§4.2 制御不能
「水、飲める?」
しかし結衣は、ぼんやりとした表情でソファに座ったまま、突然呟いた。
「……イレ……おしっこ……」
そう言いながら、いきなりスカートのファスナーに手をかけた。
「ちょっ!?」
樹は慌てて声を上げた。酔っ払った結衣が、ソファに座ったままスカートを下ろそうとしている。
「待って待って! 結衣さん、ここはトイレじゃない!」
「……んー? 樹くん……? トイレ……ここじゃないの……?」
結衣は不思議そうに首を傾げながらも、既にスカートを膝まで下ろしてしまっていた。
「違う違う! トイレは別の場所!」
樹は必死に結衣の手を止めようとしたが、結衣はふにゃふにゃと笑いながらスカートを完全に脱いでしまった。
「じゃあ……トイレ連れてって……」
「分かった、すぐ連れて行くから!」
樹は結衣のあらわになった下半身になるべく視線をやらないようにしつつ、彼女の腕を掴んで立ち上がらせた。しかし酔った結衣の足取りは危なっかしく、何度もよろめく。
「樹くん……もう我慢できない……」
「もうすぐだから!」
室内を数メートル進むのも一苦労だった。ようやくトイレの個室まで辿り着き、樹は結衣を便座の前に立たせた。
「ここがトイレだよ。座って」
樹は目を閉じたまま、結衣を便座に座らせようとした。結衣は座ると、何やらモゾモゾと動き始めた。
「んー……脱げない……」
小さく呟きながら、下着を下ろそうとしているようだが、酔っているせいかうまくいかない。
「樹くん……これ、どうやって……」
「え?」
恐る恐る薄目を開けると、結衣が下着を下ろそうとして、そのまま諦めたように手を止めていた。
「もういいや……」
「ちょっと待って! 結衣さん、まだ……!」
樹の制止も間に合わず、結衣はそのまま用を足し始めてしまった。
「あ……あったかい……」
温かい感触が下着に広がっていく。結衣は一瞬きょとんとした顔をしたが、すぐにふにゃふにゃと笑い始めた。
「えへへ……スッキリした……」
「結衣さん……」
樹は頭を抱えた。下着まで完全に濡らしてしまった結衣を、当然このまま寝かせるわけにはいかない。
「樹くん、ありがと……」
結衣は満足そうな顔で樹の袖を掴んだ。立ち上がろうとするが、足元がふらついて樹にもたれかかる。
「ちょっと待って、このままじゃ……」
樹は必死に考えた。着替えはないし、このまま朝まで待つわけにもいかない。せめてバスタオルで……いや、まず濡れた下着を脱がせないと。でもどうやって?
「結衣さん、ちょっとここで待ってて」
樹は結衣を便座に座らせたまま、急いで洗面台まで行きバスタオルと濡れタオルを持ってきた。
「結衣さん、立てる?」
「んー……樹くん、眠い……」
結衣は半分寝かけながら、樹の肩に寄りかかった。樹は意を決して、目を瞑りながら結衣の濡れた下着を慎重に下ろした。
「ごめん、本当にごめん……」
目を固く閉じたまま、濡れタオルを使い、手探りで最低限の清拭をする。そして新しいバスタオルを、彼女の腰にそっと巻きつけた。結衣は何をされているのか理解していない様子で、ただふにゃふにゃと笑っている。
「よし、部屋に戻ろう」
樹は結衣を支えながら、ゆっくりと研究室に戻った。ソファに横たわらせると、結衣はすぐに穏やかな寝息を立て始めた。
「結衣さん……本当にごめん」
樹は脱がせた下着とスカートを手に取った。下着は洗濯機に入れるしかない。スカートは綺麗に畳んでテーブルの上に置いた。
洗濯機のスイッチを入れながら、樹は深いため息をついた。
「明日、なんて説明すればいいんだ……」
隣の部屋のソファに移動し、天井を見上げながら考えた。正直に話すべきか、それとも……
(いや、結衣さんが恥ずかしい思いをしないように、何か考えないと)
結局、樹は朝まで、ほとんど眠れなかった。
次回「§4.3 記憶の断片」
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