§4.3 記憶の断片
「…………ん……」
頭の鈍い痛みに眉をひそめながら、結衣はゆっくりと目を開けた。ぼんやりとした意識の中で天井を見つめ、自分がどこにいるのか思い出そうとする。
数秒経って、ようやくここが樹の研究室だと認識できた。自分がソファで寝ていたことに気づき、飛び起きた。
腰に巻かれたバスタオルに気づき、慌てて自分の服を確認する。スカートも下着もなくなっていた。
「……っ!?」
顔が真っ青になり、心臓がバクバクと鳴り始める。
「樹くん……?」
結衣は、小さな声で樹の名を呼んだ。
隣の部屋のソファで物音に気づいた樹は、結衣が起きたことを察した。どう説明したものか考えながら、結衣のいる部屋をノックする。
「結衣さん、起きた? 昨日のことどこまで覚えてる?」
結衣は、樹の声に心臓が凍りつくのを感じた。腰に巻かれたバスタオル、無くなっているスカートと下着。頭の中は、パニックでぐちゃぐちゃになる。
(どうしよう……)
(いや、樹くんはそんなことする人じゃない……)
彼の優しさや、真剣な眼差しを思い出す。しかし、同時に「男性」という事実が、恐怖となって心を覆う。
(でも……バーの後、どうなったのか……思い出せない……)
「……ちょ、ちょっと待って……」
震える声でそう言うのが精一杯だった。
「頭、痛かったり、気持ち悪かったりしない? すぐ横の冷蔵庫に水のペットボトルあるから飲んで」
樹は優しく、しかしはっきりと聞こえるように声をかける。
「あの……たぶん混乱してると思うから、落ち着いたらちゃんと説明するから」
そう言って、樹はドアの前で立ち尽くした。
(まあ、そりゃそうだよな。状況が状況だもんな……。疑われてるかもな……)
そう自嘲気味につぶやきながら、彼はただ結衣が落ち着くのを待つことしかできなかった。
***
結衣の頭の中は混乱していた。
(どうしよう、どうしよう……!)
(血は出てないけど、出ない人もいるっていうし……痛みもないけど、そういう人もいるっていうし……)
冷静になろうとすればするほど、心は疑心暗鬼の沼にはまっていく。樹の声が、優しく、心配そうに聞こえてくるのに、それさえも信じられなくなっていた。
「水、飲んで」という声に、二日酔いでカラカラになった喉を潤そうと、冷蔵庫からペットボトルを取り出し、勢いよく飲み干した。
その途端、別の恐怖が結衣の心を襲った。
(どうしよう……お水を飲んだせいで、トイレに……)
昨夜の出来事が、フラッシュバックする。トイレと言ってスカートを脱ごうとした自分。そして、その後どうなったのか分からない記憶。
結衣は、腰に巻かれたバスタオルをぎゅっと握りしめ、身を小さく震わせた。
ソファの上で膝を抱え、ただ涙をこぼすしかなかった。
次回「§4.4 優しい嘘」
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