§4.10 残された余韻
(そういえば……私、あの時……)
下着を濡らしてしまった時のこと。樹が介抱してくれた時のこと。バスタオルで目が覚めた時の状況。
顔が一気に熱くなる。
(樹くんは、私の……見ちゃったのかな……)
樹は「必要最低限しか」って言ってたけど、それでも見たってことだよね。目を瞑ってたって言ってたけど、男の人だし、もしかしたら少しは……興味持って見ちゃったかも。
その想像が、なぜか結衣の身体に今まで感じたことのない熱を呼び起こした。
(だめ……こんなこと考えちゃ……)
でも、頭から離れない。樹の手が自分の肌に触れた時、もしかしたら一瞬でも、女性として意識してくれたかもしれない。その優しい手つきで……。
枕に顔を埋めながら、結衣は身体の奥でうずく新しい感覚に戸惑っていた。
(これって……まさか……)
先日、樹に説明した医学的な知識が頭をよぎる。性的な興奮状態。自分が学問として語ったことを、今、身をもって体験している。
(性的な刺激を受けると……陰核の充血や……膣分泌液の増加が……)
自分が恥ずかしがりながら説明した言葉が、今の自分の状態そのものだった。
(樹くんのことを考えて……私……)
あの時、樹に説明した言葉が頭をよぎる。
(マスター……ベーション……オ、オナニーを……)
医学的用語で説明していた時は、ただの知識だった。でも今は、その言葉が自分の行為を指している。
(女性の場合は……クリトリスを……指で……)
恥ずかしさと、抑えきれない衝動が混じり合う。結衣は、そっと手を自分の身体に向けた。
樹に抱きしめられた記憶、彼の温かさ、そして彼が自分の身体に触れたかもしれないという想像に身を委ねながら、結衣は初めて、自分自身を慰めた。
しばらくして、結衣は静かに息を整えた。今まで知らなかった自分を発見した夜だった。
***
一方、樹も自室で一人、あの夜の出来事を振り返っていた。
(見るくらい、してもよかったんじゃないか……)
彼は、後悔の念に襲われていた。
(いやいや、何考えてんだ僕は! 人として終わってるだろ!)
そう自分に言い聞かせるが、あの夜の結衣の無防備な姿が脳裏から離れない。
(でも、見てないのに、あの感触だけは、妙に鮮明に残ってるんだよな……)
樹は、自分の手に残るかすかな感触に、顔を赤くして頭を抱えた。
結衣を介抱した時の、彼女の柔らかな肌の感触。そして、あの香り。結衣はいつも良い匂いがしていたけど、あの日はすごく近くで、その甘い香りに包まれていた。
(おんぶした時の……あの柔らかさも……)
背中に感じた結衣の胸の感触と、首に回された細い腕。耳元で「ありがと」って囁かれた時の吐息。思い出すだけで顔が熱くなる。
(絆創膏、痛くないといいけど...)
寝ている結衣の足に、そっと絆創膏を貼った時のこと。小さくて白い足が、妙に愛おしく見えた。
(結衣さんは、僕のことをどう思ってるんだろう……)
疑われなかったとはいえ、あんな状況を作ってしまった自分への自責の念は消えない。でも同時に、結衣への気持ちも変化していた。
彼女の無垢な笑顔、困った時の頼りきった様子、そして最後に見せてくれた信頼の眼差し。
(明日、顔を合わせたら、どう接すればいいんだ……)
複雑な気持ちのまま、樹は天井を見上げながらティッシュの箱を近くに引き寄せた。
***
一息ついた後、結衣はスマホを確認した。
(あ……電池切れてた)
充電器に繋ぐと、洋子からの大量のLINEが表示された。
次回「第5章 剥がれる仮面/§5.1 親友の追及」
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