羽虫ストアー
(❁´ω`❁)楽しんで頂けたらいいな。よろしくお願いします。
あなや…あなや…僕は一体どうしてこんな所に居るんだ…
見渡す限り青草の澄み渡る草原。コバルトブルーと言われる澄み切った空・白い雲…暑くも無く、寒くもないそんな気温の中、僕は茫然と草原に座り込み冷や汗を流していた。
事の起こりは、新米教師の僕の赴任した学校が俗にいう『ヤンキー高校』だったのが運が尽きたというべきか。蚤の心臓を持つと言われる僕がそんなところでまともに教鞭を振るう事は出来ず、初日から馬鹿にされ、からかいの対象にされ、同僚からも役立たずのレッテルを張られ3ヵ月。生徒からの虐め。同僚からの蔑み。毎日の生活に疲弊していた。
今日、生徒に追いやられた校舎裏の先で、僕は落ちた。落ちる最中に見上げた先で生徒たちが腹を抱えて笑っている姿が見えた。落ちたのはたぶん落とし穴…だけど大きな深い穴はとても人間が掘ったともいえない深い深い底が無いような穴。落ちている最中に僕は気を失った。気が付くと冒頭の状態だった。
何も考えもせず、お話のよくある定型文的セリフを吐いてしまった。
「いったい此処はドコ…?」
思い出しても、草原に移動した記憶もないし、この場所の記憶もない。
あなや…心臓が痛いくらいバクバクする…ホントに僕はどうなってしまったんだ…
そんな僕に小さな鈴の音が聞こえてきた。
チリン
こんな草原に鈴の音?心臓をバクバクさせながらゆっくり辺りを見回した。右を見ても左を見ても何もない。上空を見ても何もない。そうしているともう一度
チリン
っと鈴の音が後ろから聞こえてきた。僕は恐る恐る振り向くとそこには昔から近所で見慣れた横開きの日本家屋の扉が現れた。渋い焦げ茶色の木製の扉には真っ赤なガラス板がはめられているのか、それの一つ一つに、鶴や、亀。麒麟に鳳凰と言ったとてもおめでたい、瑞獣や霊獣と呼ばれる神聖な生物がガラス戸に緻密に掘られている。とても美しい代物だ。僕はこういう者が好きな質なので、先ほどよりも心臓の鼓動が大きくなっている。扉には呼び鈴なども無く、本当に扉だけがここに存在する。
僕はバクバクし過ぎる心臓を押え扉に手をかけた。
チリン
チリン
鈴の音が2度なると奥から澄んだ可愛らしい声が聞こえてきた。
「いらっしゃいませ、落ち人さん」
そう言いながら奥から出てきたのはふわふわした金髪を長く伸ばした少女だった。釣り目気味な少女…と言っても、妹の身長より高い目線…165㎝以上はある背丈の彼女をまじまじと見つめてしまった。受け持っていた生徒たちと同じ年頃だろう少女だが、指先まで洗練されている綺麗な所作で出迎えてくれた。
僕の視線に少し首を傾げながら、少女が話しかけてくる
「落ち人さん?大丈夫ですか?あら、どうしましょう…かなりショック状態なのかもしれませんわね。落ち人さん上の者に取り次ぎますのでそちらの席におかけになってお待ちください」
僕にそう告げると、会計カウンターみたいな代の所に置いてある、昔懐かしいと言っても、僕自体家庭で見たことは無い代物の黒電話の受話器を取り、ジーコ、ジーコと番号を回す所作に目を奪われる。僕は立ち尽くし彼女を見ていた。
「いつもお世話になっております、こちら八咫烏様統括支店の羽虫ストアー店長輝夜でございます。落ち人さんが来店されましたので、鬼霧様にお取次ぎお願いします。はい。お願いします」
まるで日本企業の会社での取次の様な電話の応対に僕は辺りを見回した。え?ココどこだろう…扉も古民家的な扉だったし、この中は…まるでド●キの商品陳列の様な雑貨店に僕は初めて気づいて驚いた。
「お店だったんだ…ここ」
ボソリと言葉が漏れた僕に電話をしていた少女が僕を見て招き猫の様な手招きをしてくる。ドキドキしながら僕が指で自分を指すと、コクリと頷かれてしまったので、ドキドキしながら少女の方に歩を進めた。少女は僕に黒電話の受話器を渡しながら
「この店のオーナー八咫烏様の部下、羽虫支店サポーターの鬼霧様です。どうぞそのままお話しください」
両手で僕に差し出される受話器を戸惑いながら受け取り耳に当てた。
「もしもし…」
『初めまして落ち人さん。自分の世界から落ちてしまうとは情けないと思いますが、私カスタマーサポートセンターの鬼霧です。よろしくお願いします。』
「え?あ…はい。高橋勇一です」
『今は状況に付いていけなくて戸惑っていると思います。端的に言うと高橋君は今現在今まで暮らしていた世界ではない世界、異世界に居ます』
黒電話の電話口で最近流行りの小説やアニメでよく聞くようになった『異世界』というキーワードが出てきて
「異世界…ですか?」
『そうですそうです。そこは飲み込めましたか?』
凄く軽い調子で聞かれ、戸惑いながら返事をする。
「えっと、はい。言葉だけなら」
『まぁ、直ぐには理解は難しいですよね。一角ウサギなどに穴をあけられる前には自覚してください。
あなた学園の先生だったんですね。じゃあ、『落ち人』と言う言葉が気にはなってると思うのですが、言葉の意味そのままです。時限の割れ目に落ちて違う世界に来てしまう人の事を落ち人と言います。なのでそちらの世界のお話で言うチートや神に会うなどのイベントは起こりませんのであしからず。ただ世界によっては生きることが困難だという環境もありますので、落ち人が世界に適応していくためのサポートはします。大体は元居た世界のその人の持った才能を新たな世界観で使える様にするのですが…古文教師…うん…?古文』
鬼霧さんと言う方が何かを確認しながら電話口で話してくる。なにを確認してるのだろうか…経歴書か何かか?でも今は質問に答えた方が良いよね…えっと…
「日本の古い書物から色々な事を紐解き昔の方々の生活、文章を理解していくかんじです。僕平安時代が好きで!」
『あーーーーあぁ…えっとごめんなさいね。地球の過去の出来事…あー君が居た国の歴史的文章へ造形が…あーーーこっちの世界では…役に立たないわね。あーどうしようかな…』
役に立たないって言われた…確かに異世界で言われてもそうかもしれないけど…異世界の定番って冒険者じゃないかな…
「あの…冒険者とかになるには?」
『無理ね。あなたレベル1のスライムと同じくらいの攻撃力しかないの…スライム2匹に囲まれたら死ぬわよ』
あ…僕そんなに弱いんだ…えっとどうしよう…
「魔法とかないですか…」
『あるけれど適性がね…無属性か…うーーーんそうね。鑑定を取れば商会員くらいの働きは出来るかな…まぁ街外に出たら死ぬわね』
…どうしよう…異世界生活がすでに詰んでいる感じしかしない
『とりあえず今あなたは、異世界に居て、今いる店内で相談してスキルや装備を整えて。詳しい事は店長のかぐやちゃんに聞いて』
ガチャン!プー・プー・プー……
異世界で生きるための生活についての会話が強制的に終了してしまって戸惑いしかない…
え?攻撃力無い…魔法適正がほぼ皆無の僕はどうやって生きて行けば…
あぁこれはあれだ…
どうにかこうにか就職した高校が、ヤンキー高で…入ってすぐにいきり立つ生徒たちを前にして静かにさせろって先輩に言われたあの時みたいな無茶ぶりだ…
胃が…キリキリと痛み出す……僕はそのまま胃を押えてしゃがみこんでしまった。
異世界来てもどうせ僕なんて……こんなもんだよね…黒電話の受話器を耳から離し、胃を押えしゃがみこむ僕をみて、少女は僕の横に膝を付き、手からゆっくり受話器を取って電話の上に戻した。
少女は僕の泣きそうな顔を見ながら、釣り目のきつい印象を浮かべる目元をゆがめ困り顔で優しく声を掛けてくれた。
「大丈夫ですか?このままだとあまり良くないので、椅子の方に移動致しましょう」
そう言って、肩を貸し僕を支えながら窓際に置かれたテーブルセットに連れていかれてゆっくり椅子に座らしてもらった。
「お水持ってきますね」
そう言って、少女はカウンターのその奥に小走りで消えた。僕は青い顔をしながら少しずつ呼吸を深く吸って、吐いてを繰り返し、気分を落ち着ける様にしていった。大人の僕が少女を心配させていてはいけない…教師なのに情けない…そう思ったなけなしのプライドで何とか落ち着こうと必死になった。少し痛みが緩和されたと感じ顔を上げた所にすっと液体の入ったコップが差し出された。
僕は差し出されたコップを持ってきてくれた人を見上げると、ちょうど彼女の顔に窓から入った光があたり、金髪も相まってか彼女がキラキラと輝く天使の様にみえてしまい顔が赤くなるのを自分で感じた。しばし動きを止めて見つめる僕に彼女は
「少し顔色戻りましたね…大丈夫ですか落ち人さん?鬼霧さんになんて言われましたか?」
僕に向けて笑顔を向けてくれた少女の言葉を聞き、サーっとまたも血の気が引いて顔が青くなっていく…僕の顔色の変化に少女は焦ったように辺りをキョロキョロ見回し、またもやパタパタとカウンターの奥に消えてすぐに戻って来た。
「これ、姉さまの真似をして作ったプリンですの。姉さまの様に上手には作れなかったけれど、甘いモノって幸せをくれるのよ。食べて少しでも元気になって」
目の前には、可愛らしい足つきの器に盛られたプリン。上には奇麗に生クリームとチェリーが乗っていた…美味しそう…さっき作ったって言ってたねこの子…
少女は何と言うかかわいいではなく奇麗と言う言葉が似あう見た目をしている少女だ。でもその見た目よりもずっと、柔らかい感じの子なんだなそう感じた。痛みが治まって来た胃から手を離し、目の前に置かれたスプーンを手に取りプリンを人匙救い口に運んだ。途端口内に広がるほろ苦く甘いカラメルの味と卵の風味。素朴で美味しい…昔ながらのプリンの味だ…
「美味しい…」
そう少女に伝えると、少女は奇麗な顔に朱を走らせつつ笑った。その柔らかな笑顔をみて、先ほどまで抑えていた涙がポロリポロリと目から零れ落ちた。あぁ大人なのにダメだな…大きく息を吐き涙を拭うと、戸惑っている少女に先ほど言われた言葉を告げた
「電話の方には、冒険者になったらスライム2匹相手で死ぬと言われました」
少女は僕の言葉に「それは…」と困惑しつつ…何か言葉を探し目を泳がせて数秒…ようやく声を出した。
「では商人とか?」
「能力低すぎて街外に出たら死ぬと…」
間髪入れず答えた僕の言葉に少女は言葉を紡げなかった
「………」
僕も、彼女も何も言えず下を向いて無言の時間が続いたが、彼女はハッとしたように顔を上げ、手をパン!っと打ち合わせた
「そうですわ!こういう時は、初心者限定異世界スターターセットです!!」
「初心者限定異世界スターターセット?」
「はい。まず落ち人さんは神からの祝福がありませんので、当店でスキルをそろえて頂くのですが、基本的におひとり様お一つなんです。」
「この店から…自分の適性を一つ?…」
「でもこのスターターセットは言語理解を筆頭に、
3元素、火・水・土魔法の初級を適正にして、初級回復のヒールと中級ポーション3本・毒消しポーション2本・ナイフ1本、小楯・調味料さ・し・す・せ・そ。まな板、包丁。が全部入ったコンテナ一個分が入るマジックバック時間停止機能付きを総まとめにしたのが入ったセットです!!めちゃくちゃお得です」
「なにそれ…チートなのでは?」
「とてもお得なのですが、これの欠点は中に入っているものの中身の内一つでも持っている場合は対象外になってしまうので、落ち人様は運が良いのですよ」
「運が良い…か」
「どうしても欲しいスキルがあれば、あとから金銭でも購入することもできますよ」
「電話の彼女には、鑑定が使えると」
「では!のちに鑑定を購入致しましょう!!まずは生き延びれるように自衛手段と生活向上考えてこのセットに致しましょう!!」
僕の事を考えて行ってくれる言葉…少女の勢いに押されながら、じゃあこれを。そう言いながら渡された袋を抱えた。
この荷物をもって外に…そう思った方不安しかない…あぁまた胃が…
それに先ほど会ったばかりの僕を心配し元気づけてくれる少女の側に…もう少し居たい…甘えだとは分かって居るんだけど、居てもたっても居られずに焦ってしまう、どうすればいいんだろう…そう思い椅子から落ちる様に床に正座し少女に向かって
「僕をここで働かせてください!!」
そう叫ぶように大きな声で懇願し、そのまま頭を下げた。過去一の完璧なる土下座の姿勢である。僕の最大限の少女に対する敬意の表明だ。僕の土下座を見下ろす少女は軽い調子で返事をくれた。
「良いですよ」
「…良いんだ…?」
「はい。こちら落ち人さんや異世界に、転移・転生・召喚された人達をサポートする部署の末端を担っておりますの。働いていただけるのは人手不足ですので大変ありがたいですわ」
「サポート…」
「はい。昨今の異世界ブームでで気軽に他の世界の人間たちを誘拐する神様が増えたらしくて、トラブルが多発しているんだそうですわ。
私こう見えて元日本人の転生者なんですの。でもこっちでは王子の婚約者で、何とかって言うゲームの悪役令嬢だったんです。こういう感じで、お話の舞台を世界に作り、異世界の人間をヒョイヒョウイ転生させる神が結構いて、私の場合は、ネグレクトの上に嫌がらせする両親と兄弟…心折れそうな子供の頃に姉様。このお店のオーナーに拾われて、もちもちっと可愛がられ今はお店任されていますの。小鳥兼店長として頑張ってます!なので落ち…いえ高橋さんの不安分かるのですわ。ぜひぜひ3食まかないつきの住み込みバイトとしてお願いします。バイトの給料2カ月ぶんで鑑定スキル買えますので!!頑張っていきましょうね」
僕の上司となる少女の『3食まかないつきの住み込みバイト』という夢のようなセリフに僕は今まで不安に思っていた大半の事が解決したのが分かった瞬間手を上げて、
「はい!!店長!!」
大きな声で元気よく返事をしていた。こうして異世界に来て2度目の就活で、元古文教師は見事異世界で住み込みバイトのフリーターに転職した。
装備はエプロン。腰のポーチは収納ポーチ。そこにメモ紙、ペンと品出し、店番に必要なものを常備して、働いている。接客業だけど、意外にこの仕事が性に合ったのか、日本に居た時よりも元気に明るく働き、生活をしている事をお伝えしよう。
あなや、君たちもしかしたら異世界に来たら羽虫ストーアーに来店するかもしれないね。
この話の大筋は娘A。書いてと言われて、文字にしてみました。最近は、設定面白いねと親子で話すこともあり、良いコミニケーションの題材になっております。創作楽しいです。読んで頂けてありがとうございました(*´ω`*)✿