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真面目な女友達にエロいことを言わせたら付き合うことになった話  作者: たこまき


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§2.3 研究の真意

「え? 結衣さん……」


 樹はようやく顔を上げて、結衣の様子に気づいた。


「こんなこと……いくら研究でも……恥ずかしすぎます」


 結衣は立ち上がった。スマートウォッチを外そうとする手が震えている。


「帰ります」


「ちょっと待って!」


 引き留めようと慌てて立ち上がった樹は、勢い余って机の角に膝をぶつけた。


「痛っ……!まって……」


 よろめきながらも、必死に結衣を引き止めようとする。


「結衣さん、お願い、話を聞いて」


「もう十分聞きました。樹くんは研究のことしか考えてない」

(洋子の言った通りだった。研究に夢中になると、相手の気持ちなんて見えなくなるんだ)


 結衣の震える声には怒りと悲しみが混じっていた。


「そんなつもりじゃ……」


「じゃあ、どんなつもりだったって言うんですか!?」


 結衣が怒鳴りながら振り返る。涙で潤んだ目が、まっすぐ樹を見つめている。

 言葉に詰まる樹は自分が何をしていたのか、その瞳を見てようやく理解した。


「本当に……ごめん……なさい」


 膝をさすりながら、樹は深く頭を下げた。


「僕は研究に夢中になって……結衣さんがどんなに恥ずかしい思いをしてるか、全然考えてなかった」


「……」


「結衣さんを実験対象としてしか見てなかった。最低だ、僕」


 樹の声が震えていた。本当に反省している様子が伝わってくる。


「でも……この研究は本当に大切なんだ。結衣さんじゃないとダメなんだ」


 結衣はまだドアの近くに立ったまま樹を見つめていた。真剣な樹の謝罪に少し落ち着きを取り戻して聞いた。


「なんで私じゃないとダメなんですか? 医学部なら他にもたくさん学生いるでしょう?」


「それは……」


 必死に言葉を探しながら、樹は説明を続けた。


「結衣さんは、医学知識はしっかりしてるのに、まだ一般の人の感覚も持ってる。解剖実習が始まったら、その感覚は失われてしまう」


(それは前回も聞いた……)

「それだけ?」


 樹は説明を続ける


「あと……結衣さんは真面目で……恥ずかしくても正確に答えようとしてくれる。その『責任感』と『自然な恥ずかしさ』の両方が必要なんだ」


(これも前回聞いた……でも信頼されていることは感じる)


「他の医学生は、恥ずかしくて適当にごまかすか、逆に慣れすぎて感情的な反応が薄い。でも僕の知っている結衣さんは違う――」


 樹は一歩、結衣に近づいた。


「――この研究は……とても大事な理由があるんだ」


「なに、大事な理由って? 私に恥ずかしいこと言わせて泣かせても良いくらいの理由なの」


 まだ感情が高ぶっている結衣は思ったことをそのまま樹にぶつけた。


「ごめんなさい……でも聞いて欲しいんだ。泌尿器科や婦人科の病気は、症状を正確に伝えられなくて……恥ずかしさが原因で受診が遅れることが多い。当然そのせいで診断も遅れる」


 樹の表情が真剣になった。


「実際、性感染症の30%は初期症状を『恥ずかしくて言えなかった』という理由で見逃されてる。がんの早期発見も……」


 そこで樹は一度言葉を切り、まるで自分に言い聞かせるかのように、静かに続けた。


「僕の母がね、ファブリー病っていう難病なんだけど……」


「え……」


 突然の告白に、結衣は息をのんだ。


「その病気の初期症状の一つに、陰部にできる赤紫色の発疹があったんだ。でも母は場所が場所だけに恥ずかしいって思ってて、それに痛みも痒みもなかったから、その時は病院に行かなかった」


 彼の声には、抑えきれない悔しさが滲んでいた。


「僕が子供の頃から、母はずっと辛い症状に苦しんできた。でも、もし発疹が出始めた頃に診断を受けて治療を開始していれば、その後の苦しみはずっと軽くなっていたはずなんだ」


 樹は結衣の目をまっすぐに見つめた。


「ただ『恥ずかしい』っていう、それだけの理由で、治療の最適なタイミングを逃してしまう。そんな人を、一人でも減らしたい。僕がこの研究にこだわるのは、そのためでもあるんだ」


 彼の個人的で、あまりにも切実な動機。それは、どんな理路整然とした説明よりも強く、結衣の心を揺さぶった。医学生として、その想いの重さは痛いほど理解できる。


「だから、患者さんの『恥ずかしさレベル』を検知して、質問の仕方を自動調整するAIを作りたいんだ。恥ずかしがってる人には、段階的に、優しく聞いていく」


「それで……今まで救えなかった命が救えるかも……って事?」


「そう。早期発見できれば治る病気はたくさんある。でも『恥ずかしい』という壁が、治療を妨げてる部分がある」


 樹のその真剣な眼差しから、結衣は険が少し和らいだ。医学生としてその研究の重要性は痛いほど理解できる。


「結衣さんのデータがあれば、AIは『この人は今恥ずかしがっている』と判断して、質問方法を変えられる。医学用語を避けたり、段階的に聞いたり」


 さらに樹は続る。


「遠隔診療でも、画面越しなら対面より話しやすいという人は多い。でも、それでも恥ずかしさは残る。そこをAIがサポートできれば……」


 考え込んでいた結衣だが、樹の説明には共感した部分が多かった。


「確かにそうだね……私の恥ずかしがってるデータが、そんな風に役立つなら……」


「本当に役立つ。結衣さんは医学的に正確で、かつ自然に恥ずかしがる。このバランスが完璧なんだ」


 樹は深く頭を下げた。


「さっきは本当にごめん。研究に夢中になって、結衣さんの気持ちを無視してた……でも、」


「……」


「もし、もう一度チャンスをもらえるなら、今度は必ず結衣さんのペースを守る。休憩も多く取るし、嫌な質問はスキップしていい」


 結衣はスマートウォッチを見下ろした。外そうとしていた手が止まる。


「本当に、私じゃないとダメ?」


「うん。結衣さんだけだ」

次回「§2.4 食事の誘い」

毎日朝7時20分に更新です

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