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6.一夜明けて

 目の前で黒っぽい塊が足元に二つ、ごろりと転がっていた。

「根性なしどもめ……! この程度か!」

 高らかに笑う私に、眼下の塊はぴくりと反応した。

「フオンが強すぎるんですよ……」

「ハンデを付けて貰えばよかった! 勝負事になると、なぜそんなに強いのだ」

 二つの塊はそれぞれ宇宙人のヤマシィと魔王様ターナの成れの果てだ。

 耳なし芳一もかくやとばかり、全身余す所なく墨が這っている為、まるで黒い塊のように見えるが、間違いなく元は見た目だけは美々しいイキモノだった。

 『元』は。

 現在は黒っぽくて小汚い為、素を想像するのが残念ながら難しい。

 一面黒一色ではなく、所々元の地の色がのぞいている為、余計に無残な有様である。

 よくよく見ると、ただ塗りたくっているのではなく、それは「痴漢」という文字であったり「変態」という文字であったり、「色魔」という文字が書かれているのだとわかる。

 人間やればできるものである。筆の限界に挑んでみた。

 新世界を見つけてしまった気持ちである。

 隙間という隙間に書き込んである為、遠目から見ればおそらく全身真っ黒な塊に見えるのではないだろうか。

 彼らは、『お正月だよ、全員集合!フオンさんと羽根付き大会』という企画(勿論主催は榊芙音、つまりは私である)に参加し、敗北した者達である。




 羽根付き大会といえば、負けたら墨で落書きがつきもの。

 書初で使った墨を全身全霊ですり倒し、迎え撃つ準備は万端だった。

 背後から、

『フオンが、なんだか怖い……』という発言が聞こえてきた気がするが、きっと空耳に違いないと無視させていただいた。


「さて、いざ尋常に勝負!」


 と簡単にルールを説明した後二人と羽根付きをした。


 しかし――――、味も素っ気も無く、勝敗がついてしまったのだ。

 あっけなさすぎる。手ごたえがまるで感じられなかった。

 流石にはじめの一回二回は慣れないことであるし、罰ゲームは免除していた。

 暫く慣れるまでは手心も必要だと思ったのだ。

 それも3回を超えたあたりから、彼ら自身が罰ゲーム免除は不要と言い出した為、罰ゲームもつけることにした。

 目の周りに○。×。ちょび髭。猫ヒゲ。皺。怒りマーク。

 羽根突きの罰ゲームといえばまさにこれだろう。

 思うままに筆を振るうことにする。

 芸術は爆発だ、と言ったのはかの有名な芸術家だが、これも芸術のうちに数えてよいのだろうか?


 そうして、初めの頃は、オーソドックスな模様を書いていたのだが、やがてネタが尽きた。

 彼らが弱すぎるのだ。

 全戦全勝する私と、全敗の彼ら。

 ネタはつきても不思議はなかったが、勝負はまだ続いていたので、途中から彼らにふさわしい称号を思うまま書き連ねることにした。

 変態や色魔などがそれだ。

 あまりにもふさわしい称号で彼らも悦んでいることだろうと思う。

 もう、書くスペースがそろそろ見つからないなぁを思ってきたところで、ほぼ黒い塊になりつつあった男二人が力尽きたように崩れ落ちた。

 

「なんだ、だらしのない……」


 確かに、私は罰ゲームや報奨のかかった勝負事となると何故か燃える質で、常以上の力を出せるし、疲れ知らず(ただし後でその反動が来る)ではあるが。

 仮にも彼らは魔王と宇宙人。紛うことなき地球外生命体である。すなわち、地球人の枠の外にいる存在のはず。

 まぁ宇宙人であるヤマシィの身体能力が地球人と然程変わらないとしても、仕方ない。

 しかし、ターナのほうはどうだ。人間などを恐怖に陥れる存在のはずじゃないのか。

 なってない、魔王としてなってない。

 これが地球を侵略する魔王なのだとしたら、一から出なおせと指導したいところだ。

 昨日は不幸な事故でターナが逆立ちを中断するに至ったため、公平にヤマシィの逆立ちも一晩と言わず、途中で止めさせたのだし、睡眠時間は十分二人とも取れているはずなのに。

 ……それとも、寝すぎで頭がまだ寝ぼけてるというのか?


「昨日は存分に寝かせてあげたはずなのに、まだ足りないのー? それとも寝すぎたの?」

 全く、宇宙人や魔王の飼育方法が書かれた本は無いものか。

 私が先駆者な為、自分で試行錯誤するしか無いのだ。

 彼らと言葉で意思の疎通が図れるだけ、動物よりは楽なのだろうが、やはり未知のイキモノの取り扱いは難しい。

「え……昨夜は寝かせてあげたというか、フオンが強制的に意識を刈り取ったんじゃ……あ、いいえ、僕の気のせいでしたっ!だから、その羽子板は僕に向けないでください。羽子板は羽をつくためのものですよ!!」

 悲鳴じみた声をヤマシィが上げる。

 失礼な。 私がまるで乱暴したみたいに。

 安らかに眠れるよう手伝ってあげただけじゃないの、ねぇ?

 ぺしり、と羽子板を軽く叩けば、二人が揃って体を強ばらせた。

「えぇと、その……睡眠時間の多少の問題ではないと思います」

 視線を微妙にそらしながら、ヤマシィ。

「じゃあ、どうして」

「た、単に僕達が不甲斐ないだけです。ですよね、ターナ」

「ああ、修行不足ってやつだな多分きっとおそらく……」

 何故かターナが棒読みで言った。

「フオンさんを満足させられなくて、僕達としても不本意なのですが……羽つきはもう十分堪能しましたし、そろそろ、他の遊びをしませんか?」

「その有様で?」

「あ、いえ。体を余り使わないものでお願いします。それと、少し休憩時間をください」

「注文が多いわね」

「お願いします」

「いいけど………」

 私も少し疲れたし。

 よいしょ、と床に転がるターナを椅子にして座った。

 ぐえ、とうめき声が上がった気がするが、これは単なるBGMである。

 気にしてはいけない。

「30分後に、こま回しでもしようか」

 歌留多はちょっとかったるい。

「コマ、ですか」

 何故かターナ(返事が無い、只の屍のようだ)を羨ましそうに見ながら、ヤマシィが言った。

「そう。遊び方わかる?」

「回すんですよね?」

「そうそう。えーとね……コマに紐をぐるぐるとまきつけるでしょ。それを、」

 どうやって説明しようか、と悩んだところで丁度いいものが思い浮かんだ。


「お代官様が町娘をアーレーって言って回すところみたことある?あの要領で紐を引くの」

「ああ、わかりました!」

 思い当たったらしく顔を輝かせるヤマシィを見ながら、私は「ん?」と首をかしげた。

 あれ、ひょっとして私……彼らに毒されてきてるかもしれない、とか?

 いやいや、まさか!

 ぶんぶんと首を振って脳裏に過ぎった考えを否定した。

「そうです、フオン!名案を思いつきました」

「……はい?」

 頭を振って考えを振り落とすのに夢中になっていた為、一瞬、反応が遅れた。

「筆プレイはできませんでしたけど、こま回しでコマの代わりにフオンが回るのはどうですか?キモノを着て帯を巻いて下さればですね。私とターナが引いて……」





 ――私は、明らかに例え話を間違えたらしい。朱に交わってしまっては駄目だ。赤く、いや桃色になってしまう。反省しよう。

 明日から、気を引き締めて心を入れ替えなければ。

「コマ回し、やめよう」

「え、何故ですか」

「紐をひくとか体を使うと思うの。ほら、引くときに腕を動かす必要があるじゃない。その点、紐なしバンジーは最近のトレンドだと思うの。何もしないで只落ちればいいだけだから。私は遠慮しておくけど、ヤマシィとターナにオススメ」

 にっこりと微笑む私と対照的に、男二人は顔色を真っ青に染め上げた。



 翌日。よれよれの元男前が二人で私の部屋の廊下にゴミのように転がっていたが、マンションの屋上から男二人の絶叫が響いた、という苦情は今のところ私の元には届いていない。

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