叫ぶラフ。
その一人と一匹の様子を見ていた大柄の男が両目を見開いて口を開く。
「おい・・・・・今の動物・・・しゃべってなかったか?」
「ああ・・・。俺にも聞こえた・・・・」
「言葉を話す動物なんて・・・・今まで見たことも聞いたこともないぜ」
初めて言葉を話す小動物を目にして動揺する大柄の男達。そして、一人の男がラフに聞こえない声でボソッと呟いた。
「あの動物、売れば金になるんじゃ・・・」
その言葉を合図に大柄の男達から動揺が一瞬にして消え失せ、皆、口元が緩んでいた。
「なら、奴を半殺しにして動物を呼び戻すように・・・・・」
と、大柄の男達が作戦を立てようとした次の瞬間。
ガシャーン!!!!
先程よりももっと大きなテーブルが今度は大柄の男達の頭上へと落下した。
ほとんどの男達はその場から動くことができずテーブルの下敷きになり呻き声をあげている。
直撃を逃れ、かすり傷で済んだ大柄の男がその惨状を目にして思わず息をのむ。
そしてテーブルを投げた犯人、ラフに怒声を上げる。
「お、お前いきなり何しやがる!!」
「金、払う気になった?」
「なるか!!」
「あっそ・・・」
予想通りの大柄の男の返答に、つまらなそうな表情をするラフだが、すぐに満面の笑みへと変わる。
「まっ、いっか。払う気がないなら、奪い取ればいいんだから」
ラフが一人で勝手に納得している間に、大柄の男と直撃を逃れた何人かの男達は態勢を立て直していた。
その目には怒りしかなかった。
「てめえ!ぶち殺す!!」
一斉にラフに飛び掛かる男達。
それを目前に見ながらもラフの笑みは決して消えなかった。
ただ一言、彼らに告げた。
「ご愁傷様」
数分後。大柄の男が目を覚ますと、床には自分も含め血だらけの男達が転がっており、自分の財布からは丁度、十万ゲルが無くなっていた。
ラフの安否など全く気にせず店を後にした小動物イクプロウは、公園にいた。公園の長椅子でぬくぬくと昼寝をしていたイクプロウは人の気配を察し、ゆっくりと瞼を持ち上げる。そこには目を血走らせ腕を組み、仁王立ちしているラフがいた。
そして、何事もなかったかのように再び黄金色の両目を閉じた。
「しぶとい男だ」
「俺があんな真子・・・じゃなかった雑魚に負けるわけねーじゃん」
自分を置いていった薄情な小動物を睨みつけ、その言葉と態度に心外だと言わんばかりの気持ちが溢れきっている。
小動物イクプロウは大きな溜息をつくと、機械的な口調で言葉を返した。
「ラ・フ・イ・キ・テ・テ・ヨ・カ・ッ・タ・ナ」
「お前烏賊に・・・じゃなかった。馬鹿にしてるだろう!」
怒りに頬を引きつらせながら、更に目を細めイクプロウを睨むラフだが、冷静沈着な小動物・・・・・否、ラフの保護者はその視線を全く気にしていなかった。
「そんなことよりも・・・ラフ」
(お前にとってはそんなことだよな!)
ふて腐れながらイクプロウの隣に腰掛けるラフ。
「・・・何だよ。冷徹動物」
「お主、あの男から十万ゲル以上の金銭を盗ろうとしたな」
イクプロウの言葉にピタッ、とラフの動きが止まり、一人と一匹の間に沈黙が流れる。
そんな一人と一匹の眼前では、公園に遊びに来ていた家族連れや恋人達が楽しく過ごしている。
その光景を暫く眺めた後、ラフは軽い口を開いた。
「イクプロウ。お前また俺の左目から覗き見したな」
「・・・・・」
「いくらお前の目と俺の左目が繋がっているからって、トランシーバーの侵害だ!」
「愚か者、プライバシーの侵害だ」
イクプロウの冷静な指摘に再びふて腐れるラフだが、気を取り直して話を続ける。
「とにかくあいつとの賭け通り十万ゲルしか取らなかったんだから問題ない、だろう?」
イクプロウは大きな溜息をついた。
「ラフ。目のことに関しては儂とお主の『契約』だ。文句を言われる筋合いはない。お主も望んだことだからな。しかし『契約』を破れば『審判』が下される。それは忘れるな」
重たい口調のイクプロウを一瞥することなく長椅子から立ち上がり、大きく伸びをしたラフ。
そしてイクプロウに背を向けたまま口を開く。
「・・・イクプロウ」
「何だ?」
「何度も言わせるな。俺とお前は『契約』したんじゃない。俺とお前は・・・・・」
「あなた・・・ラフね?」
突然、ラフとイクプロウの前に一人の少女が現れた。
ラフは目だけを少女に向けたまま、
「俺、今カッコウ・・・・じゃなかった。カッコイイことを言おうとしたのに!」
(愚か者・・・)
イクプロウは愚か者を半目で見た後、少女に目を向けた。
年は十歳位で、茶髪の髪を左右で三つ編みにし、大きなショルダーバックを肩から下げている。
一見どこにでもいそうな少女だが、彼女の右手には少女が持つには相応しくない物が握られていた。
少女は右手に握っている物、拳銃をラフに突きつけ、憎悪の声で叫んだ。
「お父さんの敵!!!」
直後、一発の銃声が公園に鳴り響いた。