1.元旦
新年。
――初日の出は異世界トリップしてきた魔王と、異星間トリップしてきた宇宙人と一緒に見ました。
「……なんて人様の前で口に出したら、頭がおかしいかつまらない冗談と思われて終わりだよね」
目の前の皿の上で焼きたての餅が程よく冷めるのを待ちながら、そう呟いたのは私――榊 芙音である。
私だってこれが自分の身に起きたことでなく、人から聞いたことだったら、間違いなく相手の正気を疑うだろう。そして、場合によっては病院で検査することをお勧めする。けれど、残念ながら当事者は私で、しかもどうやら病院にいっても解決しそうにない。紛れもない現実なのだった。過労による幻覚、あたりだったらよかったのに・・・・・・。
私はため息をついて床の一角に視線を投げた。年賀状が一枚落ちている。
宛名は母のものだ。
昨夜、書くだけ書いたものの、投函をあきらめて放り出し、そして数時間経った今も床に放り出されたままになっている。
私は年賀状にこう書いていた。
『――前略。お母様。お元気ですか。私は毎日釘バッドで素振り50回位なら余裕で出来そうなほど元気です。
(もしかするとその間手が滑ってナニかにぶつけてしまうかもしれませんが、犯罪者にはならぬよう気をつけますね)
そうそう、新年あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします。
さて、私のほうの近況というと、クリスマスイブから二人の同居人と暮らし始めました。
同棲ではありませんので、お赤飯を炊くのは辞めてください。
同居人は、魔界を侵略するのに飽きて異世界旅行に出た魔王様と、地球を観察に来た他星の宇宙人というけったいな組み合わせですが、今のところ世界の平和は脅かされることはなさそうです。
ご安心下さい。
それでは、お母様も、お体にお気をつけて。
釣った魚ならぬ、お父様にもたまには餌をあげてください。可愛い娘からのお願いです。
そのうち実家にも又、顔を出しますね。では。』
ここまで書いた。後は投函するだけだ。なのにその手がとまったのは、内容の余りの怪しさに我が事ながら目がうつろになったからだ。
さすがに、これはない。私のお茶目が発揮したちょっとバイオレンスな一言が無くとも、この上なく怪しい。
うな垂れながら餅を一口食む。――ああ、ぱりっとした海苔と餅とのコンビネーションはなぜこんなにうまいのだろう。
「でも、実際事実ですしね」
すっかり慣れた手つきで、自分の餅に海苔を巻きながらそう言ったのは、宇宙人ヤマシィ=タタ=ロウだ。
こやつ、宇宙人の癖に名前の音だけ聞いたら日本人みたいである。
実際、外に出る時は山下太郎と名乗っているらしい。
しかし、どう見ても彼は銀髪碧眼の非黄色人種な外見をしているので全然似合っていない。がっかりだ、太郎の癖に。
さらに、きらきら仕様の見た目一見氷の王子様のようなので、がっかり感倍増な感なのは否めない。
銀髪美形の王子さまなのに太郎。
昔、山田太郎と言う名の美少年の出てくる漫画があった気がするが、あれはあくまでフィクションだからよかったのだと思う。
それに、一応あの漫画の彼は黄色人種のようだった。
この宇宙人は、同じタロウでも赤と銀が煌く特撮ウルトラ超人並みに違和感がぬぐえない。
――そういえば、あれも宇宙人だったような?
なんだ、既に前例がひとつあった。方や現実、方や創作といえど前例は前例だ。それを思うとそこまで変、でもないのだろうか。
いやいや、でも。
――自分の感覚が非日常に慣らされて日に日におかしくなっていくような気がした。
「初日の出を見てこたつでみかんを食べる魔王がいたっていいと思うが」
魔王ターナ=カーサ=トゥス=ズッキィはみかんを剥きながらそう言った。その手は既に熟練の手つき、すじ取りまで完璧だった。
この魔王、名前が非常に中途半端でもどかしい。田中か佐藤か鈴木かはっきりして頂きたいと何度思ったことか。
まるで売れない芸人の名前のようだ。
こちらは黒髪だがやはり碧眼。ヤマシィと同じく恐ろしく顔の作りはいい。思わず殴りかかりたくなるほどだ。――異論は認める。
変形しても美形なのかどうか、少し気になるのだが、暴力は良くないという認識は髪の毛の細さ程度には存在している。ゆえに、まだ変形するほど殴ったことはない。
私は平和主義者なのだ。
・・・・・・せいぜい、ちょっとお仕置きに軽く拳を振るう程度。顔面を変形させるほどの強い暴力なんてとんでもない。
いずれにせよ、田中や佐藤、鈴木というイメージではないと思うのは偏見だろうか。
「余り無いケースだから、信憑性が疑われてしまうんでしょう」
余り無いどころか、普通は一生縁が無いと思うんですが?
私の心のツッコミは感じとって頂けなかったようで、ヤマシィのその言葉にターナはそうか、とうなづいていた。
「確かにわたしが旅行に出たのは久方ぶりだ。3000万年くらい前だったか」
「あ、そんなものですか。僕なんかは寧ろ家にいることよりも船に乗っていることのほうが多いくらいですから、ちょうど反対ですね」
「船の外はずっと星の海なのだろう? 飽きないか、その生活」
「寝ていることも多いですしね。起きてる時はネットワークからダウンロードしてきた娯楽映像見たりとか。ネットワークに流出してきた他星系の動画も見ますよ。その星によって面白いと思うものが違ったりするから、楽しめない時もありますが。そこを言うと、フオンの住んでいるこの地域で作られる娯楽映像は人気がありますよ。アニーメですとか、ニーコニコですとか、ユーチュブですとか。とりわけアニーメがいいですね。アニーメが」
「アニメにニコニコ動画にyou tubeかよ! ・・・・・・いやだ、こんな宇宙人!」
私は額に手を当てて首を振った。
残念すぎる。しかも、折角美形なのにアニオタとか。
私自身もオタク気質にそれなりに溢れてはいるので人様を非難する資格はないのだが、それにしたって美形男子にちょっとくらい夢見たいのが乙女ってものだ。まあ、美少女フィギュアがほしいと言い出さないだけましと判断しておくべきか。
「他星系にすら誇れる文化ですよ? 大人気なんですから、あのコンテンツ」
「ああ、確かにあれは面白いな。初めてこの世界に来た時にあれを見つけてよかった。そうじゃなければ、危うく侵略するところだった」
しみじみと魔王様は物騒なことを仰った。
――アニメ一つで世界が救われたなんて!
なんだか悲しくなる。
いや、喜ぶべきなのだろうが。アニメで世界が救われたというのなら。
「そうですか。そうならないで良かったです。あれはいいものですし。そうそう、気が変わってこの世界を侵略したくなっても、せめて僕が死んでからにして下さいね」
「お前の寿命はどれくらいだったか?」
「えぇと、今ある冷凍睡眠と延命技術をあわせても精精数百年って所ですから。一千年後くらいなら大丈夫じゃないですか? フオンもその頃には余裕で墓の下でしょうし。確か、この星の人間の寿命は百年そこそこでしたよね、フオン?」
「そんなに短いものなのか。地球の人間とやらはしょぼいな」
よしよし、と可哀想なものを見る目で頭を撫でられた。
手つきが優しいだけに腹立たしい。
「しょぼいって言うな!」
私はぱしっと魔王ターナの手を振り払う。
――ああ、今日も世界は平和だった。
魔界を侵略するのに飽きて異世界旅行に出た魔王様と、地球を観察に来た他星の宇宙人と。
去年のクリスマスイブに出会ってから、今日で丁度一週間目。
何故か私の家に転がり込んだ彼らはこのまま暫く居つく勢いで。
ご近所さんに見られたらどう言い訳しようか。
それを考えると、新年早々なのにちょっぴり鬱になりそうである。
「フオン? お腹がすいて不機嫌なんですか? ちょうど追加で焼いたお餅も、もてる程度に冷めたようですよ。召し上がれ」
「ああ、そうだったのか。悪かった。遠慮なく食え。砂糖醤油もあるぞ」
「きな粉も用意しておきましたから。足りなければもっとお餅も焼きましょう」
――それでも彼らとの暮らしは不快ではなく。
「よし、食べる! ・・・・・・大根おろしも用意してくれる?」
「じゃあ、すってきますね」
立ち上がる宇宙人ヤマシィの背中を、私は餅に食いつきながら見送った。
* * *
今年は次の瞬間ナニが起きてもおかしくない一年だ。
何せ、宇宙人と魔王が自分の家で暮らしているのだ。
同じ状況になった人間は、おそらくどこを探しても一人も居ないだろう。
そうそうあっても困る。
私が地球人類として、初めて遭遇したケースなのだ。
この先ですら、同じ状況になる人間が二度と出ない可能性がある。
「そう考えると、私って不幸なのか幸運なのかどっちなのかなぁ」
何十億、何千億分の1の確立か、とてもレアなケースに立ち会えたのだから。
首を傾げる私に、ヤマシィが素っ頓狂な言葉を返してきた。
「え、復興と耕運機? フオンは村おこしでも始めるんですか?」
「誰もそんなこと言ってないわ!」
私はヤマシィの高いところにある頭をぺしりと叩いた。
「フオンは激しいですねぇ。姫初めがSMというのは余り僕の趣味ではないんですが」
などとバカなことをいう宇宙人との出会いはあんまり幸運そうじゃないが、不幸でもなさそうだ。
「そうだな。わたしもどちらかというとなかせるほうが得意だし」
・・・・・・こんな魔王に出会ったことは、もしかすると少し不幸かもしれない。
ただ、二人とも美形ということで目の保養はできるからプラマイ0。
除夜の鐘で二人の煩悩を振り払ってやっていればプラスまでもっていけたかもしれないのに、惜しいことをしたものだ。
「バカなことを言ってる暇があったら、魔界と自分の星に帰れ!」
バカなことじゃなくて半分本気なんですが、というヤマシィの呟きと、半分どころか私は8割くらいは本気で言っているのだがというターナの呟きの両方を私は黙殺した。
「・・・・・・そういえば、後で初詣でも行く?」
まだ不満そうに呟いている二人をスルーし続けた上で、私は提案した。
「別にいいですけど。人多そうですね」
「何を着ていけばいいか迷うな。下手なものを着るとフオンが怒る」
「あんな派手なマントを着て街中を闊歩したらなんのコスプレかと目を疑うわ!」
「フオンはファッションに拘りがあるのだな。よし、後で監督してくれるか。初詣に行くこと自体は吝かでない」
「わかったわ・・・・・・じゃ、後でみんなで一緒に行こうね」
平和で楽しい一年を過ごせるよう、祈りに。
――加えて、私の貞操の無事も。