§1.4 赤裸々な言葉
「じゃあ、次は思春期の身体変化について聞いていくね」
樹がパソコンを操作すると、新しい質問項目が表示された。
「月経のメカニズムを高校生にどう説明する?」
少し頬を染めながらも、医学生としての知識を整理して答える。
「えっと……女性の体が赤ちゃんを迎える準備をして、必要なくなったら一度リセットされる仕組み……かな。子宮の内側が厚くなって、使われなかったら剥がれて出てくる、みたいな」
「なるほど。医学用語を使わないで説明するの、難しい?」
「うん、ちょっと。『子宮内膜』とか『排卵』とか使った方が正確なんだけど……」
データを興味深そうに見ながら、樹が言った。
「心拍数が少し上がってるね。でも、説明はすごく上手だよ」
「恥ずかしいけど、医学の話だと思えば……」
「じゃあ、男性の夢精について説明するとしたら?」
ユイはさらに顔を赤らめ、答える。
「それは……えっと……」
手元のブラックサンダーの包み紙をガサガサと無意識にいじりながら、言葉を探す。
「思春期の男の子の体が、その……大人になる準備をしている証拠、というか……寝ている間に自然に起こること、で……」
「うん、その説明いいね。自然な現象だって伝わる」
***
樹はメモを取りながら、画面のグラフを確認した。約20分、段階的に質問を続けてきたが、思っっていた通りユイの反応データは貴重なものばかりだった。
「さて、ここからが本題なんだけど……」
表情が少し真剣になる。
「次は、実際の問診で一番患者さんが言いにくい部分について聞きたい。性的な興奮について、医学的にどう説明するか」
一瞬動きを止める。ユイはつまんでいたポッキーを急いで口に入れる。
「性的な……興奮?」
「うん。まずは男女の興奮状態について、医学的な用語でいいから教えてもらえる?」
窓の外を見ると、さっきより日が傾いていた。(もう1時間以上経っているのか……)
深呼吸をしてユイは口を開く。
「えっと……それは……」
顔が一気に赤くなる。さっきまでとは明らかに違う反応だった。
「性的な刺激を受けると、まず脳からの信号で……興奮期という段階に入ります」
声が震え始めた。手元のセンサーの数値が急激に変化しているのが、ちらりと見えた。
「興奮期……うん、続けて」
樹は優しく促したが、研究者としての興味も隠せなかった。
「男性の場合は……陰茎の血管が広がって……血液が流れ込んで……」
ユイは消え入りそうな声で続けた。医学的な知識はあるのに、口に出すのがこんなに恥ずかしいなんて。
「陰茎海綿体が……膨らんで……勃起が起こります」
最後の単語を口にした瞬間、顔を両手で覆いたくなった。
「ありがとう。じゃあ、これを一般の人に分かりやすく説明するとしたら?」
ユイは顔を真っ赤にしながら、震える声で言葉を探しながら答えていった。
***
「女性は……陰核の充血や、膣壁からの分泌液の増加が……」
樹は画面に表示されるグラフの急上昇に目を細め、興味深そうにキーボードを叩いている。ユイの声が震えていることなど、まるで耳に入っていないかのように、彼の意識はデータの世界に完全に没入していた。
言葉が途切れがちになる。センサーの警告音が小さく鳴った。
「ちょっと待って」
ハッと我に返った樹が画面を確認する。
「心拍数がかなり上がってる。大丈夫? 無理しなくていいよ」
「大丈夫……続けられる」
ユイは深呼吸をした。これも医学の勉強の一環だと自分に言い聞かせる。
「膣自体も拡張して……」
(でも、やっぱり恥ずかしい。仲の良い先輩とはいえ、男性の前でこんな話をしている自分が信じられない)
「性交前戯とか……そういう言葉で表現されることもあります」
その言葉を口にした瞬間、ユイは両手で顔を覆ってしまった。
「すみません……私、もう……これ以上は……」
震える声でユイがそう言うと、樹はすぐに画面からユイの方に視線を移した。
「ごめん、僕の方こそごめん。初日からこんなに無理させて」
「いえ……でも、今日はもう……」
「もちろん! 今日はここまでにしよう。本当にありがとう、すごく貴重なデータが取れた」
樹は申し訳なさそうに頭を下げた。
「約束通り、レポートの参考文献を探そう。図書館に行く?」
顔を上げる。まだ頬は赤いが、ユイは少し安心したような表情だ。
「うん……お願い」
「じゃあ、センサーは外していいよ。本当に今日はありがとう」
樹の優しい気遣いに、ユイは少しだけ微笑んだ。
「あの……続きは、また今度でいい?」
「もちろん。ユイさんのペースで大丈夫。無理はしないで」
「ありがとう。じゃあ、図書館に行こうか」
次回「§1.5 繋がる糸」
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