§1.3 最初の対話
「まず、これを着けてもらえる?」
スマートウォッチのような機器を差し出す。
「これは?」
「心拍数とか皮膚の電気反応を測定するセンサー。恥ずかしさとか緊張の度合いを客観的に記録するんだ」
興味深そうに、ユイが手首に装着する。画面には既に心拍数が表示されている。
「へー、もう測定してる」
「うん。それから、ここに座ってもらって」
樹はノートパソコンをセットしながら、ユイの正面にタブレットを配置した。
「えっと、この辺りから説明するね。回答は基本口頭で答えてもらうことになるよ。音声や個人情報は全部匿名化するから――」
タブレットに細かい文字で表示されたインフォームドコンセント(同意書)の要点を読み上げ、一通りの説明を終えた。
「準備はこれくらいかな。あ、飲み物は手元に置いといて。緊張すると喉乾くから。えっと、他に質問はあるかな?」
「ありがとう、大丈夫。説明も分かり易かったし」
樹の丁寧な説明や気遣いに、ユイは少しリラックスした。
***
「それじゃ、始めようか。最初は簡単な質問から」
「まず基本的な医学用語の確認から。『性徴』って一般の人にどう説明する?」
「えっと……成長していく中で、男の子と女の子の体が変化していくことかな。声変わりとか、体つきが変わるとか」
「いいね。じゃあ、第二次性徴の男女差について、中学生に説明するとしたら?」
少し考えてから、ユイが答える。
「男の子は声が低くなって、ひげが生えたり筋肉がついたり。女の子は胸が大きくなって、丸みのある体つきになる……とか?」
「完璧。その表現、すごく分かりやすい」
メモを取りながら画面のデータも確認するその様子を、ユイは横目で見ている。
「センサーの数値も安定してるね。じゃあ、もう少し続けて……」
それから15分ほど、基本的な問答が続いた。
***
「ちょっと休憩しよう。疲れた?」
「ううん、大丈夫。思ったより普通の質問で安心した」
樹は立ち上がって、棚からお菓子の入った箱を持ってきた。
テーブルに広げられたのは、キットカット・きのこの山・たけのこの里・ポッキー・ブラックサンダーと言った甘い定番のものから、柿の種・じゃがりこ・チータラ・ポテチ・ベビースターのような、酒のつまみにでもなりそうなしょっぱいものまで、実に多種多様なラインナップだった。
「好きなの食べて。研究室にいると、つい買い込んじゃって」
「わー、種類豊富!」
ユイは嬉しそうに『きのこの山』に手を伸ばす。
「これ大好きなんだ」
それを見た樹の眉がピクリと動いた。
「へー、君はそっち側の人間か。僕は「たけのこ派」なんだ。『食感きのこ、味たけのこ』と古来から言われていてね……」
笑顔で話す樹を裏目に、今度がユイの眉がピクリと動く。
「そんな『匂いマツタケ、味シメジ』みたいな感じで言われてもねぇ」
二人ともニコニコしながらも一触即発、戦争の気配を感じさせながらも和気あいあい?とお菓子をつまみながら談笑する。
***
雑談しながらも樹はセンサーのデータを確認していた。
「緊張度は低いね。このまま次の段階に進んでも大丈夫そう?」
「うん……、今のところは平気」
(でも、これからもっと恥ずかしい質問が来る……それはなんとなく、予想できる……)
ユイはキットカット抹茶味を手に取りながら答える。でも心臓は少し早く打っている。
次回「§1.4 赤裸々な言葉」
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