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龍王の加護 外伝

作者: 仙幽

白い布が所々に張りめぐされ、大工達が不眠不休で復旧作業している王宮の前で盛大な歓声が、辺りを包みこんでいる。

華やかに紙吹雪が舞い、屋上や屋根上では今か今かと、人々が期待に胸膨らませ、ただ一人の女性を待ちわびている。


そんな王宮の、人気のない、だが目の見張るほど立派に美しい墓の前に、女性が1人たたずんでいる。


「お久しぶりです…父上。」


女性はそう言うと、手に持っていた、質素な花束を恭しく墓に添えた。

「…この日を迎える前に…父上の首をお返ししたかったのですが…。申し訳ありません。どうしても見つからなくて……。父上と母上のお好きだった鈴蘭の花でお許しください。」

女性は墓の前でしゃがんだまま目線を下に下げた。

そして墓石に刻まれた、一文字一文字を丁寧に撫でていく。


『第九代国王 王妃 沙欄』

『第九代国王 憐雅贈り名 要』




「予は……予は間違っていた……。」

そう言うと、割れ物に触るように、横たえる女性の手を優しく優しく握った。


──なぜ…そのように…言われるのです…?


「予は…お前を…守れなかった。」

片手で女性の手を握りながら、もう片方で女性の頬に手を添えた。


──それでも…私は…幸せで…ございました…


「予は…取り返しのつかないことを…」

自然握る手に力が入る。


女性は首を振る仕草をしたように見えた。

──あなた…どう…か……………


「…沙欄?……沙欄!!!!」


「要主!!王妃からお離れてください!!!!赤弧(せっこ)!!すぐに赤竜様にお戻り願って!!!」

「御意!!!」

「赤司!!王妃の呼吸が……!!」

「何とか、もたせて赤爛!!! あぁ…王妃!!頑張ってくださいませ!!」


「沙欄!!!沙欄!シャ…オ……ラン………」


それから間もなく、龍王国王妃『沙欄』は眠るように息を引き取った。

夫である、要王と、その時の赤竜と赤司赤爛の目の前で。



──だれ……?

戸一枚隔てて、口論が聞こえてくる。

──この…声は…?

「今は絶対安静でございます!!!会わせるわけには行きませぬ!!」


──赤…竜?それに…


「我が子に会いに来たと言うに……何故会わせられん?何も無理矢理起こしに来たわけではないわ!!!」


「父…上?」

戸の外側の空気が凍り付くのが分かった。

今声を出したらまずかったのだろうか?

「要主っいけませ………っ!あっ!!」

何かが激しく倒れる、そんな音がした。

一瞬の無音の後、戸ががらりと開けられる。

「飛那。怪我は大事ないか?」

無音の中に響く、優しい、落ち着く声だった。

だが 何か違う。

「……はい…。まだ起きあがれはしませんが…」

要王はゆったりと飛那の枕元に座る。

「そうか。だが命があるだけ運がいいと言うもの。飛竜なんぞまだ生死をさまようておるぞ。」

やはりいつもと違う。

「……父上?」

飛那は意識がはっきりしないため、本物の父親か顔を見て確認しようとした。

が、部屋が暗く、要王の顔が良く見えない。

「本当におまえは運がよい。お前は生きておるのだからなぁ…」

要王は飛那の頬に触れる。

飛那の手を冷え切った手で握る。

沙欄の時と同じように。

「……父…上?」

「あれっ?赤竜様?………赤竜様!!だれか…赤竜様が!!」

戸の外で従者が異変に気づき、明かりを付けた。

その明かりが飛那の部屋をも照らし、要王の表情を浮き彫りにする。

泣き、絶望し、無気力に疲れきった、要王の表情を。

その深くクマを残す目にはやりきれない、行き場のない怒りが映る。


ゾッとした。


これがあの父上だろうか。

あの 快活で、誰よりも輝いていて自信を全身にみなぎらせて。

誰よりも好かれた。

それが……どうして。

「……父上…どうしたのですか…」

要王は握る手に力を込める。

「……父上…何が……」

「何故お前は生きておるのだ?沙欄は死んだと言うのに。」

息を飲んだ。


死んだ──?


「そん……な………!」

「何故お前が生きている?母親を守るのは長子の役目であろう?何故お前が生きているのだ?何故沙欄を助けなかった!!」

「わ…私は……っ!父上っ痛い…痛いです!」

それでも要王は握る手を離さず飛那の目を焦点の合わない目で見る。

「…自分の身可愛さに母を見捨てたか!!」

飛那の目が見開かれる。


その時、戸が開かれた。


「要主!!何をしておられるのですか!!飛那様はまだ絶対安静です!!さぁ部屋から出てくださいませ!」

要王の手が飛那から離れる。

それと同時に飛那の手が重力に身を任せ畳に落ちた。

要王は飛那と目を合わせたまま、赤司に連れられ部屋を出ていった。

「飛那様、苦しくはありませんか?」

飛那はただ要王の出ていった戸を見つめている。

「何かありましたら、戸の外にいる従者に申しつけてください。」


「…母上が…亡くなったと聞いたのだけど……」

飛那は赤弧の息の飲む音が聞こえたきがした。

「──はい…。申し訳ありませんでした……手は…尽くしたのですが……その…運ばれたときには…下半身が……無くて…申し訳ありませんでした…。王妃を救えませんでした。」

赤弧は深く深く飛那に頭を下げる。

「……そう……母上は亡くなられたのね…」

「──飛那さ…」

飛那の目には大粒の涙が溢れ出ていた。赤弧はその場で頭を下げると、そのまま何も言わずに、部屋を後にした。



異変が起こったのは、それから三日後のことだった。

真っ先に飛那の眠る部屋へやってきたのは白竜の従者だった。

従者は最低限の荷をそろえた袋を飛那に渡すと、今すぐ国を出ろと言った。

飛那が理由を問いただそうとしたその時、部屋へ無数の矢が降り注いだ。

その矢は飛那に刺さることなく、飛那をかばう白竜の従者を貫いた。

「飛那様………逃げ………」

「──!なっ……どういう……!!!」

飛那の部屋の戸が開く。

戸の前に立つのは青の一族の手慣れ達。

「この矢を放ったのはおまえ達か!!いったいどういうつもりだ!!」

青の一族達は微かに手がふるえ、目にも明らかに怯えが見える。

「要主が………」

「…父上が?…何かあったのか!?」

青の一族の影から妙齢の男が現れ、無気力に飛那の前に立った。

「青竜!父上になにが…」

青竜は無言で片手を上げた。

それを合図に周りの弓が戸惑いながらも飛那に向けられる。

飛那の目に焦りが映る。

「……どういうこと」

「飛那様お許しを。要主の御命令なのです。」

「え…」

「要主は…飛那様を…殺せと」

飛那から血の気が失せた。

「さもなければ…我が青の一族を……滅ぼすと……そう言われたのです。」

青竜は上げた手を握った。

「お許しください!」

腕を下ろすのと同時に矢が飛那目掛けて放たれる。

しかし、矢は空を斬り、今までいた飛那の布団を串刺しにしただけだった。


「………お逃げになられたか…おまえ達…飛那様を見つけたら、一撃で決めるのだぞ。……飛那様に無用な苦しみを与えるでないぞ。」

青の一族は頷くと、その場から散り散りに去っていった。


一方飛那は屋根裏で息を潜めながら、要王のいる輝竜の間を目指していた。

痛む傷をこらえながらも、要王のいる輝竜の間に着いた。

見たところ要王以外に人はいないようだ。

飛那はチャンスとばかりに屋根裏から部屋へ落ちるように降り、自国の王である父の前に対峙する。

「父上!聞きたいことが──」

突然、背中から両腕を押さえつけられ、傷の癒えない飛那はあっさりと動きを封じられた。

飛那の動きを封じたのは、影で見えなかった龍騎だった。

迂闊だった。思えば龍騎が王の側から離れるはずがないのに。

「──っ龍騎!?父上……いったいどういうおつもりですか…」

要王は虚ろな目で侵入者である飛那を見る。

「よくここまでこれたな…流石は民の期待の高い姫だ。」

「……父上…母上が亡くなられたと…聞きましたが…」

要王は微かに眉を眉間に寄せる。

その目を見れば明らかだった。

父上は自分を責めている。

あの場にいなかった自分を。

あの場にいれば龍王の加護で土砂などくい止められたのにと。

「上から唐突に土砂が流れてきたのです!あの状況では例え父上がいたとしても母上を助けるなんてとても無理だったのです!ただの事故ではありませんか………。そんなに…ご自分を責めないでください。」

虚ろだが、しかしまだその目には光があった。

「父上。これからは私が母上の代わりを務めます。親子で力を合わせ……」

飛那の目に閃光が走った。

一瞬何が起こったのか解らなかった。

右肩に激痛が走る。

よく見ると、要王が刀を抜いていた。その刀は 自分に向いている。

自分の右肩を貫いていた。

飛那は感情のない目で要王を見る。

要王は肩から刀を抜くと、震えだした。

「沙爛が……死んだ後…民がなんと…いうたか……」

要王は震える手で自分の顔を覆う。

「沙爛が死んだときは皆嘆いていた!あの美しい王妃が…と。だが!その後すぐにお前が助かったと分かると…民は何と言うたと思う…?」

指の隙間から要王の目が見える。

行き場のない怒りを含む目が。

「あぁ良かった。飛那様は助かって。めでたい………そう言うたのだ!!」

飛那の目からとめどなく、冷たいものが流れる。

要王は沙爛が亡くなった事を嘆くより、飛那の回復を喜ぶ民が許せなかった。

──どうしても 許せなかったのだ。


要王はゆったりとした動作で刀を振り上げる。

「お前も死ねば…沙爛の死も悼まれるはず………」

要王の目に黒い光が走る。

「死んでくれ。飛那」

だが要王の振り下ろした刀が斬ったのは龍騎だった。


龍騎は飛那をかばうと悲痛な目で飛那を見る。

「どうか逃げて!要主に子殺しをさせないで!」

龍騎はそのまま飛那を外へ飛ばした。

「龍騎!?貴様…予を裏切ったな!?」

「飛那お願い!逃げて!殺されないで!」

「くそ!くそ!沙爛……シャオラーーン!!!!!!!!!!」


飛那は手で涙を拭いながらがむしゃらに走っていた。

そのまま国をでた。

国が落ち着いたら戻るつもりだった。だが、国に戻るの事はできなかった。

要王は全国に飛那を指名手配したのだ。

史上最悪の禁忌を犯した姫として。

そのおかげで飛那は全国をひたすら逃げ回るはめになった。

その間に仲間もできた。

初めはイシズだった。路上で死んだような目をしていて、ほっとけなかった。

次はシア。グレイスの姫が一人でウロウロしていたので声をかけた。

そして、マナミ、キリトと仲間になった。

五人で全国を回るようになって、しばらく経ってからだった。

迎えがきたのは。

噂は耳にしていた。自分がやらなければならないことも理解していた。

だが、国に帰る勇気がでなかっただけだった。

単純に怖がった。また国を追われるのではないかと。

でも、自分しかいないと、迎えが来た。

助けてくれと。

もう要王はだめだからと。

国を救えるのはあなたしかいないと。


断る理由がもはやなかった。


イシズ・シア・マナミ・キリト どうか許して。

私は国を父上を助けたい──



父上 今 行きます。

私と一瞬に

母上の所へ行きましょう。


飛竜……ごめんね──



女性は墓の前でふと 溜め息をついた。

あの時自分は死ぬべきだったのに、未だにこうして生きている。

飛那は軽く目を閉じた。


「飛那様。お時間です。民が待っております。」

飛那は目を開けゆっくり立ち上がり、呼びに来た白竜に微笑んだ。



民衆の前に、今、1人の女性が姿を現した。


今までとは比べものにならない歓声がどっと沸き起こる。

飛那が両手をかざすと、辺りは静けさを取り戻した。

苦しい時代を乗り切った、次の時代への期待を一身に背負い女性は、宣言する。

「皆で、この国を、この国の未来を 望みましょう。私は、王となり皆の進むべき未来の光となりましょう。」

どっと歓声が沸き起こった。

今このとき、龍王のいない新しい時代が幕を開けた。



龍王国女王

「飛那」

贈り名は無し。先代の王

「憐雅」

贈り名『要王』の長子にて長女。


龍王国初の、贈り名の無い女王が誕生した。


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