3.書初 【後編】
書初でまさかこんな如何わしい芸術が生まれるなんて予想だにしなかった。
「ちょっと、ヤマシィ!!何これ!ものすごく上手いのはいいけど、なんで私が素っ裸の絵なの!」
お子様にはちょっと見せられない、18禁仕様。所謂、春画というのじゃないだろうか、これは。
絵心を十二分に感じさせられるそれは物凄く上手い上、細部まで丁寧に書き込んである。
なんで筆でこんな絵が描けるのか。
「ああああああ!!!ターナも、なんてもの描いてるの!!」
ターナのほうも似たようなものだ。こちらは絵というよりは台詞の無い漫画。勿論成人指定がつくのは間違いない。
ヒロインは勿論、私である(デフォルメしてあるが、私にソックリだ)
「だいたい、なんであんた達、私のおへその横にある痣を知ってるのよーーーーー!」
二人の前で脱いだことは無いはずなのに、二人揃って私を思わせる女性の腹には逆三角形の形をした痣がある。
その形の痣は勿論、私にもあるのだ。
二枚ともすぐに燃やしてやった。
あっけなく、灰になる。
書初めは古来、燃やして文字の上達を願うものだったと言う。だから、これは正しい作法を守ったに過ぎない。
そういったのに、残念そうに眉を垂れてため息をつく二人の急所には、膝蹴りを仲良く食らわしてやった。
あんな危ないもの燃やさずにいられるか、なんて本音は口にしない。
淑女たるもの、本音を胸に秘めておくことも必要だ。
書初め後の片付けはすべて二人にやらせた。
罰ゲームにすらならない程度で勘弁してやるなんて、私はなんて優しいのだろう。
力加減はちゃんと心得ている。
「もし、今夜以降、襲ってきたら本気で潰すからね?」
どこを、と言わなくても伝わったようだ。二人は勢い良くうなづいた。大変結構!
笑顔の私を見て、宇宙人と魔王の二人が顔色を真っ青にしたのは流石に大げさな反応だとは思う。
あんた達、人類にとっての脅威の存在じゃないのか。
「そういえば」
―――――地球外生命体の二人にも日本の法律は適用されるのだろうか?
ふと思いついて尋ねてみる。
「ねぇ、あんた達殺っちゃったら犯罪者になるのかしら、私」
「え、ヤる気満々ですか! どうせなら、やらしい方のヤるにしておきませんか。それなら僕は拒みませんし」
「……それを答えた時の反応が怖いから、わたしは黙秘しよう。しかし、ヤマシィの提案の方ならわたしも乗……」
皆まで言わせずみぞおちに肘打ちを入れてやった。
「よし、悪は滅ぼした。そうだよね、魔王っていうくらいだし、人間が滅ぼしても犯罪にはならないよね!」
開眼した。そうだ、人類の脅威に対して何の遠慮の必要があるだろう。いや、ない。
私は寧ろ人類を代表して尊い行いをしたのだ。褒め称えてくれて構わない。
(――宇宙人はどうなんだろう?)
脳裏にそんな考えが浮かぶ。
魔王と並んで宇宙人も、創作物の中で人類に対して侵略をする代表格といっていいだろう。
宇宙人ヤマシィの顔をじーっと見つめていると、
「僕、用事を思い出しました。買出し行ってきます」
逃げやがったので追求はとりあえず諦めた。
代わりに、買出し便乗注文する。
「じゃあ、期間限定のさるぼぼチップスよろしくね!」
夏まで限定の商品だが――――今の季節は冬。外では寒風吹きすさんでいる。鍋の美味しい時期だ。
「わかりました、行ってきます!」
しかし、ヤマシィは異を唱えることなく我が家の玄関をでていった。
風のように去っていったのが窓越しに見えた。
安請け合いして、ただ逃げたかっただけではないのか。
そんな風に思いきや――――帰って来たらどんな風に可愛がってあげようかと算段を立てていたのだが――――一時間ほどした後、彼が帰ってきた時、本当に彼の手には夏限定のはずのさるぼぼチップスがあったので、こいつは生かしておく価値があると思い直して、滅ぼすのはかんべんしてやった。
さて、私の手により滅ぼされた悪こと魔王のほうだが、これがおかしい。
私は地球人類の中でもごく当たり前にいる類の非力な女性である。
しかし、不死身を唄うはずの魔王様がなぜか今も尚悶絶して床を這っているのだが、どうしたことだろうか。
謎であるので今度は念入りに踏んでおいた。