§3.3 変身
デート前日の木曜日の夕方、結衣の部屋のインターホンが鳴った。
「結衣〜、入るよ〜」
ドアを開けると、大きな紙袋を抱えた洋子が立っていた。
「洋子? どうしたの、その荷物」
「明日のデート服を選びに来たの!」
「デ、デ、デ、デート!?」
結衣の顔が真っ赤になった。
「違うよ! ただの食事だよ! お礼とお詫びの!」
「何よ、自分でLINEに『デートの約束しちゃった』って送ってきたくせに」
「あ……」
昨日の夜、興奮して洋子に送ったLINEを思い出した。確かに自分でデートと言っていた。
「うぅ……でも、デートじゃないもん……」
「はいはい。で、何着ていくつもり?」
洋子が結衣のクローゼットを開けて、予想通りの光景に肩を落とした。
「結衣……これだけ? ジーンズと地味なシャツばっかり……」
「だって、動きやすいし、汚れても大丈夫だし」
「あのね、男の子と食事に行くのよ? しかも初めての」
待ってましたとばかりに、洋子は持ってきた紙袋から次々と服を取り出した。
「洋子、なんでそんなに服持ってるの?」
「あんたのために借りてきたの。私のじゃサイズ合わないでしょ」
確かに、170cm超えの洋子と160cmの結衣では、服のサイズが全然違う。
「でも、私そんな可愛い服似合わないよ……」
洋子は結衣の肩を掴んで、真剣な表情で見つめた。
「結衣、いい? あんたは素材がいいの。ただ活かしてないだけ」
「素材って……」
「顔立ちは整ってるし、肌も綺麗。髪だってちゃんと手入れすればツヤツヤ。なのに、なんでいつも髪を適当に結んで、ダボっとした服着てるのよ」
洋子は結衣の髪ゴムを外した。セミロングの黒髪がさらりと肩に落ちる。
「ほら、これだけで印象違うでしょ」
鏡を見せられた結衣は、確かにいつもと違う自分に驚いた。
「まず、これ着てみて」
洋子が差し出したのは、白いブラウスと膝丈のフレアスカート。
「スカート!? 私、普段履かないよ」
「だから履くの! 樹くんだって、いつもと違う結衣を見たら絶対ドキッとするから」
「そ、そんなこと……」
結衣は恥ずかしがりながらも、洋子に言われるまま着替えた。
「うわ、やっぱり!」
着替えた結衣を見て、洋子が歓声を上げた。
「何? 変?」
「変じゃない! 可愛い! ほら、鏡見て」
鏡の前に立たされた結衣は、自分の姿に驚いた。白いブラウスが清楚な印象を与え、ネイビーのフレアスカートが女の子らしさを演出している。
「でも、なんか私じゃないみたい……」
「これが本当の結衣よ。普段が勿体なさすぎるの」
洋子は化粧ポーチを取り出した。
「ちょっとメイクもしましょう」
「え、私の普段のメイクで十分だよ」
「結衣のそれ、私からしたらほぼすっぴんなの。ちゃんとデート用のメイクよ。せっかくの睫毛、マスカラつけたら映えるし」
「でも、濃いメイクは苦手で……」
「大丈夫、ナチュラルに仕上げるから。普段のリップクリームだけじゃなくて、ちゃんとグロスも使うの」
洋子の手際の良いメイクで、結衣の顔がさらに華やかになった。
「すごい……洋子って本当に美人だけど、メイクの腕もプロ級だね」
「まあね。この美貌を維持するのも努力よ」
洋子は自分の長い黒髪をさらりとかき上げた。その涼しげな目元と、非の打ち所がないモデルのようなスタイルは、同性ですら思わず見惚れてしまうほどだ。
「でも結衣、あんたも十分可愛いから。自信持って」
「うん……ありがとう」
「それで、理工学部の樹くんって、どんな人なの?」
洋子が何気なく聞いてきた。
「えっと、優しくて、頭が良くて……」
「見た目は?」
「普通……かな。背は私より少し高いくらい」
結衣は樹の特徴を思い出しながら答えた。
「でも、なんでも知ってるの。この前も図書館で、本の分類番号とかすらすら言ってて」
「へー、勉強熱心なんだ」
「うん。研究の話する時、すごく真剣で」
洋子は結衣の表情を見て、にやりと笑った。
「結衣、もしかして好きなの?」
「す、好きとかじゃない! ただ、優しいなって思うだけで……」
「顔真っ赤よ」
「うぅ……」
洋子は結衣の純粋な反応を楽しみながら、最後の仕上げに取り掛かった。
「髪はハーフアップにしましょう。これなら女の子らしいけど、食事の邪魔にならない」
「うん、ありがとう」
「あ、そうそう。靴はこのパンプス。ヒール低めだから歩きやすいよ」
「洋子、本当に色々準備してくれて……」
「当然でしょ。結衣の初デートなんだから」
「だから、デートじゃ……」
「はいはい。とにかく、明日は楽しんできなさい。何かあったらLINEして」
洋子が帰った後、結衣は鏡の前でもう一度自分の姿を確認した。
(明日、樹くんはどんな反応をするだろう……)
***
アパートに戻った洋子は考え込んでいた。
(結衣は楽しそうだったけど……研究協力でエロい言葉言わせて、今度は食事に誘うって、やっぱり怪しくない? でも、あんなに嬉しそうな結衣見るのも久しぶりだし……)
洋子は複雑な気持ちだった。親友として心配だが、結衣の恋愛を邪魔したくもない。
(理工学部の樹くん……今度ちゃんと調べてみよう。どんな人か結衣に写真でも送ってもらおうかな)
結衣を心配しながらも、洋子も明日の予定を考えていた。
(もし何か変なことがあったら、――すぐに助けに行く準備はできている)
次回「§3.4 夜の始まり」
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